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外伝81 邂逅と策謀(後編)

 皇甫嵩は因縁浅からぬ相手との対面することに些か緊張した。

 更に廬植とも浅からぬ因縁も持つ人物でもある。

 その人物が何故、この場にいるのか理解不能であったが、皇甫嵩は呼吸を整え朱儁の案内を任すことにした。

 そして、それは相手も同じであった。

 

 その人物の年齢は皇甫嵩や廬植よりも年齢が上と思われるが童顔で、白く長いザンバラ髪が特徴の老人であった。

 どことなく世間離れした風貌であり、正に仙人そのもののような出で立ちである。

 その風貌からは、どう見ても前代未聞の大乱を起こした人物とは思えない。

 

「これは大賢良師。いや、かような場で会えるとは夢にも思わなかったぞ」

 

 待っていたのは誰であろう。黄巾の乱を引き起こした張本人の張角であった。

 皇甫嵩は廬植から聞いた時、流石に耳を疑ったが、廬植はそんな冗談を言う人物ではない。

 

「これは皇甫嵩殿。儂も貴殿に会える日が来るとは思わなかった。これも天命の悪戯だな」

 

 両者は互いに笑みを浮かべての会見であるが、その空気は不気味そのものである。

 嘗て十万人以上の規模に及ぶ大合戦の総帥同士だから当然かもしれない。

 

「しかし何故、貴殿がこの場にいるのか廬さんから聞いておらん」

「ほう? そうなのかね?」

「やはりこういうのは本人でないと面白くないからな。ハハハ」

「フフ・・・そうかもしれんな」

 

 張角は厳かに話を切り出すと、その話は張角がここにいる以上に驚くべき内容であった。

 その内容に動揺せぬよう気構えをしていた皇甫嵩だが、思わず生唾を飲み込んだのである。

 

 張角がこの場にいる理由。

 それは今回の皇帝逃亡事件にも少なからず関与していたからだ。

 そして何より、首謀者の一人と言える人物が皇甫嵩の仮説に出てきた曹操もいるとのことだった。

 

 時は数年ほど遡る。

 曹操は荊州の義陽郡を任されているが、その頃からある計画を練っていた。

 青州を地盤とすべく、様々な政略を駆使していたのである。

 

 曹操には様々な人脈がある。

 家臣の戯志才は波才(竇才)と師匠と弟子の関係にあり、秘密裏に黄巾のパイプを使い、青州に人材を派遣していた。

 その主な人材とは郭嘉、夏侯惇、曹仁、楽進、李典、衛茲えいじ、韓浩の七名。

 更に旧友にあたる兗州の鮑信や李典の伯父の李乾らの助力を得て、次々と反袁紹の豪族らに繋ぎをつけた。

 

 その時、役に立ったのは豊富な財源である。

 そして、その財源とは司護が曹操に渡したものであった。

 当時、司護が糧米を爆買いしていることを察知し、同じ手法で江夏郡から糧米を購入して増やしてもいる。

 

 更に曹操が青州への入植を手助けした人物がいる。

 張角の右腕となっていた程昱だ。

 この程昱の助けもあり、州牧となっていた袁譚を追放し、既にほぼ曹操の手中となっているのだ。

 あとは何時、義陽郡から撤収するかだけである。

 

 張角は曹操の青州牧拝命の使者という訳である。

 曹操が青州牧となれば、必ずや力強い味方となるであろう。

 更に言えば、既に青州の屈強な若者は洗練された青州兵となっている。

 

 さて、その曹操が皇帝逃亡事件にどう関与していたかも説明させて頂く。

 十常侍の一人、高望は曹騰を崇拝する者の一人だ。

 確かに意地汚い性質はあるが、特に漢王朝を終わらせても良いとまでは考えていない。

 どちらかといえば小者扱いされがちな人物とも言える。

 

 しかし、この高望。名は体を表すという言葉にピッタリと言おうか、変に野心がある人物だ。

 張譲、趙忠の次は自分がリーダー格になるべきと思っている節がある。

 だが、十常侍に新参者の趙高が加わり、何時しか周りは十常侍の次代のリーダーは趙高ということになっていた。

 これには高望も面白くない。

 

 更に高望は曹操から手紙で脅しをかけられた。

 それは「帝が亡き後は趙高によって粛正されるであろう」という内容である。

 張譲、趙忠が三族皆殺しの憂き目になれば、高望は何をかいわんや・・・というものだ。

 

 それに高望には真っ先に狙われる理由がある。

 薄氏を引き合わせたのが高望だからだ。

 高望が必死になって貂蝉と良く似た女を捜した結果、薄氏に辿り着いたのである。

 

 薄氏が懐妊したと知り、当初は現在において故人となってしまった劉宏と共に喜んだ。

 だが、曹操が父親の曹嵩や高望に経由した助言で、この件は内密となったのである。

 劉宏も劉協の実母である王美人が何皇后に毒殺された件や、拉致された挙げ句、現在では朝敵となってしまった劉協の件もあり、内密にする件に承諾した。

 

 そして劉宏が亡くなる直前、次の皇帝は劉恒とする旨を密書に認め、高望に託した。

 劉弁が実子ではないという怖れがあったからだ。

 その後、高望は劉宏が亡くなった直後、薄氏や劉恒を連れて出奔したのである。

 

 因みに趙高に気づかれず出奔することが出来たのは、単に運が良かったからではない。

 趙高が太平道の間者として宦官になった際、他にも間者が紛れ込んでいた。

 その多くは趙高に従い、そのまま趙高に仕えたが、そうでない者はほとんどが趙高に殺された。

 しかし、中には生き延びた者がおり、その者達が高望に協力したのである。

 それも曹操が張角に情報を逐一渡したからこそ、劉恒は逃亡することが出来た訳だ。

 

 更に曹操は劉宏が死んだ混乱に乗じ、一人の男を牢屋から脱獄させることに成功させている。

 荀彧の甥にあたる荀攸だ。

 荀攸を脱獄させたのは当人の能力を買っているのもあるが、劉寵の元にいる荀彧とのパイプ役にもなるからである。

 

「しかし曹操め。ここまでやるとは・・・。いやはや末恐ろしい男だわい」

 

 一部始終を聞いた皇甫嵩は、曹操が手に入れた情報網と連絡網に舌を巻いた。

 宦官らと太平道の間者によるパイプは趙高が持つパイプにも引けを取らない。

 

「しかし、同時に困ったことになっておる。理由はそこにいる廬州牧だよ」

 

 張角は廬植を見ると同時に、廬植は俯いた。

 廬植の子、盧毓ろいくは袁紹の娘と結婚している。

 廬植としては袁紹にも劉恒側について欲しいのでだが、袁譚を追放した曹操を厚遇すると少し難しくなる。

 

「更に拙いことがあるのだ。義真殿」

「更にかい? 何だね? 廬さん」

「どうも最近の公孫瓚がおかしいのだ・・・」

 

 廬植が言うには公孫瓚の義弟達となった取り巻きが影響しているという。

 その義弟達とは劉緯台、李移子、楽何当の三名。

 この三名が公孫瓚に色々と焚きつけているとのことであった。

 

「何故、そのような小人らを・・・」

「義真殿。それは儂も分からんのだ・・・。それで拙い事になっておる」

「拙い事?」

「河間王君(劉虞)がその事を憂いて公孫瓚に諫言の手紙を送ったのだ」

「・・・それで?」

「公孫瓚が烈火の如く怒り、国境まで兵を進めて一触即発になった。幸い魏攸と田疇でんちゅうが取りなししたので、事なきを得たが・・・」

「何とまあ・・・」

 

 皇甫嵩は呆れたが放置する訳にもいかない。

 廬植も既に齢七十をとうに過ぎており、廬植が死去すれば公孫瓚への重しが無くなる。

 劉虞は劉恒側からすれば無くてはならない存在である為、無碍にすることも出来ない。

 それほど仁君と名高い劉虞の存在は、劉恒にとって大きい。

 

「・・・となると、頼みの綱は丁原殿か? 廬さん」

「・・・そう簡単な話ではない。丁原も事の次第によるかもしれぬ」

「あの無骨者の丁原殿だ。あまり駆け引きなんぞはしないとは思うがね」

「丁原ならな。ただ丁原の配下で縦横家の者が丁原の手綱を握っておる」

「ああ、古の蒯通と同じ名の者だな」

「左様。かの者が丁原を唆し、偽帝側と我らとで天秤にかけている」

「・・・ふむ」

 

 ここで皇甫嵩は違和感を憶えた。

 廬植が現段階では噂とされている偽帝疑惑を断言しているからだ。

 確たる証拠がなければ断言する筈がない。

 

「廬さん。こう言っちゃあなんだが、廬さんは何故、都にいる弁皇子が偽者と断定出来るんだい?」

「それは簡単な事だよ」

 

 廬植が答える前に脇から張角が口出しした。

 

「ほう? 簡単な事?」

「うむ。儂の配下であった趙高が弁皇子を殺し、偽者とすり替えたからな」

「・・・ま、待て。どういう事かね?」

 

 これには「蒼天已死、黄天當立、歲在甲子、天下大吉」という太平道の象徴が関係している。

 張角は司護に「特に意味はない」(本編60参照)と言っていたが、実は意味があるものだった。

 本来は偽者を弁皇子とすり替え皇帝にした後、十常侍ら佞臣達は機会を見て抹殺するという計画である。

 

 司護が張角に会った際、見抜けなかったのは致し方ないことだ。

 司護に確かに「看破」のスキルを擁しているが、同じかそれ以上の相手には発動しにくい。

 ましてやこの件は超重要機密であったので、看破を発動させるには難易度が高すぎたということだ。


 その後は偽帝を操り、善政を敷けば問題はない。

 文字通り帝は太平道の飾りでよく、漢の血筋などは民にとってどうでも良いという発想からだ。

 即ち「人知れず蒼天が黄天に変わり、それゆえ天下太平となる」というのが本来の意味であった。

 

 だが、この計画は趙高によってあらぬ方向にすり替えられた。

 趙高が己の野心のためだけに偽帝を使い、漢室を乗っ取ることにしたからだ。

 そして見事に今では偽者が即位し、趙高が偽帝を顎で使っているのである。

 

「きっ! 貴様! 何ということをしでかしたのだ!」

 

 よほどの事がない限り、皇甫嵩は激高しない。

 だが、この時ばかりは激高する理由が大いにあった。

 兵らの死は漢室を守るという大義の下で成り立つ。

 しかしこれでは黄巾党との大戦が全く意味のないもので、慕っていた部下や兵士が文字通り無駄死としか言い様がない。

 

「儂とてこんな形になるとは思っておらんかったよ。だが、仕方なかろう」

「仕方ないで済むと思うか! この上は・・・」

「儂ももう長くはない。斬りたければ斬れ。だが、儂を斬った所で事態は好転せぬぞ」

「待ちたまえ。義真殿・・・」

 

 最後に言葉をかけたのは廬植だ。

 廬植に至っては息子二人が黄巾党の戦いで失っている。

 

「儂も当初その男を斬ろうと思った。だがな。義真殿・・・」

「む・・・むぅ・・・」

「事がここまでにしてしまったのは、我ら朝臣の責任でもある。それに今はその男が必要なのだ・・・」

「・・・・・・くそ。忌々しい」

 

 皇甫嵩は涼州王となる劉協の擁立が頭に過ぎったが、すぐに打ち消した。

 劉協が未だに朝敵扱いなのが問題なのだ。

 父親にあたる劉宏が朝敵を解いた上でないと正式な皇位継承者に成り得ない。

 しかし既に劉宏は故人なので、如何様にもしようがないのである。

 

「・・・いや、待てよ。高望は霊帝君の密勅を持って来た筈だな。廬さん」

「・・・ああ。それがどうしたのかね?」

「そこには『次の帝を恒皇子にする』という旨だけだったのかね?」

「・・・どういう意味だ?」

「いや、協皇子に関するものが無いのが、些か腑に落ちん」

 

 皇甫嵩がそう疑念を抱いたのは、劉宏が亡くなる直前「劉協の朝敵赦免があったのでは?」というものだ。

 生前から劉協に対し、慚愧の念が絶えなかった劉宏であれば、その可能性が高いと思ったからである。

 表だって赦免することが出来なかったのは、外戚の何一族がいたからだ。

 

「いや・・・聞いてはおらぬ」

「そうか・・・。あってもおかしくはないと思うが・・・」

 

 事実、あってもおかしくはなかった。

 いや、実は存在していたと言った方が正しい。

 劉宏は事実、二通の密勅を高望に預け、その内の一つが劉協への赦免であった。

 しかし、この一通が既にこの世には存在していないのだ。

 何故なら高望が燃やしてしまったからである。

 順序通りになれば、劉協が劉恒を差し置いて次期皇帝になるのが当然となるからだ。

 

「・・・この上は仕方ないか。ならば手始めとして儂に兵を貸してくれないか。廬さん」

「・・・兵を? 如何するつもりかね?」

「ここを通る時に涿郡にて跋扈する山賊がいると聞いた」

「ああ、趙犢ちょうとく霍奴かくどの二頭目のことか」

「そうだ。まず手始めにこ奴らの首を取り、その配下の兵を組み込んで訓練する」

「・・・大丈夫かね?」

「なぁに。緑林の徒でも鍛え直せば近衛兵にもなるよ」

「では、副将に鄒校尉(鄒靖)を・・・」

「いらん。既に有望な若武者がおる」

 

 皇甫嵩は廬植から兵五千を借りると趙犢、霍奴がいる山塞へと出陣した。

 趙犢、霍奴の兵の数は二万を超えていたが、あっさりと二人は首だけとなった。

 趙犢が孫礼を若僧と侮り、一騎討ちに名乗りを上げた直後、一刀の下に屠られ、慌てた霍奴は伏兵の餌食になってしまったのである。


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