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外伝78 南蛮放浪記その4

 兀突骨らが木鹿大王らと合流したことは、すぐに周囲に広がった。

 それにより劉焉の支配下にあった愈元県、勝休県などが離反し、愈元県の県令であった何宗は捕らえられ、沈弥や婁発ろうはつといった武官が次々に反旗を翻した。

 そして、この情報はすぐに黄権らの陣営にも伝わった。

 

「一番、怖れていたことが起きてしまったか・・・。こうなる前に収拾したかったが・・・」

 

 黄権はそう呟いたが、呟いたところで事態は好転しない。

 相手の兵数が膨れあがったのも痛い所だが、それ以上に問題なのは兵站である。

 

「黄将軍。益使君(劉焉)のご命令はあくまでも南方の鎮圧ですぞ。怖じ気づいた訳ではないでしょうな」

 

 脇に控えていた羽嬰の元配下である柱天侯が黄権にそう凄む。

 校尉の柱天侯は勇猛だが思慮に欠け、粗暴な振る舞いが多い厄介な男だ。

 そして同僚の王武、程処らも同様な者達であり、漢人であることを鼻にかけている。

 それだけでなく、羽嬰が殺された時はどさくさに略奪しまわり、抵抗した者を容赦なく殺している。

 つまり愈元県などが離反した要因の一つであるが、その要因が無責任に黄権に凄んでいるのだ。

 温厚な黄権も流石にこれに腹が立たない訳がない。

 

「怖じ気づいた訳ではない! しかし、いざという時に備え、退路を確保せねばどうなるか分からんのか!」

「ふん! 退路を確保したとしても、益使君に背いて逃げ帰ってしまえば縛り首だろうが!」

「そもそもこうなったのは柱校尉! 貴殿が蛮夷らの村へ略奪を繰り返したからだぞ!」

「俺は命令通り徴税をしただけだ! 文句なら羽府君(羽嬰)に言うが良い!」

 

 文字通り死人に口なしである。

 だが、実際に羽嬰が命令したのは事実だし、更に羽嬰に命令したのは劉焉だからタチが悪い。

 そのことを柱天侯は知っているので、黄権に対し強気な口調でいるのだ。

 尤も黄権はまだ若いので、それも侮られている理由の一つでもあるのだが・・・。

 

「柱校尉。そこまでにしておけ。それよりも気掛かりなことがある」

 

 こう発言したのは雍歯ようしだ。

 本来ならこの時代にいない楚漢戦争時代からの転生組で、劉邦に最も恨まれた配下として有名である。

 この世界においては反乱を起こして建寧郡の太守を殺したが、何食わぬ顔をして劉焉に帰順したことで、自身が建寧郡の太守となっている。

 

「雍府君(雍歯)。気掛かりとは?」

「うむ。黄将軍。兀突骨と木鹿大王らの上に誰かがいる気がするのだ」

「しかし孟獲はその器ではない。・・・とすると、答えはただ一人」

「うむ。恐らくだが司護だろうな」

「・・・それは私も薄々気づいていた。いや『考えたくなかった』が正解か・・・」

「今まで彼奴は朝廷に遠慮していたが、改めて朝敵となったことでたがが外れたんであろうよ」

「加えて永昌郡の交易路を確保する腹か・・・」

 

 益州の最南端でもあり最西端でもある永昌郡は、現在の雲南省とミャンマーやラオスの一部を有する郡だ。

 現在、別名シルクロードと呼ばれる西への交易路は、ほぼ封鎖に近い状態にある。

 これは涼州が劉協と韓遂で争っていることもあるのだが、劉焉が朝廷に帰順する際に一方的に同盟を破棄したというのが主な理由だ。

 

 蜀は最高級の絹「蜀綿」の産地であり、その価値はローマまで行けば金と同等となる。

 永昌郡は他にも琥珀や金が採れるのだが、それ以上にこの交易路は重要なものなのだ。

 特に贅沢をしたい劉焉にとってみれば、是が非でも押さえておきたい地なのである。

 

「黄将軍。まずは孟獲をこちらに引きずり込むしかあるまい。そこで俺に策があるのだがな・・・」

「ほう? どのような策かね? 雍府君」

「孟獲を太守にする旨を伝えるのだ。これは奴が望んでいたものだからな」

「・・・しかし、益使君に断りもなく、左様なことは」

「・・・その見返りとして孟節を殺すよう命じるのだ」

「なっ・・・」

 

 確かに孟獲が孟節を殺せば、司護側としては孟獲を取り込むのは難しくなる筈だ。

 しかし、幾ら無法者の孟獲といえども実の兄を害するとは思えない。

 少なくとも黄権はそう考えた。

 それに仁君と名高い孟節を殺したら、自身が害される危険性が増すことを孟獲も理解しているだろう。

 

「雍府君。それは頭の片隅にとどめておくことに致す」

「そうかい。ま、確かに奴が乗る可能性は低いだろうしな」

「まずは孟獲よりも近くの愈元、勝休の攻略が先決だ」

 

 現在、黄権の軍勢三万は建寧郡の郡治である滇池てんちに駐屯をしている。

 この地は丁度、興古郡の境に近く、南に百里(40km)ほどに位置する勝休県は興古郡に所属する。

 また東には、同じく百里ほど離れた所に愈元県があり、そこから南東に毋単ぶたん、同並へと向かう先には交趾までの道がある。

 つまり、愈元と勝休の両方を取られているということは、交趾への援軍や補給が出来ない状況ということを意味する。

 

「この上は仕方がない。上策とは言えないが、三手に別れて行動しよう」

 

 黄権は雍歯の軍勢を愈元に、自身の軍勢は勝休に、そして羽嬰の残党らである柱天侯らは南西の建伶けんれいに向かうことになった。

 建伶の先には孟獲がいる双柏があるだけでなく、未だに兀突骨らに呼応していないので、早急に軍を進める必要があるからだ。

 

 一方、兀突骨らを加えた周魴の軍勢も主力の一万を勝休へ向かわせ、八千の兵を孟獲が籠る双柏へ派遣。

 更に三千の兵を朶思大王に命じ、建伶と双柏の中間地点へ繰り出す。

 この中間地点に朶思大王が有する禿竜洞とくりょうどうがあるためだ。

 また、孤立が予想される愈元には使者を派遣し、勝休に移動するよう命じた。

 

 愈元には有力豪族の爨習さんしゅうと妻の甥である李恢りかいが籠っている。

 この二人は漢人であるだけでなく分別もあり、無用な殺生はしなかったので、無血クーデターに成功していた。

 クーデターを起こした理由だが、当然ながら劉焉への反発である。

 交趾への長期に渡る遠征は、流石に全国的な規模の大豊作が起こったとしても、益州の痩せた土地では賄うことが難しい。

 そこでこの一帯にも臨時の徴税を掛けた訳だが、それが蛮夷らだけでなく漢人の豪族らにまで不平を募らせた。

 

 爨習は書状を見ると、やはり難色を示した。

 爨習にとっては地元であり、所領も当然ながらある。

 そんな爨習のことを察したのか、李恢はこう助言した。

 

「叔父上。ここは孤立しております。例え援軍が来たとしても兵糧が持ちませぬ。従うべきです」

「しかしだな・・・。徳昂(李恢の字)よ。ここは私だけでなく、お前の所領でもあるのだぞ」

「伯母上は私が説得します。なぁに、ほんの一時凌ぎです。ですよね。顧悌殿」

 

 使者となった顧悌は自信満々に背後には司護がいることを暴露した。

 これは顧悌の判断ではなく、この期に及んで司護が絡んでいることを隠す必要がなかったからだ。

 というのも、交趾から既に「劉焉との全面戦争突入やむなし」という書状が陣営に届いたからである。

 

「ならば、ここは上使君の顔を立てよう。女子供も多い以上、忍びないからな」

 

 一方、勝休に駐屯した周魴の軍勢は、一足早く黄権の軍勢と対峙した。

 黄権の陣営からは雷銅が一騎討ちを所望したのだが、これは相手が悪く、趙媼が進み出ると敵わずに陣営に逃げ帰ってしまった。

 

「なんだい! 大したことないね! このまま踏みつぶすよ!」

 

 意気込む趙媼であったが、これには周魴が首を縦に振らなかった。

 

「逸る気持ちは理解できるが、今は女子供を逃がすのが先決だ。下手に討って出れば後ろに回り込まれかねない」

 

 意外と情の深い趙媼は、非戦闘民のことを持ち出されるとグウの音も出ない。

 仕方なく大きな肩を下げてスゴスゴと寝床へ戻ってしまった。

 

 勝休にて両軍が対峙し、更に二十日ほど過ぎた頃、今度は柱天侯らの軍勢が禿竜洞に攻め込んできた。

 以前にも書いたが、この禿竜洞は攻め手にとって極めて危険な場所である。

 功を焦る兵が洞に近づいた瞬間、高温の間欠泉や高濃度の亜硫酸ガスを浴び、矢は射かけられ、足を踏み外した者は硫酸の泉に落ちてしまうのだ。

 

「ハハハハ! この地を攻めて助かる者なんぞ何人なんぴともおらぬわ!」

 

 ポッカリと空いた禿竜洞の頂上には幾つもの櫓があり、そこから朶思大王と数十人の弓兵が陣取っている。

 頂上も茹だるように暑いものの風上にあたるので、危険なガスなどの影響はない。

 それ故、ここに弓兵を配置しておくだけで簡単に撃退できる。

 

「うぬっ! 卑怯な! 出て来い! この蛮人どもめ!」

 

 罵倒する柱天侯だが大人しく出てくる朶思大王ではない。

 こうして柱天侯の軍勢も先へ行けず、足踏みする状況へ陥ってしまった。

 

 同じ頃、双柏では孟獲の軍勢が兀突骨や木鹿大王が率いる軍勢と一戦を交えた。

 しかし、孟獲の弟である孟優があっさりと兀突骨に捕らえられてしまう。

 単なる己を過信する孟優の失態である。

 

「何だと!? 弟を捕らえられておめおめと閉じこもっておられるか! 俺が奪い返してやる!」

 

 孟優が囚われた翌日、孟獲は巨象に跨がり、豪傑の忙牙長を伴って討って出た。

 孟獲は敵兵を蹴散らしながら進むと、その先に囚われの身の孟優の姿を目にしたので、勢いよくそこへ巨象を走らせる。

 すると突如、何処からともなく「キエェェェ!」という金切り声が孟獲に近づいてきた。

 

「なっ!? 何だ!?」

 

 その方向を見た途端、目の前にあったのは人の足の裏だった。

 

「おごっ!?」

 

 足の裏を見た瞬間、孟獲は巨象から転げ落ちた。

 足の裏の持ち主は祝融で、ターザンのように蔦を使い、孟獲に蹴りを喰らわせたのである。

 

「くそっ・・・一体なにが・・・ぐぶっ!!」

 

 起きようにも起きられない孟獲がそう呟くと、今度はその足が容赦なく孟獲の横顔を踏みつける。

 体重が軽い祝融であるが、孟獲は体を動かそうにも動かせない。

 顔面を勢いよく蹴られた上に象から転落すれば、その衝撃で体が動けなくなるのは極自然なことだ。

 寧ろ頑健な孟獲だから死なずに済んだと言ってよい。

 

「何だい・・・。南蛮王とか自称しているにしちゃあ大したことないね」

 

 祝融は孟獲を見下しながら更に威圧的に話しかける。

 

「おい。アンタの兄貴の孟節とかいう所に案内しな。嫌ならここでテメェの頭を踏みつぶすよ」

 

 孟獲は踏まれながらも、出来るだけ声を絞り出した。

 

「俺をこんな目に遭わせてタダで済むと思うなよ・・・」

「へぇ? じゃあ、どんな目に遭うんだい?」

「・・・俺の後ろには劉焉がいるんだ。考え直すなら今の内・・・」

「はんっ! お笑い種だね! こっちの後ろは上使君だ! 劉焉どころか帝も恐くねぇさ!」

「なっ!?」

 

 孟獲は信者ではないが、部下や兵士、民草の間でも司護を信奉する者は多い。

 これは支謙の布教活動の成果でもあるが、不安定で虐げられる者達が多いのが原因だ。

 いつの世も宗教を信奉する者はいる。

 それが不安定な世の中であれば尚更である。

 

「お前らの背後に司護がいるの・・・か?」

「おい。上使君に対して呼び捨てかい? 地獄に落ちても知らないよ」

「・・・う。本当に上使君が?」

「本当さ。だからウチらが兀突骨や木鹿大王を引き込めたんだ。理由が分かって満足したかい? じゃあ・・・」

「いや、待て。兄者の元に案内するのであれば、一つ条件がある・・・」

「何さ?」

「・・・お前、俺の嫁になるのだ!」

「!?」

 

 この状況下でまさかのプロポーズである。

 祝融は反応に困ったが、相手は南益州でも屈指の豪族だ。

 少し迷った後、こう返答した。

 

「・・・いいよ。ただし、条件つきだよ」

「えっ? いいのか?」

「・・・ああ。ただ、親父の仇を討ちたい。それに付き合うのなら嫁になってやる」

 

 当然ながら孟獲は仇討ちの約束をした。

 孟獲が祝融に求婚した理由だが、ただ単にそういう趣味があったのかもしれない。

 他にも理由としては、自分が祝融に負けたという事実をなるべく広めて欲しくないので、求婚したのかもしれない。

 どちらにせよ。余りに謎が多い求婚である。

 

 対して祝融が許可を出した理由は明白だ。

 要は親族の仇討ちのために孟一族の力を利用したいのである。

 相手が劉焉の配下となると、現在の戦力では今ひとつ物足りないのであろう。

 

 かくして孟節は助けられ、孟獲と孟優の二人は孟節に叩頭をし、許しを得た。

 そしてお約束通り、その晩は宴会となった。

 孟節が媒酌人となり、まさかの弟夫婦の婚礼となった祝いも兼ねている。

 

 宴会は三日三晩と続いた。

 所謂、盆と正月が一緒に来たような騒ぎである。

 だが、宴会が四日目に差し掛かろうとした時、思わぬ報せが孟獲夫妻に入ってきたのであった。


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