第百十七話 いざ益州へ
十二月となった。冬だけど、気候のせいかそこまで寒くはない。
劉先の書状によると、陶応は顔面蒼白だったらしい。
これで袁紹の元へ出奔してくれれば問題はない。
で、孔明はというと、伯父の諸葛玄を含めた一族ごと移住することを了解してくれた。
諸葛玄は徐州東海郡の太守となっていたが、袁術派と反袁術派の家臣らの争いに辟易していたらしい。
問題はその後の東海郡だけど、これは反袁術派の陳珪、陳登親子や糜竺、糜芳兄弟が関わることになりそう。
史実でも劉備との相性が良い連中だから、問題になることはないと思う。
特に陳親子は反呂布というだけでなく反袁術だったしな。
禰衡も残すかどうか迷ったけど、やはり劉備の元へ帰すことにした。
酒さえ飲ましておけば問題ないかもしれないけど、僕のストレスゲージが持たないからだ。
衝陽に送ったら文恭(司進の字)のストレスゲージも振り切れかねないしな・・・。
ま、お土産に酒を持たせたら上機嫌で帰っていきましたけどね。
そして十二月も中旬になった頃、交趾でやっと動きがあった。
劉焉の軍勢が撤退しだしたというのだ。
やはり永昌郡や興古郡の反乱が原因だろうな。
劉焉はそうなると孔明ばりの南征を始めるだろう。
あからさまに劉焉と敵対したくはないが、それならばこちらも手を打たないといけない。
この際だし、永昌郡や興古郡は南詔郡の緩衝地帯にしてしまおうかな。
でも、まずは新たに加えた孔明と范増、楊慮に相談するとしよう。
という訳で、また麻雀に託けた会議を行うことになった。
「・・・さて、こうして集まってもらったのは他でもない」
「益州をはじめとする未開の地についてでしょう? 言われないでも分かりますよ」
僕が発言した矢先、孔明が出しゃばってきた。
手には既に羽扇があるし、今までとは違ったプレッシャーです・・・。
「そうだ。では、まず孔明の意見を聞くことにしよう」
「新参者の私にですか?」
「そうだ。思うことがあれば率直に述べてくれ」
「・・・分かりました。では、率直に申しましょう。劉焉とは決別し、益州ごと併呑することを進言します」
・・・おいおい。ある意味、史実通りってか?
でも、気が早すぎやしませんかね?
「こ、孔明。何故、そのような強行策を・・・?」
「強行策ではございませぬ。益州が陥落すれば天下は二分されたと同然でございます」
「・・・・・・」
「それと同時に涼州王君に使者を出し、共に長安を陥落させてしまえば決着はついたようなものです」
「・・・ううむ」
「では、牂牁国はどうするかね? 孔明君」
僕が口籠もると同時に楊慮が孔明に質問した。
確かに牂牁国王の劉普は凡人だけど、子供の劉曄や魯粛がいる。
それに牂牁国の北部には涪陵郡があり、ここは皇甫嵩の息子の皇甫堅が統治している。
因みに涪陵郡の統治は張忠の時とは違い、頗る順調のようだ。
「フフ・・・問題はございません。劉普の次子、劉曄は時節を知る人物です」
「それが何の関係があるのかね?」
「劉普を強制的に隠居させてしまえば良いのです。その後、劉曄を我らが擁立させれば宜しい」
「ほう? どのように?」
「牂牁国は元々痩せ細った地が多いのにも関わらず、劉焉への兵糧援助により困窮しているのは楊先生も知っておいででしょう?」
「うむ」
「そこで民や蛮らを焚きつけ、劉普を隠居させるよう仕向けるのです。幸い上使君の盛名は既に牂牁国にも知れ渡っておりますので・・・」
「そうか。そこで上使君が介入してしまおうと言うのだな」
「ハハハ。流石は楊先生。物分かりが早い」
民衆反乱に託けて軍事介入というのは古今東西、往々にして何たら・・・ということか。
でも、確かに益州を併呑すればある意味、天下二分の計の完成みたいなものか・・・。
「孔明とやら。儂からも良いかの?」
楊慮の次は范増か。
今度はどんな質問だろう?
「はい。なんでしょう。范先生」
「こやつ(司護)は豫州王(劉寵)の遠戚でもある。何故、涼州王にすり寄るのじゃ?」
「ハハハ。我らにはそれ以上に好都合な者がいるからです」
「なぬ?」
「帝が御執心である貂蝉殿です。彼女を涼州王の室にすれば、帝はどうなるか見物ですよ」
「ほう! そうきたか! それは愉快じゃな!」
愉快じゃねぇ! 貂蝉の身にもなれ!
確かにデブ帝よりも数倍マシだけどさ・・・。
けど、そうなったら呂布はどうしよ・・・。
ま、呂布のことは兎も角、確かにこのままでは拙い。
確かに現状打破をしなければ、先に進めないことは確かだ。
荊北や揚州がないとすれば、益州しか道がないのも事実。
・・・でも、それなら重要な鍵を持つ奴がいるよな。
「この中で張松と繋ぎが取れる者はいるか?」
僕は三人に張松のことを聞いた。
史実は分からないけど、恐らく劉備の入蜀は張松が鍵であっただろう。
すると三人は怪訝そうな顔で僕を見つめた。
「張松という者が何の関係があるのですか・・・?」
流石の孔明も張松については分からないようだ。
けど、既に張松は成人をしている筈。
ただ問題なのは、劉焉の家中において重要な地位かどうかだな。
「夢のお告げでな。益州の地を手に入れるのであれば、その者が鍵を握るという真言があったのだ」
「ハハ・・・。夢占いですか・・・」
「うむ。まずは張松という者を探し、接触せねばなるまい」
「・・・噂で上使君の夢のお告げとやらを伝え聞いておりましたが、まさか本当だったとは・・・」
「君を見出したのも夢のお告げだ。嘘ではないだろう」
すると范増と楊慮が思わず大笑いした。
当人の孔明は少しはにかむような苦笑ですけどね。
「ならばこの儂が渡りをつけようかの」
「おお。亜父なら心強い限りだ」
「フホホ。なんの。小童どもにはまだまだ負けぬわい。なんなら証拠をじゃな」
「や、やめろ! こんな所で脱ぐんじゃない!」
そんなシワシワの汚いものを見せられてたまるか!
鐘離昧といい項羽といい、楚の連中は露出狂なのか!?
そして、このカオスになりかねない状況に対処したのは楊慮だった。
「・・・オホン。それは兎も角、劉焉と決別するのであれば、交趾の状況を如何致しましょう?」
「ん? ああ。追撃の許可を出すとしよう。ただし相手は韓信だ。決して深追いはせぬようにな」
「御意」
現在、交趾郡にて対峙しているのは徐晃、鐘離昧、太史慈、李通、甘寧、灌嬰、彭越、是儀、龐統そして朱桓か。
こちらは総勢七万との報告なので、普通だと余裕で勝てる筈だけど、相手にはあの韓信がいる。
・・・・・・ん? ちょっと待て? 龐統だと?
目の錯覚か・・・。いや、ちゃんと報告書には書いてある。
「楊県令よ。これは本当かね?」
「如何致しました? 上使君」
「・・・いや、龐統なる者が名を連ねているのだが」
「ああ、その者はつい先日。召し抱えられた者です」
「・・・誰に?」
「浮浪者みたいな風体の若者だったらしいのですが、交趾にてぶらりと現れてこう申したのです」
「・・・何と申したのだ?」
「それが・・・『俺は上使君の夢のお告げとやらで参ってやった。有難く参軍にさせるが良い』と・・・」
「・・・はぁ?」
「皆、どうせ騙りだろうと取り合おうとしませんでしたが『嘘だと思うのなら上使君に聞け。そして嘘なら俺の首を刎ねるが良い』と豪語しまして・・・」
「・・・それで、この報告書に龐統の名があるのだな?」
「はい。この者の言うことに間違いはありませんか?」
「間違いない!」
そりゃ当然、そう言うしかないだろう!
龐統なら間違いなく神算、鬼謀を持っているだろうし、これで韓信も恐くないな!
心強い限りだ!
「いやはや・・・そうでしたか」
「うむ。役職は後ほど決めるとして、まずは軍司馬に命じよう。本来なら君に出張って貰おうと思ったが、その必要はなさそうだ」
まさかのここで伏龍、鳳雛のそろい踏み。
これで益州は陥落したも同然といけば良いけどね。
こちらには既に張任がいるから射殺されることはないと思うけど、これは気をつけないとな。
さて、益州攻略を決心したとしても、問題は張昭らの連中をどう説得するかだ。
来月になれば大都市深圳をはじめ、数々の郡が内政可能になる。
そうなると軍事、内政ともにハードスケジュールを余儀なくされるだろう。
益州南部は密林が多い上に急峻な山岳もある地域だ。
それ故、補給ルートを確保するにも必要以上に綿密な計画を立てる必要がある。
更に成都まで攻め込むとなると、標高千メートル以上の山地を越えることもありうる。
そうなると、大攻勢をかける時期は四月以降が望ましいか・・・。
もっと言うと敵は劉焉だけではなくなる。
巴郡、巴東郡、巴西郡の三太守も当然、劉焉の援軍として来ることが予想される。
話を聞くとその三太守の郭典、羊続、曹謙も中々の戦上手だそうだ。
今までは攻略するにも雑魚クラスが多かったし、攻められたら持久戦で相手が撤退するのを待つのが多かった。
しかし、益州を攻めるとなれば、今までみたいにはいかないだろうな。
「如何しました? 上使君」
「ん? ああ、孔明よ。ちと考え込んでしまってな・・・」
「別に短期決戦をする訳でもなし。上使君がおっしゃっていた張松と接触を持ってからでも遅くはありますまい」
「・・・うむ」
この件は今後の勢力拡大の分岐点になる。
ここは荊南から陳平、鄭玄、文恭らも招聘し、意見を聞いたほうが良いだろう。
深圳の竣工式も兼ねれば面目も立つしな。
麻雀に託けた会議を終えた後、僕はふらりと深圳の深夜の海岸に出かけた。
とても眠れそうな気がしないからだ。
勝手な行動だけど、護衛役の許褚は文句も言わず一緒に来てくれた。
「・・・すまぬな。こんな夜更けに」
「気にする必要ねぇべさ。オラァ、上使君の護衛だということに誇りを持っているべな」
ゲーム世界にも関わらず深圳から見る星は綺麗だ。
東京じゃとてもじゃないが、まず見られない光景だろう。
現代であれば、すぐ近くの香港では百万ドルの夜景とかいう仰々しい呼称で知られている。
けど、元々そういう所は苦手なので、特に見たいとは思わない。
「既に機は熟している筈だ・・・。ここで動かない訳にはいかないか・・・」
僕は独りでそう呟いた。
既に孔明、龐統の二人がいるし、陳平、楊慮、そして范増という連中もいる。
五虎将は誰もいないけど、代わりに鐘離昧を筆頭に甘寧、徐晃、太史慈、そして司進がいる。
どうせ何をやったところでデブ帝が生きている以上、朝敵の汚名は消えないだろう。
ならば、ここいらで勝負を賭けなければなるまい。
「何やら星空を見上げておセンチでおまんな」
僕が南十字星を見つめていると、何時の間にやらそこにいた鐘離権が話しかけてきた。
「ああ・・・鐘離都尉・・・」
「雲房先生と呼びやぁ!」
折角のシリアスムードが台無し・・・。
ま、元々似合う訳でもないし、別に良いか・・・。
「それよりもここで何をしている?」
「ワイか? 酒を飲みながら散歩していたところやさかい」
「そ、そうか・・・」
「ところでワイの出番が少なすぎるんやないか?」
「そ、そんなことを言われてもな・・・」
「ジンちゃんやフクちゃんの代わりはワイしかおらへんで。もっと出番を出しやぁ」
「・・・そ、そうだな」
「それはそうとやね。もっと人生は楽しまんとあきまへんで」
「・・・そんなことを言われてもな。酒は飲めないし、タバコは煙が嫌いというかそもそも無いし、まず本来の僕は未成年だし・・・」
「それ以前にあんさん。現実世界でもそないに楽しくないでっしゃろ」
「・・・・・・」
そ、それを言ったらおしめぇよ・・・。
でも現実世界だったら漫画もテレビもゲームもあるんだから!
・・・・・・あかん。余計に情けなくなってきた。




