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外伝73 交州戦役(前編)

 さて、少し時を遡ること一年前ほど。

 司護が朝敵とされる以前のことだ。

 五行祭も終わり、衝陽の開発のために趙佗が衝陽に転任し、代わって徐晃が赴任してきた。

 これは趙佗がスキル帰順持ちだからであるが、そもそもそう言った理由で招聘されるものだろうか?

 答えは否である。

 

 趙佗が招聘された理由は、交州の烏滸蛮おこばんや山越の民が多く衝陽に流入したので、烏滸蛮や山越から屈強な若者から志願兵を募るという理由からだ。

 つまり司護から発せられる命令は「お前、スキル持ちだから移動ね」といったものではない。

 もしもこのような命令であれば、全て者達から不信感を抱かされるだけだ。

 幾ら大変人の定評がある司護でも、そこまで露骨にすることは出来ないのである。

 

 翌、七月のこと。今度は劉先が巧曹従事に任命されたので、代わりに督郵として成人したばかりの劉敏が推挙される。

 ただ、この時ばかりは臨賀郡太守の満寵が少し不信感を抱いた。

 余りにも劉敏が若いためである。

 

「何故、君が赴任してきたんだか私は理解に苦しむのだがね」

 

 すると赴任してきたばかりの劉敏はニコリと笑い、こう答えた。

 

「私が若輩者であることは私も良く存じております。ですが、公琰(蒋琬の字)の補佐の実績を認められ、晴れて臨賀郡の督郵に任じられたのです」

 

 満寵はその事を知るとすぐに疑念は解消された。

 それほど既に蒋琬の政治手腕は認められていたからである。

 

 そして、七月も下旬に差し掛かった時、臨賀郡にも司護の追討令が発せられたことが伝えられる。

 この時は流石に臨賀郡も動揺したが、満寵は落ち着いて対処をし、督郵の劉敏に命じて州境の村々に対し、新たに避難路を設けた。

 これにより州境の村々は落ち着きを取り戻し、加えて自発的に猟師らが率先して索敵を名乗りだした。

 

「相当な痛手を喰らっている交州だ。すぐには行動出来ないであろうが用心に越したことはない」

 

 満寵は都尉の徐晃を呼び、対策を講じることにした。

 徐晃は以前、交州にて部曲長をしており、加えて満寵とは旧知の間柄である。

 

「公明(徐晃の字)殿。いや、徐都尉。連中はどう動くと思う?」

「…そうですな。恐らく向こうにも追討令の報告は既に届いているでしょう」

「当然だな。幾ら警戒していたとしても、全ての行商の類を把握出来る訳がない」

「となると、性急な連中のことです。臨時に税を吹っかけてでも軍を動かすでしょう」

「…そこまで無茶なことが出来るというのかね?」

「臨時徴収とはいっても要は略奪です。交州全土を焦土にしたとしても行うでしょう」

「…何ということを。それが真なら朱符(前交州牧)の比ではないではないか」

「連中は山越や荊南蛮、烏滸蛮の民どころか、漢の民をも人とは思ってはおりませぬ」

 

 満寵は思わず溜息をついた。

 董一族の強欲さと傲慢さは既に世に知られているが、そこまで酷いものとは思っていなかったからだ。

 いや、薄々と感づいていたが、皇族の外戚である董一族に対し、そこまで卑下したくは無かった。

 

 一方、司護に追討令が発布されたとの情報を得た董承は思わず小躍りをしていた。

 かつて煮え湯を飲まされた過去は既に忘却の彼方である。

 そして徐晃が危惧していた通り、朝敵討伐を大義名分として俄に増税をかけたのだ。

 当然ながら山越などの異民族だけでなく漢人達も挙って反発したが、これを不敬として反発した村々を次々と略奪し、男は皆殺し、女子供は奴卑にした。

 

「これも漢室を守るためだ。当然のことだ。我らの忠義を蔑ろにする者は何人たりとも容赦はせぬ!」

 

 その結果、怨嗟の声は更にも増したが、比例するように一時的に国庫は潤った。

 しかし依然として軍費が不足していたので、董承は右腕の郝普に意見を求めた。

 すると郝普はニンマリと笑い、こう答えた。

 

「南海府君の孔芝はしこたま着服し、銭を溜め込んでおります。今こそ彼奴を殺してそっくり我らの物にすべき時です」

「それは良い案だ。しかし、どう殺すのだ?」

「彼奴は漁色家だけでなく、家柄にも弱い男です。董家の年頃の娘を餌にしておびき寄せれば罠に嵌るでしょう」

「董家の年頃の娘だと? まさか儂の娘ではないよな?」

「そのまさかです。それ以外だと彼奴は食いついてきません」

「…ううむ」

「ご安心を。あくまで誘き寄せるだけです。彼奴が現れたら贈賄の罪を着せて殺してしまえば良いでしょう」


 董承は自分の愛娘をダシに使われることに不快ではあったが、郝普の言う通り娘の婚礼の準備をさせることにした。

 ここでいう董承の娘とは、本来なら献帝の側室になるべきであった女性である。

 しかし妊娠しているにも関わらず曹操に殺されるよりは、遙かにマシな運命を現在のところは辿っている。

 

「何? 余にそのような話があると申すか?」

 

 孔芝は既に五十歳余りであるが、思わぬ朗報に喜んだ。

 相手は外戚である董一族の出自で、齢も十代前半の美少女と評判の生娘だ。

 今の正室は側室にし、この生娘を正室とすれば都に戻れる日も近くなる。

 

「董一族も余の財宝に目が眩んだのであろうな。浅ましい限りだ。まぁ良いわ。ちぃと勿体ないが少しくらいなら分けてやろう」

 

 孔芝は有能な男であるが生来の因業であり、私財を溜め込むことを生き甲斐としている男である。

 南海郡で取れる鼈甲や真珠を懐に入れるだけでなく、賄賂でも稼いでいる。

 前交州牧の朱符が着任した際には、それ以前の交州牧の賈琮に責任を擦り付け、それまでの南海郡の収益を着服していた。

 だが抜け目ない人物でもあるので、兵士や部下などには給与を惜しみなく払っており、難を逃れている。


 因みに孔芝は過去に一度、烏滸蛮おこばんの梁龍らと共に反乱を起こしたが朱符の父、当時の交州牧であった朱儁に降伏している。

 しかしその際に十常侍らに賄賂を贈り、不問とされたことがある。

 その事を知る朱儁は朱符に対し「孔芝だけは油断するな」と念を押したが、それを無視したために殺されてしまう遠因にもなってしまった。

 これは孔芝が劉彦、虞褒らに賄賂を渡し誤魔化してしまったため、交州全体で増税せざるをえない状況にされたのが原因であった。


 ただ、その時に郝普もお零れに預かろうとしたが、地位が低かったために孔芝に罵倒された挙げ句、門前払いされてしまった経緯がある。

 このことに郝普は深い恨みを抱いており、いつか孔芝を殺そうと虎視眈々と狙っていた。

 郝普の笑みはそういった理由も含まれている。


「孔さんよ。こいつぁ罠だと思うがね。止めておいた方が良いんじゃねぇか?」

 

 孔芝にこう助言したのは烏滸蛮の首領である梁龍だ。

 史実であれば既に朱儁に斬られているのだが、良く似た男を身代わりにして孔芝に匿われていた。

 孔芝が梁龍の烏滸蛮の兵を引き留めたいがためである。


「案ずるな。密偵によれば既に婚姻の用意がされているようだ」

「…だけどよ」

「董承も儂の力なくして司護とは戦えまい。問題は幾ら要求してくるかぐらいだ」


 梁龍はそれ以上、何も言わなくなった。

 梁龍からしてみれば、雇い主が孔芝から董承に変更されるだけで、特に問題がないと判断したからであろう。

 

 こうして孔芝は番禹へ出向いた所を捕らえられ、贈賄容疑で有無を言わさず殺されてしまった。

 孔芝が郝普の存在を忘れていたことが原因と言える。

 加害者が恨みを抱かせた被害者を忘却しているなど珍しくはない。

 

 娘をダシにして孔芝を殺した董承は、空かさず孔芝が居を構えていた四会に使者として郝普を派遣した。

 南海郡は正規の兵だけでなく、梁龍が率いる烏滸蛮の精兵もいる。

 都合が良いことに梁龍と区連には土地問題に関する因縁があり、司護を崇める新興宗教とも無縁である。

 そこで郝普は区連をダシに使い、梁龍と烏滸蛮の兵を味方につけることに成功する。

 こうなればあとは大軍を指揮して臨賀郡を占拠するだけだ。

 

 十月となり刈り入れも終わった頃、いよいよ交州の軍勢が動き出した。

 その数、およそ五万の大軍である。

 その中には楊奉や程遠志といった冷酷非道な連中もいる。

 更に今回は董承自身も甲冑を身につけ、漢の旗を靡かせて出陣してきた。

 

 軍勢は二手に分かれ一方は湞陽、もう一方は封陽という城を目指した。

 湞陽はかつて楊奉らに攻められたが、都尉の文聘が頑強に抵抗し、李通らの援軍と協力して交州勢を叩きのめした因縁のある地である。

 そしてその文聘は未だに赴任しており士気も高い。

 だが城の兵は五千弱であり、数の優劣においては些か心許なかった。

 

 もう一方の封陽は臨賀郡の地所、臨賀の真南に位置し、ここも重要な地である。

 ただ封陽は湞陽に比べると脆弱で、守るには多くの兵を必要とした。

 そこで満寵は二万の兵と李通、徐晃らを従え、自ら封陽に出向くことを決めた。

 

 こうなると問題は湞陽だ。

 文聘が優れた名将であり、士気が高いと言っても五倍の兵となると勝利は難しくなる。

 湞陽の堅牢ぶりは以前の戦いで証明されたが、今回は援軍が見込めない。

 

「…ううむ。兵糧も水も万全だが、援軍が見込めぬとなると難しいな…」

 

 この時は未だに討伐の連合軍が襄陽、南陽に駐在しており、文聘も流石に弱気になった。

 だが、その数日後に司護の使者が来ると、今までの弱気の虫は瞬時にして雲隠れした。

 

 一方、湞陽攻略を任された楊奉はおよそ二万五千の兵と韓暹、程遠志、張闓ちょうがいらを従えて向かっていた。

 同胞の李楽は番禹での守備を命じられたのだが、これは自ら申し出たからだ。

 流石に番禹を全て留守にするのも問題なので、宋果という者と共に留守居役を命じられた。

 

「あのバカめ。ここにきて臆病風に吹かれたか」

 

 李楽の思惑が分からない楊奉は韓暹に言うと韓暹はこう答えた。

 

「あの野郎。まさかとは思うが内応するつもりじゃねぇだろうな」

「フン。胡散臭い祈祷師崩れ(司護のこと)に降伏しても今更縛り首だろう。無理に決まっている」

「だとは思うがなぁ…」

「じゃあ良いじゃねぇか。まずは湞陽を俺らが奪い、その後は董承に合流して臨賀も落とすだけよ」

 

 楊奉らの軍勢は湞陽に到着するやいなや、すぐに湞陽の城を包囲した。

 湞陽には司護の援軍が来ないという情報を元に判断されたからだ。

 そして近隣の村々を焼き払い城内の兵を挑発する。

 当然ながら湞陽には近隣の村々に住む兵もいる。

 それらの兵は頻りに文聘に訴えるが、文聘は首を縦に振らなかった。

 

「くそっ! あの若僧め! またもや貝のように閉じたまんまだ!」

 

 十日ほど過ぎた頃、文聘の対応に楊奉は焦りだした。

 まず湞陽を陥落させた後、董承らと合流する手筈だからだ。

 このままグズグズと日数が嵩めば、短気な董承が何を言い出すか分からない。

 

 しかし楊奉も馬鹿ではない。

 それ故、今回は力づくでの攻略は控えるという判断を下した。

 何故なら司護からの援軍がない以上、それが一番の攻略だからだ。

 ……そう。その筈であった。

 

 包囲してから一ヶ月ほど。

 楊奉の元に凶報が舞い込んだのである。

 

「馬鹿なことを申すな! 司護からの援軍は来ない筈だぞ!」

「はっ! しかし『厭離穢土欣求浄土』という奇妙な旗を掲げた軍勢がこちらへ向かっております!」

「……何だそれは。一体、何処の軍勢だ」

「旗は他にも張、劉、龔、廖といったものが…」

「あっ!?」

 

 思わず大声を出したのは傍にいた程遠志である。

 その軍勢の者達をすぐに思いついたのは、元はそれらの者達が同僚であったからだ。

 

「どうした? 程都尉(程遠志)」

「クソッ! 豫章の黄巾どもだ!」

「何っ!? 何故、豫章の黄巾崩れが来るのだ!?」

「道理でこっちに司護の野郎が援軍を寄こさねぇ訳だ! こいつぁ拙いぞ! 野郎どもズラかる用意だ!」

「ふざけるな! このままおめおめとズラかれるか!」

 

 楊奉は迎え撃つつもりであったが、その援軍の数に愕然となった。

 その数は優に五万を越えるとの報告だったからだ。

 泡を食った楊奉は殿軍を程遠志に任せ、董承のいる封陽へと転進することにした。

 

 かくしてすぐに湞陽の包囲は解かれたが、そのまま簡単に撤退が出来る訳ではない。

 悶々とした日々を過ごしていた湞陽の軍勢が追撃を開始するからである。

 湞陽の軍勢は五千ほどではあるが、全軍で迎えようとすれば豫章からの援軍も全て追撃に加わり、更に不利となる。

 

「今こそ恨みを晴らせ! 奴らを生かして帰すな!」

 

 追撃の先陣をきる文聘は叱咤激励すると、その激が拍車を掛け、兵達は我先にと程遠志の兵の血を浴びる。

 

「野郎ども! 捕まったら殺されるだけだ! 殺される前に殺せ!」

 

 程遠志も負けじと激を飛ばす。

 程遠志の兵は皆、殺される理由に身に覚えがある凶状持ちなので、必死に抵抗する。

 

「ちっ! このままじゃ何れ時間の問題だ。ならば一か八かしかねぇ!」

 

 程遠志は群がる湞陽の兵達を得物の大刀で屠りながら文聘に近づいていく。

 一騎討ちに持ち込めば勝機があると考えた結果である。

 しかし、それは残念ながら裏目に出ることになる。

  

「そこにいるのは程遠志だな! この太平道のツラ汚しめ!」

「げっ!? かっ、管亥!? 何故、貴様がここに…」

「はっ! 大賢良師(張角)様に許しを得てわざわざ出向いてやったんだ! 青州から来た甲斐があったってもんだ!」

「ま、待て! 待ってくれ! 仮にも俺たちは同じ釜の中の飯を…」

「ああ! てめぇと一緒に喰った飯の味は今でも忘れねぇ! 何せ、糞みてぇな味だったからな!」

 

 管亥は黄巾で随一の豪傑として知られる男だ。

 その管亥が相手では分が悪いなんてものではない。

 程遠志は急いで踵を返し逃げようとするが、その先に待っていたのは文聘だった。

 見ればその矛先には一人の男の首が括り付けられている。

 

「ちょ…張闓。貴様よくも…」

「ふん。どうした? 弟分の仇討ちなら喜んで相手するぞ」

「そっ…それどころじゃねぇ! そこをどけ!」

「ハハハ。素直にどくと思うか? それよりも後ろは気にしなくて良いのか?」

「…え?」

 

 それが程遠志の最後の言葉であった。

 振り返った直後、管亥に真っ二つにされたのである。

 

 楊奉の軍勢は、程遠志らをはじめ五千人ほどの被害が出て、這々の体で封陽へとむかった。

 二度目の湞陽の攻防戦はこうして幕を閉じた。


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