第百十四話 カンボジアとラオスも押さえたぞ!
八月となった。当然、暑い・・・・・・。
そりゃ沖縄より緯度が南な訳で暑くない訳がない。
ま、それでも現在の東京よりも大分マシなのが不思議だけどね。
そこで海水浴でもしたいところだけど、僕のような身分だと人前で裸を見せるのはタブーなんだよな・・・。
「上使君。食事の用意が出来ました」
「うむ」
ここのところ、僕は凄い贅沢な食事を堪能している。
そう! 朝、昼、晩の三食が全て寿司だ! しかも今日はマグロづくし!
酢は既に存在しているので、試しに料理人に教えて酢飯を作らせたんだ。
ただ、米はパサパサなので、何とも言えないのですけどね・・・。
マグロは偶々船乗り漁師が一本釣りで釣り上げたものを僕が所望したので、献上されたんだ。
タダで貰うには当然心苦しいので、それ相応の絹を下賜したけどね。
だけど冷凍保存とかはないから、急いで食べないといけないんだけさ・・・。
「生の魚を食うというのはゲテモノと思っておりましたが、中々いけるものですね」
共に食事している楊慮がそんな発言をした。
中国の魚料理はほとんどが川魚だから、寄生虫の心配をしないといけないからな。
だから油で揚げたり炒めたりする料理が基本なんだよね。
「海の魚は比較的安全なのだ。時折、フグのような毒を持つ魚もいるから、そこは注意せぬといかんがね」
僕がそういうと若い料理人が頻りにメモをしている。
料理人も読み書きが出来るので、実はこれが随分と有難かったりする。
寿司のことをゲテモノ呼ばわりするけど、僕からしたらこっちの方がよっぽどゲテモノ料理が多い。
生まれたての鼠の赤子を丸呑みとかは既に料理じゃない!
更に言えばムカデだのゴキブリも揚げれば食えるって冗談じゃない!
ま、日本では未だにイナゴとかハチノコとかザザムシを食べる人がいるけどさ・・・。
「ただ、ワサビがないのがな・・・。今度の倭への交易では上手くワサビの苗を持ってこれないものだろうか・・・」
僕がそう呟くとルキッラがこう発言した。
「ワサビじゃなくても良いなら代わりはあると思いますが・・・」
「何? ワサビがあると申すか?」
「ホースラディッシュならインド方面交易の折、経由させて苗を輸入すれば良いと思いますわ」
なんだ? ホースラデッシュって・・・。
ま、でも代用になるのなら、それでもいいか。
「ワサビについてはそれで代用するとしよう。だが、それ以上に進展しないものが心残りだ」
「白磁ならまだ時間が掛かると思いますわ。ローマの陶工も初めての作業なので、一朝一夕とはいかないでしょう」
「白磁もそうだが、武器や農機具の改良も必要だ。もっと良い鉄は作れないものだろうか?」
「それならインドからダマスカス鋼の鍛冶職人を呼ぶのが宜しいかと・・・」
「ほう? ダマスカス鋼の鍛冶職人とな?」
「はい。少し手間がかかるとは思いますが、彼らが来れば問題ないでしょう」
「そうか。ならばルキッラよ。すぐに手配してくれ」
「お任せ下さい」
武具の改良が出来れば兵の命も助かる確率が高くなるというもの。
人口が未だに少ない以上、これは重要事項の一つだ。
去年、交州を統治したと同時に僕は子作りを奨励している。
子供どころか結婚自体、未だにしていない僕がハッパをかけるのも少し説得力がないけどさ・・・。
でも、今年爆発的に産まれたとしても、兵になるには少なくとも十五年はかかる計算だからねぇ・・・。
流石にそこまで時間をかけるとなると、ゲームオーバーの可能性が高いからなぁ・・・。
ただ、成人以下でも働き手にはなるから、全く意味がない訳じゃないけどね。
九月になり、大量の移民が深圳にやって来た!
というのも、区連が扶南、要するに現在のカンボジア方面に進出したのが原因だ。
それで九真郡を経由して、こちらへと移ってきたという訳だ。
けど、これは少し難しい事案でもある。
何故ならカンボジア周辺にいた部族長や長老達などから区連に制裁を加えるように申し込んできたからだ。
なので、素直には喜べない。難しいな・・・。
弁舌スキルでどうにしかするか・・・。
「君らの怒りは尤もである。しかし、余としては区連に対し、兵を挙げることは出来ぬ」
「それは我らが僻地の民だからということですか!?」
「そうではない。君らが漢室の民ではないからだ」
「いい加減なことを申しなさんな! 貴方様は朝敵と伺っておりますぞ!」
「・・・確かに現在は朝敵となっておる。しかし、それは佞臣の謀略と帝の錯乱によってだ。故にまず君らには漢の民となって欲しい」
「どのようにです?」
「この深圳は未だに人口は少なく、土地は限りなくある。そこで、まずはここに居を構え、然るべき時に備えて貰いたい」
「・・・然るべき時とは?」
「それは天のみが知ることだ。残念ながらな・・・」
「・・・・・・」
僕は何とか抑えこもうとした。
それでも現地語と弁舌スキルをもっても難しい。
だから僕はある提案をした。
「まず君らの地を扶南郡とし、君らの中から府君(太守)を決めよ」
「・・・どういう訳でございますか?」
「それで余が区連に対し、些かの発言を得ることが出来る」
「真ですか?」
「うむ。ただし、あまり過信はしないで欲しいというのが本音だ」
こうして扶南郡が現在のカンボジア辺りに創設された。
しかし、どうして区連は扶南に侵攻したんだ?
この辺は楊慮の方が詳しいかな・・・?
というわけで、扶南の族長や長老達を帰らせた後、楊慮を招聘した。
「君を呼んだのは他でもない・・・」
「当ててみましょう。『区連が何故、扶南を攻めたのか』でございましょう」
「流石だな。その通りだ。君なら何か分かるかと思ってな・・・」
「現在、区連は士燮と争っておりませんからね。それと恐らくですが、扶南の港に目をつけているのかと・・・」
「扶南の港・・・をか?」
「はい。我らが天竺と交易をする際、寄港地として扶南の港は重要となります。そこに区連は目をつけたのでしょう」
「成程。区連は我らに交易を独占させないために扶南を攻略した訳か・・・」
「それだけではありません。更に西へ進めば陸路で天竺とも抜けられます。そうなれば交易は更に容易なものとなります」
「どういうことだ?」
「・・・我が君。自身で描いた地図を良く見なされ・・・」
僕は自分で描いた周辺地図を見た。
・・・成程。そういうことか。
航路であればマレー半島を迂回しなければならないが、途中で陸路を使えれば確かに容易になるな。
「まさか区連は扶南の西まで兵站を伸ばすつもりか・・・?」
「そこまでは私も分かりません。ですが、その周辺は知る限り集落のような小国が点在する程度のようです」
「そうなると、ちと具合が悪いな・・・」
「区連は野心もある危険な男です。我らが見て見ぬふりをしていては何れ・・・」
「・・・うむ。先手を取ろう」
僕は筆をとり、区連に対し西への侵攻を止めるようクギを刺すことにした。
理由は「このまま侵攻すれば天の神々が怒り、僕の恩恵が区連に対し無くなる」というものだ。
信じるか信じないかは区連次第だが、実際に僕の勢力下でない場合、大型台風直撃の可能性が出るからな。
「それは妙案です。区連の勢力下でも我が君の名は知られており、尊崇する者も多いと聞きます」
「ハハハ。そうか」
「ハハハ。はい。既に張角の比ではありませんしね」
「・・・・・・」
褒められているんだか、貶されているんだか・・・。
でも、勝手に戦線を拡大して、困ったら泣きついて来たらこっちが困るしな。
そして九月中旬の頃。荊南、交州のどこも豊作で大いに賑わう結果となった。
けど、交州は免税措置をとっているので、収入にはなっていません。
・・・トホホですが、これも民のためだ。
各地で豊作の祭りが行われ、僕は交州の各所に招かれることになった。
といっても、周辺の合浦郡とその周辺の郡の街までですけどね。
そこで随分と歓待されたのですが、中でも街一番の美女を侍女に参内するとかというイベントも・・・。
生殺しか!? これは生殺しなのか!?
どういうつもりだ! くっそぉ!
・・・誰もいなくったのを見計らって一人で叫んでいました。
悉くハーレムの芽を摘んできたとはいえ、何たる拷問!
ああ! 早くデブ帝を滅ぼしてぇ!
・・・うん。自業自得と八つ当たりなのは認めます・・・。
現代日本政治家ばりの祭りに参加して人気とりのような巡業が終わったのは十月の終わり頃。
そこで待っていたのは吉報なのか凶報か分からないような報せだった。
「もう一度頼む。周督郵(周魴)よ。それは真か?」
「はい。間違いないとのことです」
「・・・ふぅむ」
報せとは益州興古郡の太守、羽嬰が殺されたという報せだ。
興古郡は現在でいうところの雲南省南東部に位置する場所で、交趾郡にも比較的近い場所になる。
こちらは特に謀略とかは仕掛けてないけど、范増が勝手に動いたのか?
それとも勝手に自滅しただけなのか?
情報が少ないだけに何とも言い様がないな・・・。
「急ぎ楊県令(楊慮)と亜父をこれへ」
「御意」
僕は周魴と二人を加え、何時ものように麻雀に託けての密談を行うことにした。
陳平じゃないのが少し見劣りするけれど、周魴も十分な参謀役に違いないからね。
「此度の興古郡の一件だが、貴殿らの意見が聞きたい。何故、こうなった?」
すると楊慮が徐に切り出してきた。
「先頃、交趾への派兵で兵糧の消費が嵩んでおりますからね。恐らく増税して民が反発したと思います」
「やはりそんなところか・・・」
「配下にいた阿会喃の他、四名も反乱に加わった由。ま、自業自得ですな」
「その五名は未だに興古郡にいるのか?」
「興古郡は攻めにくく守りやすい地ですが、如何せん痩せ細った未開の地です。あまり旨味のある地とは思えません」
「では、劉焉は・・・」
「ですが討伐隊は繰り出してくるでしょう。旨味はなくとも交趾郡に近く、こちら側が占拠すれば目の上の瘤となります」
「・・・ふぅむ」
興古郡は獠族や昆明夷という異民族が多い土地だ。
あまり知らない異民族なので、僕の評価がどういうものなのか分からないんだよな・・・。
それに移民させるにしても交趾郡か九真郡を経由しないといけない場所でもある。
既に九真郡を経由しての移民政策は成功しつつあるんですけどね。
「儂からも良いかの?」
「おお、亜父よ」
今度は范増がイーピンの捨て牌を打ちつつ切り出してきた。
なんか妙案でもあるのかな?
「お主は興古郡も取るつもりか?」
「・・・う」
劉焉と面と向かって戦端開くとなると面倒なことになりそうなんだよな・・・。
ここは范増の意見を聞くことにするか。
「亜父は取った方が良いと思うか?」
「やめておけ。かの地は補給するにも道があまりない秘境のような地じゃ。無視するのが良いと思うがの」
「・・・そうか。では、獠族らはどうする?」
「奴らならすぐに山奥に籠り、抵抗するじゃろうよ。そのままにしておけ」
「あいや暫く」
新参者の周魴が范増を遮った。
どうするつもりだ?
「なんじゃ? 若僧」
「情報によれば獠族らも我が君の名を聞き及んでいるとのこと」
「それがどうしたのじゃ?」
「ここはいっそもう一捻りすれば面白いかと思います」
「どう捻るのじゃ?」
「はい。現在、扶南は戦える者が不足しております。そこで連中を扶南に向かわせ、区連の抑えにするのです」
反乱に加わった五名というのは阿会喃、董荼那、金環三結、朶思大王、兀突骨か・・・。
区連の抑えにはちと苦しいけど、いないよりは大分マシだよな。
それに扶南に誰かを派遣する余裕は現在のところない訳だし・・・。
「上手くいくかのぉ?」
「某にお任せ下さい。必ずや説き伏せて参ります」
周魴は胸を張ってそう宣言した。
僕もそれで良いと思ったけど、それだけでは駄目だ。
なので、僕なりの意見を言うことにした。
「周督郵よ。それが成功したとして、それでは区連や劉焉を牽制しきれまい」
「では、上使君はどのようになされるのですか?」
「うむ。扶南郡の北、興古郡の南に位置する所を新たに郡とする」
「・・・お、お待ちを。それでは更に出費が嵩みます」
「これも先行投資の一つだ。それに、その位置ならば九真郡から陸路が繋がる。よって更に交易は容易なものとなる」
「・・・確かにそうですが」
「太守は後々決めることにしよう。諸部族の長も説得してきてくれ。そこに阿会喃らを配置させ、劉焉の侵攻を防ぐのだ」
「・・・やれるだけのことはやってみます」
現在ではラオスとなっているこの場所を抑えれば更に儲かる筈だ。
なんたって、ここは昔からシルクロードの一つらしいからね。
因みに名前は南詔郡とすることにしました。




