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第百二十四話 出会いと別れ

 

「久しぶり・・・と言ってよいのかのぉ?」

「亜父。いや、亜祖父。久しいな」


 十日を過ぎた頃、范増が深圳から衝陽に来た。

 一応、臨時長史という肩書きはあるものの、フクちゃんこと司政とはあまり接してはいないらしい。

 ま、やりにくいんだろうな・・・。

 

「・・・して、わざわざ亜祖父に来ていただいたのは他でもない。帝の行方のことよ」

「ほほう・・・。しかし、聞いた所でお主には何も出来ぬじゃろう?」

「・・・そうかもしれぬ。だが、行方次第で分からぬぞ」

「フォフォフォ。面白いことを言うのぉ。じゃが、生憎そうはいかんと思うぞい」

「・・・と言う事は南には向かってはいないということだな」

 

 フクちゃんも荊州方面に帝が逃亡してきたら間違いなく保護するだろう。

 それ以前に劉岱か劉表に保護を求めてくる可能性の方が高いけどね。

 しかし、それならそれで何進らが南征してきた際、朝敵の汚名返上と引き替えにこちらに援軍を求めてきても不思議じゃない。

 こちらは既に劉廙りゅうよくを長沙王に即位させたけど、帝位継承の順位からいえば下の下だし。

 そもそも朝敵が即位させたのだから正当性は無いしな。

 

「南が無いか。それに西も東も難しい・・・。となると、逃亡先は北か?」

「うむ。儂が掴んだ情報からすれば間違いなく北じゃ」

「・・・となると、保護を求めたのは劉虞か廬植あたりか?」

「フェフェフェ。察しが良いのぉ。それと丁原あたりが絡むじゃろうな」

 

 丁原は武人肌の并州牧だ。

 政治音痴の帰来はあるものの、配下の呂布、張遼らが脇を固めているし、頭脳として暗躍しているのは名参謀の蒯通だ。

 ただ最近では何進派閥に属しているとの話だけど・・・。

 

「丁原が? しかし、何故・・・」

「何進の陣営も一枚岩じゃないということじゃよ。皆、それぞれ勝手な思惑で動いておる。特に酷いのは・・・」

「袁紹と袁術の兄弟であろう?」

「その通りじゃ。ま、他の連中も思惑がある以上、纏まりは皆無じゃな。董卓も現在では何進に属しているようなもんじゃしの」

 

 現在、大将軍の何進が形式的には統括している訳だけど、その実情は完全にバラバラのようだ。

 ということは、帝の脱出を手引きしたのは何進の配下の誰かか?

 

「・・・して、帝は如何様にして逃げ遂せたのだ? 手引きした者がいる筈であろう」

「フホホ。当然じゃな。これはまだ確かな情報ではないのじゃが、恐らく十常侍の者じゃろう」

「・・・何故だ? 何故、十常侍の者が・・・」

 

 何故、十常侍が動いたか。

 それは趙高を妬んでいた高望の画策だったというのだ。(第百四話参照)

 こちらが仕掛けた際、同じ頃にデブ帝に三男坊が生まれたらしい。

 ・・・となると、柏慈が逃亡した矢先に種付けしたということか?

 

 因みに側室の姓は薄という人物で、帝の名前は劉恒というらしい。

 ということは文帝のことか?

 一応、楚漢戦争の頃には生まれているよな・・・。

 

 もし劉恒ということであれば有難い限りだ。

 呉楚七国の乱の切っ掛けを作ってしまったというのはあるが、間違いなく仁君と言っていい。

 いや、待てよ・・・。もし文帝というのならば・・・。

 

「亜祖父よ。帝の母御の弟は薄昭はくしょうという者か?」

「・・・ほほう。そこまで知っておるか」

「成程。間違いではなさそうだな。それなら期待は持てる」

 

 劉虞は間違いなく劉恒を保護するだろう。

 ただ廬植はどうでるだろうか?

 というよりも廬植の縁者となった袁紹の方が問題だけど。

 

 しかし、劉虞の陣営には戦さの核となる者がいない。

 廬植がいるにはいるけど、高齢な上に袁紹を抑えつけられるか分からない。

 そうなると誰か送り込まなければ・・・そうだ!

 

 僕は急ぎ書状を認め、師父の一人の元へと走った。

 僕の戦術面での師父だ。

 問題はどう説き伏せるかだな・・・。

 

「師父。本日はこの竹千代。お願いの儀があって参りました」

「何だね? もう儂から教わることはないと思うがね」

「いえ。戦いの妙のことではありません。それ以上に大切な事です」

「それ以上に大切なこと? はて? 何も思い浮かばないがね」

 

 僕の師父の一人とは皇甫嵩のことだ。

 幽閉状態の皇甫嵩の元で僕は戦術や策略について学ぶことが出来たのだ。

 そして、百戦錬磨の皇甫嵩は僕のことを孫のように接し、色々と叩き込んでくれた。

 

「はい。二つあります」

「ほほう・・・それは何だね?」

「一つは漢への忠義、もう一つは友への仁義です」

「・・・噂は儂も聞いておるよ。その二つを上げるということは、儂に北へ行けということかな?」

「流石は師父。察しが良い」

「待て待て。儂は隠居したんだぞ。それに幽閉の身であり、人質でもあるのだぞ」

「・・・失礼ですが、師父は良いお歳です」

「・・・何? ハッハハハ! そうか! お前、儂を殺すつもりだな!」

「ハハハ。やはり察しが良い。そういう事であります」

「・・・だがなぁ。儂が行った所でどうにもなるまいよ」

「いえ。師父に北へ向かって貰うのは陛下を守るためだけではありません。これを・・・」

 

 僕はそう言って書状を渡した。

 そして、その書状を見た皇甫嵩は眉をピクリと動かし、こう切り出した。

 

「これは司政殿からか? それとも君の案か?」

 

 皇甫嵩の眼光は鋭い。

 いつもは好々爺だが、その時の皇甫嵩の顔は正に歴戦の将帥といった面持ちだ。

 以前ならここで僕はビビッたが、もう動じない。

 

「私の案です。相手は何大将軍が後ろ盾となります。ならば、陛下も快くお認めにならざるを得ないでしょう」

 

 僕がそう言い切った瞬間、皇甫嵩は大笑いした。

 一頻り大笑いした後、優しくこう僕に言った。

 

「いやいや。正しく司政君は良い孫を持ったな。しかし、こんな大それた勝手をやって良いのか?」

「師父。現場では臨機応変が大事だと仰っていたではありませんか。祖父君はご多忙にて、現在では朝敵であることを忘却しております」

「ハハハ。そうなのかね」

「はい。以前から祖父君は『余は朝臣である』と口を酸っぱくして仰っていたとか。ならば朝敵の汚名を晴らす好機を見逃す訳にいきませぬ」

「そうか。ならば儂ももう少し老骨に鞭を打つことにしよう。この寺子屋まがいの場所も惜しいがね」

 

 そう。僕が書状に記したのは朝敵を解くと同時に朝敵討伐、つまり何進陣営討伐の密勅を貰うことだ。

 これは僕の陣営だけでなく、劉寵、劉協、劉繇、引いては張角にも解くよう書かれている。

 この方が現在の僕としても都合が良いしね。

 以前の二番煎じくさい策だけど、それ以外は思いつかないしな。


 下手に劉恒がこちらへ下向させたらフクちゃんのことだ。

 強引に禅譲させてしまうかもしれないからな。

 易姓革命の視点からいえば問題ないのかもしれないけど、鄭玄らは納得しないだろうし・・・。

 なんたって完全に豹変している上、現状でも各地で不満が出てきている訳だからな。

 

 そういえば、これは現在において父親になった文恭から聞いた話だけど、深圳で随分と立派な政庁が造成されたそうだ。

 あれだけ「やるな」と念を押しておいたのに、やっぱりやりやがった。

 流石に阿房宮ほどじゃないらしいけど、それでもこの転換っぷりは拙い。

 

「失礼します。師父」

 

 皇甫嵩とこの三年間の思い出を話していると、凄い美少女がお茶を運んできた。

 三年間もいたのに今まで何故、会えなかったのだろう・・・。

 これは問い質すしかあるまい。

 

「師父。この娘御は?」

「ん? ああ、お前さんは会ったことがなかったか?」

「・・・ええ」

「そうか。ま、当然といえば当然だろうなぁ」

 

 今まで会えなかった理由は、皇甫嵩の授業は僕とマンツーマンの特別授業だったからだ。

 そりゃ戦術云々とかは一般的じゃないし、僕は何と言っても司政の孫にあたる。

 それ故、僕は今まで特別扱いで優遇され、他の寺子屋の子達とはあまり顔を会わせることはなかった訳だ。

 

「この娘はな。なんでも歩君(歩騭)の遠縁の娘だ」

「・・・ほう。歩騭ほしつ殿の・・・」

「うむ。歩君に似て、闊達で聡明な娘だ」

 

 聡明というから孔明の嫁かと思ったけど、ブスじゃないから当然か。

 ま、本当は美女だったなんていう話もあるけどね。

 

「・・・して、君の名は?」

「字は練師と申します。名はまだ・・・」

 

 ・・・ということは、歩練師?

 聞いたことあるな・・・。誰かの嫁だっけ?

 でもこの際だし、気にする必要はないな。

 

「そうか。僕は竹千代だ」

「存じております。上使君の若獅子を知らぬ者はおりませんよ」

「ハ・・・ハハ。そうか」

 

 上使君の若獅子か・・・。

 なんか格好いいな。武力は全く自信ないけど・・・。

 

 どことなく色々聞いてみると、既に父親は流行病で亡くなっており、遠縁の歩騭を頼って来たとのこと。

 母一人、子一人な境遇なので、生活費は出して貰っているらしいけど、あまり裕福な生活はしていない。

 そこで母親は医学校の病院施設で看護師をし、歩練師は皇甫嵩の寺子屋で学びながら家事手伝いをしているとのことだった。

 

 豪奢な暮らしとは無縁な苦労人、性格は良さそう、そして将来的には確実に美人。

 間違いない! この歩練師こそが僕のヒロインだ!

 やっとヒロインの登場だよ! 長かった・・・。

 

「ハハハ! こりゃ良い! 竹千代が赤くなったぞ!」

「し・・・師父!」

「照れるな。照れるな。練師も満更でもない様子だ。いやぁ、最後に良いものが見られたわい」

 

 皇甫嵩の置き土産は練師ということになるのかな。

 ただ、練師には悪いけど、皇甫嵩は今夜から居なくなるんだよな。

 これはバレると拙いから、隠さないといけないんだけど・・・。

 

 翌日になり、皇甫嵩の葬儀が質素に行われた。

 皇甫嵩は当然死んだふりだけど、寺子屋の子供達はワンワンと大泣きしている。

 流石に練師は大声で泣いていないけど、それでも悲しさを隠そうとはせず、ただ只管泣きじゃくるだけだ。

 

 僕は何とか嘘泣きで誤魔化しつつ、練師にそっと寄り添う。

 すると練師は僕の胸に顔をあて、すすり泣き始めた。

 ・・・何だろう。この凄い罪悪感は・・・。

 

「未だに信じられません。昨日まであんなにお元気だったのに、急に他界するなどと・・・」

「・・・う、うん。僕も未だに信じられないよ」

「これから私はどうしていけば・・・」

「・・・それなら心配するな。この竹千代がいる。共に勉学に励み、この地を守り立てていこう。それが師父への供養の筈だ」

「・・・はい」

 

 罪悪感を伴いながら、何とか三日三晩の葬儀を終えると、僕は深夜に范増の手下を連れ、埋葬した墓へと向かった。

 范増の手下達は良く訓練されており、拷問されても決して口を割らない連中だからだ。

そして墓は空気管があり、埋葬されても生きていれるように工夫済みだ。

 

「いやぁ・・・腹が減ったわい。三日三晩、あまり食えんかったからなぁ」

 

 水は時折、管を使って補給していたが、食事も果物ジュースだったからな・・・。

 当然といえば当然だ。

 しかし、もう既に高齢なのにここまで無茶出来るのは凄い。

 

「すみませぬ師父。これは路銀と弁当です」

「おお、握り飯か。有難い。いや、ここの米を食えなくなるのが一番の心残りかもな」

 

 最近では衝陽のみならず、荊州から交州、揚州に至るまでジャポニカ米が普及しつつある。

 ある程度、飢えというものが恐怖でなくなると、その後に来るものは如何に美味いかが重要になる。

 何度も言うようだけど、安くて美味いものが提供できるというのは、古今東西いつの時代も普遍的な強みだろう。

 

「しかし、竹千代よ。上手くやったようだな」

「・・・何がです?」

「ハハハ。儂の死を利用して練師と懇ろになったではないか」

「めっ! 滅相もない!」

 

 こっそり薄目で見ていたのかよ!

 このスケベ爺め!

 

「こらこら。墓場で騒ぐでない。大体、儂が姿を現したら拙いだろう」

「こっ・・・これは失敬」

「それと供の者として此奴も連れて行くからな」

「・・・はっ」

 

 供の者とは医学校の名無しの医者で皇甫嵩の脈をとった者だ。

 それと同時に范増の手下でもある為、偽装にはうってつけの医者だ。

 供にしようという理由は、皇甫嵩が生きていたと分かればタダじゃすまないからだろうね。

 

「師父。ご無事で・・・」

「うむ。儂の齢からして恐らくこれが今生の別れとなろう。お主も精進し、励めよ。それと練師を大事にな」

「しっ・・・師父!」

「ハハハ! 我らの別れに涙は不要だ。では、な」

 

 こうして皇甫嵩は笑いながら悠々と闇夜に消えていった。

 一癖も二癖もある爺さんだったけど、僕は嫌いじゃない。

 寧ろ好きなタイプの爺さんだ。

 

 皇甫嵩が北方で合流するとなれば劉恒は心強い限りだろう。

 それに廬植も旧友で恩人でもある皇甫嵩となれば、劉恒に加担する可能性が高くなる。

 あとは袁紹がどう動くかだな。

 史実では劉虞に皇帝を名乗らせようとしたらしいけど、はてさてどう動くだろう・・・。


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