第百十九話 司護との謁見
僕はその晩、只管寝ずに考えた。
現在、竹千代の年齢は二歳だから、次に政略フェイズが使えるのは十年以上必要だ。
その期間、隕石が降ってきたらゲームオーバーだよな。
いや、だけど流石にそこまで酷くないよな・・・。
だって選択肢を間違えたらゲームオーバーって・・・。
それと、この司護が死んだとして、後継者は司進だ。
能力値としては問題ないけど、統治者としては少し危うく感じる。
何故なら、この司護という存在はかなり大きすぎる存在になっているからだ。
僕はこれがゲーム世界ということを知っているから、客観的に物事が見ることが出来る。
神獣を呼び出し、謎が多い五年もの失踪をしたことで、既に現人神扱いされている。
偉大な宗教指導者の二代目ってかなり苦労するだろうから、確実に司進のプレッシャーになる筈だ。
もう一つの懸念材料は、仮に司護が生きている場合だ。
いきなり百八十度、性格が変わる可能性も否めない。
そうなれば、司進が跡継ぎになった以上に大混乱するだろう。
現在、益州南部の交易路は確保出来たけど、更なる発展の矢先にそれは不味い。
老師に様々な酒を賄賂のネタにしてみたけど、このことに関しては何故か口が堅い。
そもそもそこまで知らないらしいから、答えようがないとのこと。
そして竹千代に転生するのなら、現在が最終リミットらしい。
何故なら自我が確立されたら転生が不可となるからだそうだ。
雲房先生こと鐘離権に話したところで、どうせ鐘離権のことだ。
「くよくよせんと、試しにやってみいやぁ」とか抜かすのがオチだろう。
・・・と、なると相談相手はただ一人だな。
問題はどう切り出すかだな。
翌日、僕は夜明け前に范増の所へ赴くことにした。
流石にゲーム世界であることはバラさないつもりだけど、どう説明するかが難しい。
ま、神々の世界が云々とかが通用するから、現代よりも誤魔化しやすいけどね。
「朝早くから済まない。亜父よ。これは貴方にしか聞けないことだ」
「改まってなんじゃ? それに随分といつもより神妙じゃな・・・」
・・・さて、どう切り出そう。
まずは司護が生きていた場合か。
いや、その前に転生のことからだな。
「亜父よ。これは正確ではないのだが、余は死ぬことになるかもしれん」
「はぁ!? 何を言い出すかと思えば血迷うたか!?」
「最後まで聞け。これは亜父にしか教えることが出来ない案件なのだ」
僕は転生術という嘘の仙術をでっち上げた。
これにより竹千代に精神を乗り換えるというものだ。
流石に范増でも仙術の知識はないからね。
「な・・・何故、そんな術を使う必要があるのじゃ?」
范増が不思議に思うのは当然だ。
けど、本当のことは言えない。
だって、折角のゲーム世界なのに「女の子とイチャつけないから、何が楽しいか分からない」なんて言える訳がない!
「神仙の世界は理不尽極まりないものなのだ。余が天変地異を妨げているのに、この体では限界がある」
「・・・では、仮にお主は竹千代になるとしてじゃ。お主のこの体は死ぬのか?」
「・・・それが分からぬ」
「・・・意味が分からぬ」
「だろうな。故にそれについても説明しよう」
仮に転生したとして、この司護という空の器となった体に何かが憑依する危険性があると僕は説明した。
そして、憑依したものが魔物である可能性があり、百八十度うって変わって悪政をとる危険性もありうるということだ。
随分と突拍子もない言い訳だが、この世界では真実味があるからある意味、便利な世界だよな。
ま、現代日本でも信じるような人はいるけどね。
「ふぅむ・・・。嘗てお主には随分と驚かされてきたが、ここまでのことは無かったぞい」
「亜父だから話したのだ。仮に魔物であったなら、何とかして司護を殺して欲しい」
「・・・いや、しかしじゃな。前代未聞過ぎて話がついて行けぬ。それにどうやって殺すのじゃ?」
「やり方は問わん。帝か十常侍の差し金の刺客とかをでっち上げるのはどうだ?」
「・・・そんなことをしたら、漢室を潰すしかなくなるぞい」
「だろうな。それが狙いでもある」
「・・・お主、ここ最近で随分と変貌したのぉ」
「それでどうだ?」
「・・・そうじゃの。それではその場合、暫く様子を見てからにしようかの」
「おお、有難い」
「・・・でじゃな。お主は本当に僅か二歳の童子に成るのじゃな?」
「うむ。次からは亜爺と呼ぶことになるかな」
「そんなことはどうでもええ。それよりも、また女子を遠ざけるのかの?」
女子と一緒になりたいから転生するんだよ!
何でわざわざ遠ざけないといけないんだ!
・・・まぁ、これも自分で撒いた種ですけどね。
「それはない。この術を使えばその縛りはなくなる」
「もう一つ質問じゃ。それでは司護が生きていたとしても、天変地異は起こりうるのかの?」
「・・・それは分からぬ」
「それは弱ったのぉ・・・。その力があるからこそ、お主は最高の神輿なのじゃしのぉ」
そんなことをあからさまに言う?
ま、確かにそうなんですけどね。
けど、ここまで暴露した以上「今までのは全部冗談でした」なんて言えないし・・・。
でも、確かに「吉兆」のスキルが無くなったら、かなりの痛手だよな・・・。
僕は范増に「この事は内密に」と言うと范増は大笑いした。
確かに話したところで誰も信じないしな。
反って「いよいよボケたか」と思われるだけか。
僕は遺言という訳じゃないけど、それに近いものを范増に渡した。
最悪の場合、司護が竹千代を殺すよう命じるかもしれないからだ。
いや、無いと思いたいけれど、確実に無いとは言い切れない。
だって、親が乱心して子を殺すというのは、特に不思議な世界でもないからね。
それに対する保険も必要なんだよ。
外へ出ると既に太陽は高い所へと昇っていた。
そのせいか、何だか急にお腹が空いてきた。
そう言えば老師との会話前に良い報告もあったことだし、さっさと帰って昼食にしよう。
良い報告というのは、日本から米と種籾が輸入されたことだ。
イマイチ美味しくない米ばかりなので、試しに日本から種籾を輸入してみた。
そしたら若干、現代日本の米よりかは味が落ちるけど、炊いてみたら美味しいお米だったんだ。
これは聞いた話だけど、教科書なんかでは朝鮮から米が渡ったということになっている。
けど、それは大きな間違いで、本当は揚州か交州あたりから伝搬したということだ。
そして縄文時代において日本で品種改良されたものらしい。
なんてことを何処かの大学の教授が動画で話していた。
僕はその事を思い出し、日本との交易で日本の米と種籾を輸入させた。
これが正しく大正解!
美味い米での寿司が食べられるということだ!
問題は司護の体の持ち主がそんな芸当が出来るかだ。
いや、それ以前に転生した瞬間、この司護は心臓麻痺なんかで死んでいるのかもしれない。
そう思うと、この決断は正解とは言えないのかもしれない。
けど、今回は僕の我儘を通すつもりだ。
いや、あくまでゲーム世界なんだし、これぐらいの我儘は許される筈だ。
それに何より、竹千代は母方ではあるけど、漢室の血脈ということだ。
劉姓を名乗り、禅譲させて皇帝を名乗っても袁術みたいにはならないだろう。
益州南部、荊州南部、交州、更には揚州の張兄弟らを取り込み、州王を名乗らず王朝を名乗る手もある。
そうなると一足早い南北朝時代ということになるのかな?
てか、中国にも南北朝時代ってあったよね?
その後、僕はなるべく人に会わず一日を過ごした。
絶対に挙動不審だろうからね。
いやまぁ、既に挙動不審者扱いなんですけどね・・・。
そして、深夜となり老師がニヤニヤしながら現れた。
今までの中で一番のニヤけっぷりですよ・・・。
やはり何か知っていると思い、僕は駄目元で聞いた。
「本当に老師は何も知らないの?」
「うむ。司護の体がどうなるかは本当に知らんのじゃ」
「じゃあ、何でそんなに嬉しそうなのさ・・・」
「そりゃあ予見出来ない物を見るのじゃから、嬉しいに決まっておるじゃろう」
「はぁ!?」
「じゃが、既に保険は掛けておるようじゃし、もう迷いはないようじゃな」
「そりゃ保険ぐらい掛けるでしょ。それに世継ぎ争いの心配は無いし、出来るだけのことはしたと思う」
「よしよし」
「それはそうとスキルはどうなるの? まぁ、成人前だからすぐには使えないだろうけど」
「今、保持しているスキルの中から選ぶが良いぞ。ただし、3つまでじゃ」
「3つまで選択可能か・・・じゃあ」
僕は即座に選んだのは、吉兆、名声、俯瞰の3つだ。
司護がポックリ逝っていたら、確実に吉兆は必要だからね。
「ほい。それでは転生させるぞい。後悔は本当にせんのじゃな?」
「え? いや、ちょ・・・」
そんなマヌケな言葉が、僕が司護としての最後の言葉だった。
そして気付いたら、僕は顔に暖かく柔らかい物の感触があった。
暗くて良く分からないけど、これはひょっとして・・・。
「う~ん・・・何? またオシッコ?」
この声は柏慈だ!?
でも、なんで柏慈がここに・・・。
いや、それ以上に柏慈の胸が僕の顔を・・・。
僕は思わず叫んでしまうと、隣の部屋から文恭と劉煌が現れた。
けど、二人とも凄い巨大になっている。
いや、暗闇に目が慣れてくると柏慈も巨大だ。
「どうした? いきなり何で大声を上げたんだ? 小督が起きてしまうじゃないか」
文恭は目を擦りながらそう言うと、柏慈は即座に返答した。
「いや、多分だけど悪い夢でも見たんじゃないかな?」
「やはりお前に乳母の真似は無理だな。寝相の悪いお前のことだ。どうせ竹千代の頭を寝ぼけて殴ったんだろ」
「あち・・・コホン。私はそんなことしません!」
「・・・どうだかな。おい。竹千代。やはり俺と一緒に寝るぞ」
断る! 断じて断る!
何で野郎と一緒に寝なければならないのだ!
折角、青少年の夢の塊のような「綺麗なお姉さんの胸を押しつけられて寝る」という好機を見逃さねばならぬのだ!
しかも、息子のお前に何故、邪魔されなければならぬのだ! この親不孝者めが!
「・・・僕、柏慈姉さんと寝る」
僕は二歳児らしく、少し辿々しい口調で主張した。
すると二人の目が見開いた。
「い・・・今、竹千代の言葉を聞いたよな? 柏慈よ」
「え・・・ええ。確かに・・・」
まずい! まずいぞ! 今の発言は二歳児よりも年上っぽかったか!?
こんなことなら転生前に良く観察しておけば良かった!
しかし、ここで悪戯に誤魔化そうとしたら反ってボロが出そうだ。
ここは少しばかしの天才・・・いや、お利口な子供として切り抜けよう。
いや、ついでだし、ここはいっそのこと・・・。
「父君にお願いしたい儀がございます!」
僕はいきなり土下座した。
もう土下座は慣れたもんだし、二歳児であれば恥ずかしくもないぜ!
大人では恥も外聞もあって出来ないことを、堂々と出来る権利があるしな!
・・・いや、この感覚で元の世界に戻ったら不味いけどさ。
「な・・・何だ? 竹千代。急に?」
「明朝、祖父君に謁見なされませ」
「・・・父君にか? 別に構わんが・・・」
「有難うございます!」
「しかし、急に・・・。それ以前にお前、その言葉使いは何時の間に・・・」
「・・・夢を見たのでございます」
「なっ!? まさか!」
「その夢の中で祖父君は『余に何かあったら頼む』とおっしゃいましたので・・・」
「こ、こうしておれぬ! 急ぎ父君に会うぞ!」
別に朝でも良いけど、こういうのは早ければ早い方が良いか。
司護が既に亡骸になっていたら、この二歳児の僕に宗教がかったカリスマ性が得られるだろうしな。
父親となった文恭に伴われて形で、僕は何時も見慣れた政庁兼邸宅に向かった。
そして何時ものように衛兵がおり、文恭を見ると当然のように畏まった。
ただ畏まりはするけれど、素直に通してはくれない。
当たり前だよな。深夜二時ぐらいだし・・・。
「何を騒いでいるんだべか? 旦那様が起きてしまうじゃねぇべか」
邸宅の中から出てきたのは護衛役の許褚だ。
許褚は邸宅内の一室を間借りするような形で寝泊まりをしている。
良く考えてみたら、許褚と一緒であることが家臣団の中で一番多いかもしれない。
いや、既に過去形だから「多かった」だな。
「許褚か。急ぎ父君に取り次いでくれ」
「文恭坊ちゃん。こんな夜更けだ。旦那様はスヤスヤと就寝中だっぺよ」
「いいから急げ! 俺がこんな夜更けに好き好んで来たと思うか!?」
「わ・・・分かっただよ。んだども・・・。あ、旦那様」
許褚が寝室に行こうとした直後、司護が現れた。
月夜に照らされる司護は、何か形容しがたい威厳がある。
自分で言うのも何だけど、傍から見るとデカいからか重厚感が凄い。
・・・いや、それ以前にこの司護は一体?




