第九十五話 今度は慰霊祭?
僕が頑なに拒否すると楊慮は鼻から大きく息を吐いた。
正しく「やれやれ」という意味なんだろう。
けど、成らぬものは成らぬのです。
そして、三人の間にしばらくの間、少しばかり気まずい沈黙が訪れる。
そんな時、沈黙を破るためなのか一人の衛士が入って来た。
「如何した?」
「はっ! 波才殿がお見えになりました」
「何? 波才殿?」
波才が来たということは、張宝からの使者ということだ。
くれぐれも悪い報告ではありませんように……。
そして、謁見の間に向かうと、いつもの正装とは違う波才がいた。
いや、これが本来の正装なのかもしれない。
黄色い道袍だからだ。
因みに道袍というのは道士の衣のことです。
「おお、これは波才殿。如何された?」
「何を呑気な…。貴殿が朝敵とされ、荊南に大軍が押し寄せて来るのですぞ」
「ハハハ。既に豫章でも知られていましたか」
「何故、我らにこのことを通達しないのです?」
「通達したところで、揚州王君にもご迷惑がかかるであろう」
「揚州王君のことならご案じなさるな。既に我らと行動を共にすることを宣言いたした」
「なっ!?」
「驚くことはないでしょう。貴殿が害されたら災いが荊州だけでなく、揚州にも降りかかるのですから」
「……」
「我ら太平道の総意にて、貴殿と行動を共にする! 共に悪逆非道な者どもを討ち果たしましょうぞ!」
「…う、うむ。しかし、相手は官軍だ。悪逆非道というのは言い過ぎではないかね?」
「言い過ぎなものですか! 官軍とは名ばかりの天に逆らう連中ではないですか!」
「…う、うむ」
「この波才! いや、竇才! 長社での恨みを晴らせる機会を得られたことを嬉しく思いますぞ!」
「うむ…。何? 竇才?」
「ああ、これは失礼。某、名を元に戻しました。元は竇才と申す」
「…ほう。ん? では、ひょっとして竇大将軍の…」
「左様。某の元の姓は竇です。竇武君の縁者である故、生き延びる為に名を波才と改めました」
「そうであったか…」
「しかし、もう波姓を名乗る必要はありません。今こそ、佞臣らと共に愚帝討つべし!」
「……」
更に波才が竇姓を名乗るには訳があった。
というのも、竇武の孫が名を変えて生きており、しかも荊南にいたというのだ。
そこでお互い姓を元に戻し、竇武の縁者として漢王朝に刃向かうことにしたという。
竇武の孫は竇輔と言い、育ての親であり竇武の元側近であった胡騰と張敞らと既に豫章にいるらしい。
因みに偽名の姓である波は後漢の功臣であり、先祖にあたる竇融が波水将軍であったことが由来とのこと。
色々と少し気分は複雑だけど、劉繇さんが敵にならないのは吉報だ。
更に劉岱、劉表も静観する旨を朝廷へ既に伝えたらしい。
そもそも荊州牧は王に命令出来ないので、挙兵する義務はないそうだ。
やはり勝手に皇帝を名乗らないのが正解だったと思う。
というのも、もし僕が皇帝を名乗れば劉表、劉岱、劉普どころか劉繇さんまでどうなるか分からない。
劉備は…何とも言えないな。この世界だと…。
「そうとも言えんのぉ…」
「うわっ! って…おい!」
いきなり老師が背後から湧いて出た。
今度は何だよ…もう。
「お前さん、本気でクリアするつもりないんかのぉ?」
「クリアするつもりはあるよ! それに良い方向に向かっているじゃないか!」
「いやいや。楊慮は『遠望』を持っておるんじゃぞ」
「…それがどうかしたの?」
「討伐軍が来る前に、中原で大規模な民衆蜂起が勃発と予想したからじゃろうて。それなれば討伐軍は瓦解し、そのまま北上すれば終わりじゃ」
「でも、劉表や劉岱がいるでしょ」
「敵対したとしても強引に打ち破れば宜しいじゃろう。そして、そのまま洛陽に雪崩れ込み、廃位させればクリアじゃ」
「簡単に言うなよ! そうなるか老師にだって分からないだろう!」
「儂はちゃんと俯瞰で見ておるよ」
「僕は僕のやり方があるんだ! ゴチャゴチャ言うなら老師がクリアすれば良いだろ!」
「…やれやれじゃな。じゃあの」
こっちがやれやれだよ…。
でも、確かに老師の言うことも一理あるか…。
いや、駄目だ! もっと良い案がある筈だ!
僕はジンちゃんの置き土産のノートを隈無く読むことにした。
帝が僕をもっと怖れ、慌てて追討令を取り下げさせれば宮中にも激震が走る筈だ。
その為にはどうすれば良いか…。
僕はノートを読むうちにある発見をした。
今まで帝には二人の后しかいないと思いこんでいた。
ところが、毒殺された王美人と強欲な何皇后以外にもいたんだ。
その名は宋皇后。最初の皇后だけど無実の罪で三族が殺され、程なくして宋皇后も崩御している。
他にも渤海王の劉悝を始め、恨んで死んでいる人間は数多い。
「…そうだ。これを利用しよう」
僕は帝の劉宏だけでなく、今の漢室を恨んで死んでいったであろう人物を調べた。
そしたら…まぁ出るわ。出るわ。
ほとんどが十常侍絡みの冤罪なんだろうけどさ・・・。
詳細を調べるうち、やっぱり平民が一番だということに僕は改めて気づいたよ。
「誰かあるか」
「はっ。何用でございましょう」
「諌議大夫(管寧)か。急ぎ祭壇を作らねばならぬ。それと碑を作る故、書経従事(蔡邕)を呼んでくれ」
「御意! …祭壇と碑ですか?」
「そうだ。神々の怒りを静める前に荒ぶる魂を鎮める必要があるからだ」
「…はぁ?」
「ボヤボヤするな。急ぐのだ!」
うん。これもかなり適当なでっち上げです。
けど、既に僕は皆から新手の強大な力を持つ教祖様らしいし、真実味があると思うので…。
僕は幽霊というものを全く信じていませんが、こういう世界に飛び込んできてしまった以上、いるような気もしてきました…。
あと、この世界に来て驚いたことがあります。
現実世界では分からないけど、桃には悪鬼を払う力があると信じられているんです。
日本でもイザナギが追ってくる鬼を桃の実で追い払ったというのは、実際には中国の伝承が関係しているんじゃないかなぁ…。
急ぎ参内した蔡邕は「何事か」と訝しがっていたが、僕の提案に度肝を抜かれたようだった。
そして、僕に恐る恐る尋ねた。
「宋皇后陛下の碑でございますか…?」
「そうだ。それだけではない。党錮の禁で鬼籍に入った方々も祀るのだ」
「…しかし、また急に」
「陛下のご乱心は、宋皇后陛下や渤海王君への慚愧の念からもある。また、本来ならば讃えられるべき忠臣らの碑もない」
「……ふむ」
「それともう一つある。このままでは荊州までも天変地異が起こりかねない」
「何ですと!?」
「それ故、一時的だとしても荒ぶる魂を鎮め、神々に訴える必要がある。そして、魂を鎮めるには碑を建てねばならぬ」
「……」
「書経従事よ。これは漢室とは関係がない。ただ、偉大なる先人や忠臣をおざなりにして良い訳がない」
「はい。それは尤もな事です」
「しかし、今の帝や朝臣はその事を忘れている。これは礼を失している行為だ。それでは神々も納得しまい」
「…成程。委細承知しました」
僕は熹平石経というものをこの世界に来て初めて知った。
実際には熹平石経という名前ではなく、熹平年間に作成された石経なんだけどね。
その価値は現代において、幾らで取引されるか分からない貴重なものだ。
鑑定額は何億で済まないだろうね。
その作者に碑の依頼をしている訳だから、かなり説得力のある碑となるだろう。
実際、この世界でも蔡邕は書家のビッグネームだしね。
碑には宋皇后、渤海王劉悝の他に宦官らによる讒言で亡くなった忠臣らが名を連ねる。
そこには当然、竇武の名もあり、波才から名を改めた竇才にそのことを言うと凄く感激した様子だった。
しかし、讒言によって亡くなった忠臣は数知れずか…。
これが暗愚じゃなかったら何なんだ……。
それから軍備を整える一方、碑や祭壇の作成が着々と行われだした。
韓曁、馬隆らには楼船や闘艦、艨衝、走舸などの製造を急がせる。
ここで僕はあることに気づき、研究従事中郎の馬隆に聞くことにした。
「聞きたいことがあるのだが、研究従事中郎よ」
「何でございましょう?」
「どの船も竜骨がないようだが…」
「竜骨…ですか?」
「そうだ竜骨だ」
「一体、何の話でございましょう?」
この頃の船って竜骨がないのか…?
それで良く倭国まで使者を出せたもんだな…。
でも、考えてみれば遣唐使なんかで随分と沈没していたんだっけ…。
竜骨が未だに知られていないということは、水上船においてかなり有利な展開になる筈だ。
交州から交易を行う際、竜骨がある船の方が沈没しにくくなるしね。
それに頑丈になるから前方に鉄製のラム(衝角)を設置すれば更に有利になる。
僕は竜骨について馬隆に教えると、馬隆は驚きの表情で僕を見た。
何故、僕が知っているのか分からないからだろう。
僕が知っていたのは…うん。偶々、その手のゲームをやったことがあるからです。
当初、造るのに苦労するかと思われたのですが、意外なことに簡単でした。
理由はローマから来た船大工がいたからです。
既にローマでは竜骨のある船が実用化されていたんですね…。
とは言っても、いきなり全ての新造艦に竜骨を使用するなんて土台無理な話です。
そこで僕は突撃特化型の新造艦の製造を命じました。名付けて「猪牙」です。
日本に猪牙船というものがありますが、それと形が似ているし、意味合いも何か似ていそうだし。
大きさは走舸ほどなので、大分違いますけどね。
現代で言うところの魚雷艇に近い感じなのかな?
そして、こちらが着々と準備をする一方、次第に敵の討伐連合軍の概要が報告されだした。
これまた概要が凄いんだ…。
何進 大将軍 兵士数三万人
配下 淳于瓊 呉匡 鮑鴻 許諒 張楊 楊醜 繆尚 薛洪 厳象
袁紹 冀州牧 兵士数二万人
配下 顔良 文醜 高覧 田豊 審配 郭図 眭元進 韓莒子 呂威璜 蒋奇
袁術 揚州牧 兵士数二万五千人
配下 張勲 紀霊 陳蘭 雷薄 梅乾 梅成 雷緒 楽就 李豊 陳勝 呉広
陶応 徐州牧 兵士数一万人
配下 曹豹 許耽 章誑 潘璋 馬忠 劉延
董卓 雍州牧 兵士数一万五千人
配下 徐栄 華雄 李儒 張済 牛輔 李傕 郭汜 王凌 蒋済 賈逵 郭淮
丁原 并州牧 兵士数一万五千人
配下 呂布 張遼 成廉 魏越 蒯通 魏続 侯成 曹性
公孫瓚 右北平太守 兵士数八千人
配下 趙雲 公孫越 公孫範 厳綱
張温 荊州牧 兵士数一万人
配下 蔡瑁 張允 蔡和 蔡中 蔡勲 蔡陽 丁管
総勢約十三万以上…。
てか、呂布とか趙雲とか張遼までいるんかい!?
しかも、これって北からのみの軍勢だろ!?
南の董重は雑魚ばかりだろうけど、西は皇甫嵩が来るんだろ!?
あと気になるのは袁術配下の陳勝と呉広。
この二人って秦末期に反乱を起こしたあの二人なのか?
范増から聞くところ、どうもそうらしいけど…。
ほとんどが雑魚だと思うけど、何気に董卓も華雄、李儒だけでなく賈逵、郭淮とかいう奴を帯同しているし・・・。
袁紹も顔良、文醜とかを連れて来ているし・・・。
そして、何気に蔡瑁の奴! ちゃっかり張温の配下になっているし!
けど、兵士数から言えばこちらも負けてはいない。いや、上回る筈だ。
全部の郡からかき集めれば二十万以上になるんだしね!
しかも揚州からは援軍が期待出来る。
そのうえ水上戦となれば、向こうは蔡瑁、張允らぐらいしか扱えない。
一方、こちらは周泰、蒋欽、甘寧、鐘離昧、周倉、彭越、丁奉、徐盛という陣容。
孫堅が敵にならなければ、まず負けることはない!
ここで衝陽の八月内政フェイズ。
基本的に造船や練兵、祭礼を急がせるので、この月は衝陽だけの収入のみです。
ま、仕方ないか・・・。
今回は治水や治安を主体に考えるか・・・。
じゃないと勿体ないもんね。
僕が町造りを十倍がけ、それと国淵が開墾十倍がけ。
帰順が張範、倭建、李秀、趙佗。
治水を張紘、秦松、顧雍。
補修を徐奕。
衡陽パラメータ(地所)
農業1580(5000) 商業1620(5000) 堤防100 治安98
兵士数49133 城防御312(1000)
資金748 兵糧50000
とまぁ、こうなりました。
上限が半端ねぇから、まだまだ未開発の箇所が多い・・・。
一通り町造りの手配が終わり、一息ついていると早くも祭礼の準備が出来たとの報告あり。
早速、吉日を待って祭礼の儀式へと取りかかる。
因みにこの祭礼も各地へ大いに喧伝しました。
大義名分を得るために必要なことだからです。
帝の劉宏が乱心し、十常侍や何進がそれを利用していると大いに喧伝するためです。
そして祭礼の最後のピースとしてもう一つ必要なものがあります。
それは・・・・・・。
「老師! 出てこい!」
「何じゃ? また働かせる気なら老人虐待じゃぞ」
「それは普通の人間に対してだけ適用されるんだ。仙人には適用されない」
「酷いのぉ・・・。で、何じゃ?」
「今度の祭礼でもう一度、化けて出てこい」
「・・・へ? 鳳凰でか?」
「う~ん・・・。麒麟がいいかな」
「相方いないのにか?」
「何? 相方って・・・?」
「そりゃ中学生の頃に公園で寝泊まりしている・・・・・・」
「その麒麟じゃねぇ!! ワザとらしいボケをするな!」
「あ~儂が悪かったわ。ごめんね。ごめんね~~」
「何気に古いお笑いネタまで披露しやがって・・・。大体、こうなったのは老師にも少し責任があるだろう!」
「いやぁ~・・・・・・。無いと思うんじゃが・・・」
「サイコロがないなら、それ位の協力はしてよ」
「仕方がないのぉ・・・・・・」
「茅台酒の量を倍にしておくから!」
「お、お主! それで儂が動かされるとでも言うのか!? では、その期待に応えてやろう!」
「・・・・・・」
もう疲れるわ・・・・・・。本当に・・・。




