第八十四話 ただ今、迷走に邁進中
「荊州君。個人的に話があるのですが・・・」
「・・・む? それならば政務室で聞こう」
あの審問会と言うか、詰問会と称した方が良い会合の後、揚慮がすぐに話しかけてきた。
サシで話すというのはこれが初めてなので、僕も少し緊張せざるを得ない。
僅か十七歳で数百人の弟子持ちという、孔明もビックリな奴だからねぇ・・・。
「・・・して、話というのは先ほどの件かね?」
「ご明察。その事で私が知りうる情報がございます」
僕が政務室へ入るなり揚慮に聞くと、あっさりした口調で返答してきた。
遠望持ちは范増を除くと、この揚慮以外にいない。
あの張良でさえ持ち合わせていないスキルだから、遠望はかなりのレアスキルなんだろう。
范増は高齢だしポスト范増となると、この揚慮以外にいないと思う。
「それで情報とは・・・?」
「はい。あの張良という者の話はどうも事実と思われます」
「・・・ほう。その根拠は?」
「これは我が弟子であった者のことですが・・・」
結構長いので要約します。
弟子であった者の一人に、宮中にて下女をしていた女を妻に娶った者がいたそうです。
で、その下女の話では弁皇子が、ある日を境に突然、好きな食べ物が変わったそうでして・・・。
更に人格も全く別なものになったらしく、今まで温厚だったのに唐突に酷い癇癪持ちになったらしい。
考えられないことは給仕係が茶を溢した際、問答無用で手打ちにしてしまったとか・・・。
今まで兆候が一切無かったのに、突然そんなに変わることなんて、確かにおかしい。
更に驚いたことに人格が変わった直後、人格変異前から弁皇子に仕えていたほとんどの給仕らが変死、 または行方不明になっていることだ。
元弟子の妻は、その直後に郷里で父親が病死したため暇を出しており、問題は無かったという。
その事を伝え聞いた揚慮は、念のためにと元弟子とその妻の名前を変えさせ、隠れ家に住まわせているとのこと。
確かにこれなら張良の言っていることに辻褄が合う。
でも、一つ引っかかることがある。
そのことを僕は揚慮に聞いてみることにした。
「話は分かった。しかし、それならば何故、執拗に張良に対し詰問したのかね?」
「それは彼自身の知り得た情報を元に雄弁した可能性があったからです」
「・・・というと?」
「これは恐らくですが、都でも陰で噂されている可能性があります。だとすれば、それを元に創作したかもしれないからです」
「・・・成程」
「そのことを確認すべく声を荒げました。ご容赦願いたい」
「それは構わん。で、何か分かったかね?」
「恐らく真実だと思います。ただ、これは確証がないので、あくまで荊使君の判断ということになりますが・・・」
「・・・む。では、貴殿はどうすべきと思うかね?」
「荊使君は漢の忠臣であられるか?」
「何を急に・・・」
「ハハハ。荊使君が忠臣であるかないかは、さして重要ではありませんが、念のため確認させて頂きたい」
「なっ!?」
「漢は歳を取り過ぎました。そろそろ新たな王朝になっても良い頃合いでもあります」
「お待ちなさい。それでは漢室が滅びても良いというのか? 貴殿は儒者ではないのか?」
「命あるものは、やがて土へと帰ります。これは如何様にも変えられません。王朝も同じ事です」
「・・・・・・」
「その昔、堯は舜に禅譲しました。時を推し量るに今がその時と思います」
「しかしだぞ。禅譲と言うが余には・・・」
「ハハハ。元より禅譲の必要はありませんけどね」
「・・・な、何?」
「漢は秦から禅譲を受けましたか? 禅譲せねばならないというのであれば、漢は正当な王朝とはなりませんよ」
「・・・つまり余に対し、帝位に即けと?」
「はい。少なくとも現在ではありませんがね」
「ううむ・・・」
「民を軽んずる天子は天子に非ず。民と天に認められた者こそ、真の天子に相応しいと存じます」
「・・・いや、余はその器ではない。それとこの事は他言無用と致せ」
「はい。それともう一つ述べさせて頂きたい」
「何だね?」
「忠の心は確かに大事です。ですが、一番重要な心は仁です。その事をくれぐれもお忘れなきよう」
「・・・君に言われんでも分かっておる」
「それであれば宜しいのです。そして、無知な忠の心は不忠であることをお忘れなく」
「・・・うむ」
最後にそう述べてから、揚慮は微笑みながら退室した。
まだ成人して間もないのに、凄いプレッシャーを仕掛けてくる。
あと最後の「無知な忠の心」って何のことだろう?
「それは自分勝手な忠義心のことでしょう」
「あ、ジンちゃん。自分勝手な忠義心・・・?」
「はい。例えばですが、ボンちゃんは周りを顧みず暴走した上で『お前の為にしてやった』とか申す恩着せがましい人物に心当たりはいませんか?」
「・・・・・・うん。いる」
「中には損得勘定で忠義心を託け、利用する不埒者もおります。ですがそれよりも厄介なのは、感情的になりすぎて周りを見ずに突っ走る輩です」
「でも、僕はそんなことはしないよ?」
「・・・恐らくですが五行祭の戒めでしょう。それにボンちゃんは、偶に周りを見ずに突っ走る傾向がありますし・・・」
「ちょっと待って!」
「何でしょう?」
「王儁や沙摩柯の時に突っ走ったのは、僕じゃなくて僕の体を勝手に使ったジンちゃんだよね?」
「・・・・・・そ、それではこれで失礼します」
一方的に切りやがった・・・。
てか、慌てたジンちゃんは初めてだったな・・・・・・。
最後の最後で人間らしい一面が見られたということにしておこう。
そして揚慮が退室した後、少し間を置いてから入れ替わる形で范増が入室してくる。
本当に忙しい・・・。
五行祭だけでなく、交州攻めの会談もあるから仕方ないけどね。
という訳で僕なりのフクちゃんモードに突入開始です。
「度々悪いな。遊郭通いの邪魔をする訳ではないのだが」
「ほっとけ。それよりも先ほどの者は揚慮かの?」
「そうだ。先ほどの件でな」
「・・・ほう。それで何か分かったのかの?」
「どうも張良が申すことは事実らしい。亜父はどう思う?」
「恐らく事実じゃろうのぉ・・・。状況証拠だけじゃが、儂が持つ情報からして胡散臭いぞい」
「・・・亜父が持つ情報網でもそうか。しかし愚帝は兎も角、実母の何皇后までも見分けがつかないとはな」
「もし判明したとしても、そのまま皇子を名乗らせるじゃろうがのぉ」
「・・・だろうな。バレたら一族の利権が失われるだけではない。三族皆殺しの憂き目に遭うだろうよ」
「何じゃ。分かっておるではないか」
「当然だ。それぐらい赤子でも分かることよ」
「フォフォフォ。で、お前さんはどうするつもりじゃな?」
「知れたこと。都入りはせぬつもりだ」
「では、黙認するつもりかの?」
「そうではない。張良を泳がせると同時に宮中を二分させるのよ」
「どうするのじゃ?」
「これが明るみに出たら、司徒の王允や董卓らが黙認すると思うか?」
「・・・じゃが、我らには伝手がないぞい」
「ないとは限らん。宮中には鄭玄や蔡邕らの知古の面々もいるであろう?」
「・・・お主。まさか」
「まず軍を北に差し向けるより揺さぶりをかけるのが先であろう。鄭玄らも動揺しているだろうし、ここは宮中の清流派を動かすのが吉だ」
「フォフォフォ。で、儂は手下どもに命じ、都の市井で噂を拡散させるということじゃな」
「流石は亜父だ。伊達に齢を重ねてはおらぬな」
「それぐらい分からんでどうする。しかし、張良に協力することになるとは、分からんものじゃな・・・」
「何やら感慨深いようだが、亜父にはまだまだ働いてもらうぞ」
「フン。本当に人使いの荒い君子じゃわい」
僕にとっても意外だけど、僕なりのフクちゃんモードは上手くいっている模様。
本当に性格が悪いのかな・・・僕。
しがない凡人の筈なんだけどな・・・。
そういや「自分を変人だ」と主張する人に限って、ただの普通の人って言われるけどさ。
僕は「自分は凡人だ」と主張しているから、本当は変人ってことになるのかな?
だとすると、僕は変人で性格が悪いってことになるのか?
・・・・・・やめよう。凄いドツボにはまりそうだ・・・・・・。
「荊使君。奇妙な輩が面会を申し出ておりますが・・・」
「奇妙な輩?」
「はぁ・・・。なんでも『ワイは6だからとっとと通さんかい』の一点張りで・・・」
「な、何・・・?」
「それだけ言えば分かる筈だとか・・・。何のことやらサッパリで・・・」
范増を下がらせ僕が昼食を終えた直後のことだ。
唐突に「ワイが6だ」とかいう奴が訪ねてきたという。
けれども今までそんな登場をしてきた奴はいなかったぞ。
老師のサイコロって、どんな奴がチョイスされていたんだ・・・?
僕は報告してきた衛士に6の奴と会うことを申し渡し、謁見の間へと向かった。
そして、そこには本当に奇妙な奴がいたんだ・・・。
でっぷりと太った太鼓腹を放り出し、髪型は頭頂部は禿げていて、両脇の髪は束ねているせいか左右対称に盛り上がっている。
中国娘のお団子ヘアーと似ているけど、ちょっと違う感じ。
それでいて長い黒髭を蓄え、気持ち悪いぐらいニヤニヤしている。
これが老師のサイコロの6の奴なのか・・・・・・。
そして自称6の奴は僕の姿を見た途端、馴れ馴れしく話しかけてきた。
「おっ! おいでなすったか! ワイがサイコロの6やねん。まぁ、よろしゅうに」
「・・・・・・」
「しかし、あんさん! ホンマについてまっせ! ワイを出すなんて余程の強運やな!」
「はぁ・・・・・・」
「ああ、心配しなさんな! ワイの給料は塩と山椒と大量の酒でええねん! お買い得でっしゃろ!」
・・・・・・何だ。このエセ関西弁のキャラは・・・・・・。
エセ関西弁といえば龐徳公だったけど、こいつは輪をかけて酷い。
そして「能力値はどんなだろ」と思ったところで、更にまた話しかけてきた。
「ワイの姓は鐘離。名は権。字は寂道。せやけど、雲房先生と気安く呼びやぁ」
「そ、そうか・・・。では、寂道と申すその方・・・」
「雲房先生と気安く呼びやぁ!!」
「・・・う、雲房先生」
「ほい。なんや?」
「貴殿はその・・・老師をご存じなのか?」
「存じているも何もないでっしゃろ。信じられへんのなら今、聞けば宜しいでおま」
「・・・・・・」
何なんだ!? こいつは!?
出てこい! 老師!
おっと、その前に能力値の確認だ・・・・・・。
鐘離権 字:寂道
政治7 知略8 統率7 武力10 魅力9 忠義5
固有スキル 商才 看破 鎮撫 酔仙 逃亡 風操 芸事 名声 歩兵 水軍
何だこりゃあ!? まさかの武力10じゃないか!
けど、そんな凄い奴がいたなら、流石に僕も知っている筈だと思うんですけど!?
「ホッホッホッ。どうじゃ。感激したか?」
「あっ老師。全く関係ないですが、范増とキャラが被るせいかキャラが薄まってきていますよね」
「・・・お主、本当に性格が悪くなったぞい」
「フクちゃんがいなくなるんだもの。性格も悪くなりますよ。ところで、この鐘離権って???」
「漢鐘離のことじゃよ。それで分かるじゃろ?」
「・・・・・・分かりません」
「えっ? 八仙を知らんの?」
「・・・・・・知らないよ」
「・・・そうか。日本で言うところの七福神みたいなもんじゃな」
「はぁ!? 今、何て!?」
「言った通りじゃよ。因みに同じ八仙で一番人気の呂洞賓の師にあたるから、この能力値ということじゃな」
「で、その呂洞賓って・・・・・・?」
「そうじゃなぁ。関羽と同じくらい人気のある八仙の一人じゃ」
「聞いたことないけど・・・・・・」
「確かに日本じゃマイナーじゃろ。じゃが、世界規模でいえば徳川家康よりも多く知られている筈じゃて」
「意味が分かりません・・・・・・」
「日本の人口と中国の人口の対比を考えたら分かるじゃろ」
「そうきたか…。でも、鐘離権って実在するの?」
「実はそれが分からん。後漢の者というが『ごかん』かもしれんし『こうかん』かもしれんということじゃ」
「こうかん・・・・・・?」
「帰ったらググれ。じゃあの」
「待て待て。『酔仙』だの『風操』だのを説明してから姿を消せ」
「・・・・・・ひでぇ。まぁ良いわ。『風操』は文字通り風を操る」
「すげぇ!?」
「注意しておくと流石に竜巻とかは無理じゃからな。風速4メートルぐらいまでの風を起こすとか、風向きを変えるくらいじゃよ」
「それでもすげぇよ。孔明もビックリじゃん。で『酔仙』は?」
「それは『豪傑』の特殊クラスじゃ。一騎討ちなどでも絶対に死なない。相手が項羽だろうが呂布だろうがな」
「滅茶苦茶すげぇ!!」
「ただしじゃ。相手を討ち取ることも出来ない。例え相手が武力1のお前さんみたいな雑魚でもな」
「・・・・・・ひでぇ」
「それじゃあの」
最後にディスり返していきやがった…。
でも、前線には立つつもりは元から無いし、必要性もないからなぁ。
それに三人目の武力10が来てしまったしね。
二人目は倭国へ戻ってしまうけどさ…。
「ワッハッハッ! ホンマに愉快なお人やで。あんさんは」
「え?」
「老師相手に堂々と軽口を叩けるのは、あんさんぐらいなもんやさかい」
「…い、今のを聞いていたのか?」
「当たり前やっちゅーねん。あんさんもジンちゃんやフクちゃんが居なくなって寂しいやろうが、このワイがいるさかい。大船に乗った気でいやぁ」
「そ、そこまで!?」
「老師から全部聞いておますさかいに。でも、安心したってや。他に話そうにも信じる奴なんか一人もおまへん」
「……」
凄く強いけど、それ以上に頭痛の種がまた増えたような気がする……。
インパクトは確実にヤマトタケルやゴリ子以上だよ…。
てか、このゲームって迷走しかしてねぇじゃんよ…。
僕も迷走しているけどさ…。




