第五話 ……埋めるのはお家芸?
8月での出征は暑い。いや、暑すぎる。
もっと涼しくなってからが良かったけど、勢いで出陣しちゃったからなぁ……。
けど、区星を討伐したところで、こっちに何の得があるんだか……。
考えないようにしよう。そうしよう……。
ゲーム上というか、設定上において遠征は一か月を要するらしい。
つまり、僕が政略フェイズを行えるのは9月のみとなる。
区星の奴はこんなクソ暑い中、よく戦闘なんかするもんだ。
しかも、山だらけだから夜は結構、冷えるんだよな。
体調をおかしくしちゃうよ。
ま、聞くところによると武陵太守の曹寅は城から一歩も出てないらしいけどさ……。
「いやぁ、この暑さは堪えますなぁ。太守殿。さっさと区星を討って長沙に戻りましょう」
「うむ。鐘離昧よ。貴殿はこの荊州はおろか、大陸随一の猛将。期待しているぞ」
「い、いや。大陸一は恐らくあの方かと……」
呂布のことかな? まぁ、そうだろうけどなぁ……。
あれ? でも、鐘離昧って楚漢戦争の人だから……項羽のことかな?
出てきたら配下になって欲しいけど……殺されそうだしなぁ……。
僕がそんな事を考えていると、先行していた物見A君が戻ってきた。
聞くと区星の軍勢が三万以上に膨れているという。
ど、ど、どういう事!?
「閣下。物見の報告によると、周や郭の旗もあったとか」
「うむ、陳端。そのようだな。君は思い当たる人物がいるのかね?」
「されば、零陵や桂陽で暴れている周朝と郭石と思われます」
「……何故、その二人が武陵に?」
「まずは武陵を強奪し、一勢力として名を上げるということでしょうな」
「その後に黄色い布でも頭に巻くつもりということか?」
「御明察。恐らくそうでしょう。今のところ黄巾の連中は最南端だと汝南辺りですが、この周辺となりますと……」
「……ううむ。黄巾の名を借りて『虎の威を借る狐』をしようということか……面倒な」
「ですが、連中は数が多くてもあくまで寄せ集め。烏合の衆です」
「うむ。武陵には、曹府君の兵もおるだろうし、挟み撃ちにすれば問題あるまい」
本当に勝手に口から言葉が出て来る。
便利な機能で良いんだけど、なんか寂しいな。
けど、自分の口からは都合よくベラベラと出てこないしなぁ……。
結構、強行軍に近いハードな進軍なんだけど十日間近くもかけて、ようやく武陵へと着いた。
距離的にいえば東京からだと名古屋? 京都? いや、もっとか?
暑いわ、くたびれるわで、もうよく分らないや……。
山岳地帯や丘陵地帯ということもあって、平地よりも移動に手間取ったというのもあるけど、遠すぎ……。
けど、兵士の士気は落ちてない。やる気満々。
ゲームの世界だからなんだろうけど、普通なら移動しただけでダウンだよ……。
本当に昔はこんな事していたのかなぁ……? と、正直思う。
区星らが布陣している場所に、僕は鐘離昧と陳端、そして数人の兵と共に偵察に出た。
敵は柳葉湖という結構、大きい湖の近くに布陣していた。
そりゃあ、このクソ暑い中だし、水浴びでもしていなきゃあ、やってられないよなぁ……。
そして、敵の背後には広大な森も広がっている。
湿地も多いし、攻めるとなると移動に手間取りそうな感じ。
向こうも武陵の城とは十キロメートル程、離れているせいか、ほとんどの兵士が鎧を脱いでいた。
今、奇襲をかけられたら大勝利なんだろうけど、流石に気づくよね……。
「こう湿地が多いと騎馬で強襲というのはちと難しいですね」
「鐘離昧。君が得意とする速攻は出来ないようだな」
「なに、一千騎ほどであれば出来ますよ」
「しかし、それでも移動に手間取るぞ。移動している間に矢を撃たれては厳しいであろう?」
「ハハハ。あの後ろの森へ回り込めば簡単です」
「あまり無茶をしないでくれ。余の寿命が縮まるではないか……」
「以前、仕えていた君があまりに無茶苦茶でしたので、拙者も少し影響されているのかもしれませんな。ハハハ」
「………」
ツッコミたいけど、やめておこう。
けど、どうしようかな? 夜襲をかけたいところではあるけどさ。
「閣下。ここは夜襲で先手をとりましょう」
「おお、陳端。余も同じことを考えていたところだ。だが、どうやってかけようか?」
「そうですな。鐘離昧殿は騎馬で森をぬける自信がお有りのようです。ここは鐘離昧殿に森林から攻撃してもらいましょう」
「我々はどうするのだ?」
「区星らは丁度、西の方角におります。我らは東側です」
「うむ。それで?」
「丁度、朝日が昇る時刻に近づき矢を射かけましょう。相手が狼狽えたところを空かさず鐘離昧殿が後方から突撃をかけるのです」
「成程、それは妙案だ。鐘離昧はどうかね?」
「この鐘離昧。あれぐらいの森を夜間にぬけるなど、造作もないことです」
こうして作戦は決まった。
ついでに火矢とか使いたいけど、湿度が多すぎて無理らしい。
ゲームならどこでも火計が使えると思うんだけどなぁ……。
しかも、区星って知略が低そうだし。
まずはまだ日が沈んでいないうちに兵を休ませる。
兵士はすぐに寝てしまった。
まぁ、やる気満々でも行軍で体力は使っているからねぇ。
幸い鞏志は弓兵の固有スキルを持っているので、それなりにはダメージを与えられそう。
僕は戦闘の固有スキルが全くないから、ちょっと悲しい。
まぁ、君主って基本的に自分から突撃を仕掛けるなんて、あり得ないからねぇ……。
あ、別に呂布や孫策をディスっている訳じゃないんですよ!
辺りが暗くなり、丑三つ時になった。
……中国でも丑三つ時って言うのかな? まぁ、いいか。
区星らは既に一か月近くここに布陣しているらしく、思い切り油断している今がチャンス!
月は三日月なので多少の光はあるけれど、それでもやはり暗い。
街灯なんてある訳ないし、暗視カメラなんてある訳ないしね。
……しかし、蚊が多い。この暑さだし、疫病とかってマラリアかも……ああ、嫌だ嫌だ。
湿地が多いので移動は当然、遅い。
だけどその分、足音を立てにくいので、静かに近づけることは出来る。
足がぬるぬるして気持ち悪い上に、蛭とかがくっついたりするんだけど……ひぃぃ……。
「閣下にまで、このようなことを頼むのは気が引けますが……」
「なぁに。これも仕方ないことよ。気にするな。陳端」
「手の者に橇でも引かせば宜しいものの……」
そういう事は早く言って! お願いだから!
けど、今更「橇に乗りたい」なんて言えないよ!
こんな気分、小学校での自由課題の田んぼ体験以来だよ!
あの時、先生の
「こうやって農家の皆さんは稲を丁寧に一本ずつ植えていくんですよ」
なんていうセリフにどんだけツッこんだことか!
「普通は皆、田植え機に乗ってやっているじゃねぇか!」
って、心の底からツッコミまくったわ!
足が泥だらけになる行軍を開始して三時間ほど。
辺りがようやく明るくなり始めた。
幸い、少し靄がかかっていて、相手にまだ発見されていない。
けど、ちゃんと敵の所に向かっているかが心配になってくる……。
「方向はこれで合っているんだろうな? 陳端」
「はぁ……大丈夫だとは思いますが……」
「………」
うう……心配になってきた。
全く違うところに出てしまったら良い的じゃないか……。
けど、不安は的中しなかった。
靄が晴れだした時には丁度、敵から三百メートルぐらいの所に出たんだよ。
僕らに気づいた敵兵は狼狽し、急いで矢を継ぐ者、鎧を着ようとする者、兜を探す者で混乱となった。
「弓兵! 相手の頭上に射かけよ! 撃って撃って撃ちまくるのだ!」
僕は思い切りそう叫んだ。
多分、今までで一番の大声だったと思う。
大声コンテストで優勝出来るぐらい……かもしれない。
無数の矢が弧を描いて降り注ぐと、更に相手は混乱した。
賊は練度が低いらしく、ほとんどが農民あがりらしい。
気の毒に思うけど、僕は「いや、これゲームの世界だから」と自分に言い聞かせた。
弓兵を指揮する鞏志は、ここぞとばかり叱咤激励し、鼓舞する。
僕へのアピールなんだろうなぁ。
鐘離昧が来たから自分の存在価値を認めてもらいたいんだろうなぁ……。
「ええい! 何をしている! 数ではこちらの方が上だ! 焦るでない!」
敵の大将っぽいのが声を枯らさんとばかり、狼狽する雑兵を纏めようとしている。
あれが区星なのかな? 如何にも山賊っていう髭面だし。
そして、結構マッチョだし……。
その甲斐あってか、向こうの雑兵も槍を持ってこっちに攻撃を仕掛けてきた。
弓を射かけようにも混乱して、上手く矢を継ぐことが出来ないからだろう。
けど、湿地帯なので動きは遅く、折角近くまで来ても弩弓兵の矢が突き刺さる。
だが、数の上では確かに向こうの方が上なのは間違いない。
向こうは逃げ出す兵もいたけど、大将自らそれらを撫で斬りにし、恐怖心を煽ってこちらに攻撃させようとする。
……全く酷いことをする。
僕が就職した際には、あんな上司いませんように……。
暫くこちらは近づけさせなかったけど、ついに近接戦へと持ち込まれた。
僕は当然、武器なんぞ持てないので後方に退避。
情けないけど、ほら……大将いなくなったら総崩れだしね。
乱戦になり、こちらの兵にも死者が出てくる。
「ゲームの世界だから」と自分に言い聞かせていても、やはり気持ちが良いものじゃあない。
意外と鞏志が槍で奮戦し、持ち堪えている。
流石に雑兵相手には強いんだね……。
一進一退になり、膠着状態になる。
だが、数で勝る敵は無理やりこちらを圧してきた。
早く来いよ! 鐘離昧!
その時、心の叫びが通じたのか、森から騎馬隊が勇猛果敢に敵の中央に突撃してきた。
いきなり背後から騎馬隊に突撃されたもんだから、折角立ち直った状況もまた元の木阿弥だ。
「長沙太守司護配下、鐘離昧見参! 雑魚に用はない! 区星出て来い!」
鐘離昧はそう叫びながら群がる雑兵をどんどん槍で突き殺していく。
怖い……。確かに細マッチョではあるけど、どこにそんな力があるんだろう?
頼もしいというよりも「敵じゃなくて良かった」ということしか頭に思い浮かばない。
「遅すぎる!」とか言って叱るのはやめておこう。逆ギレされたら命が危ない。
「うるせぇ! そこの小童! この周朝が相手だ!」
この周朝というのも、これまた絵に描いたような山賊顔。
その様子を見た瞬間、僕はあることが頭の中に浮かんだ。
「うわぁ……良くある光景だ。一瞬で終わるんだろうなぁ」……ってね。
「雑魚には用がないと言った筈だ! 喰らえ!」
鐘離昧がそう怒鳴り、凄いスピードで近づいた瞬間、周朝の首が飛んだ。
周朝のパラメータを見てみたかったけど……まぁ、いいか。
流石に博士仁よりはマシだと思うけどなぁ。
区星じゃないけど、三頭目の一人、周朝が斬り捨てられたことで更に賊は浮足立った。
鐘離昧は高笑いしながら「区星! 出て来い!」と只管叫び続け、逃げる雑兵を突き殺している。
……いや、マジで怖いんですけど。だんだん味方でも怖くなってきた……。
「武器を捨てよ! 降伏する者は助ける! 命を粗末にするな!」
いきなり僕の口から言葉が出た!?
そういやぁ、作るときに「志向:仁徳」とかにクリックしたっけ。
どうも、その時のことが影響しているようだ。
その甲斐あってか、次々に武器を捨てて投降する兵が続出。
それと同時に区星と郭石の二頭目は、逃げる兵達と一緒に森の方へ逃げて行った。
そして僕の頭に中にふと文字が浮かんだ。
捕虜にした兵4758
……思ったよりも随分、多いな。
まぁ、こちらも被害は出たみたいだし、合せるとどれくらいだろ?
現在兵士数9345
う~んと……兵士が随分と儲かった?
てか、降伏した兵ってそのまま使えるのかな???
「太守殿。大勝でしたな! 区星を逃がしたのは心残りですが」
「おお、鐘離昧! 貴殿の働き見事でしたぞ!」
「それはそうと、この敗残兵どうします? 生き埋めにでもしますか?」
……何を言っているの? 君は……。
前の仕えていた人の悪い影響をモロに被っているじゃないか!
「それでは余が約束を違えることになる。元は農民であり、町民だぞ」
「では、如何なされるのです?」
「兵になりたいのであれば、そのまま我が隊に編成する。村に戻って田畑を耕したいのなら、それも良いだろう」
「ハハハ。貴方は本当に仁君のようだ。ちと、冗談が過ぎましたかな」
……冗談に聞こえないよ。鐘離昧君。
それはそうと、武陵太守の曹寅に事の顛末を書いた書状を使者に渡し、戻ることにした。
降伏した兵の中には長沙の村で田畑を耕すことを希望した者もおり、最終的な兵士数はこうなった。
現在兵士数:13672
長沙に凱旋すると、領民は歓喜で出迎えてくれた。
王儁と秦松は言われた通り、帰順と町造りをしてくれていたみたい。
で、最終的な長沙のパラメータはこうなった。
農業231 商業399 堤防86 治安86
兵士数23207 城防御287
資金674 兵糧5000