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第九十話 出任せと詐欺


 さて、どう孫堅を説得しよう……。

 すぐに思い当たらないので、ここはジンちゃんに手伝ってもらい…。

 ……って、もういないじゃん!

 マジでどうしよ……。


 僕は深呼吸し、頭の中を整理することにした。

 落ち着け! 落ち着けば必ず打破出来る!

 いや、打破せねば成らぬ!


 僕が説得材料を試行錯誤していると、二人から視線を感じた。

 孫堅からは戸惑いの目、張宝からは「またか」という感じで呆れたような目だ。

 僕は咳払いした後に深呼吸し、孫堅への説得を開始した。

 

「失礼致した。天が鳳凰を遣わしたのにも関わらず、余が責務を果たしていない故、天に謝罪をしていたのです」

「天に謝罪?」

「そうです。余は子羽殿と慶里の婚姻で慢心し、貴殿と張府君(張宝)の間を取り持つことを忘れていたからです」

「待ってくれ。鳳凰の出現に俺と張宝は関係ないだろう」

「大いに関係あります。先ほど余は皆に『蟠りを捨てよ』と訴えました」

「…う、うむ」

「しかし、貴殿らは蟠りを捨ててはおりませぬ。これ即ち、余の罪と言えましょう」

「いや、そうではなかろう」

「いえ、そうなのです。余は以前、漢に楯突く朝敵という立場でした。しかし、貴殿は余を許して下さった。それ故、揚州王君(劉繇)らと共にする…」

「待て待て。それは違うぞ。貴殿と張兄弟では話が別だ」

「何故です?」

「貴殿は知らぬのか? 『蒼天、既に死す。黄天、正に立つべし』という連中の文言を…」

「ええ。それで、それの何が問題なのです?」

「問題ではないか! 要は張角が『漢を打ち倒し、自らが天子となる』ということであろう!」

 

 確か、張角は「んなもん。意味がねぇ」とかぬかしていたよな……。

 どう誤魔化そうか……。

 もうこなったら一か八か、当って砕けろだ!

 この世界で暇つぶしに読んだ本の知識を総動員して打破してやるぜ!

 

「それは違いますぞ。孫府君」

「ほう…。では、何が違う?」

「漢は火徳ですぞ。漢を打倒するというのなら『昊天こうてん』とせねばなりますまい」

「ほほう…そうきたか。では、蒼天は何を意味するのだ?」

「蒼天とは即ち漢を蝕む者たちを意味します」

「漢を蝕む者たちだと?」

「はい。蒼とは即ち木行です。これは帝を利用し、我が世の春を謳歌し、私利私欲に塗れた連中のことです」

「む…」

「孫府君は、それが何かお分かりでしょう。十常侍といった宦官どもや董一族、何一族ら外戚のことです」

「では何故、黄だったのだ? 赤ではない理由は何だ?」

「それは土徳であるからです」

「意味が分からぬ。土徳が立つというのならば、火徳に成り代わるという意味になるではないのか?」

「違います。それでしたら黄ではなく、水行を表す黒でなくてはなりません」

「むぅ・・・」

「孫府君。蒼は木行と春を意味し、赤は火行と夏を意味します。そして黄は土行と季節の変わり目を意味します」

「う、うむ?」

「故に『春が終わり、夏が来る』という意味となります。黄である理由は正しく季節の変わり目であり、それを手助けするものだからです」

「…な、何を言っているのだ? 貴殿は…」

「これは五行説の新たな解釈なのです。確かに解りにくいかもしれませぬが…」

「…むむ。して、張宝とやら。それで間違いないのか?」

「…間違いない…である」

 

 張宝は孫堅の問いかけに複雑な表情で答えた。

 てか、張角が「んなもん。意味がねぇ」とか言ったのを無理矢理こじつけているんだから仕方ねぇじゃんよ!

 張宝もそれ知っていて合わせたんだろうな……。

 

「孫府君。天のことわりとは、常人では解りかねることが往々にしてあるのです」

「それでは君は天の理を心得ているということかね?」

「余も全て把握している訳ではありません。昊天上帝君や天皇大帝君を始めとする神々に謁見した時、余も戸惑いましたから…」

「……なっ!」

 

 未だに納得していない孫堅だけど当然だ。

 だって、そもそも意味がない訳なんだし…。

 それでも説得出来たのは、やはり鳳凰効果のお陰なのかな…。

 

 考えてみれば「天に忖度した!」とか言えば、無茶苦茶なことでも押し通せるんだよな。

 首相に忖度したどころの効果じゃありませんよ。

 ただやかましいだけの野党やマスコミの追求もない訳だしね。

 でも、こんなことを言っているとネトウヨ疑惑が出そうだな…。

 

「あい分かった。俺も蟠りを捨てよう」

「おお、孫府君。ご理解頂けたとは実に感謝致します」

「なんの。部下を思う貴殿が蟠りを捨てたのだ。俺が捨てなくてどうする」

「……」

 

 言えない! 当初、鞏志を邪険にしていたなんて絶対に言えない!

 は、反省はしていますよ! 本当ですよ!

 でも、どんどん優秀な人材が出てきたから、結果的にはそうなってしまったけど…。

 

「鞏都尉は、余が長沙にて旗揚げしていた頃からの古参の者です。それ故、失ったと聞いた時は、兄弟を亡くしたような気持ちでした」

「成程。そうであったか…」

「はい。しかし、子羽には罪がない。罪があるのは悪戯に不必要な戦さを仕掛ける者です」

「ううむ……。それは暗に揚州牧(袁術)のことを指しておるのか?」

「いえ。揚州牧には揚州牧の事情がありましょう。となると、これはまず余の力不足。それと…」

「それと……?」

「それと朝廷の怠慢です。州王の存在を認めろとは言いません。それに代わる案を出し、惣無事令を出せば済む筈です」

「惣無事令だと?」

「はい。朝廷が戦さを禁じれば良いのです」

「それが出来れば苦労はせぬ。俺とて意味のない戦さなど望んではおらぬ」

「流石は古の名将であられる孫武君の御末裔。ご理解を得られて何よりです」

「そのようなこと名将でなくても理解出来る。だが……」

「だが……?」

「宮中に巣くう佞臣どもが問題だ。袁兄弟らが蜂起し、十常侍と何進を除けば全ては丸く収まるのだが…」

 

 それはそうなんだけど、その袁兄弟が問題なんだよな……。

 更に董卓もいる訳だし、簡単ではない。

 何より帝を代えて貰わないことには、どうしようもないような……。

 

「孫府君。焦っては成りませんぞ。焦れば取り返しのつかないことに成りかねません」

「貴殿に言われんでも解っているさ。だが、君は気にしないかもしれぬが、牛耳っている連中をどうにかせねば…」

「どうにかしても、同じ輩が台頭しては意味がないでしょう」

「…それは袁兄弟や董卓のことを指しているのかね?」

「…い、いや。それは…」

「ハハハ。図星のようだな。だが、貴殿が危惧することも解る」

「はぁ……」

「貴殿の立場が羨ましいよ。俺もしがらみさえなければ袁術なんぞに頼らん」

「おっ…お待ちを…。余は決してそのような…」

「いや、良いのだ。だが俺の縁者には、義兄の呉景や甥の孫賁そんふんといった袁術寄りの奴もいる」

「……」

「故に難しい立場だ。ここでは張宝とは和解するが、後にどうなるか解らぬ」

 

 本来なら劉繇サイドに寝返って欲しいけど、劉繇さんは朝敵扱いだからなぁ…。

 呉景は確か揚州の名族だし、朝敵になるのは忌避したいところだろう。

 でも、劉繇さんを朝敵から外すのは、肝心の袁術派閥が黙っていないよな…。

 ああ、頭が痛いよ……。

 

 あ、そうだ。折角、鳳凰の出現があったんだ。

 それに託けて朝廷に使者を送れば何とかなるかな?

 天からみことのりが下ったとか何とかで……。

 

 僕は孫堅らや張宝と別れた後、密かに范増を呼んだ。

 実行に移すならなるべく早い方が良い。

 ただ、開会式の後のお祭り騒ぎの宴会モードの中で呼び出す訳だから、機嫌悪いだろうな・・・。

 

 案の定、呼び出した范増は機嫌が悪かった。

 ごめんなさい。折角、綺麗な女の子の尻を劉備や陳平らと一緒に撫でている最中に呼び出して・・・。

 てか、本当に元気だなぁ・・・・・・。

 

「何じゃ? 折角、楽しんでおったところを呼びつけおってからに・・・」

「すまぬな。亜父よ。その前にまずは一杯献じよう」

「さっきから酒なんぞ、たらふく飲んでおるわい」

「そう言わずにまぁ飲め。これは鳳凰が飲み残していった貴重な酒だぞ」

「な、何じゃと?」

「健康長寿にご利益があると聞いてな。まずは亜父に飲んで欲しかったのだ」

「おお・・・。この范増にそこまでとは・・・。あの竪子とは比べ物にならぬな・・・」

「余には他に父と呼べる者がおらぬ。ならば、亜父に孝行するのが当然ではないか」

「・・・・・・うう。この范増。この世界に生まれ変わり、これほど嬉しい日はないぞい」

 

 途端にワンワンと泣きだす范増。

 酒が入っているというのもあるけど、まさかの展開。

 これは後日、相談した方がいいかな・・・・・・?

 

「それで、それだけじゃないじゃろ。他の用件は何じゃ?」

 

 一頻り大泣きした後、ケロッと立ち直った。

 何か恐い・・・・・・。

 

「もう良いのか?」

「フェフェフェ。酔いを醒ますには、これが一番じゃからのぉ」

「うむ。だが、先ほど亜父への気持ちに偽りはないぞ」

「おう。その言葉だけで充分じゃよ」

「で、他の用件とはな・・・・・・」

 

 僕は考えた策を范増に打ち明けた。

 すると范増は仰天し、文字通り目を丸くしたんだ。

 

「お、お主! 正気か!?」

「正気だ。戦さをせずに朝廷を丸め込むには良い策であろう」

「し、しかしじゃな・・・。それは前代未聞じゃぞ・・・」

「そうだろうな。鳳凰が舞い降りたこと自体、前代未聞だしな」

「ううむ・・・。お主は天罰が恐くないのか?」

「余は天に忖度しているだけに過ぎぬ。それの何が悪い?」

「じゃが、まさか天からの詔を騙る偽勅とは・・・」

「偽勅ではない。帝からの勅令を騙ってはおらんぞ。それに余以外、それを確かめる術を持つ者はいないであろう」

「それはそうじゃろうが・・・」

「宮中にいる巫女や祈祷師なぞ問題ではあるまい。ならば余が天に成り代わり、詔を下すまでよ」

「・・・あ、呆れたわい。それに、これは一世一代の大博打じゃぞ」

「文恭や慶里は養子。それに両親は既におらぬ。ならば余一人の博打となろう」

「成程。既に覚悟はしておる訳か。じゃがの。これは漢の歴史において一番、漢をないがしろにする行為じゃ」

「そうか? 王莽よりはマシであろう?」

「たわけ! 王莽の比ではないわ!」

「ハハハ。確かに王莽は鳳凰を呼び出しておらぬしな」

 

 僕は一頻り笑った後、范増と偽の詔の内容を話し合いだした。

 別に「何とか記念小学校を作れ」って訳ではありません。

 確かにやっていることは詐欺ですけどね。

 

 やったぜ! フクちゃん! 僕は君以上に黒くなった気がするよ!

 将来は紫色の羽織を着た落語家にでもなろうかな!

 ま、冗談は兎も角として・・・・・・。

 

 そして范増と共に、僕は偽の天の詔を書き出した。

 ある程度、朝廷にとっては収まりが良い方がいいだろう。

 けど、十常侍らや何進らを放置するのは拙い。

 そういう訳で以下の通りとなった。

 

第一に涼州は南北に分割せよ。

安定郡、漢陽郡(天水郡のこと)、右扶風、左馮翊さひょうよく、京兆尹に加え、新たに武都郡、漢 中郡を益州から編入し、雍州ようしゅうとする。

それに伴い雍州牧は韓遂、涼州牧は馬騰とする。

なお、劉協を改めて太子とし、正式な世継ぎとせよ。


第二に揚州も南北に分割せよ。

揚州は淮南郡、廬江郡、丹陽郡に加え、豫州から安豊郡、弋陽郡を編入させ、揚州牧を袁術とする。

揚州南部にある他の郡は蘇州とし、蘇州牧は孫堅を任命せよ。

また、劉繇は呉王とし、丹陽郡から秣陵以南は呉国に編入させよ。


第三に益州牧を劉焉とし、劉焉の第一子を蜀国王とせよ。

加えて涪陵郡太守の張忠は悪政を行う佞者である故、更迭した後、益州牧の推挙にて太守を立てよ。


第四に交州は東西南に三分割し、東側の南海郡と蒼梧郡を広州とする。

南方に位置する日南郡は驩州かんしゅうとし、驩州牧は区連を任命せよ。

加えて士燮を交州牧として任命し、広州牧は司護が推挙せよ。

また、現交州牧の董重は苛政を布く愚者である故、更迭せよ。


第五に劉寵を陳国王とし、豫州牧を劉寵の推挙にて決めよ。

更に張角を青州牧、兗州牧を曹操、徐州牧を劉備とせよ。


第六に劉陶を始めとする党人達を釈放し、取り立てよ。

また、忠烈の士である呂強を弔い、廟を立て名誉を回復せよ。


第七に全ての地に惣無事令を命ぜよ。

そして、これに違反したものは例外なく更迭せよ。


第八に十常侍を始めとする宦官は全て罷免させ、何一族は平民に落とすべし。

また、それに繋がる者どもは悉く暇を命じよ。


最後に、これを相談する者は王允、劉陶、荀攸、荀爽、何顒かぎょうの五名とせよ。

それ以外の者に相談しては成らぬ。


以上が神託と心得よ。

これをもって再び天は、漢室を見守ることを約定をする。


これを仕上げた途端、范増は腹を抱えて笑い転げた。

絵に描いたような抱腹絶倒というやつだよ。

 

「何がおかしい? 亜父よ」

「おかしいに決まっておるわ。お主、本当に全てこれを帝が飲むとおもうのか?」

「思ってはおらぬ」

「はぁ? なのに、これを突きつけるのか?」

「その通りだ。だがな。こちらは鳳凰が舞い降りたのだぞ。無茶な要求したとしても、朝敵にはなるまい」

「成程。そこが狙いか」

「そうだ。これ以上ない揺さぶりをかけるのだ。ここに董卓は書いておらぬのは、董卓を動きやすくするためよ」

「ふむ。確かに王允めは董卓と繋がっておる。王允なら、これに賛同しそうじゃしの」

「その通り。宮中は必ずや蜂の巣を突いたことになる」

 

 折角、老師が鳳凰に化けて芝居を打ったんだ。

 ならば、これに便乗して一気呵成に突き動かす方が良いだろう。

 ぶっちゃけ威を借る狐だけど、これ以上の威はないだろうしね。


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