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外伝7 平和な風景

 司護が武陵を無血占拠し、武陵には一時的な安堵感が周辺にも伝わった。

 しかし、家臣団はそうは言っていられない。

 中でも訴訟問題は重要案件でありながら、一番頭の痛い問題である。

 

 蒋欽、秦松、顧雍、是儀らが担当する訴訟は、ほとんどが楊松の置き土産である。

 賄賂、冤罪、強姦、詐欺と様々な事件が持ち上がっていた。

 中でも問題なのが漢人と荊南蛮らとの領地争いである。

 漢人の豪商らが賄賂を贈り、不当な値段で農地を買い占めていたのだ。

 

「何処から手をつけりゃあ、いいんだ? 全く……」

 

 そうボヤいたのは蒋欽だ。

 土豪の出自でありながら、村々の訴訟問題を数々担当してきた実績が買われ、担当官となっている。

 ただ、当人としては少し水賊として働いていた時が懐かしい。

 

 司護には「これも重要な仕事の内だから」と説得された。

 確かにその通りなのだが、敵ではなく書類とにらめっこは勝手が違う。

 息が詰まりそうな書類の山を見ると、ただ溜息しか出てこない。

 そこにまた書類の山をドサドサと重ねる者がいたので、流石に苛立ち、その山の頂上に書類を重ねた者に文句を言った。

 

「おい! 顧雍! またかよ! 一体、どれだけの分量があるんだ!?」

「蒋欽さん。そんな事を私に言われましてもね。私だって腹に据えかねているんですよ」

「我が君は『四海皆兄弟』とかいって、事あるごとに難民を連れてくる。おかげでこっちは毎度クタクタだ」

「それは私も同じですよ」

「しかし、それはまだ良い。理解出来るからな。問題なのは……」

「我が君の宿題ではなく、あの楊松とやらの宿題だからでしょう?」

「そう! その通り! そう言えば、あの楊松とやらは以前、長沙にいたとかだが……」

「私も秦松さんに、ちょいと聞いたことがあるんですけどね」

「うむ。どんな奴だ?」

「何でも王儁殿をはじめ、陳端さんや秦松さんを殺そうとしたとか……」

「……どうやって?」

「我が君に、お得意の讒言を使って操ろうとしたらしいですよ」

「……ふざけた奴だな。そして、俺らにこんなクソみてぇな宿題まで押し付けやがって」

「ああいう佞臣が蔓延るから、私らが難儀するんです」

「その通り! 蔡瑁もムカつくが、余計に腹が立ってきた!」

「でも、蒋欽さんはまだマシですよ」

「何でマシなんだ?」

「どうも、未だに汚吏が潜んでいるようです。楊松の手下のね」

「ほう……? というと?」

「丁度、今あがってきた、この書類をご覧ください」

「何? ふむ……これは」

 

 蒋欽が読むと、そこには汚吏の名前と、それに関する事例が事細かに書かれていた。

 どうやら密告のようである。

 それによると、どうも近くの山の麓で無頼漢に囲まれながら避難しているらしい。

 恐らく、曹寅や楊松と一緒に逃げようとしたが、間に合わなかった連中であろう。

 

「だが、ここに挙がっているのは本当に汚吏の連中なのか? 顧雍」

「ええ。それについては、既に確認済みです。劉度さんがいて助かった」

「そうか。あいつが言うなら間違いねぇや。何たって、その汚吏どもに散々虐められたらしいからな」

「私らは、まだまだ書類と裁判しかありませんが、蒋欽さんは違いますしね」

「どういうことだ?」

「気晴らしに、その山の麓まで行けますから。今、陳平さんが位置を割り出している最中ですよ」

「そうか! そうと分かれば俄然、気合が乗って来た! 仕事にも熱が入るってもんだ!」

 

 蒋欽はそう言って一頻り大笑いすると、また黙々と書類と格闘しだした。

 顧雍はその様子を見て、苦笑いし、自身も黙々と作業をこなすのである。

 

 ここで司護の統治の仕方について、幾つかご説明したいと思う。

 まずは裁判である。

 現在日本とも同じで、民事と刑事に別れているのだが、現代日本と違い、まず人口は圧倒的に少ない。

 その為、日本では数年かかる案件でも、それ程はかからない。

 

 一番多い民事訴訟は、やはり土地問題である。

 荊南では司護が長沙の(自称)太守になる前、未曾有の旱魃かんばつによる飢饉が続いた。

 これにより、どの村も水の確保に躍起になっていた。

 飢饉でもない時でも、水の確保は最重要項目であるため、猶更なのだ。

 その為、小川や溜池などを中心とした土地を巡る訴訟が多いのである。

 それに付随して、漢人か荊南蛮の類かといった人種的な問題で、更に面倒になるケースが多いのが現状だ。

 

 ある長沙での一例をあげよう。

 ある溜池を巡り、漢族と長沙蛮の民とで、問題が発生した。

 その時、丁度難民が大勢やって来た時で、長沙は混沌としていた時期である。

 

 これを一気に打破すべく、とった行動は干拓事業である。

 長沙郡には東北に位置する場所に、洪水による爪痕によって作られた大小の湖沼地帯がある。

 そこを大規模な干拓事業を行ったのだ。

 

 そして、係争地である場所から、漢民族の者達だけをそこに移り住まわせたのである。

 当然、反発が予想されたので、五年間の免税と賦役の免除、それと移住費用として三年間の特別手当が支給されることで落ち着いた。

 彼らは農業のノウハウがあるので、それを活かす為に行ったのである。


 これを立案し、担当したのが顧雍である。

 顧雍はまだ成人したばかりで、周りからも不安視されていた。

 だが、この事業を見事に成し遂げてしまったので、周囲からは驚きと賞賛の声が上がったのだ。

 ただ、その協力者には陳端、是儀、徐奕らといった者達がいたことも忘れてはならない。


 それと、もう一つは賄賂などを使い、不正に金儲けをしていた豪商たちや汚吏の取り扱いだ。

 ここでは悪徳豪商などの取り扱いについて述べてみる。


 彼らが不正に蓄財していた分は全て没収される。

 酷い場合は獄舎に入れられるか、斬首になった上である。

 ただし、斬首の場合、三族皆殺しということはなく、家族は追放処分とされる。

 そして没収された財産の行方だが、七割が民に還元される。

 (主に被害のあった者達への見舞金などの支給など)

 残りの三割であるが、これは家臣や役人らへの臨時収入として扱われる。


 これにより怒って領内から出る悪徳商人も少なくないが、そのまま留まっている者も多い。

 それには繁栄のスピードが尋常じゃない点が上げられる。

 他の土地へ行くよりは地道に稼いでも、それなりに儲けを出すことが出来るのだ。


 ただし三割の臨時収入だが、ある程度は貯蓄され、後々何らかの褒美として下賜される。

 これによって捕吏などの下役人も臨時収入を得ることが出来るのだ。

 また、罰金刑などは全額貯蓄され、同じように処理される。


 当然、新たに加わった役人も不正を働こうとする者がいる。

 だが、すぐに露見してしまい、捕縛され、酷い時は斬首されるのだ。

 何故、露見するのが早いか。

 それは固有スキル「看破」を持っている者が、すぐに見抜いてしまうからである。


 下役人だけでなく、農民、町人、町娘といった者達は、ある意味エキストラと同じである。

 故に能力値は存在しておらず、能力値がある者は例え司護がいうところの「雑魚」でも強いのである。

 ただし、知略が5以下しかない者には「看破」を有している者はまずいない。


 また、証拠集めなども固有スキル「情勢」「国情」などを持っている者が、素早く対応し、固有スキル「判官」を持っている者が整理をする。

 そのため、優秀な文官が多ければ多いほど、不正がしにくいということになる。

 ただし、幾ら優秀な文官でも佞邪の類の者は、それには該当しない。


 さて、話を戻すことにする。

 一か月ほど経ったある日、陳平から件の山麓に隠れ住む汚吏連中の居所が判明された。

 その時の蒋欽は尋常じゃないほど、目を爛々とギラつかせていた。

 書類を見る度に怒りがこみ上げ、しかもその案件による激務のせいで寝不足になっていたからだ。

 

「やっとこれで解放されたぞ! 気晴らしに皆殺しにしてやる!」

 

 物騒なことを周りに笑いながら豪語し、蒋欽は兵を招集した。

 山麓の者どもを捕えに行く為である。

「捕えに行く」といっても、蒋欽は「反抗すれば全員容赦なく殺せるぞ」という期待しかない。

 それに親友の周泰、新参者の沙摩柯が加わり、異様な盛り上がりを見せていた。

 

 汚吏の家族らは既に拘束されていたか、殺されており、不必要な殺しをする必要もない。

 一応、王儁からは「無闇に殺さないように」とは念を押されていた。

 だが、抵抗すれば容赦なく殺せることが出来る。

 蒋欽としては遠慮なく抵抗して欲しいところである。

 

 翌日の汚吏討伐にむけ、蒋欽が目を輝かせながら鼻歌を歌い、得物の弓と標槍の手入れをしていると、親友の周泰がやって来た。

 蒋欽の様子を見に酒を持ってやって来たのだ。

 

「随分とご機嫌だな。公奕(蒋欽の字)」

「おお、幼平か。そう見えるか?」

「それ以外に見えるかよ。余程、汚吏の連中を斬り殺したいと見える」

「あたぼうだ。あのド外道どもときたら、あの忌々しい前江陵県令を思い出すからな」

「名前も忘れちまったな……。ええと」

「……慕容何とかだな。逃げ足だけは一人前だったとしか、頭の片隅にもねぇや」

「そうだ。慕容何とかだったな。名はもう、どうでもいいか」

「それよりも明日は久々に体を動かせる。お前は良いよな。幼平」

「何故、良いんだ?」

「だって、そうじゃねぇか。ゴロツキどもをブン殴るのが仕事なんだしよ」

「見回りは見回りで大変なんだぞ」

「どう大変なんだ?」

「王儁さんは小言を言うし、あの鐘離昧ってのは、事あるごとに連中を生き埋めにしようとするんだから」

「ああ、小奇麗な顔をして、滅茶苦茶やるんだってな」

「あるゴロツキの親玉なんぞ、両足を撫で斬りされて、その上その場で生き埋めだ」

「怖ぇな……」

「その時、あの鐘離昧ってのは大笑いしていたんだぜ。背筋が凍りそうだったわ」

「よくもまぁ、そんな奴を見つけてきたもんだ……。我らの主はよ」

「全くだ。けどよ。古の鐘離昧と同姓同名だから『その辺、どうなんだ?』って聞いたんだ」

「おう。で、どんな答えが返ってきたんだ?」

「それが『そんな奴いたのか?』だってよ。意識している訳じゃねぇらしい」

「そうか。陳平といい、灌嬰といい、あの新参者の范増の爺さんといい、本当に奇妙な連中も来ているよな」

「そのうち項羽が出てくるんじゃねぇのか?」

「かもな。流石に偽物だと思うが、本物だったら俺は逃げるぜ」

「そいつぁ俺もだ。タマが幾つあっても足りゃしねぇや」

 

 二人は愚痴りあい、そして明日おこるであろう惨劇をつまみにしながら酒をあおった。

 そんな連中に更に加わるのが、蛮将沙摩柯なのだから、相手はたまったもんじゃない。

 ただ、そうなることは自業自得でもあるので、致し方ないことである。

 

 翌朝、沙摩柯を加えた三人は捕吏となる兵士達を連れて山麓へ向かった。

 捕吏となる兵士は全員が長沙蛮の連中で、何れも汚吏に恨みを持つ者達で構成されている。

 捕吏とは名ばかりで、既に皆殺しにする気満々なのだ。

 

 そんな中、途中で後ろから鞏志が馬を走らせやって来た。

 何事かと思い、三人が訝しんでいると、鞏志は息を切らせながら隊長の蒋欽に言った。

 

「あいつらを皆殺しに行くんでしょう? 僕も混ぜて下さい」

「……それは良いが、何故だ?」

「僕もあいつらに恨みがあるんです」

「君は武陵で働いていたことがあるのか?」

「いえ、そうじゃないんです。実は……」

 

 鞏志が恨んでいる理由は、汚吏らによって、武陵での登用が叶わなかったことだ。

 汚吏らは鞏志に賄賂を要求したのだが、鞏志はそれだけの金がない。

 すると、汚吏ら口を揃えて鞏志を罵り、怒った鞏志が長沙に向かう途中で司護に出会ったのだ。

 

「成程、そういう理由なら納得だ。思う存分、仕事をしてくれ」

「はい。幸い日頃の鍛錬で弩の腕も上がりました。最初の人の的があいつらだと思うと、嬉しさが込み上げてきますよ!」

 

 鞏志のその答えに他の三人、いや隊全体が笑い声に包まれた。

 皆、同じような思いだからだ。

 

 さて、山麓の隠れ家に住む汚吏達だが、同じく強請りなどをしていた兵士長に匿われていた。

 その兵士長は小者にならず者を使い、偶に長沙蛮の村を襲っては女を攫っていたこともある。

 

 昼ごろに着くと、隠れ家とは思えない長閑のどかな風景がそこにはあった。

 別にしたくて、のんびりと過ごしている訳ではない。

 逃げ出したいのは山々だが、街道は封鎖されており、下手に動けば見つかる可能性が高いため、止む無くいるだけだ。

 汚吏らは何処に逃げるか、隠れ家の中で愚痴混じりの議論をしているのが、そこの日常の風景になっている。

 

「呑気なもんだ。こっちはあいつらのせいで、書類とにらめっこしているっていうのに……」

 

 蒋欽は藪の中に潜みながら、フツフツと湧き上がる殺意を感じていた。

 だが、襲うにも機会が重要である。

 好機を逃せば、逃げ遂せる者がいるかもしれないのだ。

 

 隠れ家の傍には厩舎があり、そこには馬が繋がれている。

 見張り役の兵もそこにおり、騒がれたら面倒だ。

 

「まずは、あの屋敷を取り囲むぞ。幼平達は馬小屋を占拠しろ。俺と沙摩柯が斬り込む」

「おいおい。俺も少しはやりたいんだがな」

「我慢しろよ。書類とにらめっこなんぞを毎日していた俺の身にもなってみろってんだ」

「……分ったよ。仕方ない。じゃあ、始めるぞ」

 

 蒋欽らが周囲を取り囲んだ後、隠れ家は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 蒋欽に斬られる者、沙摩柯に撲殺される者、馬小屋に着く前に周泰によって突き殺される者。

 そして森へと逃げる者は鞏志に後ろから射殺された。


他の兵達も「よくも今まで!」と叫びながら、逃げ惑う者達を容赦なく斬りつけていく。

 断末魔があがり、辺りは赤く染まり、山麓には狂気に似た笑い声が轟いていた。

 

 そしてこの頃、別の場所では子供たちが呑気にわらべ歌を歌い、平和を謳歌していた。

 これが武陵にも平和が訪れたということである……。


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