第百二十一話 断固、阻止せよ!
司政となったフクちゃんとの会話は朝方まで続き、僕は這々の体で帰宅した。
父親となった文恭が色々と聞いてきたけど、疲れ果てているので、僕はこう答えた。
「祖父君が曰く他言無用とのこと。ご容赦下さい」
二歳児がこんなセリフ言う訳ないよなぁ・・・。
でも、本当のことなんか言える訳がないからね。
そして、僕は寝室に向かうと、老師を呼び出すことにした。
色々と問い詰めたいことがあるからだ。
「中々愉快なことになっておるようじゃの」
「・・・愉快なものか。大体、フクちゃんが始皇帝だなんて想定外過ぎるよ・・・」
「それはちと違うのぉ」
「どう違うのさ?」
「新たな追加キャラの嬴政に記憶をねじ込んだようなもんじゃし」
「余計にタチ悪いじゃないか!」
「ホッホッホッ。よしよし」
「大体、なんでフクちゃんだけなんだよ・・・」
「なぬ? ジンちゃんも追加されておる筈じゃが・・・」
「ジンちゃんの人格なんて露ほども無かったよ」
「・・・・・・おかしいのぉ」
老師はそういうとムニャムニャと何か呟いた。
・・・・・・ということは、ジンちゃんは別に転生しているのか?
てか、フクちゃんが始皇帝なら、ジンちゃんはどんな化け物なんだ・・・。
「分かったぞい。しかし、これは困ったのぉ・・・」
「困っているのはこっちだよ・・・。で、どう困ったの?」
「まぁ、当人と話すがええわ」
老師がそう言った瞬間、懐かしい声が僕の頭の中に響いた。
「お久しぶりでございます。ボンちゃん」
「会いたかったよ。でも、なんでフクちゃんだけなの?」
「申しても信じてくれますまい・・・」
「こんな訳の分からない世界だ。もう何でも信じるよ・・・」
「・・・そうですか。それでは心してお聞き下さい」
ジンちゃんが言うには本来ならば司護、つまり現在の司政の体にジンちゃんとフクちゃんが両立する予定だったそうだ。
ところがフクちゃんがそれを拒絶し、ジンちゃんを司政の体から追い出したので、実体がない状態とのこと。
・・・・・・全く意味が分からん。
でも、それならば何とかして司政の体にジンちゃんをねじ込めば良い訳だ。
そうすればバランスが取れた形になる筈。
「そう上手く行く話ではありません・・・」
「どうして?」
「彼奴の新スキル『媒介』のことを老師からお聞き下さいましたか?」
「・・・・・・いや、それはまだだけど」
「・・・そうですか。媒介とは家臣や一族の中のスキルを一つだけコピーするというレアスキルです」
「・・・それ強いの?」
「コピーするスキルによります。恐らくですが、彼奴がコピーするのは『吉兆』でしょう」
「・・・そうか。吉兆は統治していないと意味がないもんね」
「故に暫くは安泰かと思います。ですが・・・」
「・・・・・・ですが?」
「媒介は七年の歳月をかけ同じスキルをコピーし続けると、オリジナルのスキルに転化します」
「・・・え?」
「つまり、そうなった場合。彼奴はボンちゃんを殺しにかかるかと・・・・・・」
「!?」
な、なんだよ! それ!
つい最近までチュートリアルのお助け君だったのに、今度は殺しにかかるって何なんだよ!?
それに現在は二歳児だぞ! 無理ゲーにも程がある!
「落ち着きなさい。ボンちゃん・・・」
「こ、これが落ち着いていられるか! 大体、何でそんな勝手に・・・」
「ボンちゃんは嘗て『早くクリアしたい』とあれだけ宣っていたではないですか。彼奴はそれを実行するために手段を選ばないというだけです」
「・・・そ、そんな。じゃあ、食い止めるには・・・」
「私を司政の中に注入させれば良いのです」
「・・・ど、どうすれば良いの?」
「方法は一つだけ。ただし、現在のボンちゃんでは無理です」
「年齢の問題?」
「違います。ただ肉体だけ成長させても無意味です。その答えは一つだけです」
「・・・何?」
「即ち『学』です」
「はぁ!?」
「それしかありません。ボンちゃんは様々なものを学んで下さい。それによって力を得ます」
「意味が分からないけど・・・。大体、何でもって・・・」
僕がそういうと、ジンちゃんは徐に説明しだした。
それはまずジンちゃんは儒家、フクちゃんは法家に思想が偏っているということ。
それにはまず儒学を学ぶ必要があるが、これ以外にも様々な思想、学問を身につける必要があるという。
兎に角、分からないけど要は「勉学に励め」ってことらしい。
そして後々に何がリターンになるか分からないけど、勉強するということは何かに似ている。
そう、現代でも同じ国語、数学、理科、社会などといったものだ。
現代において、単に受験のための勉強と思われてしまうことが多い。
でも、確かに無駄になるかもしれないけど、ある意味において自己投資の一環だ。
大半は人生において無駄なものかもしれない。
けど、最初から無駄だからと省いていては、結果的に何が無駄じゃなかったかも分からなくなる。
要はそういうことなんだろうか・・・。
ちょっと違うような気もするけどさ・・・。
気付いたらジンちゃんも老師も消えていた。
これからどうすれば良いだろう・・・。
劉禅みたいにアホ顔で遊んでいれば、司政も手を出さないだろうけど・・・。
いや! ダメだ! 劉禅化計画はダメ過ぎる!
第一、一番嫌いな劉禅みたいになるなんて冗談じゃない!
大体、衝陽には中国だけでなく、ローマの学術まで修めることも可能なんだ!
僕はこの日を境に深圳在住中に出歩かないようにし、書物を読みふけることにした。
書物といっても紙ではなく、木簡や竹簡であり、かなり嵩張る。
けど、四書五経の類ならすぐに調達可能なほど裕福なので、さしたる問題はない。
それから数日が経ち、深圳での生活での最後の夜だった。
僕は真夜中に厠へ向かい戻る途中、文恭と劉煌の声が聞こえてきた。
「何事か」と僕は聴き耳を立てると、その会話はこんな内容だった。
「全く・・・父君の変貌ぶりにも驚くしかないが、竹千代の変貌ぶりもどうしたものか・・・」
「貴方。本当にこれは天啓なんですの?」
「・・・分からん。こればかりはなぁ・・・」
「でも、考えようによっては目出度いことではありませんか。神童が二人も我が領内に出現するのは」
「・・・うむ。私も劉先殿の甥御のことは聞いているが」
「衝陽に戻ったら二人を引き合わせましょう」
「・・・そうだな。年齢も近いし、双方ともに良き親友となるだろう」
劉先の甥御って誰のことだろう・・・?
これは恐らく僕が知らないパターンだろうな。
楊慮みたいな孔明ばりの奴かも・・・。
「それよりも父君のことだ。どうしたものだろう・・・」
「如何しましたの?」
「君の父君にも関係することだ。打ち明けても良いだろう」
「どういうこと?」
「柏慈を君の父君に嫁がせるつもりらしい・・・」
「な、なんですって!?」
そのことを聞いた瞬間、僕は思わずその場に飛び出した。
それは絶対にやってはいけないことだからだ。
「文恭! それは真か!?」
「竹千代。お前、聞いていたのか・・・。待て! お前、今なんと言った!?」
「・・・・・・あ」
焦って思わず字で呼んでしまった・・・。
どうにかして取り繕うしかない・・・。
「す、すみませぬ。伯母上のことで、つい頭に血に上り父君を・・・」
「・・・う、ううむ。しかし、お前は奇妙過ぎるな・・・」
「何故です?」
「お前が天啓を受ける前、お前は柏慈にあまり懐いていなかったではないか」
「・・・・・・え?」
・・・そうだったのか。でも、それなら何で添い寝をしていたんだ?
理屈に合わないぞ・・・。
「そ、それが天啓を受ける前の記憶が曖昧でして・・・。良く憶えておりませぬ」
「そうなのか?」
「はい。以前の私はどのような者だったのでしょう・・・」
竹千代に会ったのは赤子の時以来だから、傍からでも憶えている訳がないんですよ・・・。
ちょくちょく会いに行っていれば、また少しは違ったんでしょうけど・・・。
「以前のお前は泣き虫で智云(劉煌の字)にベッタリだったのだが・・・」
「・・・はぁ」
「人見知りも激しく、柏慈でも全く懐いておらんかったぞ」
「・・・では何故、伯母上は私と共に・・・」
「お前が寝た時に試しに添い寝をしていれば、智云と間違えて少しは懐くかもと思っただけだ・・・」
そ、そうだったのか・・・。何という偶然。
ま、そのお陰で全国の青少年が羨望する機会が巡ってきた訳ですが。
でも、今はそれどころじゃない!
「祖父君の策は愚策です! 何卒、父君から諫言をなさって下さいませ!」
「おい! 何故、愚策なのだ!」
「・・・それは」
まずフクちゃんこと司政のやり口は、手段を選ばずに目的を果たすことだけを行動理念としている。
そして、その行動理念は簡単に言えばゲームクリアだ。
つまり、バッドエンドだろうが何だろうが、そんなことはどうでも良いということだ。
柏慈を劉寵と婚姻させた場合、これは強固な婚姻同盟となる。
そして、デブ帝は柏慈を側室にしたがっており、柏慈はデブ帝で無ければ婚姻を受諾するだろう。
劉寵の年齢は四十代前半で、柏慈とは親子ぐらいの年齢差だが、劉備と孫権の妹との年齢差ほどでもない。
故にこの婚姻は成立する可能性が高い。
だが、劉寵も柏慈と同様。いやそれ以上にデブ帝を嫌悪している。
それ故、この婚姻のことを触れ回るだろう。
仮に劉寵が触れ回らなくても、司政が撒き散らすことだろう。
そうなればデブ帝は激怒し、こちらではなく劉寵に矛先を向ける筈だ。
そして袁兄弟や董卓、丁原などにも命じて無理矢理にでも大討伐軍を編成させるだろう。
司政の狙いはまさにそこにある。
そうなれば縁戚の関係上、堂々と北伐出来るようになる。
恐らくだが、豫章辺りの張宝、張梁兄弟にも声をかけるだろう。
更に言えば、いっそのこと劉寵には死んでもらうともっと都合が良い。
そうすれば曹操の徐州討伐のように、報讐雪恨の旗まで掲げて襄陽、南陽に攻め込めるからだ。
現時点での兵力や武将からすれば、この二国を平らげることなど訳がない。
・・・・・・けどさ。これに指を咥えたまま黙って見ているということは、今までやってきた事が全てパー。
中原は確実に大量の血が流れることになるだろう。
折角、デブ帝が遠征してきたのを見逃したというのに・・・。
冗談じゃない! そんな好き勝手なことをさせてたまるか!
「・・・父君。祖父君は何度も天啓を受け、心に大いなる乱れを生じさせているのです」
「訳が分からんことを言うな! お前が天啓を受けたかどうかは知らぬが・・・」
「為せば成る! 為さねば成らぬ! 何事も! 成らぬは人の! 為さぬなりけり!」
「!?」
この上杉鷹山公の句は、嘗て文恭が子供の頃に教えた句だ。
そして、この句はその時以来、他の誰にも話していない。
二人だけの秘密ということで、他の誰にも教えていないものだ。
「な・・・何故、それをお前が知っている・・・」
「先程申した句は、本来の祖父君に教えて貰ったものです・・・」
「・・・ゆ、夢でか?」
「はい。俄に信じて貰えるとは、私も思っておりません。故に父君と祖父君だけしか知り得ない事をお話しましょう」
僕は司護の時に知り得たことを全て文恭に話した。
その中には、僕と文恭しか知らない筈であろうことも数々ある。
文恭は驚きを隠せない様子だったが、徐々に僕を見る目が確信に変わってきた。
「お前の申すことは全て事実のようだ・・・。信じるしかないようだな・・・」
「父君。有難うございます」
「・・・だがな。柏慈の婚姻を防ぐにはまず無理だ」
「・・・何故です?」
「賛成派が大部分を占めている。お前のことを話したところで、信じて貰えぬだろうしな・・・」
ま、普通に考えればそうだよね・・・。
でも、僕の頭の中には秘策がある。
問題はその秘策を文恭も柏慈も受け入れるかどうかだな・・・。




