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外伝77 南蛮放浪記その3

「何だと? 金環三結があっさりと降参しただぁ?」

 

 兀突骨の元に鷹目ようもくと渾名される者が来たのは、金環三結が降伏した三日後だ。

 鷹目は文字通り視力がずば抜けて良く、斥候として遠方からその様子を見ていた。

 そして、降伏した相手は楊鋒と木鹿大王であり、中心の旗印には「司」の文字があったという。

 

「ふん…。弱虫と阿呆が組んだか。だが、今更なんだって急に…」

 

 兀突骨が首を傾げると、横から参謀役の朶思大王が口出ししてきた。

 因みに弱虫とは楊鋒のことで、阿呆とは木鹿大王のことである。

 

「恐らくだが司護が出てきたのであろう。ちと想定外ではあるがな」

「なんだぁ? 司護だぁ?」

「ああ、恐らくだがな…」

「そうか…。それで宋貞蓋そうていがいってどいつのことだ?」

「……」

 

 兀突骨は余りにもボキャブラリーに乏しい人物だ。

 南蛮一の武勇を誇るが、それを補うためにも知恵者の朶思大王の存在は不可欠である。

 

 兀突骨は所謂巨人症で、身長が二メートル三十センチを超える超巨漢であるだけでなく、常に鱗のようなものが体にある。

 これは数匹の鰐の皮を幾重にもなめした専用の鎧であり、重いが弾力性がある強固なものだ。

 その上、一番巨大な鰐の頭を兜にしているので、その姿は正に異様である。

 

 次に参謀役の朶思大王だが、毒蛇を操る者としても知られる。

 所謂、笛の音でコブラを操るのだが、それ以上に居を構える禿竜洞とくりょうどうの方が名高い。

 

 禿竜洞は天然の巨大洞窟の周りに、四つの泉を堀とする堅牢な砦だ。

 泉は全て温度が極めて高い強酸性であり、落ちたらまず助からない。

 しかも遺体となった後、骨まで溶けてしまうので、住民以外の者は近づこうともしないのだ。

 

 その反面、地底の奥には地下水脈があり、これを水源としているだけでなく、地下の温泉としても使用している。

 そのため意外にも環境の割に住民は健康であり、比較的安全な暮らしをしている。

 また、地下にある秘密の長い洞窟を抜けたところに食料が豊富な森林が群生しており、食料は全てそこで賄う。

 故に代々陥落したことがなく、今日まで続いている。

 因みに朶思大王も正式な名前ではなく称号であり、正式には九代目朶思大王ということになる。

 

「…ま、宋貞蓋はどうでも良い」

「どうでも良いのか?」

「ああ、どうでも良い。問題は司護だ。奴は劉焉とは訳が違う。お主の兵の中にも信者がいるだろうしな」

「そいつぁ具合が悪いな。じゃあ、大人しく降参しちまうか?」

「…して、どうする?」

「じゃあ、司護を殺すのか?」

「…待て待て。お主は短絡的でいかん」

「…俺は譚洛迪たんらくてきなんて奴じゃない。兀突骨だ。お前、物忘れが酷いな」

「……」

 

 頭を抱える朶思大王だが、今更はじまったことではない。

 何時ものように少し間をとり、咳払いをしてから話を本筋へと戻す。

 

「お主、このまま降参したら、弱虫と阿呆の下になるかもしれんのだぞ」

「何っ!? 俺の方が強いのに、何でそうなるんだ!?」

「連中が一足早く帰順したからだ。こういうは早い者順なんだよ」

「い、嫌だ! 俺の方が強い!」

「だから、それを覆すためにもだ。奴らとまずは軽く一戦し、我らの強さを誇った後に降るのさ」

「おう! そうすれば弱虫と阿呆の下にならなくて良いのだな」

「……まぁな」

 

 再び頭を抱えた朶思大王は、竹簡にスラスラと文字を書き始める。

 それを食い入るように兀突骨は見ていたが文盲なので、何を書いているかまでは分からない。


「それで…どうすれば良いのだ?」

「これが策だ」

「文字を書くのが策なのか?」

「…そうではない。奴らをこれで誘き寄せるのだ」

「何?」

「お前は一騎討ちで奴らに勝てると思うか?」

「当たり前だ! 俺は南蛮一の勇士! 負ける訳ない!」

「……なら良い」

 

 朶思大王は使いの者に竹簡を持たせると、そのまま使者を走らせた。

 そして三日後、その竹簡は周魴らの陣営に届けられた。

 

「兀突骨から共に狩りをしたいという。皆の意見を聞きたい」

 

 実質、周魴がこの陣営の長になっていたので、まずは周魴が軍議の始めに言葉を発した。

 共に狩りをするというのは、回りくどいがそこで開戦するという意味だ。

 

「周魴殿。狩りの場所は何処ですか?」

「漏江だ。呂凱君」

「漏江ですか…。かの地であれば大軍を展開するのには適しておりますな」

「どのような地かね?」

 

 呂凱は平蛮指掌図を広げると、漏江の説明をし出した。

 密林が多いのはこの地の特徴だが、それと同時に切り立った巨岩が多いのが特徴である。

 更に南方の割には針葉樹がまばらにある程度で、他と違って伏兵がやや難しい。

 漏江よりも標高が高い地は多いが、そこよりも体感気温が低いというのもある。

 これは他の山間部からのおろしが常に強いために起きる理由からだ。

 

「兵の数では向こうがやや上回っております。わざわざ奴らに合わせる必要はないでしょう」

 

 そう発言したのは顧悌だ。

 至極当然な答えである。

 

「うむ。確かにそうだ。だが、連中にもそれなりの知恵者がいるようだな」

「…と、申しますと?」

「そろそろ冬が近づいているからだ。成程、この辺は暖かいが、少し北となると雪で進軍がままならなくなる」

「では、連中は我らが急いでいることを知っているということですか?」

「…だろうな」

「しかし、連中も兵糧が心許ない筈ではありませんか…」

「…とは思うがね。しかし、金環三結の話が本当ならば、この冬は越せるとのことだ」

 

 兀突骨らは反乱の折、食料庫を襲って略奪している。

 また、密林で食べられるものを探す能力に長けた者も多いのも特徴だ。

 

 しかし、それでも不可解な点がある。

 ゲリラ戦を得意とする連中が、わざわざ場所を指定してきた点だ。

 

「…どういう意図があるにせよ赴かねばなるまい」

 

 もしも劉焉に帰順したり、孟獲らに合流したら機会を逃す危険性がある。

 賭けにはなるが、他に方法はなさそうだ。

 それに味方の士気は依然として高い。

 

 そしてその十日後、両軍は漏江近辺の高原にて双方とも陣を構えた。

 辺りには巨岩、巨石があり、物見の兵が比較的上りやすい岩に配置された。

 天然の物見櫓といったところだろう。


 巨岩は大きなものになると高さは数十メートルほどあり、それらが点在している。

 そして、おろしが不規則に巨岩群に当たり、時折不気味な音が辺りを響かせる。

 更に言えば、嘗てこの地は過去において、様々な合戦が繰り広げられた血塗られた場所でもある。

 ただしそれらは皆、蛮人らの口伝であるが故、史書には全く書かれていない。


 突如、兀突骨の陣営から幾多もの太鼓が鳴り響きだした。

 それに対し、負けじと周魴も鼓手に命じて太鼓を響かせる。

 それが颪によるビュウビュウという音と相まって、俄に辺りを轟音が支配した。

 

「おおい! 俺様が兀突骨だ! 俺様とやりあう勇気のある奴は出て来い!」

 

 異様な姿をした巨人、兀突骨が一人で陣営から出てきてそう叫んだ。

 不規則で激しい強風が吹き荒ぶ以上、矢を使うことは出来ない。

 朶思大王がこの地を指定した理由の一つである。

 

「…何と言う大きさだ。アレは本当に人間か?」

 

 思わず周魴はそう呟いた。

 異様な鰐皮の鎧も、兀突骨の不気味さを加味している。

 そして鉤鑲こうじょうという片手用の武器を左右の手にそれぞれ持っている。

 しかも普通のサイズより倍近くほど大きく、やや特殊な形をしている。


 この鉤鑲は一見すると小型の盾のようだが、上下に前方へ湾曲した剣のようなものがついており、下は三十センチメートルで上の部分は倍近く長い。

 それでいて盾の部分は拳をガードするような形なので、メリケンサックのような使い方も可能だ。

 かなり扱いが難しい武具だが、極めれば相手にとって厄介な代物である。

 

「はっ! それじゃあアタイが相手をしてやるよ!」

 

 そう叫び、狼牙棒を振り回しながら出たのは趙媼だ。

 女ではあるが、周魴の陣営で最も大きい者である。

 

「喰らいな!」

「ぬぅう!!」

 

 趙媼は狼牙棒を利用し、走り高跳びの要領で高く飛ぶと、落下すると同時に狼牙棒で兀突骨の頭部を狙った。

 彼女は巨漢ながら全身バネのような筋肉を身につけており、更に体幹もずば抜けて良い。

 それ故、人離れした芸当を意図も容易く行えるのである。

 

 しかし、その強烈な一撃を受け止めた兀突骨も尋常な者ではない。

 二つの鉤鑲を頭上に掲げるような形で狼牙棒の一撃を受け止めたのだ。

 普通の者なら両腕ごと頭が粉砕骨折されているだろう。

 

「ちっ…意外と動きは良いようだね…」

「お前もな…」

 

 趙媼の呼びかけに兀突骨が応えると、そのまま鉤鑲を押し出した。

 バランスを崩した趙媼に、今度は兀突骨が趙媼の脚をめがけ、挟み込む形で左右の鉤鑲を振るう。

 鉤鑲の上に付いている湾曲した剣で攻撃したことから、クワガタが相手を挟み込むのに似ている形だ。

 しかし、趙媼はその一撃をジャンプで躱し、同時に後方へ飛び退いた。

 

 中原ではまず見られないだろう戦いに、双方の陣営は歓声と陣太鼓の地響きで応える。

 更にそのアクセントとして吹き荒れる風の音が、笛のような音を奏でる。

 

 異様な戦いは通常よりも疲労の度合いが激しい。

 更に不規則な突風は、更に拍車をかける。

 十数合ほどで両者とも肩で息をするようになると、溜らず周魴は退き銅鑼を鼓手に命じた。

 そして、それと同時に朶思大王も鼓手に命じる。

 

「ちっ! 運の良い奴だ! 次はこうはいかないよ!」

「俺もだ! デカ乳に油断したが、次は…」

「なっ!? こ、この破廉恥化け物!」

 

 趙媼が顔を真っ赤にしながら退いたその晩のこと。

 周魴の陣営に兀突骨の使者が来訪した。

 使者は朶思大王と名乗り、軍議の場へ案内されると思わぬことを申し出たので、周囲を唖然とさせた。

 

「それは真かね? 本当に降伏するのかね?」

 

 思わず顧悌が口出しすると、朶思大王は素っ気なくこう答えた。

 

「降伏ではない。帰参するのだ。勘違いなさっては困る」

 

 降伏ではなく、帰参だとどう違うのか。

 これは帰参とする方が立場上、降伏よりも都合が良いからだ。

 更に兵の数で言えば、楊鋒や木鹿大王よりも立場が上になり得る。

 

「同志の兀突骨は今日の戦いぶりに満足したのだ。故に帰参する旨を私に託したのだよ」

 

 朶思大王は少し仰け反って上から目線で言うと、更に続けざまにこう述べた。

 

「現状では我らの兵の数も多い。にも関わらず帰参するのは、上使君に尊崇の気持ちがあるからだ。そこを勘違いして貰われると困る」

 

 周魴も馬鹿ではない。

 朶思大王の言わんとすることは、すぐに理解出来た。

 だがそうなると、若年の帯来洞主はいざ知らず、木鹿大王の機嫌を損ねかねない。

 

 兀突骨と木鹿大王の間には、特に諍いというものはない。

 そもそも兀突骨とその配下の者達は、ここよりも遠方の南にいた連中である。

 だが、兀突骨は南蛮随一の猛者と触れ回っていたため、この地にて猛者を自負する木鹿大王は面白くないのだ。

 そして、兀突骨も木鹿大王のことを耳にしているので、互いに意識している現状だ。

 

「ハハハ! 兀突骨が帰参してくれるとは真に心強い。これで楽しみなのは、誰が孟獲を生け捕るかということになったな!」

 

 周魴はわざと大声で笑い皆の注目を浴びた。

 この場には木鹿大王もおり、兀突骨と木鹿大王の軋轢を孟獲討伐に利用しようというのである。

 更に欲を言えば、趙媼か祝融が孟獲を降せばなお都合が良い。

 

「ワハハハ! 孟獲なぞ我らの力だけで事足りますぞ! お任せ下され!」

 

 朶思大王は周魴の考えを察したのか、それに同調した。

 すると祝融を始め、他の者達も次々に主張し始める。

 こうなれば木鹿大王も兀突骨を招き入れることに反対出来ない。

 もし反対すれば、それは自信がない証拠となってしまうからだ。

 

 翌日、兀突骨は兵を部下の土安や奚泥けいでいに任せ、同僚の阿会喃、董荼那らと共に周魴の陣営を訪れた。

 その姿を見るなり周魴は大袈裟に声を上げ、兀突骨を褒め称えた。

 そして、同時に朶思大王は一騎討ちで引き分けた趙媼や、猛獣を使う木鹿大王を褒める。

 これは前日に周魴と朶思大王が示し合わせた結果だ。

 

 褒めるのは元手がいらない。

 つまりタダである。

 タダで上手くいくのであれば、これほど良い手はないのだ。


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