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第百二十八話 印籠があればなぁ・・・


 うん。これだ。これしかない。

 僕の考えた案は、この巨大な虎の毛皮を献上品に仕立て上げ、どさくさに宮廷に入ることだ。

 そして寝込みを襲うために毛皮と共に葛籠に入り、夜を待つ。

 名付けて江島生島・・・じゃなくて、何だっけ?

 作戦名はどうでもいいか。

 という訳で、鐘離権にこのことを伝えた。

 

「ほなあんさん。これを献上するんかい?」

「うん。そうすりゃ上手く宮中に入れるだろ」

「・・・せやけど、その後はどないするん? そこから簡単に寝所に辿り着けますかいな?」

「そっか・・・誰か宮中に詳しい人を探すにしても、協力してくれそうじゃないとな・・・」

 

 既に僕が行方不明ということは伝書鳩で知られているだろう。

 となると、協力してくれるには今のフクちゃんこと司政を訝しみ、不満を持った人物ということになる。

 更に命を平然とはれる人物・・・そんな人物は・・・いた!

 

「何やねん。いきなり大声を出してからに」

「賭けるしかないけど、丁度良い協力者になりそうな人物がいたよ!」

「誰やねん?」

「張昭!」

「へ!? よりによって、あの堅物の塊かいな!」

 

 やはり鐘離権も張昭は苦手か。

 てか、張昭が得意というヤツを探す方が難しいぐらいだし。

 問題はどうやって説得するかだよな・・・。

 

 虎の死体をそのままにしていると当然腐るので、急いで馬車に積み先を急ぐことにした。

 季節は既に冬に近づきつつあるけど、地域的には亜熱帯だからね。

 とはいっても山岳地帯が多いので、結構ヒンヤリはしているけどさ。

 ・・・一番の問題は虎の死体と一緒に馬車に乗ることですが、こればかりは仕方がない。

 

 山岳道を数日間かけて何とか蒼梧郡の宿場町につくと、すぐに解体作業を行う。

 虎の肉は嫌なアンモニア臭が漂うけど、意外と高値で売れる。

 これは富裕層が「虎の肉は富貴の源」みたいな迷信を信じているからだ。

 他にも虎の骨は漢方薬の材料になり、臓器やペニスまでが売りさばかれる。

 ・・・日本では全く考えられないけど、現在の中国もそうなのかな・・・?

 

 更に数日かけて蒼梧郡から南海郡の深圳へと急ぐ。

 虎はすっかり毛皮となったので、もう臭いはあまり気にならない。

 そして次第に深圳の城が近づくにつれ、僕は呆然とならざるをえなかった。

 

「・・・嘘だろ。これ・・・」

 

 恐らく政庁であったであろう場所は見違えるようなものに変わっていた。

 あまりの絢爛豪華で広い建物は、確かに皇帝に相応しい宮殿のようだ。

 その有様に僕は怒りを通り越して呆れるしかない。

 

「言うたやん。だから『その後、どないするん』て」

 

 雲房先生こと鐘離権が溜息混じりにそう言った。

 確かにこの中を無闇矢鱈むやみやたらに夜中歩くのは無茶だ。

 広さでいえば東京ドーム何個分ってヤツだしな・・・。

 

 一番高い箇所だと、高さは十丈(33,3m)ほどだろう。

 見たことは無いけど、恐らく銅雀台に近いものかもしれない。

 赤や黄色の塗装が満遍なく塗られており、近づく者を威圧するような佇まいだ。

 ・・・ったく。これじゃ皇帝になる気満々じゃねぇか。

 

 すっかりご立派になってしまった城門をくぐり街中へと入る。

 深圳は南がドでかい港湾施設となっており、城壁は北、東、西の三方面までだ。

 街というか城の大きさはどれくらいだろう。

 東京二十三区の半分ほどかもしれない。

 まだ空き地部分もあるが、ただの寂れた漁村が数年でここまでは確かに凄いと思う。

 ま、それでも衝陽ほどではないのか。

 

 しかし、交州って全体的にも人口は少なかった筈だ。

 そこでどうやって増やしたのか、僕は街中で色々と世間話がてら聞いてみることにした。

 ・・・すると、衝撃の事実が発覚した。

 

 現在、フィリピンやブルネイなどに兵を派遣し、ぶっちゃけ奴隷狩りのようなことをやっているようで・・・。

 というのも、特にフィリピンにおいて既に小規模ながら都市国家が形成されているらしい。

 そこで港湾施設を造成しつつ友好的な都市国家の協力を申し出た挙げ句、敵対勢力の部族に攻撃を仕掛けて壊滅させ、その捕虜をどんどん仕入れているらしい。

 そして、その捕虜達を宮殿造成の賦役にし、効率良く発展させている訳だ。

 まるで大航海時代だな・・・。奴隷貿易そのものだし・・・。

 

 こちらは鉄器も使える上に、率いる武将が能力持ちだから強いんだろう。

 率いるのも周泰や甘寧、蒋欽といった水軍持ちや、彭越や賀斉といった物騒な連中も暴れているとか・・・。

 それに比べ、現地の部族長はモブ確定だろうからな・・・。

 てか、この時代のフィリピンやブルネイの歴史なんて知らんし・・・。

 

 次第に暗くなってきたので、まずは飯店を探すことにする。

 飯店といっても飯屋じゃない。宿屋のことだ。

 まぁ、飯も食べられるんだけどね。

 

 深圳での料理は主に海で採れた海鮮料理が中心。

 ナマコとかもあるけど、僕はちょっと無理なので、普通に餡掛けの鰯の料理を頼んだ。

 これに白米と卵料理だ。

 醤油は未だにクセが強いけど、まだ普通に食べられる。

 

 曹真からは「でかい臨時収入が入ったんだから、もっと贅沢したらいいのに」と言われたが、僕はこれで十分だ。

 というか、卵もそれなりに贅沢なんだけどね。

 以前はもっと高かったんだけど、品種改良された鶏のおかげで随分と安くなりました。

 それでも現代日本と比べたらかなり高いんですけどね。

 今でいうと一個、160円ぐらいかな・・・。

 

 食後、僕は改めて鐘離権にどう張昭にあたりをつけるか聞くことにした。

 すると「ワイは知らんで」という突き放しっぷり。

 そりゃないよ・・・。

 

 仕方ないので、僕は寝床につくと同時にどうやって張昭に会うことを考えた。

 張昭とこの竹千代の姿で会うのは、ほぼ赤子の時以来となる。

 当然ながら、現在の竹千代の姿では分からないだろう。

 

 なので、ここは多少顔見知り程度の鐘離権を利用するしかない。

 嫌がる鐘離権に無理矢理頼み込み、成功した暁に大量の清酒やラム酒を褒美にすることで何とか妥協させた。

 あとはどうやって張昭と繋ぎを取るかだ。

 

 考え抜いた挙げ句、張昭の邸宅に張り込み、そこで張昭を待ち伏せすることにした。

 そして鐘離権が僕を張昭に引き合わせる。

 それなら何とか上手くいくだろう。

 

 翌日早朝、僕はまだ涎を垂らして寝ている鐘離権を起こし、教えられた張昭の邸宅へと向かった。

 張昭の邸宅は大きいけど、滅茶苦茶大きいという程ではない。

 日本の田舎の旧家の平均的なお屋敷ぐらいといったところかな?

 

 家の門が開き、使用人が庭を掃除し始めた所を見計らって、まずは鐘離権が使用人と接触。

 一分ほど話し込むと使用人は中へと入っていった。

 それと同時に僕は門前へと向かい、張昭を待った。

 

 数分後、張昭はほぼ寝間着に近い格好で出てきた。

 ラフな格好とはいえ、四十半ばにして厳格さが溢れているのがすぐに分かる。

 普通の子供なら何も言い出すことも出来ないだろうな・・・。

 

「鐘離権よ。勝手に出奔をしておいて、今更儂に何用だ?」

「いや、そりゃ違うねんて。暇乞いをしただけやさかい」

「同じことであろうに! そもそも、その腹を曝け出し・・・」

「タンマタンマ! それよりもこの坊主の話を聞いてみぃな!」

 

 鐘離権がそう言うと同時に僕の背中を軽く押した。

 ここまで来たら覚悟を決めねば・・・。

 

「何じゃ? この汚らしい小童は?」

 

 張昭もそれなりの長身だが、それ以前に僕は五歳児だ。

 当然、遙かに大きく見える。

 しかし、僕もただの五歳児じゃない。

 

「留府長史殿。お久しゅうございます。竹千代でございます」

「なっ!?」

 

 やはり竹千代誘拐疑惑の報告は、ここにも来ていたか。

 伝書鳩リレーならたった一日で伝わるしな。

 

「お、お主が・・・竹千代君」

「しっ・・・声が大きい。お静かに願います」

 

 僕はそう言うと同時に、司護時代の僕と張昭との出来事を洗いざらい述べた。

 竹千代の証拠を持っていても「盗んだだろ」と言い掛かりをつけられないためだ。

 印籠を見せてスンナリいくのは、あくまでドラマでしか有り得ないからね。

 

「これで信じて頂けましたか? 留府長史殿」

「・・・ううむ。君が竹千代君ということは信じるとしてだ。何故、このような真似を?」

「祖父君が病魔に冒されている故、やむなくしたまでのことです」

「・・・ならば、直接言えば宜しいのではないかね?」

「祖父君は既に重篤である故、致し方ないのです」

「・・・はて? そのような兆候は見えぬが」

「ただの病ではありません。心を蝕む病な故・・・」

「ほう。どのような病なのかね?」

「・・・太歳星君の呪いでございます」

「なっ!? 何だと!?」

 

 太歳星君とは木星を意味する祟り神のことで、広く知れ渡っている凶神の代表格だ。

 僕はこの太歳星君の名前を利用し「汚濁清浄」の木札を使って堆肥を広めることに成功している。(外伝70参照)

 今度もこの太歳星君の名を騙って押し通すしかない。

 

「故に昨今の祖父君の言動は以前と全く別なのです」

「・・・ううむ。確かに人が全く変わってしまったのは事実だが・・・」

「幸い私は太歳星君を封じる術を会得しました。ですが、それには祖父君に近づかないとなりませぬ」

「・・・・・・」

「しかし、太歳星君に心を蝕まれた祖父君は私を殺そうとするでしょう。ならば、寝ている間にやる以外、他に手段がありません」

「・・・何と言うことだ」

 

 張昭も最近の司政の言動に諫言しまくっていたらしいが、勘気に触れたらしく蟄居同然らしい。

 大々的な北伐の為の大増税計画を反対したらしいしね。

 因みに賛成派には孔明がいるとか・・・。

 ・・・孔明、君はここでも北伐マニアなのか?

 

「委細、分かった。それで儂にどうしろというのだ?」

「はい。寝所に忍び込む為、協力して下さいませ」

「・・・しかし、寝所の扉の前には常時見張りがおる。簡単には近づくことは出来んぞ」

「寝所の中にも見張りはいますか?」

「寝所の中ならいないが・・・。どうするつもりかね?」

 

 寝所の前には常時見張りがいる。

 となると、やはり就寝前に部屋の中に潜り込まなければならない。

 さて、どうやって葛籠を就寝部屋の中に潜り込ませれば良いのやら・・・。


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― 新着の感想 ―
[一言] さて、これでうまく行けば良いのですが。
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