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第九十六話 西部戦線、異常アリ

 九月に入ったけど、未だに北からの討伐軍は荊州にも入って来ていないらしい。

 稲や麦の刈り入れ時だからというのもあるけど、やはり大所帯は編成に時間が掛るらしい。

 そのまま来なければ良いのにねぇ・・・。

 

 南の交州は、臨賀太守の満寵の報告によると、兵をかき集めている最中らしい。

 一気に攻め込めば大丈夫だと思うけど、戦況が膠着すれば拙いことになる。

 ただ、日南郡の区連は既に行動を起こし、局地的にだけど戦闘状態に入ったとのこと。

 

 そして、西はというとやはり涪陵郡のルートから来襲するという報告が入った。

 先に武陵郡の港がある孱陵さんりょうを陥落させ、江陵に来た軍勢を渡河させるつもりだろう。

 確かにそうなると拙い状況になる。

 僕は都督の陳平を始めとする群臣らと協議すべく、会議を開くことにした。

 

「敵は必ずや武陵郡の最西端にある遷陵せんりょうを狙う筈です。続けて隣接する酉陽ゆうようを陥落させるつもりでしょう」

 

 第一声に陳平はそう断言した。

 というのも、他は急峻な山岳地帯であり、もう一つを除けばそこしかない。

 もう一つとは夷道を経由する形だ。

 因みに夷道とは、長江を隔てて夷陵の南にある。

 とは言っても、その地点では長江は北から南へと流れている為、随分と距離は離れていますけどね。

 

 更に陳平が言うには本隊が直接、衝陽郡に攻め込むことはないと断言した。

というも、北部にある洞庭湖が最大の難所となるからだ。

 洞庭湖の面積は琵琶湖の約四倍もの広さを誇り、水軍に自信のない討伐軍は間違いなく敬遠するだろう。

 更に洞庭湖付近は湿地帯も多く、陸上での移動に馬も使えない。

 そして、船を調達しようにも間に合う筈がない。

 

 故に夷道からのルートは長江を沿ってくる形となり、平坦な道も多く大軍勢を移動させるには都合が良いのだろう。

 だが陳平の読みでは、そちらは囮として来るとみている。

 

「陳都督よ。他にも充県から来る可能性もあるが、そこは無視して良いのかね?」

 

 陳平の断言に対し、奮威校尉の賀斉がそう発言をした。

 充県からのルートとは、夷道ルートと遷陵ルートの間にある道だ。

 ただ、ここは未整備な箇所が多く、軍勢どころか行商人も使用しない険しい道でもある。

 

「そこはまず考えなくとも良いと思う。ただし、念のために遊撃として荊蛮校尉(沙摩柯)を配置しておく必要はある」

 

 充県ルートとそのエリアは悪路が続くだけでなく、武陵蛮の縄張りが広がる地域でもある。

 武陵蛮の精夫の一人である沙摩柯が、他の精夫らと共に山岳戦を行えば容易に撃退出来るという。

 確かに情報によると、充県ルートで万単位の軍勢を送るのは自殺行為に等しい。

 

 更に陳平が言うには酉陽まで抑えられると、向こうに選択肢が二つ出来るという。

 一つ目は武陵北部へ向かい、零陽を経て更に北上し、孱陵へと向かうルート。

 二つ目は武陵中央部へ向かい、沅南げんなん臨沅りんげんを経て衝陽郡へと向かうルートだ。

 確かにそうなると、こちらもある程度、兵を分散させねばならなくなる。

 

「陳都督よ。それで皇甫嵩将軍が遷陵へ向かうと本当に思うのかね?」

「奮威校尉。それは分からん。だが、既に情報では郭府君(郭典)や羊府君(羊続)も出陣するとのことだ」

「ほう・・・あの郭府君と羊府君がな」

「その二府君が涪陵郡の地所を経由するとなると、張忠も警戒せざるを得ないだろう」

「確かに汚職塗れの張忠は気が気ではあるまい・・・」

 

 郭典とは、現実では余り知られていないけど、元は鉅鹿郡の太守で張角を相手に戦った名将だ。

 演義だとその戦いぶりを全て省かれているから、知られていないのは仕方ないんだろうけどね。

 

 そして羊続とは、あの羊祜ようこのお祖父さんのこと。

 この人も名将で、現実世界では廬江で黄巾賊を相手に大活躍している。

 それだけでなく政治家としても超一流で、仕方なく賊になっていた人々を次々と帰順させ、数多い酷吏を罰している。

 

 これも全部ジンちゃんノートから仕入れた情報です。

 ・・・・・・本当に感謝していますよ。いや、マジで。

 

「しかし、相手が皇甫嵩将軍となると厳しい戦いとなるな。都督殿は誰に遷陵城を任せるつもりだ」

「それは私も決めかねている。本来ならば張府君(張任)であろうが、張府君には夷道を任せたいところだしな」

 

 陳平でも人事に困るのか・・・。

 流石に陳平本人が出張る訳にはいかないだろうしな。

 となると、ここは・・・・・・。

 

「よし。李秀部曲長を呼べ」

「はっ! ・・・この場にですか?」

「そうだ。急ぎ呼んでこい」

 

 僕は衛士にそう伝え、李秀を呼び出すことにした。

 会議場にいる面子は、驚きと戸惑いの表情を浮かべていたけどね。

 

「李秀。急ぎ馳せ参じました・・・」

 

 李秀も何故呼び出されたのか不思議がっている。

 まぁ、当然だろうな・・・。

 

「君に遷陵城を任せたい。急ぎ赴任し・・・」

「待てい!!」

 

 僕は李秀に告げる前に張昭から怒鳴られた。

 仕方ないというか、覚悟はしていましたけどね。

 

「不満かね? 留府長史(張昭)」

「こともあろうに成人したばかりの部曲長! しかも女子とは何事か!?」

「駄目か?」

「駄目に決まっておる! タダで遷陵を与えるつもりか!?」

「余はそう思わぬ」

「どういう理由で抜擢するのだ!?」

「第一に李秀は益州の出身であり、交易する商人とも親しいことから道には明るい」

「第二は!?」

「第二は文都尉(文聘)と同じことだ。敵は若く実績のない者を起用したと考え、油断が生じる」

「だが、それは董重の軍勢だからだ! 皇甫将軍に通用するとは限らん!」

「皇甫将軍に通用しなくても張忠の兵は違うであろう。そして、第三は」

「第三は何だ!?」

「夢だ!」

「・・・・・・」

 

 強いぞ! 夢のお告げという強引突破!

 今までそれで上手くいっているから、全ての反対意見を丸め込めるぞ!

 ・・・・・・うん。もしも、そんな社長がいて僕が部下だったら、間違いなく転職するけどね・・・・・・。

 

「という訳で、君に遷陵城を任す。そのまま部曲長という訳にもいかないので、今日から鎮夷都尉を名乗るが良い」

「お待ちください。私も自信がない訳ではありません」

「では、何だ?」

「相手は百戦錬磨の皇甫将軍です。如何に地の利があっても、それだけでは不安にございます」

「宜しい。では、倭建を・・・」

「お、お待ちください! あの野蛮な倭人をですか!?」

「そうだ。君と瓜二つであるし、万夫不当の武勇の持ち主でもある。心強いであろう?」

「い、いや。それは・・・」

「それと司馬として蒋琬、習禎をつける。それでも不満か? それにこれは命令だ」

「・・・そのお二方は心強いのですが」

「更に後方の酉陽には沈友、孫資の両名を派遣する。南に位置する沅陵には零陵の厳顔、更にその南の辰陽には後詰めとして是儀を任命する。以上だ!」

 

 相手が皇甫嵩だとしても、後に神として奉られる李秀、倭建の両名が相手なら突破するのは無理だろう。

 それに裴潜が後方で攪乱させてくれれば確実に勝てる筈だ。

 

 こうして着々とこちらも準備を整える。

 その間に件の西方からの情報が次々と報告される。

 

 夷道からは、やはり予想通り郭典、羊続の両太守が率いてきた。

 その数、約二万人。各一万人という形だろう。

 そして、その概要が・・・・・・。

 

郭典 巴西太守 兵数一万人

配下 李権 馬勲 馬斉 姚伷ようちゅう 陳式

 

羊続 巴郡太守 兵数一万人

配下 閻芝 鄧銅 羅蒙 樊噲 盧綰

 

 樊噲・・・。ここにいたのかよ・・・。

 それと盧綰っていうのも、確か劉邦の配下だよな?

 他の名前は分からないけど、強いて言うなら陳式の名前に聞き覚えがあるような無いような・・・。

 

 二万人というのは想像していたより少ないけど、相手は郭典、羊続らだ。

 それに巴東太守の曹謙の動きもまだ分からない。

 状況次第で援軍を送ってくる可能性も否めないか・・・。

 

 そして皇甫嵩が来ると思われる遷陵ルートだけど、さっぱり情報が上がってこない。

 そのまま来なければ良いけれど・・・。

 と、思っていた矢先、十日ほど過ぎてから范増がやって来た。

 

「どうした? 亜父よ」

「うむ。彼奴め。全てを板盾蛮の兵士で構成し、分からないように細工して行軍してきよった」

「何? 細工とは何だ?」

「行商や旅芸人一座など様々な者達に身をやつし、幾重にも隊を分けて涪陵郡へと入ったらしいぞい」

「ええっ!? 車騎将軍であった者がそのようなことまで・・・。だが、流石は亜父だ。良く分かったな」

「お主が潜入させておった裴潜の協力が無かったら危ういところじゃった」

「何と!? しかし、何処から情報が漏れたのだ?」

「奴が親しくなった范彊かららしい。皇甫嵩めは律儀にも張忠には事前に通告したらしいでな」

「変に律儀な性格が災いしたか・・・。して、軍勢の規模は?」

「そこまでは分からぬ。じゃが、万を超えるということはあるまい」

「・・・して、張忠は動くのか?」

「どうも皇甫嵩が先行して遷陵を取り、その後の兵站を張忠が行うらしいがのぉ」

 

 危ねぇなぁ・・・・・・。

 陳平の予想が無かったら、まんまとやられる所だよ・・・。

 けど、このまま行商とかに姿を変えて城を乗っ取るつもりかな?

 だとしたら・・・・・・。

 

 僕は李秀に益州からの街道封鎖の指示を出すことにした。

 今まで僕は一度も街道封鎖をしたことがないので、これは例外中の例外と言える措置だ。

 商人達は混乱するかもしれないが、これで城に入り込んでからの乗っ取り作戦は出来ないだろう。

 遷陵の兵士数は五千ぐらいだから、あとは李秀と倭建コンビで何とかやってくれることを願うしかない。

 

 僕はそんなことを思いつつ、慰霊祭の下準備を続ける。

 何せその下準備の仕事量が半端ない。

 宋皇后を含め十常侍らの讒言で殺された面々の一人一人に対し、功績や人格を讃えなければならないからだ。

 

 僕はここであることを思いついた。

 どうせ暇をしているのだし、その人も手伝ってもらうことにしよう。

 その人とは軟禁状態の勅使、馬日磾のことだ。

 呼び出された馬日磾もやはり「何事か」と思ったようで・・・。

 そりゃ何時殺されるか分からない状況だしな・・・・・・。

 

「心苦しい限りですが、貴殿に手伝って欲しいことがあります。録尚書事(馬日磾のこと)よ」

「私は漢の朝臣です。私は貴殿のことを逆賊とは見ていないが、それでも協力せよとは・・・」

「であろうな・・・。だが、これは漢のためである。故に問題はありますまい」

「・・・ふむ。件の慰霊祭のことですかな?」

「おお。流石は察しが良い」

「ハハハ。先日、伯喈(蔡邕の字)殿から伺いましたのでな」

「そうか。道理で。で、その慰霊祭に貴殿の協力を申し込みたい」

「・・・鄭玄様を始め、張範殿、潁容殿、陳紀殿らなど幾多もおりましょう。何故、私を・・・」

「それは貴殿が未だに漢の朝臣であるからです。余は既に逆賊。これでは体を成さない」

「・・・・・・」

「漢の朝臣たる貴殿の協力があれば、宋皇后陛下を始めとする方々も納得されるでしょう。それ故です」

「成程・・・。そういうことですか・・・」

「うむ。協力してくれると有難いのですが・・・」

「貴殿も相当に狡賢い方ですな・・・」

「余が・・・ですか?」

「そのことは我らも心を痛めております。それを知らない筈がありますまい」

「心を痛めておるのであれば、公式に行えば宜しいではないか」

「やりたくても出来ませぬ。陛下がお許しになりませぬ故・・・」

「それは違う。『佞臣どもが』でありましょう?」

「・・・はい。それ故、個人的には有難いことです。ですが・・・」

「・・・が?」

「この事が知られれば私だけでなく、三族全て殺されるでしょう」

「なっ!?」

「驚くことはございますまい。私も覚悟を決めてここに来たのです」

「・・・では、こうしよう。貴殿は慰霊祭が行われたことを具に報告して下さい」

「・・・ということは、私の命は?」

「元より取るつもりは毛頭ありません。何故、貴殿のような高名な名士を害さねばならぬ」

「・・・有り難うございます」

「礼には及びませぬ。しかし、思った以上に帝は重症ですな・・・」

「先日、趙高という者が十常侍の一人になったことで拍車が掛っているようでございます」

「古の趙高の如き佞臣のようですな・・・」

「左様です。陛下の取り巻きは日に日に非道さを増しております」

「朝廷内で誅しようとする義士はおりませぬか?」

「最早おりますまい。強いて言うなら何大将軍に期待出来たのですが・・・」

「何ですと? 何大将軍が?」

「はい。ですが、弟君の何苗殿との確執で、逆に十常侍と昵懇となっております」

「・・・して、何苗殿は?」

 

 長くなるので要約します。

 何苗は妹の何皇后と共に、十常侍を使って何進を追い落とすつもりでいたらしいです。

 ところが劉協が宮中から去り、劉弁に後継が一本化されたことで、事態は思わぬ方向に向かったのです。

 十常侍はここで何苗を追い落とし、軍事最大組織の何進と関係を結ぶことにしたというのです。

 

 この何苗。史実は分かりませんが、とんでもない強欲な守銭奴だそうで・・・。

 十常侍とつるんでいたのも、十常侍の縁者が太守や県令に指名される際、一緒に上奏していたそうです。

 そして、その際に十常侍らから多額の賄賂を受け取っていたそうです。

 帝と何苗はウマが合うらしく、何かと上奏する際は便利だったようで・・・。

 双方とも賄賂大好きだからウマがあったのかな・・・?

 僕は今まで何進が強欲すぎて十常侍と確執ができ、殺されたとばかり思っていました。

 

 このゲーム世界ではというと、どうも少し違うらしい。

 何進も権力欲はないという訳ではない。

 意外と親分肌らしく、部下には慕われているようです。

 戦さが下手なのは、元からやったことないから仕方ないのかな・・・。

 てか、そもそも戦場に出たことないような・・・。


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