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外伝13 中黄門

 帝に謁見した後、思いのほか上手くいったので、左豊は上機嫌であった。

 これも最近、台頭してきた中黄門の助言のお蔭である。

 その中黄門は先頃死去し、車騎将軍に追贈された宦官の曹節に取り立てられた者だ。

 

 その中黄門は氏素性こそほとんど不明だが、学識が高く、書も見事なため、曹節に可愛がられた。

 そして、張譲と韓忠が黄巾党と通じていることが露見した時も、既に死去していた王甫と侯覧に責任を擦り付けるよう二人に助言をし、窮地を脱することに成功させたのだ。

 

 十常侍の思惑は何進の同郷である郭勝は別として、帝と帝の生母である董太后を殺した上で、次の帝をまだ幼い劉協にしようと画策していた。

 劉協を支持する董太后だが、劉協に取り入るには後々、邪魔になる存在だからだ。

 そしてその際、董太后の殺害の罪を、宮中に招き入れた馬元義に押し付けようとしたのである。

 十常侍らは特に太平道を信じている訳でなく、張角が保持していると思われていた膨大な財産も狙いの一つであった。

 

 しかし、その事は呂強によって露見してしまい、計画は頓挫した。

 馬元義の部下である唐周が、その事を清流派の宦官呂強にバラしてしまったのである。

 

 その窮地を救ったのが、その中黄門である。

 中黄門は張譲と韓忠らに助言し、十常侍らは事なきを得ただけでなく、呂強を帝への讒言にて死に追いやることにも成功したのだ。

 その中黄門は十常侍だけでなく、呂強のような極一部の正義感溢れる宦官は除くが、他の宦官への繋がりも怠っていない。

 故に陰の参謀として、その若い中黄門は特に張譲と韓忠に重宝されていた。

 

「さて、一応刺客を放ったは良いが、これであの司護とか申す匹夫が死ぬとは思えん。失敗していたら、劉表辺りを使うしかないか?」

 

 中黄門は張譲に命じられ、仕方なく刺客を司護に放った。

 それなりに手練れであり、変装が上手な元盗賊なので、確率は高いとは思う。

 しかし、荊南三郡の発展や配下の増強ぶりを見ていると、それで済むような気に到底思えなかった。

 

 後日、やはり失敗の報せが中黄門に知らされた。

 中黄門は「やはり上手くいかぬか」とポツリと漏らし、浮かない顔して張譲の元へ向かった。

 

 張譲はその報せを聞くと、チッと舌打ちしてから中黄門を軽く睨んだ。

 中黄門は涼しい顔で、全く意に反さない。

 張譲はこの若い宦官が好きではないが、齢に似合わず百戦錬磨のような策士であるため、重宝しているだけに過ぎない。

 それで仕方なく、次の一手をまだ若い中黄門に聞くことにした。

 

「なぁ。今回は上手く行かなかったが、次はどんな手があろう?」

「張譲様。『刺客を放て』と申したのは張譲様です」

「ふん。可愛げのない奴め。そもそも、あの馬元義を宮中に入れるというのは、そちの策ではなかったか?」

「それとこれは別でしょう。それに私に落ち度はありませぬ」

「……何?」

「張譲様がはした金を出し惜しみ、唐周なる者に走らせたのが間違いですから」

「くそっ! もう、良いわ! この話は」

「そうでしょう。もう何十も繰り返しているので、私も正直、辟易としています」

「……で、君には策があるのか?」

「近頃、都へ戻ってきた曹寅を使いましょう」

「……あのような者をどう使うのだ?」

「かの者はあくまで餌です。殺されても誰も文句言いますまい」

「そんな事はどうでもよい。早く言え」

「あの者を今度は零陵の太守として任命するのです」

「何? 零陵?」

「はい。つい先頃、零陵太守の張羨は内乱で亡くなりました。そこで巴郡経由で曹寅を遣わすのです」

「巴郡経由で? 何故だ?」

「巴郡太守は蔡瑁の親族の蔡琰(蔡邕の娘とは同名の別人)です。それと益州の州牧劉焉に使者を出します」

「……しかし、巴郡は四つに分ける案が浮上中だ。そこの太守に蔡琰の名はないぞ?」

「ですから、蔡琰には武陵太守を密約で交します。こうすれば蔡瑁も動きやすい筈です」

「むむ……。それと劉焉に何をさせるのだ?」

「いっそ州牧から王にさせてやりましょう」

「何だと!? 正気か!?」

「はい。正気です。しかし、王となれば益州全体への発言権が無くなります」

「成程、確かにそうだ。では、劉表もか?」

「そうです。かの者も王にしてしまいましょう。そして、別の者に益州牧と荊州牧を任命するのです」

「しかし、それでは曹寅を零陵太守にする意味はないではないか?」

「いえいえ。あの者は自己顕示欲の塊です。必ずや零陵に無理やりにでも入ろうとするでしょう」

「……しかし、零陵なんぞ遠すぎて意味がないであろう? まだ、長沙や武陵なら分かるが……」

「いえ、既に任命したことにしておけば良いのです。張羨が死ぬ前に……」

「成程、司護とか申す賊が、零陵を勝手に占拠したということになるな」

「劉表の使者である軟禁状態の韓嵩にそのことを伝え、蔡瑁にも黄巾賊討伐だけでなく、司護討伐の名目を与えましょう」

「うむ。そうなれば両者の重い腰が上がるだろう。早速、手筈を整えよう。ハハハハ」

「では、私はこれにて……」

「君が居てくれて本当に助かった。礼を言うぞ」

 

 張譲は早速、帝に言上し、曹寅の零陵太守赴任を取り付けた。

 

 それから数か月のこと、曹寅は都にある自宅で燻っていたが、再度太守という話に飛びつき、喜び勇んで襄陽へと向かった。

 軟禁状態にあった韓嵩もまた、解放されて曹寅と共に襄陽へと帰路についた。

 

 その曹寅はというと、宦官が嫌いであった。

 しかし現金なもので、再度太守赴任のことを聞くと手放しに喜んだ。

 

 双方の表情はあまりにも対照的だ。

 曹寅はあまりにも明るく、韓嵩はあまりにも暗い。

 そんな韓嵩を見て、曹寅は話しかけてきた。

 

「おい。韓嵩殿。何をそんなにしょげている。南郡の黄巾賊なんぞは造作もないであろう?」

「曹寅殿。貴殿は今の零陵の現状を知っておるのか?」

「知っておる。だから儂がこうやって張羨に変わって参るのでないか」

「……随分と自信がお有りのようですな」

「当然だ。それに南郡に吉報ももたらされたのだぞ」

「……吉報?」

「新任の南郡太守として蔡瑁殿、江陵県令として黄祖殿が、それぞれ赴任辞令を受けたのですぞ」

「ええっ!? しかし……」

「黄祖殿の件は儂も意外でした。ですが、これで江夏の太守は劉祥殿で安泰ですな。アッハッハッ」

「………」

「まだ浮かれない顔をしておるのかね? 劉表殿も刺史から襄陽王になったというのに、何が不満なんだね?」

「……いや、別に」

「君もその内、官位を貰えるであろうよ。心配しなさんな。儂も口添えするからな。ハッハッハッ」

「………」

 

 韓嵩にとって、笑いごとではない。

 袁術が黄巾賊から南陽から江夏一帯を駆逐したら、今度は何をしでかすか分らないからだ。

 それに、もし司護が零陵から引き揚げない場合、司護との戦いとなる。

 そうなれば南昌の黄巾賊と結ばれる可能性が高い。

 

 しかも、韓嵩は司護を長沙太守に任じられるために上京したのである。

 そうでなければ、劉表を荊州牧にするためだ。

 州牧になれば、太守を任命することが出来るからだ。


それを口約束とはいえ、結果的に反故にしてしまったのだ。

 自身が軟禁状態にあったという理由もあるが、それでは済まされないであろう。

「弱ったことになった……。どう申し開きすれば良いのであろうか?」

 韓嵩は「してやったり」と笑顔を浮かべる曹寅を見て、嘆息した。

 

 襄陽に到着すると、まず曹寅が劉表と謁見した。

 そして曹寅は蔡瑁と黄祖の着任の辞令を、自身の口から発表し

「二人への辞令は曹寅自身が奏上した」

 と自慢げに劉表に述べた。

 

 これは当然全くの嘘で、二人の辞令を奏上したのは十常侍である。

 そして、これにも件の中黄門が絡んでいた。

 

 劉表は曹寅に対し、一応感謝の意を表明した。

 ただ、劉表の心中では曹寅を軽蔑し、背後にいると思われる十常侍には激しい憎悪の念が渦巻いた。

 その後、韓嵩を呼び出し、司護の長沙太守任命の件を聞くことにした。

 すると韓嵩は目の前で土下座し、涙ながらに訴えた。

 

「申し訳ございませぬ! この韓嵩! 任を果たせずに戻りました!」

「君ほどの弁舌の士でも、帝の御意志は固いということか?」

「さにあらず! 私が都に到着した途端、私は十常侍の韓忠の屋敷に軟禁されたのです!」

「……君は、余の使いとして参ったのであろう? いきなり……そんな横暴な」

「しかし、本当のことでございます。帝への謁見は果たせませんでした……」

「……帝が謁見を断った理由は?」

「それが『病に臥せっておられる』とのこと……」

「どうせ出任せの仮病であろう。帝自身はこの事を知っているとも思えんが……」

 

 劉表は脇にいた蒯越に振り向き、助言を求めた。

 すると蒯越もそれに気づき、おもむろに話しはじめた。

 

「劉使君。いや、陛下。恐らく朝廷、いや十常侍どもは我らと司護を争わせるつもりです」

「そうであろうな。それだから曹寅を零陵太守なんぞに復帰させたのであろうよ」

「朝廷が司護を長沙太守として認めてない以上、司護も大人しく零陵を引き渡さないでしょう」

「……そんな事は分っている。曹寅をこの城で引き止めた方が良いか?」

「いや、それでは反って十常侍の思う壺にございます。別の者をすぐに零陵太守に任じるだけのことですし」

「成程。では、どうやって時間を稼ぐ?」

「朝廷から督郵が派遣された際、司護に密使を送り、双方とも兵を出したように、見せかけるしかございますまい」

「司護は協力すると思うか?」

「……そこまでは分りませぬ。ですが、司護としても包囲される形にしたくはないでしょう」

「うむ。しかし、それは司護が『陰で黄巾どもと繋がっていない』という前提ではないか」

「御尤もでございます。ですが、司護は未だに江陵に兵は送っておりませぬ」

「そうよなぁ。まずは江陵を奪い返すか……。蔡瑁も乗り気のようだしのぉ……」

「……江夏の方は如何なさいますか?」

「仕方がない。黄祖には悪いが、黄祖らを撤退させるしかあるまい」

「黄祖は納得しないと思いますが……」

「一応、正式に県令として辞令を受けたのだ。その事を言って聴かせるしかあるまいて」

「……御意。しかし、袁術が易々と、これで江夏を手に入れるには些か……」

「腑に落ちぬであろう? だから、こちらも手を打つしかあるまい」

「どうなさるので?」

「江陵の黄巾賊に和睦を申し入れ、江夏に引き下がってもらう」

「……そんな事が可能ですか?」

「恐らく、司護は陰で黄巾の連中と、密かによしみを通じている筈。でなければ、あれほど南昌から柴桑や江夏に軍勢を出せる訳がない」

「……司護が正直に打ち明けますでしょうか?」

「あの男も仁君顔じんくんづらして食えぬ奴だ。簡単に尻尾は掴ませないであろうがな……」

 

 劉表はそう言うと急ぎ蒯良を呼びつけ、黄巾賊に占領されていない江陵の西から司護への密使を命じた。

 蒯良は「必ずや和議を結ばせます」と劉表に言上し、一路南へと向かったのである。

 

 さて、件の中黄門であるが、司護だけに構っている暇はない。

 冀州の黄巾賊はほぼ一掃され、張純、張拳らは既に劉虞や公孫瓚、盧植らに平定されていた。

 その中で一番の問題は劉虞である。

 もし、帝が崩御すれば劉虞を押す声が出るからだ。

 

 十常侍らは当初、劉虞を河間国王にすることは反対だった。

 人望が厚い劉虞は次期皇帝として申し分がない。

 しかも平定に一役買ったとなれば、当然推す声が高くなる。

 だが、何進が奏上したことにより、それは実現してしまったのだ。

 

 何進が何故、奏上したかといえば、帝が崩御した際に「自身の甥が即位する際に邪魔になる」と思ったからである。

 帝自身も口煩い劉虞をあまり快く思っていなかったので、劉虞を北に追いやった形なのだ。

 噂では劉虞と公孫瓚が張純らに同調した烏桓族の対処を巡り、一時険悪となったらしい。

 だが、両者に盧植が割って入り、事なきを得たとの情報が入ると中黄門は頭を抱えた。

 

「くそっ……。これでは帝に砒素ひそを飲まし続けても意味がない。どうにかせねば……」

 

 このまま帝が死んでも外戚の何進が力をつける結果となる。

 一番の問題はそれであるが、他にも陳王劉寵などもおり、継承権争いになれば面倒なことになる。

 劉虞も劉寵も宦官は好きではないからだ。

 

 悩んだ挙句、中黄門は幽州へ探りを入れていた男を呼んだ。

 そして、溜息混じりに話はじめた。


「……幽州は纏まりそうか?」

「盧植は双方の意見を良く聞き、両者の間を取り持っております」

「そうか……廬植さえいなければ、どうにでもなりそうか?」

「そうとも限りますまい。それに一度、廬植は罷免されてから復帰させたばかりです」

「それは、どうにかなるが……」

「それ以上に変な輩が両者を取り持っていました」

「変な輩?」

「はい。中山靖王劉勝の末裔を称している男です」

「どうせホラ話だろう。劉勝の末裔なんぞ、出任せには持ってこいだからな」

「ですが、奇妙な人気がある男です。容貌もこれまた奇妙で、腕は膝まであり、両耳は大きく、自分の眼で見えるとか……」

「ハハハハ。珍獣として気に入られているのか?」

「どちらにせよ。厄介者であることには間違いありません」

「官位はあるのか? その珍獣は?」

「今のところはないようです。何せ義勇兵の隊長ですから」

「何? 義勇兵? 黄巾となんら変わらんではないか」

「何でも廬植の教え子で、公孫瓚の弟分にあたるとか……」

「そいつらのコネで成り上がろうとしているのか。忌々しい」

「ですが、用心なさるに越したことはないかと……」

「ふん。ならば、そ奴に地位と官位をくれてやろう」

「どうなさるおつもりで?」

「今に分かる。それだけ人気取りが好きなら、同じ人気取り好きにぶつけてやるまでだ……フフフ」

 

 中黄門は自分の才覚に酔いしれていた。

 今の帝を亡き者にし、外戚何進と十常侍を排除した上で劉協、劉虞、劉寵も亡き者にすれば、何れは自身が天下を取れると確信している。


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