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外伝15 曹操の暗躍と飛躍

 袁紹は頗る機嫌が良い日が続いている。

 魏郡太守やぎょう県令は既に黄巾賊に殺され、自身らが大軍を引きつれて来た時には、既に黄巾賊もいなかった。

 そこで自身は肥沃な鄴を占拠し、冀州牧を名乗って占拠してしまったのである。

 

 そして更に近隣の鉅鹿郡、常山国(郡)、河内郡の朝歌県、清河郡、趙国(郡)、広平郡、陽平郡を悉く占領してしまった。

 なお、常山国王の劉暠りゅうすう、趙国王の劉予は国を捨てて逃げてしまった為、国から郡へと格下げされてしまった。

 両名は都へと落ち延びたが罪を問われ、庶民とされてしまっている。

 そして、冀州全域から黄巾賊は張角を守って東や南に逃げてしまっていた。

 

 これは廬植が罷免され、代わりに来た董卓が鉅鹿攻略に失敗し、さらに代わりに来た張純が、張挙や烏桓族と共に反旗を翻したためである。

 それにより、公孫瓚は離脱せねばならず、誰も鉅鹿を包囲出来なくなってしまったのだ。

 何故、こうなったのかと言えば、公孫瓚が原因である。

 

 公孫瓚は廬植が罷免された後、しぶしぶ董卓と共に鉅鹿に攻め込んだが失敗した。

 それで朝廷に廬植の復帰を要請したのだが、代わりに来たのが張純だったのだ。

 張純は決して無能な男ではなかったが、野心家であると同時に高慢な男だった。

 

 公孫瓚はそんな張純をなじり、脅したため、張純は恨みを持ち復讐のために挙兵したのである。

 また袁紹も、そんな公孫瓚につき合いきれなくなり、怒って先に都への帰路についたのだ。

 

 すると黄巾賊は鉅鹿を去り、鄴を攻め込んだので、都への帰りを取りやめて、逆に鄴へ向かったのである。

 それで黄巾賊は攻略途中であった鄴を捨て、東や南へ離散してしまったのだ。

 そして、勝手に冀州牧を名乗った袁紹であるが、根回しに家臣である逢紀、田豊を何進に送り、まんまと冀州牧となったのだ。

 

 そんな袁紹の下に「引き返して鄴を奪おう」と助言した者がいる。

 曹操。字を孟徳という。

 傷が癒えたので、既に袁紹の下で働いていた。

 

 他にも顔良、文醜、郭図、審配、高覧、張郃、沮授、高幹と人材は豊富であり、それらを使って領土を拡大した。

 黄巾賊の残党はあまりなく、逃げていた太守、県令、王族などは斬首、または幽閉し、この世の春を謳歌していた。

 

「これで、あの袁術などという出来の悪い弟に、デカい顔をさせずに済むわい」

 

 袁紹は周囲にそう漏らし、事あるごとに袁術を馬鹿にして有頂天だ。

 そして、その噂を聞いた袁術が怒り散らしていると聞くと、増々機嫌が良くなるのである。

 

 一方の不機嫌なのは袁術だけではない。

 助言した曹操も不機嫌であった。

 何故なら、絶大な功績を立てているにも関わらず、何処の太守にも任命されなかったからである。

 太守には袁基といった特に功績のない親族が登用されただけでなく、実子ということで成人したばかりの袁譚、袁煕がなっていた。

 一応、朝歌県令を命じられたが、功績には不釣り合いである。

 

「……あの野郎。人を散々、こき使っておいて、こんな所の県令だと? ふざけやがって」

 

 だが、曹操は赴任した朝歌県で黙々と業務をこなした。

 袁家は大きく、自身の力では未だに到底及ばないからだ。

 

 ある日のこと、一人の若武者が曹操の下へやってきた。

 若武者は、他にも数人の若武者を連れており、出で立ちも皆、立派な者達だ。

 そして県の政庁に入るなり、曹操に大声で言い放った。

 

「おい! 孟徳! いい加減、こんな所で燻っている場合じゃないだろ!」

「なんだ。誰かと思ったら元譲じゃないか。どうした?」

「おい。『どうした』はないだろう!? このままでは、俺らも野に埋もれたままだぞ!」

「おう。妙才や子孝、子和、子廉もいるのか。随分と賑わっているな」

「呑気にそんな事を言っている場合じゃ……」

「まぁまぁ。今はまだ早い。力を蓄える時期だ。焦るな」

「焦りもするわい。こんな田舎で盗賊を斬り、大工の棟梁の真似事なんぞ、既に飽きたわ」

「だが、既に俺らが何もしていなくても、流れは動いている。しかも、急流だ」

「お前は何時も、そんな事を言っている。そのまま滝壺に落ちるなんぞ御免だぞ」

「アハハハハ! それも、また一つの手か!」

「ふざけるな! 何が可笑しい!?」

「いや、お前の気持ちも分かる。俺も実は焦っているのだ。だが、未だに情報が掴みきれていない」

「何の情報だ?」

「俺らが大きくなるための巣の情報だ。決まっているだろ」

「袁紹という巣じゃ駄目なのか?」

「あんな奴の下じゃ、このままと同じだ。滝壺に落ちて行く巣なぞ、誰が入りたいんだ?」

「それじゃあ、誰の下になれば良いのだ?」

「候補は幾つかある」

「……まさか、袁術じゃねぇだろうな?」

「アハハハ!! あんな奴の下かよ! 滝壺どころか肥溜めだぞ!」

「……だろうなぁ。で、誰の下だ?」

「………だから、まだ決まっておらん」

「……おい。勘弁しろよ」

「時期が大事なのだ。闇雲に動くだけじゃ、反って滝壺への流れが早くなるだけだぞ」

「時期なぁ……。早いところ、来てくれねぇのか?」

「だから焦るなよ。何度も言わせるな。そんなに暇なら手伝え。また訴状が来ている」

 

 数人の若武者とは夏侯惇、夏侯淵、曹仁、曹純、曹洪の五名である。

 皆、この朝歌県で日々、仕事をしている毎日だ。

 何れも英傑だが、まだ若く、実績がないため悶々とした日々を暮している。

 

 そんな曹操は余裕を見せてはいるが、実は内心、不安と焦りしかない。

 だが、焦っても意味がないことは重々承知している。

 

 書類を片付けた後、これからのことを考えながら散歩していると、一人の若い県の小役人に会った。

 その小役人とは曹操と同世代で、中々の知恵者なので重宝している者だ。

 その名は陳宮。字を公台という。

 

「おお、公台か。ここの復興も君がいるお陰で早いもんだ」

「これは曹県令殿。貴方様も仕事は御済で……」

「よせよせ。孟徳で良い。君と俺との仲ではないか」

「そういう訳にはいきません。それでは、規律が乱れてしまいましょう」

「堅苦しいなぁ。だが、そこが君の長所でもある」

「それで、何か……」

「例の件だが……どうなっておる?」

「例の件ですか……。それは未だに……」

「そうか。まだか……。随分と待たせるなぁ……親父殿も」

「しかし、本気ですか? あのようなことをすれば、袁紹から恨みを買いかもしれませんよ」

「なぁに俺からだということがバレなければ、問題はなかろう。あの二つの袁が大きくなれば、また変わるしな」

 

 曹操は父曹嵩を使い、あることを提言するように持ちかけた。

 そうすれば袁家も発言力が高まるし、曹操自身にとっても、やりやすくなると思ったからだ。

 そして、それは驚くべき方法であった。

 

 一方、曹操の父、曹嵩は宮中では肩身の狭い思いをしていた。

 大金はたいて太尉になったものの、特に仕事がある訳ではない。

 太尉とは三公の一つで重要な役職ではあるが、今では名誉職みたいなものである。

 また、曹嵩は才覚があるという人物ではなく、人付き合いも上手い方ではないので、自然と埋もれてしまっていた。

 

 そんなある日、曹操から手紙が届いた。

 何やら重要な手紙らしく、幾重にも封がされていた。

 恐る恐る封を開けると、そこにはとんでもないことが書かれていた。

 

「孟徳の奴め……。こんな事を良く思いついたわ。だが、これならあの二人も喜ぶに相違ない」

 

 曹嵩はそう呟くと、太傅の楊賜の子である楊彪の所へ急いだ。

 確かに名案だと思ったが、楊彪の方が乗り気になると思ったからだ。

 

 楊彪は九卿の一つである太僕で、袁術の妹を妻としている。

 ちなみに袁術の妹であるが、袁紹とは異母妹で袁紹ともそれ程、仲は良くない。

 その為、袁術からも、そして妻からも楊彪は急かされていた。

 

 それは「何時になったら袁術が揚州牧になれるのか?」ということである。

 現時点において揚州牧は劉繇だし、袁術を揚州牧にするには反対も多い。

 だが、劉繇が揚州牧から降りれば、ほぼ間違いなく揚州牧の座は袁術になる筈である。

 何故なら、他に対抗馬がいないからだ。

 

 その楊彪が宮中を歩いていると、曹嵩が年甲斐もなく急ぎ足で向かってきた。

 二人とも面識はあるが、それほど仲が良いという訳ではない。

 会えば会釈するぐらいなので、楊彪が訝しく思うのも無理はない。

 

「おお、楊太僕殿。ここに居られましたか。探しましたぞ」

「何です? 曹太尉殿。そんなに急いで……」

「いや、儂に名案がありましてな……」

「名案? 何のです?」

「袁術殿を揚州牧にする案です」

「ええっ!? どんな案ですか!?」

「王を立てるのです」

「王を立てる……? どのように?」

「劉繇殿を王に封じるのです。そうすれば、揚州牧の座はガラ空きとなりましょう」

「おお!? しかし……簡単にはいきませんぞ」

「何故です?」

「劉虞殿の件でも、十常侍やらが難癖つけてきましたからな。それだけでは……」

「ああ、そのことですか。それならば先頃、連中が劉表殿と劉焉殿の両名を王に推薦していることを引き合いに出しましょう」

「……それで連中が納得しますか?」

「両者とも宦官どもと犬猿の仲です。連中も両名を王に推挙しているのは、州牧の方が影響あるからでしょう。その事に反対しなければ、連中も引き下がるでしょう」

「おお、確かにそうですな」

「もう一つ。劉岱殿と劉普殿にも王になってもらうのです」

「劉岱殿は兗州刺史だから分ります。劉普とは……?」

「光武帝の庶子、阜陵質王劉延の末裔です。今は袁術殿の下で県令を務めております」

「その者を何故……?」

「今は皇族が続々と粛清されてしまい、王があまりにも少ない。そこで『このままでは漢皇室の威厳を損なう』と帝に言上するのです」

「大丈夫でしょうか……」

「そして、その代わりに他の州牧を鴻都門学派の者達に指名しましょう。そうすれば帝の御機嫌も良い筈」

「成程……。では早速、言上致しましょう」

 

 これらは全て曹操からの手紙に書いてあったものだ。

 曹操が陳宮と語り合い、案を出し合って作り上げたものである。

 

 早速、帝に言上すると、帝は大層喜んだ。

 自身が作り上げた鴻都門学の派閥から三名も州牧が出るからである。

 それと同時に漢の威信が増すということもあり、早速勅命が下された。

 

 数か月後、目論み通り、それぞれ王位を拝命された。

 この事を知った曹操は大いに喜んだ。

 そして陳宮、夏候惇らを集め、高らかに宣言した。

 

「喜べ! これで袁紹の下から抜けられるぞ!」

 

 陳宮以外は皆、キョトンとした面持ちである。

 何故、王らが複数も任命されたことが、袁紹から離れることが出来るのか理解出来ないからだ。

 それを代表してか、夏候惇が曹操に問い質した。


「おい、孟徳。俺らがこれと、どう関係しているんだ?」

「何を寝ぼけたことを……。これから、この王らに売り込みに行くからだ」

「売り込みに? 目星はついているのか?」

「ああ、元兗州刺史の劉岱殿だ。何度も俺は会っているし、向こうは俺のことを高く評価してくれている」

「陳国の劉寵じゃなくてか?」

「ああ、それも悪くない。だが、これを見ろ!」

 

 曹操は二通の手紙を出した。

 一通は劉寵、もう一通は劉岱からであった。

 夏候惇はそれらを読むと俄然、目の色が変わった。

 

「どうだ? 劉寵も悪くはないが如何せん、あそこは人材が多い。劉岱なら、まだ少ないから重宝がられるぞ」

「成程! こいつは悪くねぇな!」

「分ったか! それでは、ここからオサラバだ! 皆、夜逃げするぞ!」

「おおう!」

 

 こうして曹操の一行は朝歌県から抜け出した。

 県令の後釜として、どうでもよい者への推薦状だけを残してだ。

 特に賞金首でもないから急ぐ必要はないが、やはり急いだ方が良いに決まっているのだ。

 

 途中、父曹嵩の親友である呂伯奢の屋敷へ立ち寄った。

 そこで一同は盛大な宴会を開き、大いに盛り上がった。

 そして翌朝、呂伯奢は曹操におかしなことを言った。

 

「なぁ、孟徳よ。儂は昨晩、おかしな夢を見た」

「おかしな夢ですか?」

「そうだ。何故か知らんが、君に殺される夢だ」

「アハハハ! 何故、私が父の親友である貴方様を殺さないといけないのです?」

「そうなのじゃよ。妙な夢を見たもんじゃな」

「逆夢というやつですな。いやはや……。安心してください。何れ、この恩はキッチリと倍にして返します」

「そんな事は気にしないでよい。それよりも気をつけてな。路銀はそれで足りるか?」

「勿論です。それでは急ぐので失礼!」

 

 曹操はそう言って、馬を走らせた。


「妙なこともあるもんだ……」

 

 曹操はそう思った。

 何故なら、昨晩見た夢は、その呂伯奢を殺す夢だったからである。

 

 また曹操は途中で幾多もの人物と出会い、そして旗下にしていった。

 その中には楽進、李典、典韋、史渙、衛茲えいじといった勇将や猛者。

 楊沛、棗祗そうし、韓浩、王必といった文武に長けた能吏。

 そして戯志才、郭嘉といった策謀の士が加わった。

 その後、南陽に向かったのである。

 

 南陽王劉岱は曹操が来たことを手放しで喜び、前南陽太守で相となった秦頡しんけつと同様にすることにした。

 それを以って曹操が右相、秦頡が左相として任命されたのである。


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