第百二話 急な展開多すぎ
十二月に入った。名無しの官吏達は未だに多忙を極めている。
新たに入った報告では涪陵が陥落し、張忠は益州の劉焉を頼って逃亡したらしい。
全土の民を安寧にさせるという大義名分を掲げた以上、皇甫嵩に援助した形になってしまったけど・・・。
フクちゃんがいたら絶対に反対しただろうな・・・。
もう一つの報告では、交州方面は順調に進撃しているとのこと。
援軍は送れないけど兵站は問題ないし、僕らの軍勢が城や村落に入る度に民衆は歓喜して迎えているという。
既に臨賀郡の軍勢は蒼梧郡の治所である広信まで陥落し、広信の西に位置する猛陵に攻撃を開始したとのこと。
豫章からの張曼成が率いる軍勢も豫章郡と南海郡の郡境にある曲江、湞陽を陥落させ、中宿まで進駐しているとのこと。
また会稽からの軍勢は既に南海郡の最東端にある龍川を抑えており、何時でも南海郡に侵攻することが可能だそうだ。
中宿は桂陽からも近いので、僕は桂陽の灌嬰に兵一万を与え合流するよう指示した。
交州は意外にも山岳地が思ったほど多くはない。
だが、森林の面積は当然ながら膨大で、移動に随分と手間取りそうだ。
灌嬰が扱うのは主に騎馬だし、ここは思い切って奴を投入する方が賢いかな・・・。
という訳で、その奴を呼ぶことにした。
「改めて用って何よ?」
「ゴ・・・。趙部曲長(趙媼)よ。今日から都尉に任じる。そして桂陽へ赴き、象兵を編成して援軍に向かってくれ」
「ちょ! ちょっとぉ! アンタのお守りはどうするのさ!?」
「案じるな。長沙から周倉を一時的に招聘する」
「・・・あいつを? あんなスケベ野郎じゃ頼りないじゃないの」
「スケベかもしれんが、君が来る前までは余の護衛だったのだ」
「・・・でも」
「昇進したことを素直に喜び給え。それに象を活用出来るのは君しかおらぬ」
「分かったわよ! けどね! 私がいない間に浮気したら許さないんだからね!」
ゴリ子よ・・・。浮気もなにも付き合ってねぇじゃねぇか・・・。
全く慶里といい、文恭といい、子供達は皆、幸せそうで何よりですわ・・・。
そりゃ僕が慌てて変なフラグ破壊したのが原因なんだけどさ!
・・・と、そんなことを考えた矢先、突然誰かが謁見の間に入って来た。
「父上! ここに居られましたか! 化け物もか・・・」
「だ、誰が化け物じゃい! このアンポンタンがぁ!」
「そ、双方とも止めよ! ところで何用だ? 文恭(司進の字)よ」
「はっ! お喜び下され! 吉報でございます!」
「こんな中で吉報だと・・・?」
「はい! 智云(劉煌の字)が懐妊致しました!」
「なっ・・・」
ぼ、僕はもうおじいちゃんですか!?
てか、君達って中学生ぐらいだよね!?
こんな時になんという破廉恥なことをしているんですか!?
親の顔を見てやりたいぞ!
・・・鏡を見ろってか・・・。
「・・・ち、父上?」
「あ・・・いや・・・。あ、余りにも喜ばしいことに天におわす神々に感謝を伝えておったのだ・・・」
「・・・とてもそうは見えませんでしたが」
「そ、それよりも智云君の体を気遣うようにな。余にとっては初めての孫だしな」
「・・・は、はい」
・・・ううむ。喜ばしい以上に惨めな気持ちにしかならない・・・。
けど、そうなると生まれた孫の名前は秀忠の幼名か?
信康はちと拙いしな・・・。
あれ? でも、どっちも竹千代だったような・・・。
ま、生まれた後に考えることにしようか・・・。
そして、そうこうしていると十二月の中旬になった。
未だにデブ帝は存命のままだ。
ああ、やきもきするわぁ・・・・・・。
「お、親分?」
「ん? ああ、元福(周倉の字)か」
ゴリ子の代わりに再び一時期的に周倉が僕の護衛となった。
許褚は未だに裴潜の護衛中なので、消去法で周倉ということになるからだ。
消去法という言い方は悪いけど、本当のことだしな。
「ところで長沙はどうなのだ? 未だにあれ以来、戦いらしい戦いがないようだが・・・」
「へい。至って平和なもんで。それに戦いったって、陶応が何もしねぇで降伏しただけでやすし・・・」
「・・・だよな。だからといって二十万以上の軍勢が喉元にある以上、臨戦態勢を解除する訳にもいかぬし・・・」
未だにデブ帝が存命の訳は、中々豪華な旗艦が建造されてないからです。
いや、完成は既にされているらしいんだ。
けど、ああだこうだと外見や内装の改造を注文されているらしく、それで建造には至っていないんですわ。
こんな所まで出張ってきて外見を気にするって何なんだよ・・・。
無能な上司が何も知らない現場に出てきた挙げ句、余計に無駄な仕事を増やすなんて冗談じゃないよなぁ・・・。
・・・あれ? どっかの国の首相がそんなことをやっていたような気が・・・。
・・・気のせいだよね。うん。
気にしていたら悲しくなってきますわ・・・。
・・・と、悲しい気分になっていた所に督郵の桓階が報告したいことがあるとのこと。
嫌な予感がする・・・。
「区連と士燮が交戦状態に入ったとのことです」
「な、何故・・・?」
「未だに詳細は不明ですが、どちらも正当性を主張しているようです」
「董重も時間の問題になっている矢先に内紛とはな・・・」
「元々、双方とも郡境に不満を持っておりましたし、致し方ないかと・・・」
「・・・仕方あるまい。董重らは我らで片付けると致そう」
「御意」
「それと双方に使者を送れ。双方の主張を聞かねばならぬからな・・・」
しかし何だってまたこの時期に・・・。
そりゃ報告によると順調に交州は攻略しつつあるけどさ・・・。
・・・待てよ? まさかとは思うが・・・。
僕は范増を呼ぶことにした。
下手すれば范増が一枚噛んでいそうな案件だからだ。
確かにここで双方とも争えば、交州における僕の発言権は強まるからだ。
「亜父よ。交州の状況だが・・・」
「問題はなかろう? 何故、儂を呼んだのじゃ?」
「・・・うむ。区連と士燮の案件のことでな。ひょっとして、亜父が関わっていると思ったのだが・・・」
「フェフェフェ。何じゃ。そのことか」
「その様子では関わっておるのだな?」
「大して関わっているという訳じゃないがな。で、お主にとって都合が悪いか?」
「・・・いや、都合が良い。流石は亜父だ」
「フォフォフォ。それで良い」
「しかし、事前に報告してくれと申したではないか・・・」
「大したことじゃないしのぉ・・・。それにバレる問題はない筈じゃ」
「それでも困る。して、どのように双方を争わせたのだ?」
ちょっと長いので、要約しますね。
以前、朱符がいた頃に悪政を行っていた佞臣の劉彦、虞褒の居場所を区連の配下となっている丁公、葛嬰、屠睢らにバラしたというんだ。
葛嬰、屠睢の二人は自重したものの、丁公は勝手に遠征軍から離脱し、劉彦、虞褒がいる苟漏に進軍を開始してしまう。
これに焦った士燮は配下の児孝徳という人物を派遣し、丁公を討ち取った。
これが火種となり、元々因縁のあった双方は再び戦争状態に入った。
現在のところ、丁公は敗れて死んだものの、区連の軍勢の方が優勢であり、日南郡の北に位置する九真郡をほぼ手中に収めている。
そして、このままいけば交趾郡も危ういとのことだ。
「しかし亜父よ。なんだって士燮は劉彦、虞褒などを匿っておったのだ?」
「奴らが交州牧の印璽を持ち逃げしたからじゃよ」
「・・・しかし、それなら印璽を奪った後、殺せば良いだけの筈だが」
「それだと士燮に旨味がないのじゃ」
「・・・旨味?」
「奴らが印璽を渡したのなら、奴らが生き証人となる。士燮が正当な交州牧を名乗る際、朱符から受け取ったという証明が欲しかったのじゃよ」
「・・・しかし、董重が正当な交州牧であろう?」
「その董重がお前さんに殺された直後、士燮は朝廷に訴えるつもりだったんじゃよ」
「なっ!?」
「しかし、今回の騒ぎでお主が朝敵扱いになったからのぉ。それ故、朝廷を使っての交渉も出来なくなった訳じゃがな」
士燮め・・・。好々爺ヅラしてなんつーことを・・・。
つくづく外交って恐いもんだよ・・・。
下手に朝廷が介入してきたら、僕の交州分割案は頓挫する羽目になった可能性があるからなぁ・・・。
「だがな。亜父よ。念のためにもう一度申すが、今後は逐一報告を怠るなよ・・・」
「そうじゃな。儒者連中が儂を目の敵にし、和を乱す要因とかもしれんからのぉ」
「それを知っていて、何故・・・」
「儂も歳じゃ。いざとなれば、この皺首を斬れば良かろう」
「なっ!?」
「驚くことでもあるまい。儂にはせいぜい愛妾ぐらいしかおらぬ。流石にあの女どもが連座されるのは、ちと可哀想じゃがのぉ・・・」
「待て! 余はそのようなことをしたくはない! 子が父を断罪するなぞもっての外だ!」
「お主は優しいのぉ・・・。じゃが、それは婦人の仁じゃ。いざとなれば、儂の首を使ってでも邁進せねばなるまいぞ」
「そうならぬよう余は心掛けておる。楊県令(楊慮)では亜父の代わりにはならぬ」
冗談じゃない。范増を殺すような展開は御免だよ。
限定的だけど僕の素性の唯一の理解者だよ。
そりゃ雲房先生こと鐘離権も入るかもしれないけどさ。
ジンちゃん、フクちゃんがいない現在、実質的に老師しか僕本来の素性は知らないんだ。
それに老師はあくまで説明役であって、僕の補佐役じゃない。
范増は「やれやれ」と言いつつ引き下がった。
こっちも「やれやれ」なんですけどね・・・。
僕は自室に戻り、数日間は本を読んで過ごした。
勉強するにはもってこいの環境ですよ。
他にやることがないという状況ですからね!
そして十二月も下旬となり、沖縄よりも緯度が南なのにも関わらず寒い日々が続く毎日となった。
夜半から早朝にかけて気温が氷点下になることも珍しくない。
温度計はないけど、恐らくそれ位の気温だろう。
文恭や懐妊した劉煌にも会ってみたい気もするけど、余計に惨めな気分になりそうなので、僕は二人に会うのを控えた。
僕はやはり狭量な人間なんだろうな。
本来なら心から喜ばないといけないのにさ・・・。
「閣下。得体の知れない『客人が面会させよ』との申し出ですが・・・」
「得体の知れない客人・・・?」
ウダウダしているところに衛士がそんな報告をしてきた。
得体の知れない客人には慣れているけど、こんな時期に誰だよ?
サイコロも振ってないし・・・。
「どのような御仁かね?」
「汚らしい翁です。物乞いかもしれません故、追い返しましょうか?」
「・・・いや、会おう」
汚らしい爺か・・・。著名な儒者とかの可能性もあるよな・・・。
隠遁している儒者ってそういうのが多そうなんだよね。
僕は能力値とかすぐに分かるけど、そういう奴って大概
「俺の価値が分からんとは、大したことねぇな」
って感じで素っ気ないものだ。
でもさ・・・。普通は分からんて・・・。
僕が謁見室を覗くと、そこには確かに汚らしい爺がいた。
見た目は確かに汚いけれど、身長は高く、背筋もシャキッとしており、何より目は笑っているものの奥底にある眼光は鋭い。
その鋭さは范増、もしくはそれ以上かもしれない・・・。
「これは・・・・・・」
僕は蚊のような小さい声で思わず呟いた。
当然ながらオーラは溢れんばかりに輝いている。
一体、どんな奴なんだよ・・・・・・。
皇甫嵩 字:義真 能力値
政治5 知略9 統率10 武力7 魅力8 忠義9
固有スキル 看破 鎮撫 情勢 制圧 歩兵 騎兵 踏破 神算 鬼謀
僕は思わず「あっ!」と声を挙げてしまった!
だって皇甫嵩だよ! てか、それ以上に強すぎだろ!
「ハッハッハッ! 貴殿が司護殿かね!」
覗き見る僕を見つけた皇甫嵩は、老齢とは思えない甲高い笑い声を張り上げた。
でも、何しに来たんだよ・・・。
「こ、これは皇甫将軍。何故・・・」
「ほう!? この儂を一発で分かるとはな! 折角、このような見窄らしい格好も役に立たなかったか!」
「・・・は。いや、人品を見れば瞬時に判断がつきます故・・・」
「ハハハ! 儂はそのような大層な者ではない!」
「しかし、何故・・・」
「ならば申そう! 隠居しにきた!」
「なっ!?」
「ついでに人質交換だ! 文雄(射援の字)の代わりに儂を人質にしてくれ」
「・・・ひ、人質なんてとんでもない!」
「・・・儂は文雄よりも格下か? それは儂の手違いであったな・・・。すまんことをした」
「そういう意味ではありませぬ! 将軍のような御仁は大歓迎であります!」
「ハッハハハ! それは良かった! では、文雄は涪陵に戻してくれ」
「そ、それは構いませんが・・・。宜しいので?」
「宜しいに決まっておる! そして、もし涪陵がこちらを攻めたら問答無用で儂を斬れば宜しい」
「め、滅相も無い!」
「聞けば張宝らと貴殿は昵懇というではないか。儂の首を見たら連中は大喜びするぞ」
「豫章府君が望んでも余が許しませぬ!」
「ハッハハハ! それなら儂も少しは寿命が延びたということだな!」
「・・・・・・」
つくづくこの世界で僕が思ったこと・・・それは・・・。
老師をはじめ、范増といい、張角といい、皇甫嵩といい・・・。
爺キャラのクセが凄い!!




