第八十五話 裏交渉について
唐突に出現した雲房先生こと鐘離権に、当然ながら僕は戸惑いを禁じ得ない。
だけど、風まで操れる武力10保持者はある意味、項羽に匹敵するぐらいのキーパーソンだ。
そして、フクちゃんジンちゃんコンビと代わり、本来の僕と会話が出来る人物でもある。
色々と頭が痛くなりそうな気もするけどね…。
「何や浮かない顔して。ワイが来たっちゅーのに、まだ不安なんか?」
「…不安ではない。戸惑っているだけだ」
「ほなら次第に慣れれば良いだけでんな」
「…そ、そうだな」
「で、ワイの官職とやらは、どないすんや?」
「…一応、都尉で良いかな?」
「かまへんで。ほじゃま、その辺をブラブラと見学させてもらうやさかいに。ほな、何かあったら気安く雲房先生と呼びやぁ」
「分かった鐘離都尉…」
「気安く雲房先生と呼びやぁ!!」
「……う、雲房先生」
「よっしゃよっしゃ。ほなら、また後でなぁ」
能力値以上にクセが凄い連中が、ここに来てわんさかとまぁ……。
素直に喜んで良いのやら分からなくなるよ……。
突出している連中って、粗方そんな奴の方が多いのかもしれんけどさ……。
頭が痛い問題はこれだけではない。
交州侵攻についてだけど、これにも事前に不満を申し立てている者がいる。
自称交州牧の士燮だ。
既に士燮は従事の一人、袁忠を通じて抗議をしてきている。
この袁忠というのは袁術とも遠縁らしいけど、袁術とは仲が悪いので、わざわざ交州に来たとのことだ。
元々は豫州沛国の相をしていた実績がある人物だという。
因みに能力値を晒しておこう。
袁忠 能力値
政治4 知略3 統率3 武力1 魅力5 忠義6
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うん。かなり微妙……。
黄巾賊相手に戦わず直ぐに逃げたらしいから、この評価は仕方ないのかな。
血筋は良いから交渉役に選ばれたということなんでしょう。
けど、血筋や名門意識を気にする人物なら兎も角、ここではそんなものは役に立たない。
ここで役に立つのはズバリ、能力値の良し悪しだけなのです。
袁忠は自身の血統を自慢しつつ、色々と注文をつけてきたけど、僕にとってそんなことはお構いなし。
領地の割譲云々とか言っても、僕が手に入れるのは実質、董重の勢力範囲だけだからね。
「それなら攻め込まないぞ」とか言ってきたので「文句あるなら分け前やらんぞ」と素っ気なく言ったら、あっさり引き下がりました。
口調はもっと丁寧でしたけどね。
だけど、流石に諦めきれないらしく今度は別の者、しかもかなりの若手を事前交渉役に抜擢してきた。
次の交渉役の名前は、なんと薛綜。
この名前には僕も憶えがある。
何故かと言えば、赤壁の前に呉で孔明に論破されたその他大勢の一人だからです。
当然、この人物も晒しておきましょう。
薛綜 字:敬文 能力値
政治7 知略5 統率2 武力2 魅力7 忠義7
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悪くない……。というか欲しい……。
能力値が悪くないので、ここは少し気を引き締めないといけない。
本来なら、こういった事前交渉は張昭や鄭玄らが引き受けるんだけど、両者とも五行祭の準備で忙しいからね。
「お目通り誠に有り難うございます。荊使君」
「ああ、薛従事中郎殿(薛綜)。貴殿の名声はこの衝陽でも伺っておりますぞ」
「いやいや。お世辞としても過大評価でしょう」
「訓古学の第一人者であり、釈名の著者でもある劉煕殿の一番弟子という貴方だ。当然でしょう」
「私のことは兎も角、我が師をそこまで評価して頂いているとは有難い限りです」
「ハハハ。当然のことでしょう。劉煕殿と言えば鄭別駕(鄭玄)に匹敵するほどの著名な御方ですぞ。是非、私も受講させて頂きたいものです」
「ハハハハ。本当に嬉しい限り。ですが、私が参ったのは残念ながら、そのことではありません」
「うむ……。交州の今後についてですかな?」
「そうです。先ほど袁従事(袁忠)から伺ったと思いますが…」
「その件は袁従事に全て話した筈だが」
「どうも不備があったようでして…」
「ほう? 不備とは如何なる点においてですかな?」
「交州の分割についてです。邯鄲淳殿に託された書状によりますと、高涼郡を二つに分けるとか…」
「何か問題あるのかね?」
「現在、高涼郡は我が方が優勢です。半分に分けるというのは、余りにも無体だと思います」
「しかし、そうなったのは董重の軍勢が臨賀郡において、我が軍勢に大敗したからであろう?」
「そうとは限りません。実際、我らが高涼郡において牽制していたからこそ、董重は援軍を送れなかった筈です」
「…ううむ」
「それに、我が方に余りにも不利な条件を課せされますと、新たに驩州牧となった区連をつけ上がらせる結果に成りましょう」
「では細部について、もう少し交渉を重ねることに致しましょう。この件に関しては、我らと交州牧(士燮)だけで行うということで良いか?」
「そうして下さると大いに助かります」
こうして後日、交州の南部に位置し、南シナ海の沿岸を広く領有する高涼郡について裏交渉を進めることになった。
僕は交渉役となっている邯鄲淳だけでなく、その補佐役として桓階、蒋琬の二名を任命した。
まだ若い蒋琬を抜擢したのは、情勢持ちというだけでなく、交渉の経験も積んで欲しいからだ。
更に僕は三人に対し、僕からの条件を新たに伝えた。
すると三人は凄く驚いた表情を浮かべた。
その内容に黙ってもいられなかったのか、蒋琬が僕に噛みついてきたんだよ。
「何故です!? 何故そのような条件で交渉に当たらねばならないのです!」
「不服かね?」
「不服に決まっております! 理由をお聞かせ下さい!」
「確かにそこは不毛の地と思われている。だからこそだ」
「だから何故!」
「最後まで聞きなさい。余は、そこが宝の島となることを既に予見しているのだ」
「…理由は?」
「新たに条件に加える海南島は、言わば海への玄関口となる。そこを海口郡とし、新たに広州へと組み込むためよ」
「……」
「海口郡は南への交易拠点の一つとなる。少し時間は掛るが、後々には重要な位置を占めることになろう」
「成程。それが狙いですか…」
「そうだ。そうなる前に抑えるのだ。向こうは喜んで割譲に賛同するであろう」
「それは当然でしょう」
「だが、気前良く高涼郡の土地を割譲されるのも面白くない。なるべく広く確保してくれよ」
「はっ! お任せあれ」
「竺先生(邯鄲淳)、桓督郵(桓階)もお頼みしますぞ」
「御意!」
こうして交州攻略のための衝陽会談の段取りは終わった。
会稽郡の賈琮、日南郡の区連らとは既に郡境の取り決めを終えている。
会談といっても、サミットみたいな感じで議論を交わすことはないんだ。
ということで、会談は二時間ほどで雑談を交えながら簡単に終わってしまう。
そしてここで一番重要なことは、士燮と区連の蟠りを無くすことだ。
そのために重要な物、そう美味い酒です!!
僕は飲めませんけどね……。
「さぁ皆さん。五行祭が終わるまで、この衝陽を楽しんでいって頂きたい。まずは余が盤古真人に献上し、褒められた美酒を振る舞いましょうぞ」
「おお!? 真ですか!」
「そのような酒を所持しておるとは、正に上使君の名に相応しい御仁であられる!」
僕が会談を終えて開口一番でそう宣言すると、張宝、賈琮だけでなく士燮や区連も追従して声を挙げる。
因みにここでの美酒というのは極上のワインと蒸留酒だ。
僕はワインについて分からないけど、ルキッラが連れてきた人物の一人に一流のワイン職人がいるらしい。
恐らくルキッラ自身が楽しむために連れて来たのだろうけど、その人物のお陰で献上品として役立てています。
もう一つの蒸留酒だけど、これは医学校の設立時、蒸留器を製作したことに関係している。
美酒は贈答品として人気があるので、僕が開発を推し進めていたんだ。
そこで僕がいない五年間にモロコシを使った蒸留酒が製作され、現在に至っているというわけ。
茅台酒というものらしいけど、現実世界でも実在するのかな?
酒による歓迎会は成功を収め、士燮と区連の仲も取り持ってくれた。
やはり宴会というのは楽しいものじゃないとね。僕は飲めないけど。
アルハラなんてものは最低だと思いますよ。ホント。
べっ! 別に張飛や孫権のことを言っている訳じゃないんだからねっ!!
「よぉ! 公殷の旦那ぁ! ちと、頼みてぇことがあるんだ!」
宴会も終わり、自室に引き上げようとしていると、後ろからがなり声を立ててきた者がいた。
噂をすれば影ってヤツで、何と張飛だったんだ。
「これは翼徳(張飛の字)殿。して、余に頼みとは?」
「茅台酒ってのを一杯飲みてぇんだ。それを飲まなきゃ死んでも死にきれねぇ」
「お言葉だが茅台酒は、そんなに容易く手に入れられる代物ではないのだ。すまぬが……」
「そこを頼む! 後生だ! 何でも言うことを聞くから!」
「……」
茅台酒は現段階においてまだ開発されて間もなく、数は圧倒的に少ない。
故に特別な贈答品とか、今回の会談のようなイベント以外、振る舞われることはない。
もう少し年数を重ねれば、それなりに出回るとは思うけどさ。
でも、いいや。ここは少し意地悪をしてみよう。
そうです。僕は性格が悪いのです。
既に認定された以上、文句は言わせないぞ!
……僕は誰に言っているんだろう。
「それでは一つだけ条件を述べよう。翼徳殿」
「おお!? で、その条件ってのは!?」
「余は玄徳殿を羨ましいと思わない日がない。それは玄徳殿が二つの宝を持っているからだ」
「へ? そんなもの見たことねぇが……」
「故に、その内の一つを玄徳殿から貰おうと思う」
「ちょ、ちょっと待ってくれい。玄徳兄ぃの宝を俺が勝手に持ち出すなんて、どうやれば良いんだ?」
「余が言う宝とは、一つは雲長(関羽の字)殿。そして、もう一つは君だ!」
「なっ!? へえっ!?」
「君がこの司護に仕えるというのなら茅台酒を一献、馳走しよう。どうかね?」
「…い、一献だけ?」
「……」
そこは「一献だけ?」じゃねぇだろう! 張飛!
「冗談じゃねぇ! 玄徳兄ぃを裏切られるか!」ぐらい言え!
蜀ファンとして悲しくなるわ!!
「ハハハ。悩むかね?」
「そりゃ悩むぜ。玄徳兄ぃを裏切るのはちょっとなぁ…」
「ご安心なさい。今は手に入り辛いが、何れは君も飲めるようになるから」
「ホントか!?」
「本当ですとも。ですが、この事は他言無用ですぞ」
「へ? 何で?」
「先に偽の茅台酒が出回る怖れがあるのです。そうなれば君の口に入る前に、生産を打ち切る事になるかもしれぬ」
「そ! それは困る! 分かった!」
「ハハハ。お分かり頂いて何よりです」
「それじゃその時を楽しみにしているぜ! 公殷兄ぃ!」
僕はどうも劉備三兄弟の一人になったようです。
ということは劉備四兄弟ということかな?
関羽の義兄というのは嬉しいけど、いい加減なスケベ親父の義弟というのは、ちょっと嫌だなぁ。
張飛を配下に出来るチャンスでもあったので、そこだけは複雑な気分です。
四月に入り、武道大会予選も大詰め。
丁奉以外、まともな武人が未だ来ず……。
モブが多いのは仕方ないけど、もう在野にはいないのかな?
予選会場を足早に去り、次に向かったのは太学の学び舎だ。
ここで優秀な文官が輩出されていると良いのだけれどね。
そこには登用、人相のスキル保有者である歩騭がいるので、聞くことにしよう。
「やぁ、歩従事中郎(歩騭)。少しは慣れたかな?」
「これは荊使君。お珍しい。どういったご用件で?」
「ハハハハ。分かりきったことを言うな。新たな麒麟児を見たいと思った次第よ」
「それなら丁度良い。推挙したい若者らがおりますよ」
「おお! そうかね! 君と初めて会った時のことを思い出せそうだな!」
「アハハハ! 過大評価は有難いのですが、少し誇張が過ぎますよ」
「こら。君は不敬であるぞ。余がそう申しておるのだから事実に決まっておろう」
「いやいや…。これは参りましたな」
「ハッハッハッ。それで如何なる者なのかな?」
「はい。四人おります。南陽の呂乂、字は季陽。同じく南陽の王連、字は文儀」
「ほうほう」
「そして武陵の廖立、字は公淵。最後に同じく武陵の潘濬、字は承明です」
「新たに四人も麒麟児がおるとはな。余は果報者よ」
「これも荊使君のご人徳の賜物でしょう」
「うむ。そうだな。ハハハハ!」
「ハハハ。では早速、お目通りを致しましょう」
「うむ。それと君がただの従事中郎では勿体ない。功曹従事と致そう」
「いや、それは!」
「不服か?」
「その逆です! 私はまだ成人したばかりです! 重責が過ぎます!」
「何を申すか。君と同じ年頃に顧雍は重責を全うしたのだぞ。そして、君は顧雍と遜色のない者だ」
「治水従事中郎(顧雍)殿と同じ…」
「不服か?」
「不服です。それならば、まずは顧雍殿を治水従事に任命して下さい。あの方は既にそれだけの実績がお有りです」
「むむ、そうきたか。では、そのように致そう。加えて君を改めて功曹従事と致す」
「えっ…? いや、それも無理があります。まず、実績のある何方かを功曹従事に任命して下さい」
「む? そうか…。誰が適任であろう」
「私からは申せません。まずは別駕従事(鄭玄)殿や留府長史(張昭)殿にご相談されるのが筋です」
「う、うむ。確かにそうだな」
「治水従事中郎殿の件でも同様ですぞ。例えどんなに贔屓目の者が忠言したとしても、位が低い者の発言を不用意に取り上げることは相成りませぬ」
歩騭は顧雍に気を使ったからだろうか?
本来なら同じ呉の勢力に居た者同士だし、相性も良いのかな?
それは兎も角、自身の出世よりも随分と律儀に周りを気にするんだねぇ。
それじゃ最後に四人の能力値を上げておくとするか。
名前は全員聞いたことがあるんだけど、ほとんど憶えていないなぁ…。
呂乂 字:季陽 能力値
政治7 知略6 統率4 武力3 魅力7 忠義7
固有スキル 商才 芸事 判官 鎮撫
王連 字:文儀 能力値
政治7 知略5 統率5 武力4 魅力6 忠義8
固有スキル 商才 登用 人相 説得
廖立 字:公淵 能力値
政治6 知略7 統率2 武力3 魅力4 忠義3
固有スキル 逃亡 開墾 判官
潘濬 字:承明 能力値
政治8 知略7 統率7 武力5 魅力6 忠義6
固有スキル 判官 制圧 弓兵 看破 機略 説得 国情




