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外伝19 劉備と曹操

 劉備は、お目付け役として新たに加わった鄒靖を加え、南の頴川郡を目指した。

 都の洛陽にも実は立ち寄りたいが、故あって避けるためである。

 ただ、それよりも面倒なのは自分の老母、鄒靖、そして義弟の関羽である。

 何かにかこつけて説教するので、煙たくて仕方がない。

 

 関羽は張飛を宛がえば良いし、自分の老母は同じ境遇となった田豫の母親に茶飲み友達になってもらえば良い。

 問題は鄒靖であった。

 そこで劉備は道中にてある事を思いつき、鄒靖に話してみることにした。

 さっさと帰ってもらうためである。

 

「なぁ、鄒靖……さんよ。本当に俺達に付いてきていいのかい?」

「なんだね? 大耳? 儂はお前の部下だから、呼び捨てで構わんぞ」

「いや、やりにくくて敵わんのだよ。かつての上司が部下っていうのはさぁ」

「だから儂がお前さんのお目付け役になったんだ。こっちもいい迷惑だ」

「ならいっそ、廬植先生か劉虞様の所へ帰れば……」

「駄目だ! そんな事をしたら、儂がお咎めを受けるだろう!」

「適当に誤魔化せば良いじゃないかね? 今の今迄、そうやってきたんですし……」

「そうはいかん! お主のことだ。後先考えずに、やり過ぎる癖があるからな!」

「あの督郵のことなら謝ったじゃねぇですか。本当は簀巻きにして、川に沈めたかったのに………」

「だからだ! お陰で儂が大目玉だ!」

「そんな事を言ったって仕方ないじゃないか。あいつはテメェが宦官の遣いで来たのを良い事に、好き勝手やったんですぜ!」

「その中で一番、気にくわなかったのは大耳の妾を寝取ったことであろう?」

「………」

「あの後、大変だったんだぞ。公孫瓚殿が上手く誤魔化してくれたから、良いものの……」

「そういえば……どうやって誤魔化したんです?」

「ここだけの話だぞ。あの督郵は山賊に襲われて亡くなった」

「ええっ!? でも、それって……」

「それだけだ。やるならバレないように黙ってやれ。お前は、そこが無頓着過ぎる」

 

 劉備は妻を持っていない。

 今年で三十路近くにもなって、未だに妻がいないのである。

 それは劉備が今でも女遊びをしたくて堪らず、妾だけを囲うことしか興味がないからだ。

 何ともいい加減な男だが、ケチではなかったので、周りには良く思われている。

 

 子供もそれなりにいるものの、それ故に全てが私生児で、しかも全員が娘であった。

 そこでその娘達は全員、叔父の劉元起に引き取ってもらい、経由して村名主の養女にしてもらっている。

 

 そんな劉備はその事について、全く反省の色はない。

 それを劉備は「血筋だから仕方ない」と笑ってすませるのである。

 到底、容認出来ない話だが、祖とする劉勝は「百人以上の子供を作った英雄だから当然だ」と言って憚らない。

 娘達にとっては、とんでもない父親であるが、劉備とはそういう男だ。

 

 話を元に戻そう。

 そんな事を鄒靖から聞かされたので、増々劉備は鄒靖を追い返すことが出来なくなってしまった。

 完全に墓穴を掘った形である。

 

 どうしようか考えた挙句、ある男に策を考えてもらうことにした。

 朝歌県の県令である曹操だ。

 曹操とは既に黄巾党討伐の際に顔見知りとなり、双方とも既にお互いが笑って話しあえる仲なのだ。

 ……と劉備は勝手に思っていた。

 

 朝歌県に行くと、既に県の政庁はもぬけの殻だった。

 何でも勝手に逐電してしまい、官吏も困っていたところだという。

 

「……何だよ。孟徳め。人が折角、来てやったのに勝手な奴だ」

 

 自分のことを棚に上げて、好き勝手なことを言う。

 曹操には曹操の事情がある。

 人の事情など顧みず、好き勝手なことを無計画でやる癖にである。

 

 劉備はオロオロする朝歌県の官吏は無視し、今度は豫州の頴川郡へと向かった。

 南陽を経由して目的の益州の漁復県に向かうには、頴川郡か洛陽を経由しなければならないからだ。

 何故、洛陽を避けるのか。

 それは洛陽で劉備が芸妓相手に散財する可能性が極めて高いからである。

 よって、無理やり頴川郡への道を取らざるを得ないのだ。


 当然、道中の街にも芸妓はいる。

 関羽や鄒靖が常に劉備を見張っているが、また悪い病気が出るとも限らない。

 以前にも軍費を黙って芸妓に注ぎこんでいる前科がある。


 だが、劉備は密かに行動することは非常に長けている。

 そのお陰で敵に囲まれた時も、まんまと逃げおおせることが出来たのだ。

 武勇も中々のものであるが、それ以上に逃げ足が速い。

 

 それから数日が経ち、劉備一行が潁川郡に辿りつき、長社県の宿場町で宿をとった時のことである。

 とうとう我慢していた劉備の悪い病気が騒ぎ出した。

 女遊びがしたくて堪らなくなったのである。

 妾の全ては手切れ金を渡し、一人も連れて来なかったのも原因の一つだ。

 

 劉備は皆が寝静まった頃に旅費の一部を抜き取って、一人で色町へと繰り出した。

 都の洛陽とは比べものにならないが、価格はその分、安い。

 あちこちと女の品定めをし、女の尻を撫でながらブラブラと歩く。

 ただ気分は高まっている筈だが、何故だかどうしても、その気になれない。

 

「おかしいなぁ……。こんなことじゃあ、俺の祖先様に嗤われてしまうぞ」

 

 劉備はそう思い女を買おうとするも、どうしても躊躇してしまう。

 

「暫く女を抱いてないせいかな?」

 

 そして暫く色町から少し離れた夜道で散策していると、前の方から男が剣を抜いて走ってくるではないか。

 

「ややっ!? こいつはマズい!」

 

 思い当たる節は幾つもあるが、この街ではまだない筈だ。

 となると、やはり寝取った女房の旦那の差し金が、ここまで来たのだろうか?

 色々と考える前に、劉備は走り出した。

 逃げ足には絶対の自信があるからだ。

 

 劉備は逃げる。男は追う。

 両者とも中々の健脚で、一進一退の攻防である。

 別に競争している訳ではない。劉備が追われているだけだ。

 少なくとも傍目からはそう見える。

 

 暫く両者は走って行くと、剣を持った男は座り込んだ。

 そして笑いながら劉備にこう言った。

 

「いやぁ! アンタのお蔭で助かりました!」

 

 劉備は月明かりで男の顔を見るが当然、面識は一切ない。

 男はまだ若く、凛々しい顔つきであるが、顔には血がついていた。

 

「おい! 何だって俺を追って来たんだ!?」

 

 劉備は男に怒鳴ったが、男はそれに対し一頻り笑って答えた。

 

「いやぁ! アンタの逃げる方向には、思わず『成程!』と思える道程でしてな!」

「何!? なんだってお前さんは追われているんだ!?」

「ああ、大したことじゃあないんです。ちょいと人を殺してしまいましてね」

「何だと? 何でまた?」

「友人の仇討ちです。良くあることでしょう?」

「良くあるもんか! 大体、何で仇討ちして逃げるんだ?」

「相手が県令の甥っ子なんですわ。だから、闇討ちじゃないと、どうしてもねぇ」

「なぁんだ。それなら分かるわ。で、これからどうするんだ?」

「どうするって言っても……。どうしましょうかねぇ?」

「そうだ! お前さん、字は書けるか?」

「ええ。それ位でしたら、お安い御用ですがね?」

「なら、決まりだ。俺のところで働け」

「ええっ!? どうして?」

「俺はこう見えても県令様だ! ここからは、ちと遠い所のな」

「ほう。そうでしたか。しかし、私には年老いた頑固なお袋がいまして……」

「何!? お前もか!?」

「…………『お前もか』って。どういうことです?」

「ハハハハ! 安心しろ。お前さんのお袋の居場所を教えてくれ。俺に策ってのがある!」

「はぁ? 策ですか……?」

「おう! 策だ! 俺は策士なんだ! ワハハハハ!」

 

 劉備の策とは簀巻きにして、張飛に無理やり持って来させることである。

 こんなものは策でも何でもない。

 ただ強引なだけである。

 

 男は徐庶。字を元直と名乗り、旗下に加わった。

 撃剣の使い手であるが、同時に学もある人物だ。

 そして何と言っても劉備と同じ、遊侠の類である。

 

 翌朝、簀巻きにした徐庶の母も手に入れた劉備一行は、急いで長杜県の宿場町を出立した。

 徐庶は母親が簀巻きにされたことを聞き、気が気でないが、劉備は笑うだけである。

 自分と田豫の母親も同じ境遇であるから「必ず三人は意気投合し愚痴を言いあう仲間になる」と高を括るだけだ。

 そして、実際にそうなってしまったので、劉備は自分の才覚に自信を持った。

 徐庶やその母親にしたら迷惑な話である。

 

 長杜県から出る間際に十数人の役人が追ってきたが、張飛の怒鳴り声で霧散してしまった。

 褒美として張飛に酒を飲ませると、張飛は劉備にこんな事を言ってきた。

 

「玄徳兄ぃ。次は誰を簀巻きにするんですかい?」

「それは、まだ決まっていねぇなぁ」

「そうですかい。だけどよぉ。いい加減に婆を簀巻きにするのは、ちと飽きてきたんですがね」

「ほう? やはりお前も生娘がいいか?」

「当然じゃねぇですか! ウブであればウブであるほうが、良いに決まっているでしょう!」

「ハハハハ!! それなら赤子を簀巻きにするしかねぇな!」

「流石に赤子は行き過ぎですがねぇ。まぁでも、そのうち俺にも良い思いをさせてくだせぇ」

「案ずるな! お前の好みは重々知っている! だが関羽の娘には手を出すなよ!」

「流石に雲長兄貴の娘は抱けませんわ!! ワハハハ!」

 

 現実なら確実に犯罪者である。

 だが、この世界はこういった事が罷り通ることをお許し頂きたい。

 

 さて、頴川郡を過ぎ、南陽郡に入ると劉備の大きな耳にある噂が舞い込んだ。

 戦場で知り合い、親友となった筈の曹操が南陽の宛城に右相として任じられているらしい。

 

「孟徳の奴。それで朝歌県の県令を辞めたんだな。けど、それなら俺にも左相とやらにしてくれれば良いのに」

 

 真に身勝手なことを思いつつ、劉備は曹操に会いに行くことにした。

 情報通の曹操ならば、漁復県のことを何か知っているかもしれないからである。

 

 宛は南陽での激戦続きで損傷が激しい。

 だが、曹操の連れてきた者達と、劉岱が新たに召し抱えた杜畿、王邑おうゆう、趙岐、陳調、応劭おうしょうが復興に尽力している。

 中でも趙岐は齢八十近いという高齢ながら、精力的に活動し、劉岱の貴重な相談役となっていた。

 

「何? 玄徳がやって来た?」

 

 曹操は宛城で街の図面とにらめっこしていた所に、曹仁からそんな事を聞いた。

「何用か?」と訝しく思ったが、久しぶりにあの大耳に会う訳だし、何よりも関羽と会えるのが嬉しい。

 自分の脇には忠義者の悪来典韋が常に居るが、関羽は格別なのである。

 

「よし、分った。あの大耳と会うのも面白い」

 

 曹操は粗方、仕事を片付けると自宅へと向かった。

 自宅には、ちゃっかり劉備とその供の者達が、既に酒盛りをしているところであった。

 曹操の妻である丁夫人が、快く劉備の一団を持て成していたのだ。

 少し曹操はムッとしたが、気を取り直して劉備に大きな声で話しかけた。

 

「おう! 玄徳殿! 鉅鹿以来ではないか!」

「これは孟徳さん! すっかりお邪魔してしまいまして、いやぁ面目ない」

「ハハハ! 君は遠慮というものを知らん! だが、君のような好漢なら、そんなものは必要ないだろうからな」

「アハハハ! 流石は孟徳さんだ! 話が分かる!」

「それで君以外にも、こんなに連れがいるとは……。何処へ赴任するんだ?」

「益州の漁復県ですよ。俺、そこの県令になったんです」

「何? 益州? どうしてまた……?」

「それは俺も分らないんですよ。だから『孟徳さんなら分かるかなぁ?』と思いましてね」

「幾ら俺でも、そこまでは分らんよ。ただ、鮮卑でも烏桓でも上手く付き合うことが出来る君だ。板楯蛮の連中とも上手くやれるだろう」

「板楯蛮って何です?」

「木の盾を巧みに使う連中だ。神兵とも呼ばれ、あの匈奴が相手でも怯まない連中だよ」

「へぇ! そんな連中なんですか!?」

「それだけに扱いには注意が必要であろうがな」

「貴重なお話、有難うございます」

「……それよりも漁復県とは巴郡の何処だ?」

「何でも、最近は涪陵郡とかになったとか………」

「何? 涪陵郡?」

「はい。太守は張忠とかいう奴らしいんですが、どんな奴か分りません」

「……賄賂好きのドケチ野郎だ。性根も腐っているお墨付きだぞ」

「……あちゃあ。今度は、あの督郵みたいにシバいてトンズラはマズいですよねぇ?」

「ハハハ! やるなら用心してやることだ。幸い、お隣には恰好な擦り付ける連中がいるではないか」

「……そんな連中いますか?」

「司護とかいう賊太守だ。今は長沙府君に一応、正式になったようだがな」

「ああ! 確かに、そいつぁ名案ですね!」

「……おい。本気か?」

「ハハハ! ………マズいですかね?」

「……いや、やるのは構わんが、用心しろよ。司護の所には厄介な連中も多いと聞くからな」

「そうなんですか? しかし、俺の所には関羽、張飛という項羽にも負けないぐらいの豪傑がいますぜ」

「………司護を侮るなよ。確かに、あの者は賊しか相手に戦っていないようだが、その関羽、張飛にも負けず劣らずの豪傑もいるようだ」

「……ひぇぇ。それなのに今まで大人しく、あんなド辺境で燻っているんですか?」

「噂では長沙だけでなく、他の三郡もかなり発展しているらしい。黄巾賊の連中よりも厄介そうだ」

「あの黄巾の連中よりも厄介なんですか? 面倒だなぁ……」

「しかも板楯蛮だけでなく、荊南蛮の諸部族連中も靡いている。迂闊なことはしない方が身の為だぞ」

「良く分かりました。別にこっちも好き好んで喧嘩売りたい訳じゃねぇんだし……」

「……君はそれで良くても、問題は張忠だな。おかしな事にならないと良いが……」

 

 曹操は劉備が益州に行くと聞き、何とも言えない気分になった。

 劉備以上に益州の劉焉の動向も気になるからである。

 


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