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第九十七話 恐怖の創作活動

「それではこうしてはどうだ? 録尚書事殿(馬日磾)」

 

 馬日磾は鄭玄、蔡邕らと違い、ずっと朝廷内にいた人物だ。

 故に宋皇后を始め、帝や十常侍によって害された人物のことは誰よりも詳しい。

 そこで慰霊ための詩の助言を引き受けるよう頼むことにした。

 これは公ではないので、これなら問題はない筈だ。

 

「宜しいでしょう。私も老い先が短い故、このままでは未練を残したまま冥府へと旅立つことになります」

「おお。引き受けて下さるか。有難い」

「いえ、礼を申すのは私の方です。冥府にて申し開きすることが出来ます」

「まだまだお若いでしょう。漢を立て直すには、ご貴殿の力が必要になる筈だ」

 

 僕がそう言うと馬日磾は寂しそうに笑い、それ以降は何も言わなくなった。

 漢に尽くしてきたのに、こんな事態になってしまっているんだから、当然と言えば当然か・・・。

 

 馬日磾の協力もあり、慰霊の詩は次々と作成されていった。

 そこまでは良かった。そう、そこまでは・・・・・・。

 というのも、鄭玄が突拍子も無いことを言ってきたからだ。

 

「鄭別駕よ・・・・・・。余はそのようなこと・・・」

「慰霊祭の主催は貴君ですぞ。何を躊躇われる」

「余は一度も詩というものを創作した試しがないぞ・・・」

「何を申されますか。いつものように夢で宋皇后陛下と面会し、皇后陛下が喜ばれることを申せば良いのです」

「・・・ゆ、夢で誰でも会える訳ではないぞ」

「兎も角、慰霊祭を行うのであれば、貴君がまず慰霊の詩を献じなければなりますまい」

「・・・・・・」

 

 詩なんて吟じたこともないぞ・・・。

 いっそ「宋皇后~」を連発させて、その後に「挿入棒~~!!」とかいって「あると思います!」とかやるか!

 ・・・・・・ダメに決まっているよな。

 エロ詩吟の人も「あの人は今」な状態だし・・・。

 ・・・そういう問題じゃねぇか。

 

 でも、どうしよ・・・。

 ジンちゃんはいねぇし、漢文は自動作成機能でどうにもなるけど、詩は別物だよ。

 

「ほれ。みてみぃ。スキルは重要じゃろ」

「あっ・・・老師」

 

 僕が一人で机を前にして頭を抱えて俯いていると、何時の間にやら老師が机の上にチョコンと座っていた。

 

「たっ・・・助けて。お願い・・・」

「先ほどのエロ詩吟も中々じゃ。いっそ、披露してみれば良いのではないかの」

「そ、そんな・・・」

「ユーやっちゃなYO!」

「やれる訳ねぇだろ!」

「フォフォフォ。愉快愉快」

「邪魔するだけなら出て行ってよ・・・」

「ま、頑張れ。じゃあの」

 

 手伝ってくれませんか・・・そうですか・・・・・・。

 ある意味、僕史上最大のピンチだ。

 皆が恐い俳句のおばさんに見えてくるぜ・・・。

 

 僕は四六時中、ただ只管詩の創作に没頭した。

 何度も何度も試行錯誤を重ね、出来たのが下の詩です。

 漢文ではもっとそれらしくなるんですが・・・・・・。


民は額にただ汗を流し 貴方はただ涙を流す

民は陽光の下で働き 月光の下で安息す

貴方は星の光さえも見ることは許されず 一人漆黒の闇の中に居る

鳥のように歌いたくとも 貴方は鳥籠の中でそれすら許されない

嗚呼、貴方は現在いま、何処におられるのであろうか

願わくば雲上にて 旭日を眺望せんことを

貴方は黄昏も眺望することさえ 許されなかったのだから


 ええ。多分、そこそこ良く出来ましただと思います。

 十日もかけて作ったのがコレなのに、有名な詩を七歩で作る曹植って何者!?

 まぁ、スキル保持者だろうしなぁ・・・。

 

 現実から過去に来た場合、この詩も残ることになるんだろうか?

 そして、教科書なんかにも載るんだろうか?

 ・・・で、国語の試験に

 

「この作者が詩を作る際に思ったことを書きなさい」

 

 とかいう問題が出された時、当の本人の僕は

 

「鄭玄に無茶ぶりされて『慰霊祭をやる』なんて言わなければ良かった」

 

 とか思わず書いてしまい、職員室に呼び出される羽目になるのかな?

 でも、これってゲームの世界だから、そんなことにはならないか・・・。

 

 それで僕の詩を見た蔡邕の感想はというと「初心者にしては上出来」だそうです。

 石碑には蔡邕が手直ししてくれるので、有難い限り。

 因みに漢文ですが、どう手直しされたかというと・・・・・・。

 ・・・読めませんでした!

 

 余りに達筆すぎると反って読めないとは・・・。

 これもスキルがないからだろうか・・・。

 実際、日本でも達筆すぎると何が書いているか分からんしなぁ・・・。

 

 そして慰霊祭の日となり、全員は白装束で式典に出席。

 日本だと喪服は黒ですが、中国は白なんです。

 ということは、日本の結婚式の花嫁衣装って中国じゃ縁起が悪い以上の何物でもないということか。

 まぁ、そんなことはどうでも良いか・・・。

 

 祭壇には様々な供物が供えられ、豪勢なものとなった。

 祭りと言っても厳かなもので、五行祭とはまた違った趣きがある。

 天気は雲一つもない夜明け前。この日は陰陽に基づいての吉日。

 厳かな楽曲の音色が周囲を引き立てている。

 夜明け前に行う理由は、日の出と同時に行うからだ。

 日の出は生命の再生を意味するので、汚名を払拭するには良いとされたのだ。

 

「姓は司! 名は護! 字は公殷! 三皇五帝を始めとする神々に申し上げたき儀がある!」

 

 入場を終え、開口一番に僕は天に向かって叫んだ。

 当然、拱手も天高く挙げている。

 

「今一度、我が願いを聞き届けよ! 無念の死を遂げた貴人達に声を届けて下され!」

 

 そう叫ぶと同時に僕は稽首けいしゅをする。

 稽首とは即ち土下座のこと。

 ただの土下座ではなく、地面にまで頭をつけるものだ。

 と同時に後方に居並ぶ家臣達も一斉に稽首をする。

 

 九回の稽首を終えると立ち上がり、僕は高々に自作の詩を天に向かって献上する。

 終わると同時にまた九回の稽首。

 そして立ち上がり、今度は鄭玄が今度は渤海王劉悝への詩を読み、読み終えた後は皆で九回の稽首。

 続いて李膺、竇武、陳蕃、劉淑、成瑨せいしん、尹勲、巴肅らといった犠牲者を讃える詩を蔡邕らが読む。

 これが数十回ほど繰り返される。

 何故、数十回となったかと言えば、恐らくですが伝のない忠臣の方々も含まれているからでしょう。

 てか、帝や十常侍って数十人も忠臣を殺しているってことかよ・・・・・・。

 

 詔のような詩が終わると同時に、いきなり鄭玄らが声を挙げ大号泣を始める。

 何これ・・・恐い・・・。

 

挙哀こあいじゃよ」

「あ、老師。挙哀・・・?」

「こういう時、ド派手に泣けば泣くほど由とされるのじゃ」

「・・・どこぞの県議員みたいに?」

「・・・それと一緒にするな。では、そろそろ出番じゃの」

 

 老師がそう言ったと同時に百メートルほどの所に突然雷が落ちた。

 雲一つない快晴なので、正しく青天の霹靂だ。

 そして落ちた所には、どこぞの酒造メーカーで見た事あるような異形の動物が・・・。

 

「き、麒麟だ! 麒麟だぞ!」

 

 居並ぶ家臣の内の誰かが叫んだ。

 サイズはかなり大きい。

 ヘラジカとかも大きいけど、それの倍くらいの大きさだ。

 

「神々の使者だ! 皆、失礼があっては成らぬ!」

 

 僕はそう叫び、後方でおののく家臣達には目もくれず、近寄ってきた老師が化けた麒麟に杯を差し出す。

 杯は直径一メートルほどで、そこには並々と茅台酒が注がれている。

 当然ながら、凄く重い・・・。

 

 麒麟は杯へ顔を突っ込み、凄い勢いで飲み干す。

 飲み終えると同時に甲高く文字には表現出来ないような鳴き声で周囲を響かせた。

 

「急いでアレを持ってまいれ!」

「御意!」

 

 アレとは絹の巻物のことだ。

 この絹の巻物にビッシリと蔡邕が記した詩が書かれている。

 その詩とは、皆が亡き皇后や王、忠臣らに宛てたものだ。

 

 麒麟はその巻物を軽く咥えると直ぐに後ろに振り返り、先ほど雷が落ちた地点に向かう。

 そして、その地点にまたもや稲光が発せられると同時に、麒麟は姿を消していた。

 

「見たか! 皆の者! 神々は我らの願いを叶え、宋皇后陛下を始めとする方々を天上界にお招きする所存だ!」

 

 僕がそう叫ぶと、皆は「万歳! 万歳! 万々歳!」と連呼した。

 馬日磾を見ると、目に涙を浮かべながら同じく叫んでいる。

 馬日磾からしたら、目の前で忠臣が悉く罰せられても何も出来なかった訳だから、感慨も一入ひとしおなんだろう。

 

 こうして慰霊祭は五行祭と同じように大成功となった。

 ますます僕は教祖に祀られていくような気もするけど、もうそれを利用するしか道はない。

 遠巻きには大群衆も見ていたから、必ずや噂は遠征軍や朝廷にも届くであろう。

 そうなれば遠征軍も躊躇う筈だ。

 

 依然として緊張状態が続いているが、僕は慰霊祭が終わった後、死んだように寝た。

 詩の創作活動で毎日ロクに寝られなかったからね。

 その時、僕は夢だとは思うけど、鮮明な映像を見たんだ。

 

 そこは真っ暗な闇の中で、一人の若い女性が鎮座していた。

 女性は美人ではあるけど、かなりやつれていて、末期の病人のような面持ちだ。

 衣服も実に粗末なもので、僕は誰だか分からない。

 

 凄く窶れているけど、何故か知らないが女性は僕に微笑んでいる。

 数分ほど僕は誰だろうと思い出そうとしたが、やはり僕には見覚えがない。

 となると、結論からしてひょっとしたら・・・・・・。

 

「宋皇后陛下であらせられるか?」

 

 勇気を持って僕はそう発言した。

 すると女性は小さく頷いたので、僕は空かさず稽首をした。

 

「ご無礼をお許しあれ! 皇后陛下と知らぬとは申せ、拝顔を許されていないのにも関わらず、不作法にもこのようなことを!」

「司殿、顔をお上げなさい」

「滅相もありません! 平にご容赦下さい!」

「私は既に皇后ではありません。それに貴方の顔を見たい方々が、それでは見られぬではありませんか」

「・・・は?」

 

 僕が思わず顔を上げると、そこにはズラリと居並ぶ朝臣らしき姿の面々がいた。

 ひょっとして、これは・・・・・・。

 

「苦しゅうない。司護よ。此度の行い、朕からも礼を言うぞ」

 

 そう言われたので、その方角を見ると皇帝の姿をした40代前後の人物がいた。

 そこで僕は思わず声に出した。

 

「貴方様は・・・・・・?」

「劉志じゃ」

「えっ!? では、先代の陛下であらせられるか!?」

「・・・うむ。こうなったのも、朕の責任もある。誠に申し訳ない限りじゃ」

「そ、そんな! 勿体のぉございます!」

「いや、本当のことじゃ。朕が単超らに恩を感じ、宦官どもが幅を利かせる結果になったのは事実じゃ」

「・・・・・・」

「朕が李膺りようら士を用いておれば、ここまでにならなかった筈じゃ。許せ」

「お言葉ですが陛下に申し上げたき儀があります」

「何じゃ?」

「私は今や不倶戴天の朝敵であります。その朝敵がこのような場とはいえ、かような目通りをするのは間違いでございます」

「間違いを犯しておるのは劉宏じゃ。ただ、朕も劉宏のことを罵るには憚られるがな・・・」

「・・・・・・」

 

 この劉志とは先帝の桓帝のことだ。

 桓帝も実際は今の帝と同じ、宦官らを重宝し、漢の存続を危うくさせた者の一人だ。

 ただ弁明をする訳じゃないけど、外戚の梁冀を倒したのが宦官の単超であったので、そのせいもあって色々と目を瞑ってしまった。

 

 黄巾の乱の前に荊州にて大乱が起こったのも桓帝の時代。

 度尚や馮緄ふうこん、応奉らの活躍があって鎮圧されたが、その恨みは根深いものらしい。

 特に武陵蛮を始めとする荊南蛮の恨みは強く、更に朝廷から賄賂大好きな太守が送り込まれたので、余計に拍車が掛った。

 

 僕が長沙にて旗揚げし、荊南蛮の兵を上手く取り込めたのも、当初の僕は賊太守と呼ばれる朝敵だったからだ。

 因みにだけど、その頃に杜濩、朴胡のお祖父さんにあたる杜孟、朴叔も荊州平定に活躍したらしい。

 それで沙摩柯と確執があったのね・・・・・・。

 

 けど、よくよく考えてみれば、その荊州の大乱のお陰で僕が大きく飛躍する切っ掛けが作られている。

 もの凄い皮肉だけど、それが僕を支える主力の荊南蛮兵の土台となっているわけ。

 つまり桓帝のやらかしで僕は成り立っていることにもなるんだよね・・・。

 

 桓帝のやらかしは他にもある。

 仏教、道教の類を信奉し過ぎてこれを保護しまくったらしい。

 つまり神頼みの政治を行おうとした訳だ。

 それで折角梁冀を倒したのに、その金を上手く運用せず、逆に出費を重ねてしまったんだよ。

 とは言っても、宦官らが大半をくすねたらしいけどさ・・・。

 

「朕は既にこの世の者ではない。故にその方の力には成れぬ」

「め、滅相もありません」

「それ故、このような物しかその方に下賜することが出来ぬ」

「・・・は?」

 

 桓帝が手にしていたのは宝剣だった。

 一体、どんな能力があるんだろう・・・・・・?

「これは三人の佞邪を斬った剣。即ち王莽、竇憲、梁冀を斬った宝剣『七星剣』じゃ」

「なっ!? し、しかし、そのような代物を・・・・・・」

「うむ。この宝剣は朕の治世の時、大火の折に紛失しておる。それ故、その方に与える」

「・・・・・・」

「これは朕の命令じゃ! 今こそ、この宝剣をもって佞邪を斬り捨てよ!」

「はっ・・・ははっ!」

 

 僕はそこで目を覚ました。

 右手にはしっかりとその宝剣が握られていた・・・・・・。

 

 僕は恐る恐る鄭玄にこの事を伝え、宝剣を見せると鄭玄は驚き、宝剣に稽首した。

 やはりこれは本物ということか・・・・・・。

 ゲームの世界とはいえ、やり過ぎだと思いますけどねぇ・・・。


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