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外伝10 迷惑な集い

 ある山の洞窟の中。そこは本来ならば、まず人が訪れない場所である。

 そこに一人の童顔の老人が酒を飲んで、鼻歌を歌っていた。

 何もない、ただの洞窟の中で一人、ただニコニコしているだけである。

 

 そこにふと現れたのは、白い髭と白い長髪の翁である。

 翁は老人を見るなり、いきなり怒鳴った。

 

「こら! 左慈! お前という奴はまた勝手なことをしてからに!」

 

 キョトンとしてから老人左慈は翁に言い返した。

 

「手伝ってやっただけじゃよ。少しは感謝して欲しいがのぉ」

「それは余計なお世話じゃ! 勝手に范増を司護に押し付けおって!」

「当人は喜んでおるんだし、良いじゃろ?」

「他にもあるぞ! 儂に化けて、よくも彭越なんぞまで……」

「だから……司護は喜んでおる。良いではないか……」

「しかも、おかしいと思ったら……このサイコロだ! お前という奴は、こんな小細工までしおってからに!」

「確かに司護が振れば、必ず6が出るようにしておいた。それの何が悪い?」

「悪いに決まっておるじゃろ! 見てみぃ! そのせいで司護の記憶まで変えてしまったではないか!」

「それは范増の影響じゃろう? 関係ないわい」

「関係あるわい! 儂が折角、作った過去の記憶を滅茶苦茶にしおって!」

「しかし、じゃがのぉ。楊松が『長沙太守や県令の家族の皆殺しを命じた』というのは、ちと弱いぞい」

「……それが本当のことじゃろうが。楊松が財物に目が眩んで、ドサクサに殺したのは……」

「だから、イマイチ弱いのじゃ。こういう物はインパクトとかいうのが大事じゃよ。フェフェフェ……」

「笑うな! 司護がトラウマになったら、どうする気じゃ!?」

「まぁまぁ……しかしじゃな。当初、選ばれた者どもを見てみぃ」

「……何の問題があるんじゃ?」

「魏無知、審食其しんいき盧綰ろわん酈商れきしょう朱家しゅか。……よくもまぁ、こんな微妙な人選を……」

「何が悪いのじゃ?」

「……悪いに決まっておる。大体、魏無知なんぞが来たら詰んでおったぞ」

「………そうとも限るまい。確かに、ここまで迅速な伸びはしなかったと思うがのぉ」

「馬鹿を言え。どうにもならぬよ。お主は楽観的過ぎる。儂よりも世間でブラブラしておるのに、まだ分らぬのか?」

「やかましいわ! 何でお前に、そんな事を言われないといけないのじゃ!?」

「既に古の者どもは、勝手に世に飛び出しておる。早い事どうにかせんと、取り返しがつかぬぞ」

「そんな事は分っておるわい! ただ、儂には儂のやり方がある。お前に指図されるつもりはないぞい」

「本当に分っておるのか? このままだと戦国春秋の連中まで来るぞ」

「ええい。『そうなれば取り返しがつかぬことになる』であろう? 耳にタコじゃわ!」

「そうじゃ。今のところ、楚漢から秦末までに抑えておるがのぉ」

「だから、なるべく司護の精神に変な影響を受けない人選をだな……」

「ハハハ。そんな事を言って、司護にあの三人を断られたのが、余程悔しいと思われる」

「うっ……うるさいぞっ!」

 

 二人がそんなやり取りをしていると、またもや別の翁がやって来た。

 司護が水鏡先生と呼んでいる翁である。

 

「これは老師。司護の様子はどうでしたかな?」

「おお、于吉。それに左慈もいたか。よしよし」

「………いい加減、我らの前で司馬徽のマネはやめて下され」

「おお、すまん。于吉。クセになってしまったようじゃ」

「で、肝心の司護はどうですかな?」

「何とか大丈夫なようじゃな。よしよし」

「南華老師……。いい加減に」

「于吉よ。気にするな。よしよし」

「……まぁ、司護が問題なかったのは、由としましょうかのぉ」

 

 ここで頭をずっとボリボリと掻いていた左慈は、ふと老師に聞いてみたいことがあったので、聞くことにした。

 

「老師。つかぬことを聞くんじゃがね」

「うむ。左慈よ。如何いたした?」

「いやね。何であの者が選ばれたか、未だに理由が分らん訳ですわ」

「そんなもん。簡単じゃよ」

「何ですかな?」

「ただの偶然じゃ」

「……やっぱり、それだけですか」

「まぁ、それだけではないがのぉ」

「と申されますと」

「ズバリ、名前じゃ」

「ほう? 名前」

「その通り。一文字の姓と名で選んだのじゃ。その方が、らしいじゃろ?」

「他に候補者はおらんかったんですかな?」

「いたぞ。林烝はやし・すすむ東旭ひがし・あきら藤敢ふじ・いさむ谷祝たに・はじめ。珍しいところだと九改いちじく・あらたじゃな」

「司護が選ばれたのは?」

「他の者が自分の名前を使わず、伊達政宗だの史進だの、酷いところではナポ・レオンとかだの」

「……一応、偶然ではないのですな。しかし、本当にそれだけですかなぁ?」

「うむ。これ以上はない。よしよし」

「司護が聞いたら、さぞブチ切れるでしょうなぁ」

「そうじゃろうなぁ。だが、本当のことじゃから、仕方ないじゃろうがのぉ」

「まず、ここに来た意義とやらが、ありませんしのぉ」

「そんなもん人生と同じじゃ。人生にも意義なんぞないわ。意義なんていうもんは己自身が作るものじゃ」

「ほほう。一応、それっぽいことを言いますなぁ」

「うむ。儂、カッコイイ!」

「フェフェフェ! 司護の真似ですか! 良く似ておりますな!」

「そうじゃろう。それに一応、それらしいことを言わないと、マズいような気がするからのぉ」

 

 そんな会話に嫌気がさしたのか、于吉が老師に食ってかかった。

 

「老師! また、いい加減なことを!」

「仕方ないじゃろう。この世界自体が、いい加減なんじゃからのぉ」

「全く……。早く止めないと、この世界が破裂しますぞい」

「分っておる。だから、楚漢や秦末の者だけを、ちょこちょこと封印を解いているわい」

「劉邦は、ちゃんと封印したままでしょうな? 老師」

「あの者が来たら、おかしくなるからのぉ。記憶が鮮明だから厄介じゃわい」

「項羽は……」

「ああ、あ奴は自力で破りおった。ついでに、そのせいで他の厄介者も出よったわ」

「なっ!?」

「……致し方なかろう。奴は化け物じゃからな。記憶がないのが、まだ救いではあるがのぉ……」

「……それで居場所は?」

「分らん。じゃが、幾つか手は打っておる。心配するでない」

 

 于吉はそれを聞いて、溜息をついた。

 予想出来ないこの事態に対応しきれていないからである。

 

 このゲームの世界は隠れキャラが有象無象にいる世界だ。

 その為、あまり出過ぎるとパンクし、世界自体が消滅する。

 それを止めるには、早いところ人間のプレイヤーキャラクターがクリアしなければならない。

 だが、このゲームは元々一人用として開発された為、司護が最後までクリアするしかないのである。

 

 司護が寿命を尽きるまで行った場合、恐らく世界は破滅する。

 だが、この世界ではない現実世界の人々にとって、この世界はどうでも良い存在だ。

 何故ならば、たかが一つのゲームの世界である。

 

 このゲームが開発された経緯や理由は、この三名にも分らない。

 分かっているのは、放置した場合パンクすることだけだ。

 于吉は何とか、このゲームをパンクさせないようにしているが、老師や左慈はあまり気にしていない。

 その理由として、自身らが疑似的な存在であることを知っているからである。

 

 そして、彼ら三名以外の疑似的な者達は、エキストラを含めて生活しているのである。

 そのような事とは露知らず………。

 

 それでいて左慈は左慈で、勝手に楚漢から秦末期の者達をバラまいている。

 理由は「単に面白そうだから」という迷惑極まりない理由だ。

 だが、ゲームの趣旨とは本来「楽しむため」である。

 左慈からしてみれば「それを行って何が悪い」ということであった。

 

 さて、そんなはた迷惑な連中とは別に、名前が出たある人物は野山で木こりをしていた。

 項籍。字を羽と申す者である。

 身長は2メートルを余裕で超え、力は常人では考えられないものがある。

 そんな項籍であるが、ただ黙々と木々を切る毎日だ。

 

「俺はここで何をやっているんだろう? 何か見つけないと、いけない物がある気がするが……」

 

 項籍はいつもそう考えるのだが、面倒なので途中でやめてしまう。

 武術でも兵法でも、そして読み書きですら直に憶えられるのに、ただ面倒というだけでやめてしまうのだ。

 そしてある程度、木を切ったら売り払い、金に変え、飯を食って酒を飲む。

 その繰り返しを毎日、行っているだけだ。

 

 ある日、山から下りてくると、いつもは平和な村が焼かれていた。

 その村で材木を売りさばいているのだから、迷惑な話である。

 騒いでいる所があったので、見に行ってみると、知らない男どもがよってたかって女を慰み者にしていた。

 

「何だ。ただの略奪か……。迷惑な話だ。俺はこれから切った材木をどこで売ればいいんだ?」

 

 そうボヤいていると、男どもは項籍を見つけた。

 

「やい、そこのウドの大木」

 

 項籍はキョロキョロと見渡すが、他に誰もいない。

 

「てめぇだ! そんな図体している奴が他にいる訳ねぇだろ!」

 

 項籍は面倒くさそうに溜息をつき、軽く小石を因縁つけてきた男にぶつけた。

 すると男の頭は見るも無残に砕け散り、ザクロの実が割れたような姿になってしまった。

 

「ひっ!? ばっ! 化け物だ! 逃げろ!」

 

 すると男どもは悲鳴を上げ、男どもだけでなく、襲われていた女まで逃げ出してしまった。

 別に恩着せがましい真似をした訳ではないので、女が逃げたことはどうでも良い。

 軽く石を投げただけなので、それ程お礼を言われるまでもないからだ。

 

 虎でも熊でも、そして人でも頭を潰せば終わりだ。

 小石を投げただけで、そんな芸当が出来るんだから、わざわざ武術なんて意味がない。

 習う必要がないのである。

 

 幸い男達は好物の酒を置いていった。

 そこで項籍はふと思った。

 

「なんだ。あいつらから奪えばタダじゃねぇか。木こりは廃業だ。これからは気に食わない奴は皆殺しにして、奪うことにしよう」

 

 酒をグイッと飲み干すと、飲んだせいか陽気な気分になってきた。

 項籍は一を聞いて十を知る天才ではあるが、性格は幼い子供と同様である。

 問題なのは幼い子供のような感覚で、何でも思い通りにしてしまおうとするからだ。

 その為に極端な合理的な感覚も持ち、自身よりも上の存在と思えない者しかいない為、誰かを尊敬するという概念がない。

 

 項籍は、これだけでは不満と思ったらしく、逃げていった者達の後を追った。

 皆殺しにして金品や酒を奪うためである。

 木こりの他にも猟師の真似事をしていた為、簡単に追跡することが出来るのだ。

 

 夜になり、辺りが暗くなっても項籍は疲れというものを知らず、黙々と後を追う。

 月が丁度、真上に差し掛かった所で、ようやく目的の場所に着いた。

 先ほどの賊の連中が野営をしていたのである。

 

 見張りは数人ほどおり、良く見ると先ほどよりも倍以上の人数がいた。

 そこで項籍は、まず見張りの者を片付けることにした。

 遠くから石を投げて倒すのである。

 

 ヒュンッという風を切る音と共に、見張りは叫び声を上げることも出来ないまま倒れる。

 それもその筈で、当った場所は口から首にかけてだからだ。

 普通なら到底出来ない芸当だが、項籍はいとも容易くやってのけてしまうのだ。

 

 見張りを全て片づけると、あとは寝込みを襲うだけで良い。

 巨体に似合わず、そろりそろりと音も立てずに近づくだけだ。

 そして、寝ている者の口を押えながら、首を真後ろに回せば良い。

 

 ゴキッグキッという嫌な音はするが、大した音ではない。

 グォォという他の者の鼾が掻き消してくれるからだ。

 それをただ只管、繰り返す。

 鶏の首を回して、調理するのと同じように考えれば、造作もないことだ。

 ただ無表情のまま作業し終え、辺りをくまなく探した。

 すると奪ったと思われる酒や金があった。

 

「本当に、これは楽な仕事だ。これ以上の仕事はないだろうなぁ」

 

 項籍は満足そうに笑みを浮かべた。

 辺りには死体がゴロゴロと転がっているのだが、項籍は何とも感じない。

 死体が襲ってくる訳がないからだ。

 そのような感性を持っていなければ、数十万人を平気で殺すこと命令など到底出来ない。

 泣きわめく女子供を含めて容赦なく、全て皆殺しなど出来る訳がないのだ。

 

 項籍は酒を飲みながら山を下ることにした。

 山を下りれば里がある。

 里に行けば食べ物も酒も金も、そして女も手に入る。

 抵抗したら容赦なく殺せば良いのだから、楽なものである。

 

 そんな事を考えながら山を下りていくと、何処からともなく気配を感じた。

 ピタリと酒を飲むのを止め、辺りを見回す。

 そして石を手に取ると、その気配を感じた場所に投げたのだ。

 するとガサッという音と共に、大きな虎が目の前に現れた。

 

「何だ。虎か……。俺は、今日は気分が良いのだ。餌なら向こうに食いきれないほどあるぞ」

 

 そう虎に話しかけると、虎は餌のある方向へと走り去った。

 虎は通常よりも大きく、普通の大人なら前足で頭が削られて即死であろう。

 しかし、虎は項籍を襲わなかった。

 いや、襲えなかったのだ。

 項籍の巨体と気迫は、尋常ならざる気配となって、虎を追い払ったのである。

 

 こうして項籍は山から下りてきた。

 今は思い出せないあるものを探しに……。


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