第八十七話 話せば分かる!
迫り来る項羽に対しゴリ子と許褚は立ちはだかるが、その前に仁王立ちして項羽を遮った者がいた。
「うぬっ!? そこをどけ! 虎髭!」
「誰がどくかい! 燕人張飛ここにあり! テメェなんぞ俺様一人で十分だ!」
「抜かしたな!! ならば冥府で悔いろ!!」
轟音唸る項羽の九環刀を蛇矛で張飛は受け止める。
「つうっ!! 項羽を自称するだけやるじゃねぇか!」
「誰が自称項羽だ! 俺の一撃を耐えたのは褒めてやる! 命が惜しければそこをどけ!」
「冗談じゃねぇ!! 公殷の兄ぃが殺されたら世の中は闇だ! テメェこそスゴスゴと袁術の所へ落ち延びやがれ!」
「言ったな! 虎髭!!」
張飛! 君はこの司護のことをそこまで…。
…というか、目的が酒なのは分かっているけどね。
「翼徳! お前だけにその相手は無理だ! 儂も加勢するぞ!」
「おう! 雲長兄ぃ! 兄ぃがいれば楽なもんだ! 覚悟しろ! 項羽もどき!」
「おのれ! 今度は項羽もどきだと!? もう容赦せぬ!」
関羽の参戦で張飛は勢いづくと思われたが、そこは項羽。
この二人相手でもまだ余裕。
どこまで凄いんだ……。
「ちょっと待て!! よそ者がデカい顔して俺を無視するな! 倭建がここにいることを忘れるな!」
「父君を狙う奴は例え帝でも容赦はせぬ! この司進が相手だ!!」
加えてヤマトタケルこと倭建が草薙の剣を抜いて参戦し、続いて司進までも後に続く。
これで一体四のハンディキャップとなったけど、項羽はそれでもまだ余裕。
本当に人間か!? 項羽って!
「江夏での続きをここで終わらしてやる! 悪来典韋見参!!」
「若君! 危のうございます! この徐晃にお任せあれ!」
更に典韋、徐晃が続く。
これで六人だけど、まだまだ項羽は……。
「見つけたぞ! 今こそこの鐘離昧が鞏志の仇を取ってやる!!」
「おい! そいつぁねぇぜ! 仇を取るのはこの甘寧様だ!! いくぜ!!」
五行祭のために来訪していた鐘離昧と甘寧がここで加わった。
流石に項羽の息も荒くなる。
しかし、それでも項羽は雄叫びを上げ、並み居る豪傑達を牽制し寄せ付けない。
並み居る味方の豪傑達も、項羽の一撃は受け止めるのに必死だ。
「この破賊校尉の龍且を忘れては困るな! 助太刀いたすぞ!」
「新参早々、手柄を貰えるとは有難い! 丁奉参る!」
「おい! 典韋! 俺ら兄弟を差し置くのは不忠だぞ! なぁ、妙才!」
「おう! 兄上! 江夏の忘れ物は我らにもあるのを忘れるなよ!」
更に龍且、丁奉、夏侯惇、夏侯淵が加わる。
総勢十二人の豪傑の猛攻だ。
江夏では、それでも持ちこたえたというが、今回は流石に無理だろう。
問題は項羽の首が取られる前に落とし処を見つけないと……。
「荊使君! 待ってくれ! 兄貴は貴君に危害を加えるつもりはないんだ!」
そう叫ばれたので、後ろを振り返ると孫策がいた。
よし。これで何とか落とし処が見つかりそうだ。
「余とてかような英雄をむざむざと無駄死にさせたくはない。君から説得をしてくれ。頼む」
「恩に着る! 荊使君!」
孫策はそう言うやいなや、項羽に向かって声を張り上げた。
「おい! 子羽の兄貴! お願いだから得物を収めてくれ!」
「なっ!? 伯符! お前、いつから俺に降伏を勧めるような奴になった!」
「降伏を勧めているんじゃない! それにこれでは埒も明かんだろう!」
「黙れ! お前が手紙で例の女ことを書いたのは、この俺を陥れるためか!」
「そんな訳がないだろう! 少し冷静になってくれ! 大体、俺が兄貴を陥れて、どんな得をするというんだ!?」
「そんなこと知るか! お前も骨があるなら、そこにいる奴の首を刎ねてみよ!」
「冗談じゃない!! 荊使君の首を刎ねたところで、俺も兄貴も公瑾も殺されるだけだ!」
「この軟弱者め! もうお前なんぞ義弟ではないわ!」
孫策の説得工作が失敗した。
それどころか孫策が裏切ったと勘違いし、怒りゲージがマックスになってしまったようだ。
折角、疲れが見え始めていたのに、どうすれば良いのだ…。
「お困りのようやな。あんさん」
「おお! 鐘離都尉……」
「気安く雲房先生と呼びやぁ!!」
「…う、雲房先生」
何時の間にか、後ろにはデップリとした太鼓腹をさらけ出した雲房先生こと、鐘離権がいた。
そうだ! コイツならタイマンでも項羽と強制的に引き分けることが出来る!
「雲房先生。余は無用な諍いは避けたい。何としてもあの者の戦意を挫いてくれ」
「ほいきた。ワイの真骨頂が早くも試される訳やな。任しとき」
「頼んだぞ!」
中国史上、最強の戦士に対するは八仙の一人。雲房先生こと漢鐘離。
これはこれで夢のカードなのかな?
そういや封神演義とか読んだことないけど、漢鐘離っていましたっけ?
細かいことはどうでもいいか…。
「退き銅鑼だ! 皆の者! 後は雲房先生に任せよ!」
僕は衛士に退き銅鑼を打ち鳴らさせ、雲房先生に任せようとした。
ところがこれに気に入らないのか、鐘離昧を始めとする連中は口答えし始めた。
「荊使君! お言葉ではありますが、奴は時間の問題です! そのような新参者に譲りたくはありません!」
「左様! いまこそ江夏での恨みを晴らさせて下され!」
「奴を生かしておいては荊州の安寧の妨げとなります! 何卒、撤回を!」
鐘離昧をはじめとする連中は納得がいかないようだ。
だが、ここは何としても納得してもらう!
「黙れ! 余が鞏都尉(鞏志)のことを忘れたとでも思うのか!? 余も鞏都尉のことは一日とて忘れてはおらぬ!」
「ならば何故、このようなことを!」
「鞏都尉のことは余の責任でもある! それに戦場であれば仕方なきこともある! それ故、悪戯に戦禍を広げることは罷り成らぬ!」
「これは千載一遇の機会なのですぞ!」
「そうだ! 和平の千載一遇の機会だ! 間違えるな! 余は悪戯に命を粗末にすることは断じて許さぬ!」
僕は弁舌と説得のスキルをフル動員し、不平を漏らす連中の説得に当たる。
その間、雲房先生は太鼓腹をゆさゆさと揺らしながら、項羽に近づいていった。
「何だ!? 貴様は! 貴様のような得体の知れないデブに用はない! さっさと引っ込め!」
一方の雲房先生は文字通り「蛙の顔に小便」って感じで全く動じない。
それどころかニヤニヤしているぐらいだ。
「あんさんも落ち着きなはれ。ワイに勝てる訳がない訳やし、ここは酒でも飲んで少しは楽にしぃや」
項羽相手になんという挑発!
雲房先生、恐るべし!
「きっ! 貴様! 誰に物を申しておる!」
「あんさん以外おまへんで。ボケるにしても、もうちっと気が利いたボケでなければツッコめないで」
「おのれ!! 愚弄するか! 許さん!!」
激高した項羽は「うおぅ!」という雄叫びを上げ、雲房先生の頭上に凶刃を振り下ろす。
しかし、雲房先生はその凶刃を難なく芭蕉鉄扇という得物で受け止める。
雲房先生が持つ芭蕉鉄扇とは、文字通り鉄で作られた芭蕉扇だ。
見た目的には、かなり大きい鉄製の軍配って感じかな。
「うひぃ! ごっつぃわぁ! てか、あんさん疲れへんの? やめとき。無駄やから」
「ぬかせ! この下郎めが!」
雲房先生の挑発としか思えない説得に、項羽は更なる激高する。
空を切る轟音が鳴り響く項羽の猛攻に、対する雲房先生はノラリクラリと躱し続ける。
相手にとっては嫌なこと、この上ない動きだろうな。
一見、余裕をかましているように見える雲房先生だけど、よく見ると大粒の汗を流している。
偶に豪快な一撃を受け止めると、口元の笑みが衝撃によって歪む。
流石に伝説の八仙の一人でも、項羽の相手となるとシャレにならないらしい。
そんな猛攻に雲房先生も、悲鳴に似た声で僕に話かけてきた。
「ちょっ! ちょっとぉ! これ、何時までやりまんの!?」
「もう暫くの辛抱だ!」
「暫くって何時までやねん! こんなん聞いておまへんで!」
「余とて分からぬ! しかし、君なら出来る!」
「堪忍してや! これじゃ割に合いまへんで!」
「君なら出来る! 余を信じよ!」
酷い話だが、僕にはスキルというものを的確に把握している強みがある。
如何にスタミナがボロボロでも、雲房先生は決して倒れることはない。
という訳で、もうちょっと頑張って……。
「頑張れるかい! 堪忍して~!!」
……雲房先生よ。ここでのツッコミはある意味、ルール違反だぞ。
罰として、もう暫く何とかせぇ!
「そ、そんな! あんまりや! 幾らワイがめっちゃイケメンやからといって!」
……そこまで軽口を叩けるんだから大丈夫。
とか言っている間に、項羽は雲房先生がふざけていると思ったのか、余計に腹を立てたらしく執拗な猛攻を繰り出す。
「下郎!! 俺を無視して舐めた口を叩くとは、もう容赦はせぬ!!」
「さっきから容赦なんぞしておまへんやないかい! そういうのは、もうちょい手加減しておいてから言いなはれ!」
一騎討ちなんだか、どつき漫才なのか分からない展開だが、当の両名は至って真剣。
ただ、流石に怒号混じりの一撃を繰り返し出し過ぎたのか、項羽の一撃のキレが徐々に失いつつある。
人間離れした化け物でも、やはりスタミナ切れには勝てないようだ。
「荊使君! 既に奴は手負いの獣です! 我らにお任せあれ!」
「左様! これ以上、あの新参者に任せるのは酷というものです! 我らが首を討ち取って御覧にいれます!」
業を煮やした鐘離昧や甘寧らが口々に攻撃を求めてくる。
しかし、僕は首を縦には振らない。
曹操が長坂の戦いにおいて「趙雲を生かして捕らえろ」と命じた気持ちが良く分かる。
「駄目だ! 雲房先生に任せよ! 例え帝からの命であっても、こればかりは引けぬ!」
「何故でございますか!? たかが匹夫一人の命ですぞ!」
「話せば分かるからだ! ただ、頃合いを見ているだけだ! これ以上の問答は無用!」
確かに傍から見たら、僕の指示はおかしいのだろう。
けど、大局的に見たら項羽を生け捕りというか、説得するのは大きな効果が得られる筈なんだ。
それは項羽本人だけでなく、孫策や周瑜、引いては孫堅にも恩を売れるということだ。
そうなれば孫堅らは未だに袁術の配下だけど、こちらに靡く可能性も高くなる。
「……お、お前、いい加減にしろよ…」
「そ、そりゃワイの台詞やで…。それにあちらに居る荊使君に言いなはれ」
そんな掛け合いが続き、三十分ほど経過した辺りだろうか。
突然、女性の悲鳴に似た声が二人の掛け合いを切り裂いた。
「子羽様! 虞はここにございます!!」
声の主は慶里だった。
見ると予選会場の壇上で短刀を首に突きつけている。
その様子に、暫く沈黙が流れた。
項羽は慶里を虞と判断するのに一分ほど時間を費やした。
恐らく記憶が鮮明ではないのだろう。
僕は雲房先生を引き上げさせ、二人の様子を暫く見守ることにした。
そして、沈黙を破ったのは項羽の方だった。
「確かに夢で見た女はお前だ。会いたかったぞ」
「……私もお会いしとうございました」
「ならば問題あるまい。俺の元に来い。それがお前の天命だ」
「なりませぬ。父君の命を狙う匹夫に嫁ぐつもりはありませぬ」
「俺を匹夫だと!? 貴様! 誰に物を言っている!?」
「如何に子羽様といえど、成らぬものは成らぬのです」
「では、お前は如何するつもりだ!」
「貴方様と共に参りたい所存です。ですが、大恩ある父君に逆らうことは出来ませぬ。この場にて命を散らし、花となって見守ることにします」
「早まってはならぬ! 落ち着け! 俺はお前を助けに来たのだ!」
「ならば何故、我が父君の命を狙うのです!」
「何故って…」
「私は子羽様を慕っております! しかし、父君を狙う者には断じて容赦は致しませぬ!」
慶里が本気なことは目を見れば分かる。
恐らく慶里も部分的に記憶が蘇ってきているんだろう。
けど、項羽の元に行かないのは、僕に対する気遣いだからだ。
とすれば、僕の行動はただ一つしかない。
「待て! 話せば分かる! 双方とも静まれ!」
僕は大声で叫び、単身で項羽に近づくことにした。
ここで覚悟を決めなければ本当の意味での小心者だからだ。
流石に項羽も武器を持たない僕を殺そうとはしないだろう。
ここは賭けるしかない!
恐いフラグを立てたけど、絶対にへし折れる筈だ!
「項将軍。よくぞ衝陽に来られた。この司護、歓待しますぞ」
「そんなことはどうでも良い! あいつとの結婚を認めろ!」
「認めても宜しい。だが、一つだけ条件がある」
「何だと!? その条件とやらは何だ! まさか、お前の元に降れとでも!?」
「そのようなことは言わぬ」
「では、何だ!?」
「これからは万民の為、仁をもって行動をせよ。不用意に民を虐げることをせぬことを誓いなさい」
「なっ!?」
「貴殿が揚州牧(袁術)の旗下であることは良い。共に朝臣なのだからな」
「……」
「それが唯一の条件だ。誓うなら貴殿に慶里を嫁がせ、この五行祭にて婚礼の儀を行おう」
「……ううむ」
「項将軍。余が今まで慶里を嫁がせていなかったのは、貴殿と慶里と結ばれることを由としていたからだ。だが、この条件を飲めぬとあれば、致し方ない」
「……ま、待て。仮に袁術が民を蔑ろにしたら、俺はどうすれば良いのだ?」
「諫言なされよ。朝臣であるならば、民を慈しむことこそが使命だ」
「聞かぬ場合は?」
「それは何とも言えぬ。しかし、貴殿には伯符殿や公瑾殿といった義弟がおろう。彼らの声にも耳を傾ければ自ずと答えは出る」
「い、いや、しかし……」
「別に余を父と思わなくとも良い。まず慶里を幸せにしてくれ。そして、同様に民のことを思いやるのだ。どうして難しいことがあろうか」
「むむむ……」
「世には幾多もの英傑がおるが、正に国士無双と呼べる者は貴殿をおいて他には居らぬ。その貴殿が仁を尊ぶならば、これほど喜ばしいことはない」
「本当にそれだけなのか……?」
「くどいぞ。天地神明に誓い、他にはない」
「……ならば誓おう」
「おお! 本当か! それならば盛大に祝うことに致そう!」
慶里を見ると安堵したのか、短刀を地に落とした。
それと同時に泣き崩れたんだ。
間違いなく嬉し泣きだろう。
僕も緊張で腰が抜けそうだけど、これで何かが変わった気がする。
気のせいかもしれないけどね。




