第九十九話 新たな旗印
10月になり、遠征軍の主力は引き続き宴会が行われているようです。
そのまま永遠に宴会をやっていてくれると有難いのですが、流石にそれは無理そう…。
そんな中、陶応は何故か袁術の怒りを買ってわざわざ負け戦に出張るとはね…。
え? 「陶応との戦さはどうしたか?」 ですって?
そんなもん。余裕で大勝利でした!
てか、すぐに降伏したらしいけどね・・・。
陶応は捕虜となり、投降した兵は二千人ほど。
そして戦死者はゼロというおまけつき!
曹豹とか潘璋とかには逃げられてしまいましたけどね…。
あいつら最初から陶応を見捨てるつもりだったらしく、自分たちはさっさと蔡瑁の艦隊と一緒に逃げやがったので…。
少なくとも潘璋は欲しかったんだけどなぁ……。
関羽を生け捕ったにっくき相手とはいえ、能力値は良さそうだしね。
…さて、では陶応の能力値を晒すことにしますか…。
陶応 能力値
政治2 知略1 統率1 武力2 魅力2 忠義2
固有スキル 補修
……ひ、酷すぎる。
陶謙が「出来損ないの息子だから」という理由で劉備に徐州を預けた理由が良く分かるぜ…。
まさかここまで酷いとは思わなかったけど…。
「ど、どうかお命だけは……」
戦いに敗れた陶応は、この衝陽まで連行されて僕の前に引き出された。
哀れというか何と言うか……。
「命は取らぬ…。安心いたせ」
「…あ、有難うございます!」
「ただし、幽閉はさせて貰うぞ。入牢とまで行かぬが、それで我慢せよ」
「あ、有難うございます! そ、それとですが…」
「何だね?」
「酒と食事なのですが、余は…徐州牧ですので、それなりのものを用意して頂きたく…」
「……」
なんだぁ!? こいつ!?
自分の立場が分かっているのか!?
「安心いたせ…。余が常に食するものを用意いたす」
「おお!? このような城を持つ貴殿と同じものですと!」
「そうだ…」
「有難き幸せにございます!」
陶応はその途端、凄い勢いで土下座した。
ある意味、悲しくなってくるよ…。
でもって幽閉中、給仕に滅茶苦茶文句を言ったらしい。
「余は徐州牧であるぞ! このような民草と同じものを出すとは無礼なり!」
……だとさ。
給仕には無視するように言ってやったけどね。
そして、活躍した筈の彭越、賀斉、太史慈だけど、労いの言葉をかけようとしたら…。
「労いの言葉は反って嫌味です」
……とのことでして。
でも、これは僕の責任じゃないよぉ…。
一応、前哨戦は大勝利という扱いだけど、逆に調子が狂いますわ。
まさかこういう奴をぶつけまくって、こちらが油断するのを待つという孔明ばりの罠か!?
……考えすぎですね。うん……。
しかし、遠征軍が宴会続きだから安心して内政に専念できるという訳でもない。
長沙や武陵だけでなく、衝陽も依然として調練が続いている。
特に猪牙の突撃戦術は今までの水上戦では無かった戦術なので、未だに洞庭湖にて継続中なんだ。
今までの水上戦は、主に矢を射かけてから相手の船に乗り込むというものしかない。
そう。相手の船体にダメージを与えて沈没させるのは火矢によるものでしかなかったんだね。
その火矢によるものも当然ながら対策があるから、余り効果的とは言えない。
他にも闘艦などは巨体を活かしての強行的な体当たりもあるらしいけど、乱戦じゃないと意味がないものらしい。
というのも、同じサイズ同士であればそれ程ダメージはないし、小さいと回避されてしまうからだ。
その点、猪牙による船体突撃による攻撃は違う。
大きな闘艦や楼船でも船体に穴が空けば当然、沈没してしまうからだ。
特に闘艦の戦い方は、主に近づいてから兵員を乗り込ませる戦術なので、人員の損失も大きいものとなる。
だけど、連日の調練のせいで内政に専念出来ない状況が続くので、何とも言えません。
今までと違う戦い方をレクチャーするのは、それだけ手間と浪費が必要なのです。
しかも信長や秀吉の長槍による槍衾とは違い、船を扱うとだけあって余計に手間が掛かるんですわ。
そして、十月も中旬を過ぎた頃、衝陽に一報が入ってきた。
董承が五万の兵で臨賀郡へ侵攻を開始したという報告だ。
どうやら痺れを切らしてしまったらしい。
臨賀郡も兵は五万近くいるし、満寵を中心とした家臣団も堅牢だ。
なので、援軍が無くても問題はないけど、念には念を入れたい。
けれども北や西の備えを疎かに出来ないので、ここはお隣の豫章に頼るとしよう。
そういう訳で、僕は客人の波才を改め竇才を呼び出すことにした。
「司使君。何用でございましょう」
「竇従事(竇才)。余は既に荊州牧ではない」
「ハハハ。構うことはありますまい。桓帝君から既に認めて貰ったようなものでしょう」
「……」
「…して、どのような案件で?」
「董州牧が臨賀郡に侵攻してきたのだ。今こそ会稽の賈府君(賈琮)と共に交州へ兵を進ませて貰いたい」
「おお! いよいよ交州を攻める訳ですな!」
「うむ。余としては少々不本意だがやむを得ん。お願い申す」
「お任せあれ。既に張将軍(張曼成)は首を長くしておる筈。早速、使者を遣わしましょう」
「有難い限りだ…。この恩、司護は生涯忘れませぬぞ」
「ハハハ…なになに」
笑う竇才だが、すぐに退室しようとはしない。
こちらが何か忘れているのかな…?
何だろう?
「竇従事。余に何か申し上げる儀がお有りかね?」
「ハハハ。はい。実はこちらもお頼みしたい儀がございます」
「余に出来ることがあれば何なりと申して下され」
「有難い。実は旗印を一新したいのですが、決めかねておるのです」
「旗印を…? それはまた何故?」
「今まで『蒼天已死 黃天當立 歲在甲子 天下大吉』を旗印として掲げておりましたのはご存じでしょう」
「…うむ」
「しかし、貴殿と軍を同じくするには、これではちと拙いのです」
「…う、うむ?」
「貴殿はあくまで漢の存続を掲げております。故に漢の滅亡を示唆すると思われるこの旗印では難儀するのです」
「成程…。しかし、青使君(張角)は『大した意味はない』と申しておったが…」
「我らは下々の兵に漢の滅亡を示唆すると説明してきました。それ故、新たな旗印が必要なのです」
「…あい分かった。一両日中に答えを出しましょう」
「ははっ! 有難き申し出に感謝致します! それでは、これにて御免!」
新たな旗印ねぇ……。
こちらも「漢」の文字は既に使えないし、基本は「司」だけだしなぁ……。
そうなると共通して使いやすいのが良いのかな?
当初、頭に思い浮かんだのは当然、風林火山の旗印。
だけど、これってかなり長いんだよな。
それ以前に宗教っぽくないし、孫子の兵法だから孫堅がいる以上、使いづらい。
……なので、ボツということになる。
次に思い浮かんだのは南無阿弥陀仏。
けど、一向宗でない以前に仏教徒じゃないから。
そうなると、これも当然ボツ。
三つ目に思い浮かんだのは大一大万大吉。
別にこれ自体は悪いわけじゃないけど、何と言っても縁起が悪い……。
大合戦になった際は、やはり関ヶ原を思い浮かべてしまう。
……という訳でボツ。三成ファンの人ごめんなさい。
四つ目は南無八幡大菩薩。
別に源氏じゃねぇし、そもそも武士じゃねぇし……。
という訳で、これもボツ……。
そして、最後に思い出したのが……。
うん。これしかない。
まず宗教っぽいし、本来なら仏教系なんだろうけど問題はないだろう。
そういうことで翌日、竇才を呼び出すことにした。
「厭離穢土 欣求浄土でございますか…?」
「そうだ。これこそ我らに相応しい旗印だ」
「ふぅむ…」
「現世の強欲の権化どもを打ち払い、民のために現世に極楽浄土を打ち立てる。これこそ真に相応しいと思うのだが…」
「確かに一理ありますな。宜しい。早速、我らの旗印と致しましょう」
「うむ。我らも当然これを掲げる。民のために佞臣どもを討ち果たしましょう」
「ははっ!」
こうして漢に変わる旗印は厭離穢土 欣求浄土となった。
家康の旗印でもあるし、何より司進の幼名は竹千代だ。
そういう意味においても相応しい旗印だと思う。
そして、十月の下旬頃。これまた意外な使者がやってくる。
ある意味、大歓迎とも言える使者なんだけど、油断は出来ない。
それでは、その使者の名前と能力値を晒してみよう。
皇甫堅 字:子寿 能力値
政治5 知略6 統率3 武力3 魅力7 忠義8
固有スキル 説得 弁舌 情勢
う~ん…。名将皇甫嵩の息子の割には少し平凡だな…。
それでも悪くはないのかもしれないけどね。
まぁ、まずは口上を聞いてみることにしましょう。
「良くいらした。お父上は健在かね?」
「はい。健在であります。ですが、近い内に健在とは言えなくなるでしょう」
「…奇妙なことを申しますな」
「故に、何卒父君をお救い願いたい」
……話の脈絡が分からないぞ?
皇甫嵩は既に遷陵辺りで潜伏している筈だよな?
「お待ちなさい。皇甫将軍は何処におわすのか? 居場所も知らないのに救うことは出来ぬぞ」
「はい。お恥ずかしい話ですが、遷陵の近郊にて既に陣を張っております」
「…それは遷陵を攻め落とすため…であろう?」
「はい」
「意味が分からぬな。どういうことかな?」
「既に義弟の文雄(射援の字)は遷陵にて命を預けております」
「…それは降伏をしにきたというかね?」
「違います。貴殿に協力する旨をお伝えしに参った次第です」
「……」
んん? もっと意味が分からないぞ?
これは罠なのか? それとも違うのか?
けど、罠なら看破で光りそうなものだけど…。
「ちと、分かりづらいな。具体的に何を明示したいのかね?」
「兵站を扱う張忠が一向に兵糧や武具を送ってくる気配がないのです」
「……」
「そこで我らは進路を涪陵郡に変更し、涪陵郡を占拠する所存です」
「…つまり余に『その手助けとして兵糧や武具を送れ』ということかね?」
「ご明察。正にその通りです」
ご明察じゃねぇよ…。そんな虫の良い話があるかよ……。
最近まで密かに遷陵を奪おうとしていたくせに……。
「ちと、聞きたいことがある。君は皇甫将軍の命で参ったのかね?」
「違います。父君はかような手段は使いませぬ」
「…では、何故?」
「父君は随一の名将です。それ故です」
「皇甫将軍が名将であることは余も存じておる。何故、その事が関係しているのかね?」
「…それと同時に、恥ずかしながら無頓着すぎるのです」
「……」
これからは長いので、要約します。
要するに皇甫嵩は名将なのですが、それと同時に戦術バカの政略音痴なのです。
華々しい戦果を挙げると同時に政略音痴なので、兵站などは全て部下任せなのです。
今まで上手くいっていたのは、卓越した戦場における天才的軍略と統率力だけらしいのです。
それはそれで逆に凄いけどな……。
挙げ句に身の振り方は無頓着で、平民に落とされても全く気にしない。
そして漢に忠義を尽くすというより「後先考えず漢に忠義を尽くす俺カッコイイ」みたいなナルシストって感じ?
ナルシストは言い過ぎかもしれませんが、根本的に何かが抜けているような……。
ま、天才みたいだから、そういう部分があるのかもね……。
なので、現状において兵糧が少なくなっているのにも関わらず、何もしていないとのこと。
故に皇甫堅は我慢出来ず、張忠を倒して涪陵郡を奪おうとしているということ。
でも、それに協力するって僕の立場って一体……?
「聞きたいのだが、兵糧や武具を供与するとして、余に何の得があるのだ?」
「はい。それと迷惑ついでにもう一つお願いしたき儀があります」
「な、何……?」
「張忠宛てに密書を作成して下さい。張忠が貴殿に寝返えるという密書をです」
「……」
「それを大義名分にし、父君を動かして涪陵を占拠します。さすれば西の守りは容易となりましょう」
「…いやいや。皇甫将軍が涪陵を手に入れたら、余計に我らは危険なことになるだろう?」
「なりません。涪陵を手に入れたと同時に、このことを父君に暴露します」
「……」
「私は手打ちになるかもしれませんが、父君は義理立てせざるを得なくなり、西へ進まなくなりましょう」
率直な感想を申しましょう。
意味が全く分かりません!
もう罠なんだか何なんだか……。
僕は皇甫堅に逗留するよう指示し、范増に相談することにした。
陳平は既に都督として武陵に行ってしまったからだ。
楊慮も衝陽にまだいるけど、ここは経験豊富な范増の方が良いだろうしね。
范増は皇甫堅から申し出の詳細を聞くと途端に吹き出した。
しかも、腹を抱えてだ。
そんなに可笑しいことなのか……?
「どうした? 亜父よ。何がそんなに可笑しい?」
「腹が痛いわ…。可笑しいに決まっておるじゃろうに…」
「罠だと思うのか…?」
「罠ではないじゃろう。じゃが、相当な妙手じゃわい」
「どうしてそう思う…?」
「恐らくこれは皇甫嵩の策じゃろう。余程、張忠を斬りたいのじゃな」
「何? これが皇甫嵩の策だと…?」
「そうじゃ。これで張忠がお主と通じておるとなれば、堂々と張忠を倒して涪陵を奪取できる」
「それは分かるが…」
「それに彼奴は勝てない戦さは絶対に仕掛けぬ。だからこそ、今まで不敗に近いのじゃ」
「……ということは、李秀や倭建の能力を見抜いたのか?」
「そこまでは分からん。じゃが、後方が危ういならまず仕掛けては来ぬじゃろう」
「…確かにな」
「ここは皇甫嵩に恩でも売っておけ。涪陵を奪取した後は朝廷からの要求に対し、のらりくらりと躱す筈じゃ」
「躱さなかったらどうする?」
「躱す筈じゃ。奴は勝てぬ戦さはせぬ」
范増の読みは当っているのだろうか……?
念のために楊慮を始めとする謀臣らに聞き込み調査をしたところ「問題なし」との回答だった。
ま、利用されるのも一つの手か……。




