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第八十八話 墓参りと決心

 項羽、いやこの際なので、項籍と呼ぶことにしよう。

 項籍と慶里の婚姻の話はすぐに周辺に広まった。

 当然ながら、五行祭にて婚礼を取り行うこともだ。


 婚礼となれば、当然のことだけど双方の家族が居ることは前提となる。

 項籍は本来なら一人だけど、孫策や周瑜を義弟としているので、その家族も呼びたいところだ。

 まぁ、一番の目的は孫堅なんですけどね。


 僕はそのことを孫策と周瑜に打診したんだ。

 すると孫策は喜んだけど、周瑜は目を閉じて口をへの字にして押し黙ったんだ。

 そこで僕は周瑜に何が不満なのか問いかけることにした。

 

「君は不満かね? 公瑾(周瑜の字)君」

「不満です。余りにも拙いことが多すぎます」

「ほう? どういったことかね?」

「五行祭には、あの張宝を始めとする劉繇傘下の者達も居るではないですか」

「うむ」

「我らはあくまで袁術の傘下です。それに徐州牧を自称する劉備という得体の知れない輩まで居る始末」

「ハハハ。やはり御懸念はそこにあるか」

「当然でございましょう。このままでは貴殿も誹りを免れませんよ」

 

 これは当然、僕も予想していた答えだった。

 張宝は朝敵の筆頭格の張角の弟であり、揚州王劉繇の下で豫章太守をしている。

 面倒なことに袁術も豫章太守として橋蕤きょうずいを任命しているらしい。

 完全な有名無実な存在だけど、この橋蕤の二人の娘が孫策と周瑜の嫁ということで…。

 面倒なことになっているなぁ……。

 

「公瑾君。君の気持ちも分かる。だが、余もかつては朝敵とされた身だ。それに劉繇殿には恩義もある」

「それとこれとは関係がありません。差し出がましいようですが、荊使君は袁術から我らを離反させようというお考えがお有りでは?」

「……」

 

 そうです! その通りです!!

 なんて言える訳がない……。

 どう切り抜けようか……。

 こういった時にはジンちゃんに頼りたいけど、ここは我慢して何とか乗り切るぞ。

 

「それは君の考えすぎだ。もしもそうであるならば、慶里を揚使君(袁術)の縁者に差し出しておるよ」

「しかし、貴殿には伝手がないではありませんか」

「伝手なぞ関係あるまい。慶里は余の養女であるばかりか、稀に見る傾国だぞ。それが何を意味するか分かるであろう」

 

 こんな感じのやり取りが続いたんだけど、それに割って入ったのが孫策だった。

 

「いい加減にしろ公瑾。無礼にも程が有るぞ」

「しかし伯符。このことが袁術に知られるのは時間の問題だ。我らにどんな難癖をつけてくるか分からぬぞ」

「じゃあ何か? お前は慶里殿と兄貴の縁談を破談にした方が良いとでも言うのか?」

「本来ならその方が筋であろう」

「だとしたら兄貴は出奔するだろうよ。あの性格だ。間違いない」

「確かにな…」

「袁術も兄貴が去られるのは困る筈だ。となれば黙認せざるを得ないだろうさ」

「そうであるならば良いがね……」

 

 二人の間に沈黙が流れたので、僕はそそくさと退散することにした。

 やはり周瑜は簡単に靡かないな…。

 当然と言えば当然か。

 

 僕が執務室へ戻ると、そこには范増がいた。

 ま、当然ながら項籍のことだろう。

 僕がそう思ったと同時に、范増は僕に話しかけてきた。

 

「あの豎子めを上手くやり込めたのぉ。で、次はどうする気じゃ?」

「そう焦るな。果報は寝て待てだ。慶里は埋伏として使えるし、問題はなかろう」

「ちと勿体ないような気もするがの。もう少し焦らした方が効果的であったのではないかの?」

「奴が無類の短気なのは亜父も良く存じておろう。それに奴の手綱を上手く御せるのは慶里しかおるまい」

「うむ。それには否定はせぬがな」

「…して、用件はそれだけか?」

「いや。少し拙いことになっていることを伝えに来たのじゃ」

「…拙いこと?」

「うむ。朝廷と劉焉が急接近しておる。どうも劉焉を益州牧にし、息子どもを王にするというのが濃厚じゃ」

「以前に聞いた楊彪らの折衷案か。ということは、朝廷内において袁術側が有利と判断すべきだな」

「どうもそのようじゃ。劉寵を潰すには袁術の方に利があると思われておるようじゃな」

「しかし、そうなると劉協は文字通りの八方塞がりになるな。そのことは張良に伝えたか?」

「まだじゃ。で、彼奴に伝える前に、まずはお主に伝えておこうと思っての。彼奴に伝えるか?」

「…ううむ」

 

 現在、益州と長安から一気に電撃戦に持ち込まれたら、劉協はかなりヤバいことになるよな。

 張良は欲しいけど、劉協には生きていて貰わないと収拾がつかなくなる可能性も高い。

 ここは張良に伝え、帰参してもらうのが最善だろうな。

 

「余から張良に伝えると致そう」

「良いのかの? 劉協がいなくなれば、劉寵が帝に君臨した際、お主の孫が帝になるかもしれぬのじゃぞ?」

「余にはそんな野心はない。それに孫娘が生まれた場合、劉協に嫁がせることも出来よう」

「フォフォフォ。そうきたか。それではお主の好きにするが良い」

 

 しかし、劉焉が朝廷側に鞍替えするとなると、少し面倒なことになるな…。

 もう一つの折衷案で、確か揚州を分けて南方を蘇州にし、劉繇さんを蘇州牧にする案も出されていた筈。

 劉繇さんが蘇州牧となると、僕にとっては都合が良いものになるのかな?

 でも、豫州太守とか張宝だから、簡単には行かないだろうね。

 それと徐州牧を名乗っている劉備は、後ろ盾がなくなるからヤバい状況になるのか……。

 

 僕は張良を呼び出しその事を告げると、流石に張良は驚いた様子を隠せなかった。

 そしてお礼を言うと同時に、僕に質問を投げかけてきた。

 

「荊使君。もし、劉焉が涼州へ兵を動かした時、貴殿は如何なされますか?」

 

 この質問は予想していたので、僕なりの策を張良に答えることにした。

 

「我らとしては朝敵ではない劉焉の軍勢を、おおやけに攻めることは出来ぬ」

「…でしょうな」

「だが、策はある。安心せよ」

「ほう? して、その策とは?」

「以前、涪陵郡の張忠が荊州へ侵略してきたことがある。ご存じかね?」

「はい。噂には聞いております」

「故に今度はそのことを利用し、涪陵郡へと兵を進める」

「どのようにです?」

「こちらも言いがかりをつけてやるまでだ。それらは陳平らが考えてくれるであろう」

「ハハハ。成程」

「張忠は叩けば埃が出る男だ。それに今でも領民を苦しめている噂は絶えない。場所が益州であるが故、今は自重しているだけのこと」

「劉焉が涪陵郡を見捨てたら如何なさる?」

「その場合、亡霊を呼び出すことにする」

「はぁ? どういう意味です?」

「以前、益州において馬相らが黄巾を名乗り、跋扈したことがあろう」

「あっ!?」

「そこで我らが涪陵を占拠した際、余をダシにしたそれらの残党や不平を抱く豪族らが蜂起する噂を流す」

「…それは」

「確かに余のやり方ではないがね。君に策があれば聞きたいが…」

「いや、それは妙案です。それが成就すれば、劉焉はおいそれと大軍を涼州に派遣出来ないでしょう」

「余も一日でも早く協皇子を助けたい。そのことを忘れないでくれ」

「はっ! それでは急ぐ故、これにて!」

 

 張良を見送り、僕にはもう一つだけ気掛かりがあったことを処理することにした。

 それは項籍と鐘離昧らとの確執だ。

 そこで僕なりに秘策を考え、それを試みてみようと思う。

 

 翌日、項籍を呼び出すと、既にラブラブ状態の項籍と慶里が一緒に来た。

 クソ…。独り身にとっては如何ともし難い状況だぜ…。

 予想はしていたし、身から出たサビとはいえ、少しは遠慮して欲しいよ…。

 忸怩じくじたる思いを隠しつつ、僕は項籍に話しかけた。

 

「子羽殿よ。衝陽はどうかね?」

「荊使君。いえ、義父殿。ここは正しく都以上ですな」

「ハハハ。そうかね。だが、少し居心地が悪くないか?」

「え? あ? はぁ……」

「そこで墓参りをしようと思う。ついて来てくれ」

「墓参り? 何方のです?」

「来れば分かる。既に先客もいるし、急ぐぞ」

 

 僕は項籍と慶里を伴い、鞏志の廟へと向かった。

 先客というのは鐘離昧や甘寧らのことだ。

 ここで皆を和解させるというのが僕の秘策というわけ。

 

 廟へ着くと、やはり緊張感が辺りに漂った。

 ここで僕の弁舌、説得のスキルの出番。

 ジンちゃんはまだいるけど、ここも僕がやらないといけない。

 

「皆、揃ったな。では、ここで鞏都尉への弔辞を行う」

「荊使君! 何故、その者をここに!?」

「鐘離将軍(鐘離昧)よ。それを今から話す。心して聞いてくれ」

 

 僕は目を閉じ、静かに深呼吸すると、天を見上げて演説を開始した。

 演説の内容は以下の通り。

 

 余の望みは天下泰平である。それは余がまだ長沙を治めた駆け出しの頃、鞏都尉にも申していたことだ。

 鞏都尉はその話を快く聞いてくれていたものだ。

 そして、天下泰平の先兵の一人として余と共に戦うと笑顔で申しておった。


 現在、余は朝敵から漢の荊州牧となり、感慨深いことこの上ない。

 だが、そのために鞏都尉を始め、多くの兵を死なせたことは余の罪でもある。

 そのようなことを終わらすためにも、余は鞏都尉に誓いたい。

 家中だけでなく、漢の内紛を終わらせることを……。


 そのためにも余には力が必要である。

 漢の忠臣として、いや、天の忠臣として平和を作り出す力が必要である。

 それは武ではない。智でもない。仁の心、言わば皆が共に平和を望むという声である。

 それを行うには皆がわだかまりを捨てねばならぬ。

 自らが実践せねば、他がついて来る訳がないのだ。


 鞏都尉よ。聞いておるか?

 余は君を失ったことは、手足をもぎ取られた以上に苦しい。

 しかし、君の代わりに項将軍(項籍)は民の為に働いてくれると言う。

 確かに同じ家中ではない。しかし、泰平の為に立ち上がったのであれば、それが違うとどうして言えようか。


 子羽よ。天下に二人といない無双の国士よ。

 ここで鞏都尉に誓ってくれ。

 君が倒した鞏都尉の代わりに、天下泰平のために働くと誓っておくれ。

 それが鞏都尉への最大の弔辞であると、余は思う。


 僕が語り終えたと同時に、いきなり項籍が雷鳴に似た轟音で吠えた。

 目の前なので、耳が一気にキーンとなったんですけど…。

 それと同時に恐ろしいことを言い出した。

 

「義父殿! 俺は決めたぞ! 俺に一万の兵を預けてくれ!」

「な…何をする気だ?」

「袁術の首を引きちぎり、鞏都尉の墓前に添えるのだ!」

「ばっ…。いきなり何を言い出す…」

「奴こそ民を苦しめる元凶だ! それには違いない!」

「……」

 

 確かにそうかもしれないが、いきなりすぎるだろ…。

 項籍なら本当にやりかねないんだよな…。

 でも、いきなり袁術を討ち取るのは拙いよなぁ…。

 どう説得しよう…。

 

「ま、まぁ、落ち着きなさい。項将軍」

「字の子羽で結構だ! 義父殿!」

「そ、そうか。ならば子羽よ。それは成らぬぞ」

「何故だ! 一刻も早いほうが吉であろう! 一人でも多く救えるではないか!」

「それはあまりにも短慮というものだ。一見、そう見えたとしても、違うことが往々にして多いのが現実なのだ」

「……」

「余が漢に仕えているのは、そうすれば民を多く救えると思ったからだ。確かに回り道かもしれぬがね」

「あまり回り道が多いと孫子の…ええと『兵はせっかちの方が良い。遅いと無駄骨だ』の理に反するぞ」

「それは『兵は拙速を尊ぶ。故に巧遅は拙速に如かず』とのことだな。しかし、それは誤りだ」

「あ、誤り?」

「う、うむ。要は戦いを長引かせるのは不毛ということだ。下準備を入念に行い、一気に片を付けることこそ極意と言える」

「ううむ。まどろっこしいな…」

「其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆」

「何だ? それは?」

「孫子の兵法の極意だ。早きこと風の如し、静かなること林の如し、侵略すること火の如く、知られざること陰の如し」

「むぅ…」

「そして、動かざること山の如く、動くこと雷霆らいていの如し。以上が極意だ。ここには『拙速であればどうでも良い』など書いてはおらぬ」

「…それで義父殿はどうしたいのだ?」

「今は待て。それに揚州牧も改心し、民を慈しむ仁者になるやもしれぬ」

「しねぇと思うがなぁ…」

「それでも待ちなさい。期は熟しておらぬ。その時がくれば貴殿にも手伝って貰う。今は義弟らと共に忍ぶのだ」

「ちぇっ! 孫の義父殿と同じを言いやがる」

「それが最善だからだ。くれぐれも短慮はいかんぞ。でないと、慶里も不幸になる」

「慶里の名前を出されると何も言えねぇ。分かったよ」

 

 項籍はそう言うと少し考えた上で、今度は僕にこう言ってきた。

 

「では、俺を武闘会とやらに出してくれ。優勝し、その名誉を鞏都尉に捧げる」

「おお。それなら鞏都尉も喜ぶに違いない」

「待て! 優勝するのは、この鐘離昧だ! 勝手に決めるな!」

「おいおい。この甘寧様を忘れてもらっちゃ困るぜ」

「ハハハ。大いに結構。それでは君らの健闘を祈り、この場で宴を催そう。鞏都尉も酒が美味かろう」

「御意!」

 

 ハラハラした四月も終わり、やっと五行祭が迎えられる。

 周りを見ると牡丹、躑躅つつじ、椿が見事に開花させており、僕たちを祝っているようだ。

 鞏志も見ていてくれているのかなぁ……。


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