第百十五話 思わぬ形でついに・・・
十一月。僕は新たに加わった顧悌、朱桓、周魴に命じて交趾を経由で南詔郡へと向かわせた。
交趾を経由させた理由は、未だに対峙中のゴリ子こと趙媼と入れ替える必要もあるからだ。
趙媼は周辺蛮族の出だし、護衛持ちでもあるからね。
それと既に象兵部隊は解散命令が出されているということもある。
象兵部隊は食料の消費が半端ないからね。
象兵部隊がいなければ趙媼じゃなくても良いし、朱桓の方が上手く立ち回れそうだしな。
因みに顧悌もつけた理由は単純にスキルの人相、登用持ちだからだ。
そろそろ深圳の大都市計画も終盤になりつつあるんだけど、ここで少し面倒なことが起きている。
いや、大都市計画とは全く関係ないんだけど、かなり厄介な問題。
それは宗教問題というか何と言うか・・・。
宗教問題というのは、先祖崇拝についてだ。
現在、仏教系が交州にかなり浸透しつつあるんだけど、先祖崇拝の仕方で議論になりつつある。
仏教は輪廻転生を主張している訳なので、転生している筈のものを崇拝しても意味がないということか?
それに対し、元からある思想はぶっちゃけ黄泉の世界がある考え方だからな・・・。
これの整合性をとるため、僕は新たな解釈を取り入れた教えを広めることにした。
その解釈とは徳のある者は転生し、そうでない者は転生しないということだ。
ただし、黄泉の世界でも徳を積めば転生する資格を持てるので、徳がないから転生出来ないということにはならない。
ついでに子孫である者が供養すれば、その分だけ転生の資格を得られやすいというのも追加した。
そして、転生を繰り返すことで、より神仏に近づけるという解釈にしたという訳だ。
僕は既に否応無しに大教祖と化してしまっている。
そのせいか僕にこの矛盾点を正すようモブの道士なら仏僧やら儒学者が騒いだので、仕方なく作ったんだ。
まさか神々に会っているという嘘が、このような問題に関わらせることになるとは思いもしなかったな・・・。
「・・・そういう訳で、皆は祖先を敬い、父母を敬い、子を慈しみ、必要の無い殺生は極力控えるのが吉とす・・・」
「あいや待たれよ」
僕が護衛役の許褚を引き連れ、遊説している最中のある日だった。
いきなり群衆の中から声がしたんだ。
これはひょっとして逸材か!?
「何者かね? 姿を現したまえ」
「今、行くよ。ちょいと御免よ」
姿を現したのは乞食みたいな格好をした青年だった。
儒学者系の在野でいそうなタイプだな。
どれ。どんな奴か見てやることするか。
と、思った矢先。
「吾輩は。姓は禰。名は衡。字は正平だ!」
「!?」
まさかの禰衡かよ!? てか、何故こんな所に!?
まぁ良い。能力値を見てやろう・・・。
禰衡 字:正平 能力値
政治7 知略8 統率1 武力1 魅力6 忠義5
固有スキル 弁舌 罵声 判官 教化 教授 名声 芸事
使いづらいけど悪くはないな・・・。
何気に「教化」だの「教授」とかいうレアスキルまであるし。
それにしても何故、ここにいるんだか・・・。
「師父。我らはこのようなことを・・・」
「まぁ見ておれ」
禰衡の傍らには中性的な美少年ふうの弟子がいた。
何気にこの弟子もオーラ持ちか・・・。
こんな奴の弟子でも一応、見ておくことにしておこう・・・。
諸葛亮 字:孔明 能力値
政治10 知略10 統率9 武力4 魅力8 忠義9
固有スキル 弁舌 説得 罵声 遠望 開墾 神算 鬼謀 弓神 発明
う、嘘だ!? 出鱈目だ! こんなの認めないぞ!
なんでこいつの弟子なんかやっているんだ!?
これは悪い夢だ! いや、この世界にいる時点で本来、悪い夢だ!
僕は何を言っているんだ・・・・・・?
「ふん! 吾輩の名を聞いてそこまで取り乱すとはな! いや、少しは思ったよりも理解しているではないか」
お前じゃねぇよ! お前の弟子に対して取り乱したんだよ!
くそう・・・。どうにかして引っこ抜かないと・・・。
「・・・いや。申し訳ない。禰先生が何故、ここにいるのか不思議だったのでな」
「如かず。ここにいる吾輩の弟子が方々を見て回りたいと申してな。そのついでだ」
「おお、そうでありましたか」
「で、先ほどから聞いておったが、お前の辻説法は乱を引き起こすためか?」
「滅相もない。民に平安をもたらすためです。何故、乱を引き起こすことになるのですかな?」
「青州にて未だに跋扈している張角と同じ手法だからだ。奴も同じく乱を引き起こした張本人だろう」
「それでは朝敵扱いされ、生き延びるために刃向かえば平和を乱す輩となるのかね?」
「違うとでも言うのかね?」
「ならば、陳勝に付き従っていた高祖は、そも朝敵ということになるのですが・・・」
「ぬっ・・・」
僕は曹操とは違い、元から朝臣の家系じゃないからな。
孔明の曹操批判みたいな訳にはいかないぞ。
「それでは何故、長沙王を建て、その王に劉廙なる者を即位させたのだ!?」
「現在の長沙王は長沙定王君(劉発)の末裔だ。何が問題かな?」
「皇族でもないお主がそのような事をしたのは禅譲目当てであろう!」
「・・・禅譲目当てであれば、既に我が陣営は豫州王君のご息女を招き入れておる。その方が手っ取り早いと思いますがね」
「如かず! 豫州王であれば禅譲せぬと思ったからであろう!」
「・・・全く違いますな。そもそも長沙に王を立てたのは、楚王君(劉英)を祀るためでございますぞ」
「何? 楚王君だと?」
「長沙も元は楚の一部でございます。そこで、楚王君を祀ることで民と漢を安寧することにしたのです」
楚王君の劉英とは光武帝の三男のことだ。
元からあった宗教だけでなく、仏教も手厚く保護をした人物だけど、反乱を企ててしまい自殺した。
反乱を企てた理由は定かじゃないけど、それ以前にも謀反の疑いが掛けられていたらしいからね。
「それがどう一致するというのだ!?」
「それは余にも良く分からぬ」
「なんだと!?」
「君も知っておろう。余が孝桓皇帝陛下(桓帝)から直々に七星剣を預かったことを」
「・・・噂は耳にしておる」
「その七星剣を預かった折、長沙に王を立てるよう指示されたのだ」
「なっ!?」
「これこそ、楚王君の御霊を祀ることになるらしい。それ故、余は長沙に王を立てたのだ」
「いい加減なことを申すな!」
「いい加減なことではない。ならば君が孝桓皇帝陛下に聞けば宜しかろう」
「どう聞けというのだ!?」
「知らぬ。冥府に参れば会えるかもしれぬがね」
「・・・うぬぬ」
流石の禰衡もこれにはお手上げだろう。
たとえ僕が嘘を並べたとしても、死人に口なしだからな。
だけど麒麟や鳳凰の出現や七星剣を預かったことで、これが真実として認識されてしまうんだ。
完全に詐欺でもバレなれば詐欺じゃない。
・・・てか、思うけどさ。キリストや釈迦が述べていたことって誰も証明出来ない訳じゃないか。
ということはだよ。つまり・・・。
・・・やめよう。これ以上は色々とヤバい気がする・・・。
「アハハハハ!」
このやりとりを見ていた孔明が唐突に大笑いした。
もう嫌な予感しかしません・・・。
「どうした孔明?」
「師父。上使君は誰も敵う者はいないですよ。どんなに究明しようとしても、証明出来ないものを持ち出されたら勝負になりません」
「だがな。孔明。この司護という者は、すぐにでも易姓革命を起こせるのにも関わらず・・・」
「それは現在に始まったことではないでしょう。易姓革命を起こすつもりがあるなら、既に行っている筈ですから」
「・・・そりゃそうだがな」
易姓革命というのは五行思想に基づく王朝の交代のことだ。
徳がない王朝が徳のある者に譲り、それによって民を安寧に導くことを意味する。
ま、そういう考えがある訳なので、中国の王朝が代わっていく訳なんですが・・・。
ぶっちゃけ、一つの例外を除いて漢民族じゃない異民族にね・・・。
「君が孔明君か・・・」
「はい。上使君」
禰衡と孔明のやり取りが終わったところで、僕は孔明に深々とお辞儀をした。
流石にこれには孔明も慌てた様子で対応してきた。
「な、何のつもりです!? 上使君!」
「夢のお告げで君が現れるのを待っていたのです。どうか余に力をお貸し下さい」
「む、無理です! 私はつい先日、成人したばかり・・・」
「君はかの管仲、楽毅に勝るとも劣らない大器。本来ならば、これでも足りないぐらい・・・」
「や、やめて下さい!」
「君が嫌と申しても余は三度、いや五度でも十度でもお迎えに参じますぞ」
「・・・はぁ?」
「余は早くこの乱れた世を救いたい。その為にも君の力をお貸し下さい」
「ぼ、僕に仰っているのですか?」
「当然です。君が来るのであれば・・・」
「うおっほん!」
孔明とのやり取りの途中、禰衡が大げさに咳払いした。
全く、邪魔するなよ・・・。
「お前はこの弟子の方が吾輩よりも上と申すのか!?」
「これは禰先生。いや、素晴らしいお弟子さんをお持ちですな。流石は慧眼であられる」
「・・・ふん」
「しかし、禰先生は余に仕えるとは思えません。そこで、禰先生にご教授されたお弟子さんならば・・・と」
「なっ・・・ふん。少しは分かっておるようだな・・・」
「如何でしょう。まずは先生も持てなしたい故、我が家へお越し下され」
「そこまで言うからには仕方がない。参ると致そう」
禰衡には用はないが、孔明には大いに用がある。
何としても孔明はゲットしなければ・・・。
既に深圳は完成しつつあり、政庁を兼ねる僕の屋敷もそれなりになってきている。
とはいっても、普通の州牧の屋敷に比べるとかなり質素な造りだ。
大体、一人暮らしな訳だから、1LDKもあれば十分すぎるぐらいですよ。
とはいっても、料理人や小間使いもいるので、本当の一人暮らしではないですけどね。
「なんだ? これでは屋敷というより小屋ではないか」
「元から余は山野にてひっそりと暮らしたいのです・・・。天も民も余を望むので、仕方なく統治をしているに過ぎませぬ」
「・・・・・・ふぅむ」
「余は飲めませぬが、酒を用意しております。ささ、こちらへ・・・」
料理は基本的に質素。
ただ、断っておきますが、寿司や刺身とかは贅沢品ではないんです。
江戸時代、実際に寿司はファストフードみたいな扱いだったと聞いていますしね。
要するに、現在では贅沢品でも昔は質素だったものは多いという訳です。
逆に卵なんかは凄い贅沢品ですしね。
「ふむ・・・。これは?」
「寿司というものです。酒のつまみにも合いますぞ」
「しかし、生で魚を喰らうとは・・・」
「余は変わり者である故、好物はかようなものなのです」
「・・・ふぅむ」
「下手に禅譲なんぞしてみなさい。帝の口に合わぬという理由で、これらを食すことが出来なくなりますぞ」
「ブハハハ! それは一番、説得力があるな!」
将を得るには、まず馬を射よ。
うん。将とは当然、孔明のことです。
まずは禰衡を持てなして孔明を釣るという訳です。
その為のご馳走なんて滅茶苦茶安いものですよ。
僕は禰衡を煽てつつ様々な酒を振る舞った。
途中、禰衡は僕に対し「今すぐ都を陥落すべし!」と息巻くが、それに対しては「出来るだけ民の犠牲を少なくしたい」という反論で制す。
このやり取りの最中、孔明を見ると何も感じないのか静かに箸を進めるだけ。
・・・孔明って特に「民に対して云々」というのはないのかな?
「うむ! では、お前に聞く! 孔明を得られれば乱世に終止符が打てるのだな!」
かなり泥酔状態に入った禰衡から待望の言葉が!
よし! ここまでくれば・・・。
「今すぐという訳ではないが、必ずや漢を再興し、民を安寧にしましょうぞ」
この言葉に孔明は「やれやれ」と顔を振ったが、特に異論はないようだ。
けど、思わぬ言葉が孔明から発せられた。
「ですが、我らはあくまで玄徳殿のためにここへ参ったのですよ。師父はお忘れですか?」
なっ!? なんだって!?
既に劉備の元にいるのか!?
・・・お、落ち着け。まずは真意を問い質さないと。
「それはどういうことかね? 孔明君」
「はい。実は袁紹から帰順するよう使者が参ったのです」
「なっ・・・」
「袁紹は袁術との兄弟喧嘩に優位に立ちたいのでしょう。逆に袁術は徐州牧に孫堅を推しています」
「・・・・・・」
「既に中原では袁兄弟の陣取り合戦が苛烈を極めつつあるのですよ。何進や十常侍を取り込みつつ・・・ね」
「・・・で、余にどうしろと?」
「何とか孫堅と対峙させないよう上使君が仲立ちしてもらえませんかね?」
「・・・ううむ」
「孫堅も親族の手前、徐州牧の地位は欲しい筈です。ですが、縁者の貴方なら何か良い折衷案があるでしょう」
そんなに良い折衷案なんて簡単に出る訳ねぇだろ!
でも、上手く折衷案を出したら孔明とれるかもしれねぇし・・・どうしよ・・・。




