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外伝66 偽の神託

 時は一ヶ月前まで遡る。

 司護の天からの偽の神託とやらは無事、帝の前に内容を知られずに届けられた。

 これは帝以外の者が見た場合、命じた者も三族が祟られるという脅しが効いたからである。

 十常侍や何進も内容は気になったが「触らぬ神に祟りなし」とは良く言ったものだ。

 

 帝の劉宏は、その内容に思わず愕然となった。

 もし、これがただの荊州牧が出した書状なら、一笑に伏して破り捨て罪人にさせたであろう。

 ところが司護という者は、神々に取り入った者という曰く付きの人物だ。

 道教や仏教を鼻で嗤う劉宏であるが、鳳凰の件などは既に耳にしている。

 更に過去五年、司護が祭祀を行っていたので、各地で天災が全く起きなかったという報告もある。

 

「う、うぬぬ・・・。これはどういう・・・」

 

 劉宏は頭を抱えたが、相談するにも神託に書かれた五人までということだ。

 そこでまずはやむなく、牢屋送りとなっていた劉陶に恩赦を出し、出廷することを通知した。

 

 劉陶、字は子奇。

 交州の士燮の師でもあり、剛直な士して知られる者である。

 潁川学閥有数の学者であり、今では故人となった陳寔と並ぶほどの名声を持つ人物だ。

 

 この劉陶を始め、司徒の王允、諌議大夫の荀攸、太学博士の荀爽、そして隠遁していた何顒が招かれた。

 何れも十常侍を憎み、何進を蔑む連中である。

 劉宏もこの面子を見て、どんな愚者でも分かる予測はつく。

 

「陛下、恐れながら申し上げます」

 

 先にそう奏上したのは司徒の王允であった。

 この五人の中では最も位が高いため、まずは代表して奏上したのだ。

 

「うむ。王司徒よ。述べてみよ」

「はっ。我ら一同、荊州牧の詔に賛同致します」

「・・・・・・」

「十常侍や大将軍(何進)は正しく獅子身中の虫でございます。これらを除けば自然と漢室も立ち直るでしょう」

「・・・では、何か? 朕がしてきたことは全て間違いであったと申すのか?」

「・・・い、いえ。そういう訳ではございません。陛下は漢室のために誠に尽力なされております」

「・・・・・・ふん」

「如かず、あの者達が全て陛下の治世を悉く蔑ろにしておるのです。ですから・・・」

「ええい! まどろっこしい!」

 

 王允の言葉を遮ったのは劉宏ではなく、劉陶であった。

 劉陶は堰を切ったように捲し立てる。

 

「陛下! この劉陶、命を惜しいと思ったことはありませぬ! ただ、情けないだけでございます!」

「・・・何が情けないのじゃ?」

「ご自身のしたことを分かっておらぬのか! ならば申そう! 陛下が取り立てた者達は悉く苛政を民に強いて、妄りに世を混乱させております!」

「なっ!?」

「十常侍や何進だけではありませんぞ! 売官などを行い、私腹を肥やす連中を野に放ち、民を苦しめ、漢の命脈を途切れさそうとしておる!」

「だっ! 黙れ! 貴様に何が分かる!」

「分かりませぬ! このままでは陛下は後世に暗愚の象徴として蔑まれる運命にあります! 私はそれが情けない!」

「ええい! 貴様を牢から出したのは間違いであったわ!」

「また私を牢に閉じ込めるか!? それも良かろう! それとも首を刎ねるか!? それも良かろう!」

「そっ・・・それ以上、申すな」

「だが、誓って陛下に背くつもりはありませぬ! そして、この機会こそ最後の好機でございます! 何卒、ご決断のほどを!」

「・・・ぐ、ぬぬ・・・」

 

 劉宏は迷っていた。

 死んだと思われていた次子劉協が生きていた。

 その劉協を再び皇太子として擁立することも出来るのだ。

 

 正直な話、長男である弁皇子は可愛くない。

 何故なら以前とはまるで違い、自身にも蔑んだような目で見るからである。

 それも当然で、実際には全くの別人だし、性格も歪んでいるからだ。

 流石に何一族の手前、廃嫡には出来ないが、弁を差し置いて協皇子を次期皇帝にさせることも出来る。

 

 他の四人も劉陶ほど激しくはないが、口々に十常侍や何一族の悪口を並べ立てる。

 しかし、言われれば言われるほど、劉宏は意固地になっていく。

 自身が今までしたことを全否定される訳だから、心地よい訳がない。

 

「ええい! もう良い! 御託は沢山だ!」

「陛下! 何卒!」

「もう黙れ! 暫く朕は一人で考える!」

「・・・では」

「お主ら以外に相談はせぬ! 皆まで言うな!」

 

 五人を尻目に劉宏は、でっぷりと肥え太った腹を抱え、大きな足音を響かせながら退室した。

 そして一人になるとハラハラと涙を流し、こう呟いた。

 

「何故、朕がこのような思いをせねばならぬ。これもあの胡散臭い荊州牧のせいじゃ・・・」

 

 劉宏は後の道教の一翼となる新興宗教や仏教、儒教が当初から嫌いである。

 これは先の桓帝(劉志)が必要以上に新興宗教を保護し、散財したからだ。

 現時点では道教というものは確立しておらず、その源流となる新興宗教が盛んに興っている。

 当然、太平道や五斗米道もその源流に過ぎない。

 

 また儒教に至っては清貧を是とし、商売を非としている。

 ただ、これは国家を運営する者としては乖離している思想でもある。

 劉宏としては、まず財政再建を目指し、直属の軍隊を持つことこそ漢の再興と考えていた。

 

 軍隊を持ちたくても金が無ければ運用は出来ない。

 そこで売官制度を作り、財政再建を目指し、西園八校尉による軍隊を作り上げた。

 後に言う禁軍の源流である。

 所謂、近衛兵なのであるが、当時の帝は直属の軍隊を持っていなかった。

 軍隊を持てば外戚に影響されることなく、自身の方針に従わせることが出来ると考えたのである。

 

 これは画期的な考え方であったが、如何に画期的でも中軸が腐っていては絵に描いた餅と同じだ。

 十常侍らを信用しきっていたことで、その運営費に穴を空けていたのである。

 また見栄えを良くすることに終始し、実践訓練は行わず凱旋行進の訓練に明け暮れてしまったのも拙かった。


 これにより劉宏は「ハリボテの軍隊を維持するために多大な出費を重ねる暗君」と揶揄されるようになる。

 しかし、八校尉の一人である曹操はこの発想に着目する。

 実践向きに修練された騎兵親衛隊の虎豹騎を作り上げることに成功したのである。


 劉宏も怠惰な生活をただ送っている訳ではなかった。

 漢の再興を切に願う一人なのだ。

 ただ全てが空回りし、それに佞臣たちが追い打ちをかけるので、暗愚のイメージに拍車をかけてしまっていた。


 劉宏は冕冠べんかんを放り投げ、頭を掻きむしり、偽の神託の書状を凝視した。

 しかし、読めば読むほどムカムカした気持ちがフツフツと湧いてくるしかない代物だ。

 無視してやりたいが、もしも無視して天変地異が起こるかもしれないと思うと無視も出来ない。

 

「何か良い知恵が・・・。そうだ。あの者なら良い知恵が浮かぶかもしれぬ」

 

 劉宏が悩んだ末に出た結論は、司護のみならず周りにとっても最大の悪手であった。

 

「何と? 陛下が私と『サシで話したい』ですと・・・・・・?」

 

 それから三日後に、劉宏は趙高に密使を送った。

 十常侍の新参者ながら、張譲の知恵袋的な存在として知られつつあったからだ。

 自身に幾多もの献策をしてきた張譲の知恵袋であれば、この状況を打破出来ると思ったのである。

 

 密かに呼び出された趙高だったが、当初は意気揚々としていたものの、その内容に愕然とした。

 意味が全く分からないからだ。

 

「へ、陛下。確認しますぞ。神託の内容を知らない上で、私に『助言せよ』とおっしゃいますか?」

「そ、そうじゃ。難題だと思うのじゃが、他に手立てがない」

「しかしですな。その神託の内容とやらが分かりませんと、手前も何を申して良いのか分かりませぬ」

「大長秋(張譲)の知恵袋の君だ。何とかせよ」

「な、何とかせよとおっしゃられても・・・」

「良いから何とかせよ」

「・・・・・・」

 

 趙高は静かに目を閉じた。

 一見、落ち着きを払って冷静に考えているように見えるが

 「このクソデブめ。何を言っているのか意味が分かっているのか?」

 と思っているだけに過ぎない。


 それから一時間ほど経ち、劉宏も諦めかけようとしたその時であった。

 

「陛下。それならば私に一計があります」

「な、何と? しかし、内容は話すことは出来ぬぞ」

「はい。ですので、私にお見せ下さい」

「それもいかん。他者には見せないよう書き付けされておる」

「ハハハ。その神託の書のことではございません」

「意味が分からぬが・・・」

「陛下が神託を書き写せば良いのです。それなら見せても他者に見せたことになりますまい」

「おお! それは妙案じゃ! 誠にそちに話して良かったぞ」

 

 それでは全く意味を成さないのだが、残念ながらこれは偽の神託だ。

 つまり罰も全く当らないので、結果的には問題がない。

 

「ば・・・馬鹿な・・・。本気でこれを・・・」

 

 神託の内容を見た趙高も愕然とした。

 それと同時に怒りがフツフツと湧いてきた。

 寸での所で自身のサクセスストーリーをご破算にされかけていたからだ。

 

 趙高は神託の写しを劉宏から受け取ると、直ぐさま張譲の屋敷へと駆け込んだ。

 張譲も神託の内容に気を揉んでいた一人で、趙高が写しを持ち込むと当初は喜んだが、内容を知るなり激高した。

 

「あのエセ州牧め! 事もあろうに『我らを全員罷免せよ』とは何様のつもりじゃ!」

 

 趙高は荒ぶる張譲が落ち着きを取り戻す機会を見計らい、張譲がやや息切れしたところで口を開いた。

 

「大長秋様。私に策がございます」

「・・・ほう。流石は趙高じゃ。して、策とは?」

「これを何進、袁兄弟に見せ、荊州牧討伐の軍を起こすのです」

「なんじゃ。そんなことか。しかし、奴らも祟りは怖れるであろう。特にあの肉屋めは・・・」

「帝を唆し、帝が荊州牧の追討令を発すれば問題ありますまい」

「じゃが、あの帝も祟りは怖れるであろう。どう嗾けるのじゃ?」

「確かに問題はそこですな。ですが、帝は迷信を嫌っております」

「確かに太平道のような迷信は嫌っておる。じゃが、あの小心者じゃ。怖じ気づくであろうよ」

「では、このまま我らは・・・」

「そのような事はさせぬ。じゃが、時期を待とう。何か宮中で事件が起き、それを荊州牧のせいにすれば良い」

「・・・都合良く事件が起きましょうや?」

「それをお主が考えよ。何のためにお主にその地位を与えたと思っておる」

「・・・・・・」

 

 趙高は心の中で張譲の顔に唾を吐いた。

 だが、このまま何もせずにおれば五人が行動を起こす危険性もある。

 王允は董卓と繋がっており、もし実力行使に出れば命でさえ危うい。

 

 趙高が自宅へ戻ると、そこには一人の宦官が寛いでいた。

 未だに中黄門であるが、見所があり、性格も貪欲で頭の回る者だ。

 名を黄皓という。

 本来であれば未だに生まれていない存在だが、ランダムで出現が早まったのである。

 

「来ていたのか。黄皓」

「これは中常侍様。お顔色が優れないようですな。何時もの溌剌とした笑顔が消えていらっしゃる」

「そんなもん消えて吹っ飛ぶわ。また大長秋に難題を押しつけられたわ」

「ほう? どのような難題で?」

 

 趙高が洗いざらい話すと、先ほどまで朗らかに接した黄皓も顔を強張らせた。

 黄皓は黄皓で、趙高以外の十常侍の者を陥れ、自身が十常侍の一人に成り代わるつもりでいたからだ。

 

「全く出鱈目な話ですな。漢の伝統を踏みにじる所行です」

「その通りだ。誠に嘆かわしい。そこで君の力を借りたいが・・・」

「え? 私めの力ですか?」

「そうだ。君が私よりも優れている点は嗅覚が優れていることだ」

「・・・はぁ」

「そこで王允と董卓を何とか引き剥がしたいのだが・・・」

「お待ちを。あの二人は縁戚ですから、容易には引き剥がすことは・・・」

「確かに難しいだろう。だが、党錮の禁に王允を巻き込むには董卓が邪魔だ」

「ええっ!? また党錮の禁を引き起こすので・・・?」

「件の五人を黙らせるには、それしかあるまいて」

「・・・承知しました。手がないこともありません。お任せ下さい」

「頼んだぞ。功績によっては更なる昇進を約束しよう」

「ははっ」


 黄皓は既に董卓とのパイプを構築していた。

 パイプ役となるのは側近の一人である李粛という人物だ。

 猛将揃いの董卓配下の中で、李儒に次ぐ参謀として活躍している。

 ただ、性格が陰湿で強欲な人物であり、取引によっては主人の董卓を売り渡しかねない人物でもある。

 娘婿である李儒が董卓に忠実なのに対し、そこが決定的に違うのだ。


 最後に司護が作成した偽の神託について考えてみたいと思う。

 もしも神託に十常侍や何進を取り入るようなことを羅列し、十常侍らに司護を丞相にするよう奏上させるよう仕向ければ、これでもゲームクリアとなる。

 仮にフクちゃんが存在していれば、そう助言したであろう。


 だが、残念ながら司護はそこまで器用ではない。

 権力を握った時点でクーデターを起こし、十常侍や何進らを抹殺すれば良いのだが、性格上それも無理だ。

 つまり肝心な所で腹黒には成りきれていないのである。

 


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