第三十五話 張羨さんとの約束
僕は元衛兵隊長が出ていった後、深呼吸して自分を落ち着かせた。
そして、皆も席に着き、刑道栄の行軍状況を尹黙から発表させた。
刑道栄らは全軍を率いて、こちらに来ているとのことだ。
長沙でも桂陽でもなく、この隊の方向へ突き進んでいるらしい。
そこで僕は、まず誰かの意見を聞くことにした。
「刑道栄らが、こちらへ向かってくるとのことだが、その理由が分かる者はおるか?」
「我が君。発言を許されたい」
「おお、趙儼か。君の意見は?」
「恐らく、一気に突っ切って南昌へと向かうつもりでしょう」
「南昌へ……? あ奴らも黄色い頭巾を被るつもりか?」
「はい。黄巾党は未だに、略奪などを容認している賊と思われているフシがございます」
「しかし、張梁殿のところでは……」
「それに現在、南昌では兵は一万弱しかおらぬとのことです」
「……ということは、下手すれば南昌を攻めるつもりか?」
「どちらとも取れます。もし、彼奴らがそのつもりなら、素通りさせるのも一つの手ですが……」
「それはならん! 南昌の民も民には違いない!」
「はっ……では」
「全力で刑道栄らを阻止する! これは決定だ! 良いな!」
僕はそう叫び、鼓舞すると同時に諸将も立ち上がり、皆一斉に雄叫びを挙げた。
翌朝、刑道栄の行軍を阻止すべく、進路をやや北に変えることとなった。
彭越に別動隊の歩兵三千、鐘離昧に騎兵三千を預け、平原で迎え撃つ作戦だ。
こちらには既に甘寧がいるし、一騎打ちを相手が申し出てきても、問題ないからね。
彭越は平原の北にある葦が茂ったところに伏兵として配置。
一方の鐘離昧は少し遠い南の林に配置した。
これで戦いになったら、三方から迎撃が可能だからだ。
そして、二日後の正午前あたり、物見兵Aが約四万の軍勢を発見した。
范増の子飼いの物身兵達は、本当に頼りになる。
大軍勢だけでなく、少数の手勢でも位置を割り出すことは造作もないからだ。
僕は相手を迎え撃つために、急いで陣形を立て直し、方円の陣を敷いた。
こちらの現在の兵の数は一万四千。向こうは三倍近い四万だからだ。
鶴翼の陣形にしたら逆に怪しまれるし、こちらも心許ないからね。
しばらくして、向こうもこちらに気づき、陣形を変えて進んできた。
魚鱗の陣形ということは、完全に中央突破を図るつもりだろう。
僕の首を獲って、手柄にしようという意気込みが伝わってくる。
ゆっくりと刑道栄の軍勢が近づくにつれて、僕の掌は汗だくになっている。
初めて僕が知っていた名前の武将との戦いでもあるし、相手の兵数も倍近いからだ。
そして、刑道栄と思われるゴツい奴が現れ、大音量で僕に話しかけてきた。
「おおい! 賊太守! いるのは分っているぞ! 出て来い!」
出てこない訳には行かない。
両軍ともに1キロメートル近く離れているから、狙撃の心配はないしね。
「出てきてやったぞ! さぁ、大人しく縛につけ!」
「やかましい! 劉表や張羨に焚き付けて、俺を殺させようとは、とんでもねぇクソ野郎だ!」
「勝手な憶測で出鱈目を言うな! お前のような凶賊の言う事なぞ、誰も信用しないぞ!」
「ふざけるな! 仁君気取りも今日までだ! おい! 誰かアイツの首を獲ってこい!」
刑道栄がそう叫ぶと一人の男が、馬に乗って来るのが見えた。
男は鉄棒を小脇に抱え、如何にも強そうな筋骨隆々の長身の男だ。
僕は「觀鵠か蘇馬の何れかだろう」と思っていたら、意外な名乗りをあげてきた。
「俺は戴天夜叉何曼だ! 司護! 俺と尋常に勝負しろ!」
「何曼だと!? 何故、黄巾の者がここにいる!」
「ゴチャゴチャ言ってねぇでかかって来い!」
「待て! そもそも何故、刑道栄のような凶賊といるのだ! 太平道は『略奪や暴行はしない』と公言しているのだぞ!」
「フハハハ! だから、ここにおるのだ!」
「どういう意味だ!?」
「クソつまらん規律なぞ、クソ喰らえってんだ! これから南昌に行き、弟分の張闓を加えて一旗揚げるのよ!」
「待て! すると南昌を……」
「その通りだ! だが、まずはテメェを殺しておけば、その首がいざという時に朝廷への土産にもなるからな!」
「何という奴だ……。貴様という奴は!」
「うるせぇ! ガタガタぬかすな!」
「甘寧! あの罪人を叩き斬れ!!」
「おう! 親分! 任せておくんなさい!」
思わず僕は、傍にいた甘寧をぶつけてやった。
甘寧は鐺鈀と呼ばれる三つ又の戟を、小脇に抱え猛然と向かっていく。
何曼のパラメータは見ていなかったけど、こんな奴は許してはおけない。
無名の若武者が来たことに腹を立てたらしく、何曼は怒号を響かせながら、甘寧に突撃してくる。
怒号が飛び交い、鉄棒と鐺鈀が合わさること十数合、何曼の首に鐺鈀が突き刺さり、見事甘寧が何曼を下した。
「司護家臣甘寧! 賊将何曼討ち取ったり!」
この一言で俄然、こちらの士気は揚がった。
当然、向こうは意気消沈。
怒った刑道栄は総攻撃を命令して、こちらへ向かってきた。
甘寧はサッとこちらへ戻り、歩兵の指揮につく。
そして、弓隊を指揮するのは杜襲だ。
敵が突撃してくると、容赦なく矢の雨を敵の頭上に注がせる。
当然、目の前には死体の山が築かれる。
僕は「これはゲームの世界だ」と自分を言い聞かせ、倒れ行く敵兵を見守っていくだけだ。
敵がこちらの前衛に近づくと、今度は甘寧が指揮する歩兵隊の出番だ。
歩兵隊は槍衾を作り、勢いよく近づいてきた敵兵を次々に貫いていく。
ゲームとかアニメとかドラマで良く見る光景だけど、本当にそうなったら「凄い!」なんて言えない。
それ以上に「怖い!」という感情しか出ないものだ。
「進め! 蹴散らせ! 南昌につけば、金も女も手当たり次第だぞ!」
「怯むな! ここで食い止めろ!」
「うわぁ! 俺の腕がぁ!」
兵士達の怒号、悲鳴、絶叫が辺りを響かせる。
こんな世の中を変えるつもりだけど、やはり怖い。
架空の世界だとしても、怖いものは怖いんだよ!
「よし! 頃合いだ! 旗を振れ!」
そう叫んだのは是儀だった。
そして、旗を合図にして敵の8時の方角から彭越が、歩兵隊を率いて飛び出した。
かたや一方の鐘離昧も同時に、敵の4時の方角に騎馬隊で急襲する。
すると敵は三方から攻められて混乱しだした。
「敵将觀鵠、彭越が討ち取ったぜぃ!!」
「蘇馬は、この鐘離昧が討ち取った! この機を逃すな! 続け!」
右翼の觀鵠、左翼の蘇馬らは、それぞれ彭越と鐘離昧の手柄となった。
慌てる刑道栄は我先に逃げ出すも、甘寧に追いつかれ、遭えない最後を遂げたんだ。
僕は三人のパラメータは敢えて見なかった。
見たところで、雇える訳がないからだ。
パソコンのモニターやテレビの画面で「こいつ強い。雇おう」とか同じな訳がないんだよ。
ゲームの世界なのにね……。
戦いは一時間も掛からずに終わった。
そして、降伏した兵をどうするか迷った。
中には零陵蛮や桂陽蛮、山越人もいる。
甘いと言われながらも、僕はやはり恩赦を与えることにした。
この中に隙あらば僕の命を狙う刺客がいるかもしれない。
鐘離昧は、いつも通り「生き埋めにしましょう」って言ったけどね。
けど、僕は恩赦を与える。
これはジンちゃんがそうさせたんじゃない。
ボンちゃんである僕自身がそうさせたんだ。
それに僕には看破という強いスキルがある。
それを使って僕は降伏した兵に一人一人罪状を聞いた。
極一部だけど、中には僕に嘘をついて、略奪や強姦などを誤魔化そうとしている者もいた。
流石にそれは許されないので、獄舎に連行させることにしたけどね。
結果、降った兵は一万以上。帰農する者は二万を超えた。
こちらの被害は二千人以上で、一応大勝ということになった。
それから数日かけて零陵に着くと、酷い有様に愕然とした。
刑道栄らがやったとはいえ、僕にも責任は大いにある。
これらを復興させること。それが張羨さんへのせめてもの償いだと思う。
嫌だけどパラメータを見てみよう……。
零陵パラメータ
農業34(1300) 商業22(1300) 堤防0 治安0 城防御27(500)
資金6000 兵糧70000 兵士数47346 訴訟4レベル
やはり想像以上に酷い。そりゃそうだ。
田畑は荒れ果て、街や城、政庁は焼け崩れ、土手は崩壊し、溜池はグチャグチャだもの……。
僕が嘆息していると、大勢の人々が集まってきて、僕の姿を見て歓喜した。
痩せ細り、疲れ切っているけれど、僕が来たことに本当に喜んでいるんだ。
こうなったのは僕の責任なのにね……。
けど、そんなことは言ってられない。
この人達の為にも、そして張羨さんの為にも、この零陵を復興させなくちゃいけないんだ。
僕は輸送してきた兵糧40000を民に配り、飢えた人々の救済に充てた。
しばらくして、張羨さんの遺体が僕の前に届けられた。
何度も刺された跡があり、思わず僕は嗚咽し、号泣してしまった。
本当は実在していない架空の存在だとしても、もうそんな事はどうでもいいんだよ。
張羨さんに申し訳ないのか、それとも自分が情けないのか、それとも……。
僕は張羨さんのため、廟を建てることにした。
生前「それ程、華美なことはしていなかった」と金旋から聞いたので、質素にした。
「そんな金を使うなら漢と民に使え!」
そんな声が聞こえたような気がしたからだ。
ただ、張羨さんも問題がない仁君という訳ではなかったとのことだ。
というのも、異民族への対応が酷過ぎたらしいんだ。
気位が高く、漢人以外はぞんざいに扱い、異民族には重税を課していた。
そのせいで零陵蛮をはじめとする荊南蛮が反発し、張羨さんを苦しめていった。
だけど、それがここまで拗れた要因であったなら、僕はどうすりゃ良かったんだ?
今更、言ったところで、どうしようもないけどね……。
そして訴訟にあがっていた汚吏を徹底的に洗い出し、捕縛した。
そこには長沙から逃げてきた汚吏もいた。
こいつらのせいで、僕は……。
「おい! 賊よ! 漢の臣たる我らに何たることを! 漢の臣を気取るつもりでいるなら、さっさとこの縄を解け!」
「やかましい! この汚吏め! 酷吏め! 賄賂なら、しこたま貯めたであろうから、地獄で閻魔にでも使うが良い!」
「何だと!? 賊のくせして……」
「捕吏よ! この者らを広場にて処刑せよ! 見せしめだ!」
「ひいぃ! 待て! 我らが帝に掛け合って、君を太守にするから、命だけは……」
「反故にする気満々で、よくもそんな戯けたことを」
「いや、家族を人質に差し出す! だから、お願いだから……」
「……家族の命を捨ててまで生き長らえるつもりか! この極悪人どもめ!」
「……そ、そんなつもりは毛頭ございませぬ! お許しを! 司護様!」
「急ぎこ奴らを広場に連れて行け! モタモタするな!」
零陵で隠れていた汚吏らは粛清したが、家族には罪がないので、交州へと追放処分とした。
零陵にいたら「確実に復讐されるだろう」という考えだからだ。
交州刺史の賈琮、交阯太守の士燮に家族の保護と今後の交易について手紙を書いた。
未だに文字は書けないので、代筆は蔡邕に頼んだけどね。
どうも賈琮の方は、僕を少し警戒しているようだけど、士燮の方はとても友好的なんだ。
南海沖の方には海賊もよく出没しているらしく、最近では長沙の方に交易ルートが整備されているので、行商人も南方からの方が多い。
あとは江陵さえ平和になれば、都まで直接交易ルートが開通出来る筈なんだけど……。
それはそうと、7月後半の政略フェイズ開始。
まずは長沙、桂陽、武陵からやるか。
長沙は陳端が治水。
武陵は厳顔が補修。
桂陽も李通が補修。
これで以上。
さて、問題の零陵だけど、仕事が山積みだな。
大変だけど、こなさなくちゃ……。
まず、顧雍、蒋欽、是儀、秦松が訴訟問題。
蔡邕、徐奕、桓階、杜襲、王儁が開墾。
劉度、金旋、張紘が治水。
僕、繁欽、尹黙、趙儼、灌嬰、張昭が街整備。
范増、杜濩、朴胡が城郭整備。
彭越、陳平、鐘離昧、沙摩柯、鞏志、甘寧が巡回。
周倉は僕の警備。
これで良しと……。
零陵パラメータ
農業97(1300) 商業102(1300) 堤防29 治安36
兵士数47346 訴訟3レベル 城防御56(500)
資金3502 兵糧30000
長沙パラメータ
農業1200(1200) 商業1500(1500) 堤防100 治安100
兵士数34973 城防御589(600)
資金5880 兵糧28000
桂陽パラメータ
農業697(1000) 商業757(900) 堤防100 治安95
兵士数30182 城防御130(500)
資金2804 兵糧22000
武陵パラメータ
農業1200(1200) 商業800(800) 堤防100 治安100
兵士数34345 城防御355(500)
資金1967 兵糧30000
現在の家臣状況
長沙
張任、陳端、韓曁
武陵
周泰、厳顔
桂陽
李通
零陵
司護、劉度、尹黙、張昭、秦松
杜襲、蔡邕、徐奕、桓階、是儀
彭越、陳平、張紘、金旋、鐘離昧
顧雍、王儁、趙儼、繁欽、范増
杜濩、朴胡、沙摩柯、鞏志、蒋欽
灌嬰、周倉、甘寧
計34名




