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外伝67 二人の曲者

 

 翌日、趙高の指令を受けた黄皓は董卓陣営の李粛の屋敷へと向かった。

 黄皓にしても神託の命令が実行されれば、出世の道が絶たれる。

 趙高を始めとする十常侍の連中はどうでも良いが、それだけは何としても避けねばならない。

 

 黄皓が李粛に目をつけた理由だが、李粛と面識があるというだけではない。

 李粛がある問題を抱えていることを知っていたからだ。


「ほう。お久しぶりですな。中黄門殿。今日はまた何用ですかな?」

 

 李粛は朗らかに黄皓を屋敷に向かい入れたが、内心では密かに勘ぐっていた。

 というのも、本来であれば使用人を通じて連絡のやり取りをしていたからだ。

 

「うむ。貴殿に良い報告を持って来たのです」

「ほう? 私に良い報告を?」

「王凌という小童を消す好機ですぞ」

「・・・・・・」

 

 王凌とは董卓の孫娘を妻に貰い、董卓陣営に加わった成人したばかりの新参者のことだ。(外伝31参照)

 その王凌は王允の甥であることを利用し様々な政治立案を行っている。

 しかも王凌だけでなく、その取り巻きがブレーンとして働いている。

 元は使用人だったという蒋済、私塾の兄弟子にあたる賈逵、同期の郭淮、そして血縁ではないが同じ王姓で弟分の王昶おうちょう

 何れも無名の若者達であるが、本来であれば魏の功臣達であり、充分な素質を持つ者達である。

 

 意外にも孫娘の董白は王凌と相性が良く、王凌達の献策の後押しをしている。

 更に近年の大豊作続きが拍車を駆け、王凌達の功績を飛躍的に上げたのだ。

 当初は「青二才に何が出来る」と高を括っていた李粛だが、ここに来て自身の地位が脅かされている。

 

「それは真ですか? しかし、どうやって・・・」

「彼奴の後ろ盾の王允が罪人となれば簡単でしょう」

「ええっ!? それはまた大胆な・・・」

「当然、貴殿の地位も安泰となりましょう」

「確かにそうですが・・・。何をしようというのです?」

「帝を殺し、その罪を王允らに被せます」

「なっ!?」

「しっ! 声が大きい」

「・・・い、いや。それはまた、どうやって・・・」

 

 李粛は黄皓からの要請の内容を聞くと怪訝そうな表情を浮かべた。

 皇帝暗殺の大仕事の割には、余りにも負担が少ないからだ。

 

「本当にそれだけの部隊を配置しておけば宜しいのか?」

「そうです。そして、逃げて来る官女どもの身包みを悉く剥がすのです」

「兵どもにとっては寧ろ嬉しい事でしょう。問題はありませんが・・・」

「ただし、念のため一番の豪傑である華将軍を配置なされ」

「えっ? 華雄殿を?」

「そうです。そうでなければ事をし損じる怖れがある」

「・・・分かりました。何とかしましょう」

「頼みますぞ。決行は当日まで明かすことが出来ぬ故、貴殿はこれ以上のことは知らぬ方が良い」

「・・・・・・」

 

 そもそも皇帝暗殺は黄皓の勝手な判断に過ぎない。

 しかし、手っ取り早く宮中は確実に騒ぎになる。

 趙高からは文句が出るであろうが、一蓮托生にさえすればどうにでもなるという判断である。

 

 黄皓は李粛の屋敷を後にすると、そのまま今度は王允の屋敷へと向かった。

 そして屋敷に着くと、表門には見向きもせず裏口に回り、鳥の鳴き真似をした。

 すると暫くしてから裏口から女が出てきた。

 

 この女は黄皓に言われ、王允をスパイしている女だ。

 まだ歳は若いが妖艶な雰囲気を持ち、男を骨抜きすることに才があるということで、王允宅へ紛れ込んでいた。

 

「遅いぞ貂蝉。私を待たせるとは、お前は自分の立場がまだ分かっていないのか?」

「そんなことを言ったって仕方ねぇじゃん。こっちにはこっちの都合があるのよ」

「ふん。まぁ良い。で、何か使える情報は掴んだか?」

「ないよ。そんなもん。屋敷が広いだけで大したお宝もありゃしない」

「そんなことだろうと思ったわ。お前は王允に抱かれようともせぬしな」

「冗談じゃない。誰があんな爺の世話なんぞするもんか。それにあいつはアンタと同じだよ」

「私と同じだと・・・・・・」

「違いは股ぐらに付いているかいないかってことさ」

「・・・相変わらず下品な女だ。だが、そんなことはどうでも良い。新しい仕事だ」

「何さ? その新しい仕事って」

「簡単な仕事だ。お前の掏摸師の仕事を活かすだけだ」

「確かにそれなら簡単だけどさ・・・。誰の何を掏るんだい?」

「掏るんじゃない。酒に毒を入れ、更に掏摸の要領で服に封書を入れる。あと、王允の邸宅に同じ封書を忍ばせる。それだけだ」

「・・・ちょ、ちょっと。アタシは人殺しなんて御免だよ」

「いや、お前は毒を入れるだけで良い。実行するのは、お前が服に封書を入れた女ということだ」

「意味が分からないね・・・。大体、毒を飲ませる相手は誰なんだい?」

「劉宏というデブでスケベな奴だ。おまけに死ねば万民がこぞって喜ぶような奴だぞ」

「そんな奴なら確かに良心は痛まないけどさ・・・」

「そうであろう? しかし、お前に良心なんてあるのか?」

「アンタに比べればある方さ。でも、劉宏って朝臣って聞いたことないんだけど・・・」

「朝臣ではない。帝だ」

「なんだ道理で聞いたことが・・・えっ!? 今、何て!?」

「馬鹿者。声が大きい。だが、万民が喜ぶことは間違いないであろう」

「・・・い、いや、でも帝を毒殺って・・・」

「だから、その濡れ衣をその女官に着せるのだ。封書はその女官がやった証拠となる」

「・・・でもさ。その女官って」

「ああ、三族皆殺しになるだろうよ。だが、お前が殺したことにはなるまい」

「・・・・・・」

 

 貂蝉は幼少の折に両親を亡くし、食べるために掏摸や窃盗で生きてきた女だ。

 両親は西方の烏孫の難民であり、彼女も当然ながら烏孫系の彫りの深い顔立ちが特徴である。

 そのため普通に働こうにも差別され、職に就けないために盗みを働き、生きてきたのだ。

 最近では主に売春婦のふりをして男を誘惑し、男から財布を盗み、その繰り返しを行っていた。

 

 そんな美貌の女掏摸を匿い、密偵に仕立てたのが黄皓だ。

 貂蝉がこともあろうに偶々上洛していた袁紹の長男である袁譚を騙し、金を巻き上げたのである。

 これが元で袁譚の取り巻きから追われる羽目となり、黄皓に保護されて今日に至る。

 

「分かっていると思うが裏切るなよ。何時でもお前を袁譚に引き渡すことが出来るんだからな」

「フン。盗人には盗人の仁義ってもんがあらい。それに名前も知らない女官なんてどうでも良いさ」

「フフフ。それで宜しい。それでこそお前を窮地から救った甲斐があるというもの・・・」

 

 しかしこの時、既に貂蝉は黄皓を裏切る気でいた。

 元々貂蝉は根っからの悪人という訳ではない。

 生活が困窮し、仕方なく盗みを働いていただけだ。

 

 それと同時に黄皓も王允の元で働いていたという理由で貂蝉を下手人に仕立てるつもりでいた。

 それならば王允の命で貂蝉が皇帝暗殺をしたという筋書きが立てやすい。

 つまりどちらも最初から反故にするつもりでいたのだ。

 

「どうせ善意でアタシを助けた訳じゃない。ならば宮殿で金目の物を盗み、トンズラすれば良いだけさ」

 

 貂蝉が新たに立てた計画は、まず黄皓から渡された毒薬に代えて眠り薬を酒に入れることだ。

 この眠り薬、今までに彼女の身体目当てをしてきた男達に充分過ぎるほどの効果を発揮している。

 実際には効果があり過ぎて、そのまま永久に寝てしまった者も中にはいるのだが「それは自業自得だ」と割り切っていた。

 

 既に充分すぎるほどの金額を盗みで蓄えた貂蝉だが、希望する行き先は荊南だ。

 荊南では荊南蛮も山越も認められれば要職に就ける。

 更に一部の李秀、趙媼などの女性は部曲長と地位は低いものの、武官として取り立てられている。

 そこでなら足を洗い、新たな一歩を踏み出すことも出来るだろう。

 

 それに何と言っても司護のことを尊崇の目で見ている。

 難民の孤児であった虞を養女にし、万夫不当の勇者である項籍の元に嫁がせる話は既に洛陽にも届いている。

 これは当時の為政者としては例外中の例外で、自分の配下でもなく、外交上のものでもない婚姻である。

 そして何より女性を物として扱わないだけでなく、世の平和のために独身を貫くどころか女性と一切関係していないという。

 

「こんな腐った都なんてもう用済みなんだよ。アタシは荊南の地で生まれ変わり、幸せに過ごすのさ。今に見ていやがれ」

 

 貂蝉は決行する日を虎視眈々と待つことにした。

 その日を最後に洛陽から去る決意を固め・・・。

 

 数日後、黄皓の紹介ということで官女となり、帝を接待する時がやって来た。

 彼女は帝の劉宏を初めて見た時、思わず嗚咽が出そうになった。

 今までの身体目的だった男に比べ、最も醜悪と言って良い姿をしていたからだ。

 当時、肥満は富の象徴とされ、良いように思われているが、余りにも弛んだ身体は度が過ぎている。

 更には事あるごとに官女達の尻や胸を触り、涎塗れの口を顔に近づけようとする。

 

「ウゲェ・・・マジ最悪。てか、本当にコイツが帝なの? マジで殺しても問題ないじゃん」

 

 貂蝉は思わず反吐が出そうになったが、堪えてなるべく目立たないようにした。

 汚らしい口が顔に近づくと考えただけで悪寒が走るからだ。

  

 そして、そんな状況が更に数日ほど経った。

 いきなり初日から皇帝の杯に酒を注ぐという栄誉はやってこない。

 貂蝉からすれば栄誉どころか嫌な役回りだがやるしかない。


 貂蝉は当初、他の官女らが注いだ酒に眠り薬を仕込もうとした。

 だが、どうにもタイミングが掴めない。

 それに何と言っても、ヒラヒラが付いた着物は動きづらく、上手く行かない。

 

 それ故、虎視眈々と帝に酒を注ぐ機会を待つ貂蝉だが、その機会を得ることは難しい。

 官女達は帝の気を引こうと、あの手この手で取り入ろうとする。

 自分が帝の贔屓になれば、親類縁者三族がそのお零れに預かれる。

 家族がいない貂蝉からしたら滑稽に思える動機だが、彼女たちは真剣そのものだ。


「くそっ・・・。この女ども本当に物好きだね。仕方がない。急ぐほどでもないし、時間をかけてやるとするか・・・」

 

 黄皓からの連絡役はせっつくが、こればかりは仕方がない。

 人質にとれる者もいないので、脅せる材料が皆無であることも貂蝉には幸いした。

 そしてある日のこと、何時ものように他の女官達に帝を宛がわせていると、劉宏は何を考えたか目隠しをし始めた。

 

「あのキモデブ。何をしようっての・・・・・・?」

 

 目隠しをし終えると劉宏は女官達を追いかけ始めた。

 女官達は皆、笑い声を上げ、絶妙な距離を置きながら逃げる。

 皆、内心では嫌気が差しているが、告げ口されるのが嫌なので、笑顔を絶やしていない。

 

 劉宏は劉宏で女官達にどう思われてようが、既にどうでもよい。

 事あるごとに件の五人から神託の実行を、半ば命令のように嘆願されているからだ。

 その鬱憤を晴らすために酒を飲み、肉を喰らい、女官達と戯れる毎日を過ごしている。

 

「ほれほれ。捕まえるぞ。何処じゃ? 何処じゃあ?」

 

 肥大化した腹を揺すりながら劉宏は女官達を追う。

 キャッキャッと軽い笑い声を上げながら女官達は逃げる。

 そして女官達の間では、既に捕まる者が段取りで決まっている。

 

「キャッ!」

 

 だが、捕まる手筈の女官が突如叫んだ。

 何時の間にか帝と同じ格好をした偉丈夫が恐ろしい形相で現れたからだ。

 どうやら女官達が日頃から待機している隣部屋から現れたらしいのだが、今は誰もいない筈だし、そもそも宦官以外に男はいない筈である。

 

「ほれほれ。どうしたのじゃ? 何があったのじゃ?」

 

 目隠しをした劉宏だけは気づいていない。

 気づいていれば大声で警護役の宦官らを呼ぶ筈である。

 

「この大馬鹿もんがぁ!!」

 

 そして突如、帝と同じ格好をした男は劉宏に飛びかかり、劉宏の龍顔に蹴りを入れた。

 

「ぶぎゃっ!!」

 

 劉宏の涎塗れの口から白い物が数本飛び出した。

 涎の泡沫と一緒に数本の歯がへし折られ、辺りに飛び散ったのだ。

 今まで味わったことのない激痛だが、驚愕と恐怖が上回り声も出ない。

 

「やい! このボンクラ子孫! ブクブク太った挙げ句、女どもを追い回すとは百年早いわ!」

「・・・・・・」

「何とか言え! この!」

 

 同じ帝の格好した男は劉宏の胸ぐらを掴むと今度は殴りつけ、うずくまった所に腹を蹴り上げる。

 

「ぐぼぉ!」

 

 この光景に貂蝉だけでなく女官達は何も出来ないでいる。

 いや、どちらかと言えば女官達はこの光景を内心で喜んでいる。

 劉宏が幾ら暴行を受けても、自分たちには責任がないのだ。

 招き入れた者が一切の責任をとらされるのである。

 

「おおお・・・。ち、朕に何を・・・」

「何が『朕』だ! ふざけるのも大概にしろい!」

「・・・そ、そなたは何者じゃ。何故、朕をこのような・・・」

「はぁ!? この俺様が何者だぁ!? てめぇは偉大な祖先も知らねぇのか!」

 

 男がそう言った途端、今度は劉宏の髪を引っ張り上げ、平手で何度も劉宏の顔を殴った。

 あまりの激痛と恐怖に劉宏は泣き出すと、帝姿の男は劉宏の顔に唾を吐き、股間を蹴り上げる。

 そして、劉宏はまたもうずくまる。

 

「全く。俺様の子孫がてめぇみてぇなブタだと思うと吐き気がすらぁ!」

「・・・・・・」

「いいか! 俺様は劉邦だ! これで分かったか! 分かったらとっとと俺様に帝位を返しやがれ!」

「・・・・・・」

「返事はどうした!? こるぁ!!」

 

 今度は蹲る劉宏に容赦なくストンピングの雨が降り注ぐ。

 その度に「ぶぎゃっ!」という情けない悲鳴が鳴り響く。

 

「ろ、狼藉者よ! 衛兵! 何をしているの!!」

 

 突如、叫んだのは貂蝉であった。

 このままでは劉宏が撲殺される危険があると判断したからだ。

 別に劉宏のことを思ったからではない。

 このまま劉宏が死ねば自身にも咎められる危険性がある。

 

 貂蝉の甲高い悲鳴に似た呼び声に気づいた衛兵の宦官らは「何事か」と広間に馳せ参じてきた。

 何れも腕にはさほど自信はないが、一応は帝の警護である。

 そして、状況を見ると帝の姿をした不審者に飛びかかった。

 

「馬鹿野郎! 俺様が分からねぇのか!? よっく見ろい!」

 

 男が叫んだ直後に下半身を脱ぐと、太ももに何十もの黒子ほくろがあった。

 これこそが劉邦の証というものだ。

 

「何をしている! その不埒者を殺すのじゃ! 殺した者には恩賞を与えるぞ!」


 宦官らは一瞬怯んだが、劉邦の後ろで蹲る帝の叫びで我に返り、劉邦に飛びかかった。

 

「くそっ! 何で信じられぬのだ! 首を洗って待ってろデブ!」

 

 劉邦は持っていた剣で瞬く間に数人の宦官を斬り捨てると、迷うこと無くその場から逃走した。

 


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