第二十九話 ドナドナの上京は勘弁してぇ……
前回に引き続き、僕の最大のピンチです。
いやマジで都行きのドナドナは勘弁してください……。
そして、しばらく僕を睨みつけた後、劉表は重い口を開いた……。
本来の僕は脂汗タラタラな筈だけど、表面上の僕はどうやら涼しい顔をしているらしい。
汗が落ちる感覚がないから、それ位なら分かる。
「司護とやら……」
「はい。何でしょう?」
「君に官位と爵位があれば、江夏への増援は約束するのだな?」
「当然です。民の苦しみは私の苦しみですから」
「……良かろう。掛け合ってみよう」
「有難き幸せ。感謝致します」
「……だが、反故にしたらどうする気だ?」
「天命に誓って反故にする気は毛頭ございません。……ただ」
「ただ……何だ?」
「劉祥殿が江夏の太守として統治している場合はご辞退させて頂きます」
「……う、うむ。その場合は致し方あるまいな」
やった! 乗り切った!
さぁ、劉表よ! 早く動け! さぁ動け!
じゃないと袁術側に江夏が乗っ取られるぞ!
「私に官位と爵位が賜れば長沙、武陵、桂陽ともども荊州刺史である劉使君の傘下となります」
「……う、うむ」
「さすれば劉使君としても気がねすることなく、十常侍と対抗出来ましょう。私もご助力致します故、宜しくお願いします」
「……殊勝な心掛けである。相分かった。これからは宜しく頼むぞ」
「御意。では、私はこれにて失礼させて頂きます」
「あ、待て。司護殿」
「何でしょう?」
「折角、ここまで来たのだ。夕食でもどうかね?」
「では、ご相伴させて頂きます。劉使君」
一応、食事は豪華そうなものばかりだったけど、あまり口に合わない。
まぁ、ここの世界の食べ物は全体的に……仕方ないけどさ。
それなりに美味しそうに食べていたつもりだけどね。
そうしていたら劉表は、僕にまた話しかけてきた。
「どうかね? ここの食事は君の口に合うかね?」
「いえ。失礼ですが、私の口に余り……」
「そうかね。賓客を持て成したつもりなのだが」
「いえいえ。何故、私の口に合わないといえば、私が常に粗末な食事しか口にしていないからでしょう」
「君は一応、実質三郡の長ではないか?」
「それは誤りです。実質三郡の長というのは正しくありません」
「……と、申すと?」
「私は漢室に認められてない以上、あくまで賊と同様です。故に実質などということはないのです」
「君はそこまでして何故、漢室に忠義を尽くそうと思うのかね?」
「それは何とも言えません。ただ、荊州でも度々、乱が起こっては漢によって平定されています」
「……ふむ?」
「戦さとなれば苦しむのは民です。故に民の為に漢室を立てているまでのことです。漢に忠義を誓っている訳ではないのです」
「……君は本当に仁君のようだな」
「ハハハ。賊に仁君も何もないでしょう」
劉表は感心しているようだけど、本当の思惑は分らない。
実際、会ってみると左程、優柔不断という訳でもなさそうだからだ。
袁紹と曹操が戦っていた時に、曹操の背後から襲わなかった理由は他にあるんだろうなぁ……。
僕は劉表に売り込みを成功したのかどうかは、ここでは判断は出来ない。
一応、成功したと思いたいところだけどね。
そして、僕は政庁を去ろうとしたその時、背後から誰かが声をかけてきた。
誰かと思って振り返ると、長身の如何にも威厳ありそうな人物。
「誰だろう?」と思い、咄嗟に目を瞑りパラメータチェックした。
蒯越 字:異度
政治8 知略8 統率8 武力7 魅力6 忠義7
固有スキル 開墾 説得 弁舌 機略 歩兵 疾風
ゲッ!? 蒯越!? まさか蔡瑁と共に僕を!?
……という訳ではなさそうだけど。
しかも、さっき僕への助命嘆願もしたし……。
「……これは、確か蒯越殿でしたか。先ほどのお口添えは誠に有難く……」
「いやいや、別に君の為ではない。あくまで劉使君のためだ」
「それで……私に何の御用で?」
「聞きたいことがあったから呼び止めたまでよ」
「はて……私に聞きたいことですか?」
「うむ。君は零陵を攻めないのか?」
「あそこは張府君が治めております。攻めれば私は完全な賊徒となりましょう」
「だろうな。それは予想がついた」
「では、何故?」
「もう一つある。何故、黄巾賊が占領している豫章(南昌)には攻めぬのだ?」
「……それは」
「あそこは賊が占拠している。それなのに手を拱いている。何故だ?」
「それはですね。まず、私にはその権限がないからです」
「権限がない?」
「はい。勝手に軍事介入をすること自体、漢室に背くと思うからです。大義がない以上、やむを得ません」
「……成程な。しかし、それでは『君が黄巾の輩と後ろで手を組んでいない』という保証は出来ぬが」
「……でしょうね。ただ、その他にも理由があるにはあるのですが……」
「ほう? どんな理由かね?」
「はい。意外にも今の予章の黄巾党は、略奪や虐殺などを行ってはいないからです」
「……何だと?」
「私も意外でした。それ故、討伐するには大義名分が成り立たぬのです」
「……それは妙な話だな」
「確かに妙な話ですが、豫章の民が彼らを受け入れている以上、私が軍勢を差し向けることは出来ないのです」
「では、聞こう。帝が君に豫章へ軍勢を送ることを命じたらどうする?」
「それは何とも言えません。まずは軍勢を差し向ける前に説得しようと思いますが……」
「……本気で言っているのか?」
「はい。同じ賊扱いですので、親近感がないと言えば嘘になりますしね」
その時、一瞬だけ蒯越は僕を睨んだ。
ごめんなさい! 蒯越! 僕は君のことを「陰謀しか出来ない人」だと思っていました!
確かに未だに能力値に納得していませんけど……。
「……ふむ。君はとても正直な人物らしいな」
「ハハハ。生まれつき嘘が下手なものですから」
「私は君のことが気に入ったぞ。私も君が官位につくことに協力しよう」
「有難うございます。蒯越殿」
「都へ行くのは恐らく韓嵩であろうが、あの者であれば安心だ。期待して待っていてくれ」
「弁舌の士として名高い韓嵩殿であれば、私としても心強いです」
「しかし、問題は宦官どもか……。あの何進の腰抜けが、私の言う通り皆殺しにしておれば、このようなことにはならずに済んだものを……」
「済んだことは仕方ないでしょう。それよりも江夏を狙っている袁術殿ですが……」
「ああ、あの男の魂胆は分っている。何れ皇帝を名乗るぐらいはやらかすだろうな」
「……そこまでしますか?」
「あの男は絶対にやる。寧ろ黄巾や宦官よりもタチが悪い」
「……となると黄巾の次は」
「恐らくあの男であろうよ。他にも野心丸出しの男はゴロゴロしているがね」
残念! 正解は最初に董卓です!
……と言いきれないから何とも言えないよなぁ。
張角がまだ生きている時点でおかしいしね……。
僕は蒯越と別れ、一人夜道を歩いた。
一応護衛をつけると言ったけど、僕は断った。
途中から張任に護衛してもらいますしね。
で、僕が星空を眺めながら歩いていると……。
「そこにいるのは司護殿だな!」
大きな声で誰かが僕を呼んだ!?
張任じゃない!? マズい! 護衛をつけてもらうんだった!
「はい。何方でしょう?」
見るとイカつい任侠の風体の若い男だった。
ん? 任侠の風体?
まさか甘寧!? やった! 大当たり!!
「貴殿は何方かな?」
「はい。手前、生国は江夏郡平春県で姓は李。名は通。字を文達と申します」
甘寧じゃねぇのかよ……。期待させやがって。
まぁ、いい。パラメータを見てやろう。
李通 字:文達
政治5 知略7 統率8 武力8 魅力7 忠義7
固有スキル 歩兵 護衛 豪傑 鎮撫 補修 突破
……甘寧じゃないけど許す! 大いに許す!
てか、こいつも聞き覚えが……。
あれ? 馬超に一騎打ちで殺されたような気が……。
「で、私に何の用かね?」
「手前も長沙に連れて行って下さい。お役に立ってみせます」
「……何故、劉使君の元ではなく私なのかね?」
「いやぁ……手前はこういう身分ですし、仇討ちとはいえ勝手に殺しもやっていますから」
「仇討ちなら恥ずべきことではないでしょう?」
「そうなんですがね。それ以上にどうも、劉表の陣営ってのは堅っ苦しくていけねぇ。ですから司護殿がここにいると聞いてやって来たんでさ」
「そうか。いや、君のような義侠心に富んだ者は大歓迎だ」
「有難ぇ。それじゃあ、宜しく頼んます。親分」
「親分か……。少なくとも賊太守よりはマシだな。ハハハハ」
四人目ゲット! 黄忠を取られたのは痛いけど、かなりの大収穫!
あとは魏延と甘寧だけど、どちらもまだ成人前かなぁ?
途中で張任と合流し、宿へ戻ると既に范増が僕の部屋で待っていた。
流石にソワソワしていたようだが、僕の姿を見るなりホッとしたようだ。
「我が君。あまりこの儂の寿命を縮ませてくれるな。ただでさえ、少ないのに……」
「亜父よ。流石に心配したか?」
「とんでもない。儂は我が君が戻ることは知っておりましたぞ」
「そうか。で、他に何か情報はないか?」
「江夏ではなく、南郡の江陵県でちと不穏な噂がありますのぉ」
「……江陵で? どんな噂だ?」
「あの新県令楊松による不満が民衆の間で高まっておりますわい」
「うむ。それは道中で耳にした。それだけではあるまい?」
「はい。そこで南昌の張梁が目をつけ、密かに手の者を江陵へと向かわせておるとのこと」
「何だと? して、率いている者の名は?」
「廖化と申す者だそうですな」
「何っ!? 廖化だと!?」
「知っておいでか?」
「うむ。その者は中々の名将の筈だ。手強いぞ」
「そうでしたか。実績のない新参者を抜擢したから儂も気にはなっていたのだがの」
「このような所で無駄死するには惜しい男よ」
「本来なら韓忠か何儀だったんじゃろうが、既に両名ともこの世にはおりませんからのぉ」
「このことを劉刺君は知っておるのか?」
「知らんでしょうな。そうでなければとっくに手段を講じている筈」
「……知らせた方が良いか? 亜父よ」
「下手に知らせない方が良いでしょうな」
「では、このままにしておいて、黄巾党が攻め込んだら、余が劉表に借しをつくるという訳か」
「それが良いじゃろう。今、劉表に知らせたら我らが何故、そのことを知っているのか訝しむじゃろうしの」
「それもそうか。では、明朝ここを出立することにしよう」
僕は日が昇る前に、新たに加わった李通を含めた他三名と共に宿を出立した。
そして、急いで江陵を抜け、長沙に戻ったんだ。
長沙に戻ると皆は喜んでくれたが、僕としてはそんな気になれない。
いつ江陵が黄巾党に占領されるか分らないからだ。
楊松、博士仁じゃあ、どうしようもないだろうしね。
僕は陳平も呼びつけ、范増と共に三者で今後の秘策を練ることにした。
これで張良、韓信とかもいたら完璧なんだけどなぁ……。
「それで今後の動向だが、まずは亜父の意見を聞きたい」
「江陵には劉表の指示がないと攻められないのは、我が君も同意じゃろう?」
「うむ。やはりまずは零陵か」
「意外とあの男、粘るわい。まさかここまで辛抱強いとは思わなかったわ」
「余も少し見縊っていたようだ。だが、時間はもうあまりない」
「刺客を差し向けようにも、護衛には刑道栄らがいるしのぉ」
「では、また零陵蛮らに焚き付けるしかないか?」
「……ううむ。儂としてはそれが良策とは思うがのぉ」
范増がそう言うと、陳平はニヤニヤしている。
何か策を企んでいる証拠だ。
「陳平よ。君には何か策がありそうだな」
「はい。内部から破壊すれば容易いかと……」
「内部からだと?」
「ええ。刑道栄あたりを使いましょう。あ奴は勇猛ですが所詮は新参者です」
「どう使うのだ?」
「張羨と仲違いをさせるのです。張羨も劉表と同じで猜疑心が強い男ですから」
「どうやって仲違いさせるのだ?」
「刑道栄宛の偽の密書を張羨に渡すのです。劉表の名義でね」
「ふむ……して内容は?」
「……それはですね」
その内容とは以下のことだ。
まず刑道栄が張羨を暗殺し、その後は司護が零陵に入る。
その後、機会を見計らってから、刑道栄を零陵の太守へ推挙する。
さらにその後、武陵と桂陽を司護から取り上げた上で、司護を暗殺する。
司護の暗殺の容疑は袁術にし、袁術討伐軍を総指揮にさせるため、候に封じる。
「偽書だとバレはしまいか?」
「偽書は蔡邕殿にお任せしましょう。蔡邕殿なら劉表の文も見慣れているでしょうから」
「……蔡邕は嫌がると思うが」
「それは我が君が説得をなされませ」
「ハハハ。君は人使いが荒いな。まぁ、それは任せろ。で、密書はどうやって張羨の下に届けさせる」
「そこが少し難儀ですな」
「……いや、余に考えがある」
「ほう……我が君に策が?」
「うむ。これなら上手くいく筈だ」
僕も随分と黒くなってきたなぁ……。
で、僕の策というのは次号発表ということで。




