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第百二十七話 水滸伝じゃないけど虎退治

 さて、衝陽から深圳までの距離はというと、東京から岡山ぐらいの距離か。

 途中、幾つも峠を越えないといけないから、実際は平地よりも大分かかる。

 僕は顔をワザと汚し、常に鼻タレ状態でほっつき歩かないといけない。

 気づかれたらそこで試合は終了ですよ・・・。

 

 僕と鐘離権こと雲房先生、そして曹真の三人は小汚い荷馬車でゴトゴト揺られて南下していく。

 途中、衛兵に見つかるが「こんな汚いガキが竹千代様の訳がない」という捨て台詞を残して去るだけ。

 普通なら誘拐容疑だから「呑気に荷馬車で寝ている訳がない」と思うわな。


 三日ほど経ったある宿場町でのこと。

 昼時だったし、良い匂いが飯店から流れてきた。

 見ると肉まんが丁度、蒸し上がったところだったので、僕は鐘離権にせがんだ。

 

「ああ。アレはあきまへんで」

「なんでだよ?」

「よぉ見てみぃ。何て書いてあるか分かるでっしゃろ」

「・・・特級漢方肉使用みたいな事が書かれているけど、それが何か?」

「だからあかんのや。ワイや子丹は兎も角、あんさんは止めときなはれ」

「・・・だから何で?」

「・・・あんさん。人肉、喰いたいんか?」

「へ? じゃあ、あの特級漢方肉って・・・」

「せや。最近じゃ処刑される罪人が乏しいやさかい。べらぼうに高いしやね」

「・・・・・・」

 

 じゃあ何かい?

 この国ってぇのは豚肉よりも人肉の方が高級ってぇのかい?

 人の糞を喰っていた豚よりも・・・って・・・はぁ!?

 

 そういや徐州の劉備の話で自分の妻を殺して、その肉を喰わせたって美談だったな・・・。

 宮廷料理でも若い女性の肉を使った料理があるっていうしさ・・・。

 

 「易子而食」っていう言葉って調べてみたら、あまりの恐ろしさに声を失ったよ・・・。

 自分の子供を殺して喰うのは嫌だから、他人の子供と交換して・・・。

 ・・・でも、そういうのは僕が統治した頃に全面的に撤廃した筈だったんですけど・・・。

 

「これも飴と鞭の政策の一環やでぇ。厳しくするだけでなく、そういうことを緩和したんや」

「・・・これを緩和するなんて。大体、他にも食べるものをその為に増やしたんじゃないか・・・」

「目の悪い者が目を喰らうのが漢方の考え方やねん。それが人間の目玉なら尚更、良いということやしな」

「・・・・・・」

 

 もうやだ・・・。人肉なんて喰うぐらいなら昆虫の方がマシ・・・。

 どっちも喰わないけど・・・。

 

 僕が奴隷制度を無くすよう指示したのも、この人肉料理を無くしたいからだ。

 奴隷は労働力にも性的な商品なるというが、それ以上に料理に使うっていうのがね・・・。

 しかも妊娠した女性が奴隷なら、その胎児も具材に・・・もうやめよう。

 

 人肉で思い出したけど、水滸伝のゲームの影響で小説もついでに読んだら、悪徳高官の肉を皆で喰っていたしな・・・。

 そうそう。ついでに司進の謎も漸く解けましたわ。

 主人公に史進を選び、義兄弟によく史文恭にしていましたよ。

 ・・・だって、史文恭めっちゃ強いですもん。

 それと石宝と欒廷玉らんていぎょくね。これは鉄板。

 

 え? 何故、今更そんな話題を・・・ですって?

 ・・・他のことを考えていないと精神崩壊するんですぅ・・・。

 折角のゲーム世界なんだから、もう少しソフトな世界観にして欲しかった・・・。

 

 ・・・ということで、僕の昼食は香魚の塩焼きでした。

 因みに香魚とは鮎のこと。

 鮎と書くとナマズという意味になるからややこしい・・・。

 

 昼食を終え、宿場町を出ると次第に登り坂が多くなってきた。

 荊州最南部から交州最北部の州境は全体的に高地しかない。

 なので、両州境の郡、即ち荊州臨賀郡や交州鬱林郡、蒼梧郡などは生産能力が非常に乏しかった。

 

 それが爆発的に豊かになってきたのは、特産品奨励のおかげ。

 ゲーム的には内政値を能力の高い文官達で上げただけなんだけどさ。

 農業の方も山間部は漢方薬の原料や蚕、茶などを中心に育てている。

 

 時折、虎や豹、熊などの猛獣は出るものの、山賊や追いはぎなどは滅多に出ない。

 食い詰めて山賊に身をやつす者が随分と減ったというのもある。

 でも、それ以上に伝書鳩による連絡網が治安維持に拍車をかけている。

 

 衝陽を出てから五日ほど過ぎ、深圳まであと半分となった時のこと。

 麓の関所で通行止めの立て札が掲げられていたんだ。

 何でも人食い虎が出没したんだと。

 ・・・いやな予感。

 

「しゃあないな。ほんじゃ、いっちょ片付けたるで」

「・・・ちょ。本気? 雲房先生」

「虎かぁ・・・。毛皮にすれば良い値段で売れるな。肉は小便臭いけど、これまた高い値段で売れるし」

「ちょ・・・子丹まで」

「それに骨なんて虎骨酒にすればまたガッポリ・・・。こんなにオイシイことはない。師父。善は急げでっせ!」

「ウヒョヒョ。それでこそワイの一番弟子や」

 

 ねぇ・・・分かっていますか? 人食い虎ですよ?

 しかも噂じゃ既に何人も喰われているんですよ?

 何? 急ぎの旅路じゃ仕方ない?

 ・・・・・・ですよね~~。

 

 一応、立ち入り禁止にはなっているものの、特に番兵に邪魔されることはなかった。

 ま、勝手に危険地帯に入った馬鹿は自業自得ってことだろう。

 ・・・ぶっちゃけ、僕もそれが正しいと思います。

 勝手に自らヤバい所へ行っておいて、税金で助けろなんて・・・ねぇ・・・。

 

 カポカポ、ゴトゴトという音と共に峠へ向かって僕らは出発した。

 暫く近くでは猿や鳥と思える奇声が辺りを響かせる。

 少し不気味だけど、これは近くに虎がいないと思うので良いとしよう。

 ・・・・・・良いということにして下さい。お願いだから・・・。

 

「虎は基本、夜や。けど、最近じゃ人通りがないから腹をぎょーさん減らしているかもしれへんな」

「・・・ということは?」

「昼間でも出る可能性があるっちゅーことや。油断していたらガブッと腕の一本ばかし持っていかれるで」

「ひぃぃ・・・」

 

 恐いことを言うんじゃないよ・・・。

 こんな恐い思いは長沙で旗揚げして以来ですよ・・・。

 ・・・いや、他にも揚州やら徐州でもあったか?

 兎に角、早く抜けますように・・・。

 

「師父。虎狩りはしたことあるんですか?」

「いんや子丹。まだないで。これが初やね。趙の化け物女は十頭ばかし狩ったらしいけどな」

「すげぇ・・・そんな女がいるんですか」

 

 今頃、ゴリ子のヤツ。クシャミでもしているのかな?

 あいつが傍に居て欲しいなんて、夢にも思わなかったよ・・・。

 けど、結婚は勘弁な!

 

「何、ブツブツ言うてはるんや。鼻タレ」

「え・・・いや。鼻タレ?」

「そうや。下手な偽名なんぞすぐバレるやろ。こういう時は分かりやすい渾名がええんやで」

「・・・・・・」

 

 よりによって鼻タレって・・・。

 今までの人生の中で一番ひでぇ渾名だよ・・・。

 

 ビクビクしながら木々が生い茂った山道を三時間ほど過ぎると空が暗くなり始めた。

 こんな中を野営しないといけないなんて、例えゲームの世界でも冗談じゃない・・・。

 

 そんなことを考えていると、周りの様子が少しおかしいことに気がついた。

 先程までの猿や鳥の鳴き声がピタリと止んだからだ。

 ・・・ということは。

 

「おいでなすったね。んじゃ、酒代を稼がせてもらうで。子丹、気ぃつけなはれや」

「合点だ。こっちも少しは薬代を稼がないと気まずいですからね」

 

 そんな鐘離権と曹真の会話が終わるやいなや、草陰から大きい何かが飛びかかってきた。

 ・・・でかい。2メートル、いや、3メートルぐらいあるんじゃないか?

 そんな巨大な猛虎だ。

 どう考えても人が倒せる代物じゃない!

 

 鐘離権はそんな猛虎に対し、芭蕉鉄扇で虎の鼻っ柱を叩く。

 すると猛虎は少し体勢を崩したものの、今度はロバに向かった。

 

「わわっ!」

 

 驚いたロバは思わず立ち上がり、荷馬車は横転してしまう。

 三人とも当然ながら転げ落ちてしまった。

 絶体絶命のピンチ到来です・・・。

 

「ほいっ!」

 

 鐘離権は懐から瞬時にひょうを取り出し、猛虎に投げつける。

 鏢とはナイフに近いものだが、この鏢は少し違うもので、縄がついている。

 所謂、縄鏢じょうひょうと呼ばれるものだ。

 

 この縄鏢、通常の縄鏢とは違い、先の部分が若干鉤状になっている。

 その為、一度刺さったら中々とれない。

 無理矢理とろうとすれば肉ごと引きちぎることになるというものだ。

 

 その縄鏢の尖端が虎の右肩口に突き刺さると、虎は鐘離権に向かい咆吼した。

 あまりの痛さ故であろう。

 更に鐘離権は臆することなく、巧みに縄鏢を虎の動きに合わせて絡みつかせていく。

 

「よっ・・・あひゃあ!」

 

 上手く縄鏢で虎を絡め取ろうとするも、虎は縄の部分を噛み、逆に鐘離権を引っ張って転倒させた。

 虎の力は尋常ではない。

 しかも最大クラスとなれば、その野生の力は遙かに人間の力を凌駕する。

 

「ひんえーい! 子丹! 助けてくれーい! 助け舟!」

「そりゃ!」

 

 曹真は弓を構えていたが、荷馬車が倒されたことで思わず弓を離してしてしまった。

 しかし、咄嗟に地面に転がっていた鏢槍ひょうそうを虎にめがけて放つ。

 鏢槍とは小型の槍で、主な目的は白兵戦で突くよりも投げる方に適しているものだ。

 

「グウゥ!」

 

 鏢槍は見事、虎の脇腹に突き刺さった。

 しかし、それでも虎は倒れない。

 致命傷に近い傷なのだが、虎の生命力は予想を遙かに超える。

 

「いだだだ! いだい! いだい! ワイの珠のお肌が!」

 

 虎は逃げだそうとして腹ばいになっている鐘離権を引きずりながら森の方に向かおうとする。

 鐘離権は縄を離そうとするも腕に絡まり、腹ばいのまま引きずられる。

 哀れデップリと出た一糸纏わぬ太鼓腹はズリズリと地面に擦られる。

 

 ドスンッ!

「ぐえっ!」

 

 曹真のジャンピング・ヒップ・ドロップ炸裂!

 ジャストミーーート!!


その様子を見た曹真が引きずりこまれないよう、鐘離権の上に飛び乗った。

 刹那、鐘離権から放たれた叫びはまるでガマガエルが潰された声のようだ。

それも致し方ない。曹真の体重は既に八十キログラムを超えている。


 二人の体重を合わせれば優に二百キログラムは超えるだろう。

 そうなれば手負いの虎も引き摺るスピードも落ちる。

 しかし、飛び乗られた鐘離権はたまったものじゃない。

 

「な! 何をする! 重い! 苦しいっ! 痛いっ! ひいっ!」

「これなら虎に・・・」

「ど、どかんかい! このデブ!」

「何っ!?」

 

 曹真にデブは禁句だ。

 しかも気にするお年頃である。

 

「師父にだけはデブ呼ばわりされたくありません!」

「そ、そんな事はどうでもええわい! 重すぎるんや!」

「どうでも良くありません! 訂正して下さい!」

 

 当人らは大真面目なのかもしれないが、傍から見ているとコントしか思えない。

 だが、そんな微笑ましい(?)コントを手負いの虎が見ている筈はない。

 手負いの虎は踵を返し、師弟を襲おうとしている。

 

「兄弟子! これを!」

 

 呆れていた竹千代だがいち早く気づき、傍にあった短槍を曹真に投げ渡す。

 パシリと右手で曹真は短槍を掴んだと同時に、虎も曹真をめがけて飛びかかる。

 

「グオオウ!」

「ぬおりゃああ!!」

 

 両手だけでなく右の脇の下で固定した短槍の穂先は、虎の口を見事貫いた。

 あと一歩遅ければ、間違いなく曹真は虎の餌食になっていただろう。

 

「あ~間に合った・・・」

 

 竹千代はヘタリと座り込み、曹真も現実を受け入れるのに少し時間がかかった。

 だが、他にもう一人、現実を受け入れ続けている男を忘れてはいけない。

 

「こらぁ! 重いんじゃあ! はよどかんかい!」

 

 曹真は急いで降りると涙目の鐘離権は曹真を怒鳴り散らした。

 

「おんどれ! 師匠の上に座って手柄を立てるなんぞ、どないなつもりや!」

 

 小一時間、森の中で説教の声が響き渡り、鐘離権の怒りが次第に治まっていく。

 そして、怒鳴り散らしている間、竹千代はあることを考えていた。

 

「・・・うん。これなら上手くいくかも・・・」

 

 さて、竹千代は何を思いついたのやら・・・。


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― 新着の感想 ―
[一言] 人肉を食べるのを中途半端に禁止したら高級食品になってしまいましたか(汗)。 中国は現代でも臓器移植に死刑囚や宗教団体、少数民族を使う国ですからねぇ……。
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