第八十三話 衝撃の事実
僕は自室に籠り范増、そして張良らとの面談に備えることにした。
范増とのやり取りはフクちゃんのやり取りを見ていたので、ある程度は把握している。
問題は張良とのやり取りだな。
まずは范増との対面を控え、僕は鏡の前でただ只管、悪そうな表情を作る。
そして、フクちゃんから「お前、にらめっこでもしているつもりか?」とダメ出しされる。
メンチ切るって生まれてこの方、一度もないから四苦八苦したけど、やっとのことでそれっぽくなった。
後は今までのフクちゃんの言動を模倣しつつ、僕なりの対応を考察する。
あまりにもフクちゃんのコピーだと、必ずボロが出ると思うからね。
そして何度もプレゼン前にするような練習を繰り返し、決意を固めたんだ。
僕は地方公務員になりたいので、同じようなことを実生活で行うとは思わないけど、これが後の人生の糧になれば良いな・・・。
「呼び出したのは奴のことじゃな」
「・・・・・・うむ」
僕は自室に范増を呼ぶと、鏡の前で練習した悪そうな人相で応対した。
范増はそんな僕の努力は全くのお構いなしで話を切り出す。
「聞けば都入りを打診してきたようじゃが・・・」
「そうだ。亜父の意見はどうだ?」
「・・・・・・気に入らんのぉ」
「ほう? 何故だ?」
「それが分からぬお主ではあるまい」
「ハハハ。それは分かるが、問題なのは亜父が個人的になのか、それとも公的なのか分からぬからな」
「・・・何じゃと?」
「亜父の前世の記憶が確かなら、張良という奴は聖者のような顔をして裏が必ずある筈。つまり、余を出しに使うのが明白だからだ」
「・・・ふん。そこまで分かっておるなら、分かりきったことじゃろう」
「まだ分からぬことがある。奴は前世の記憶はあると思うか?」
「・・・恐らくないじゃろう。あれば陳平や灌嬰らに接触する筈じゃ」
「確かにな。そこはまだ考えなくても良いか・・・」
「・・・で、お主はどうするつもりじゃ? 儂は気に食わんが、乗るのも一つの手じゃぞ」
「正直迷ったのだが、都入りはせぬつもりだ」
「・・・ほう? 何故じゃ?」
「実は張宝にこの件について聞いてみた」
「何じゃと?」
「意外なことに大反対であった。実の兄よりも民を優先するとかでな」
「・・・ふぅむ。そうなると確かに都入りは難しいのぉ・・・。で、如何様に断るつもりじゃ?」
「うむ。張良に対し『協皇子を長沙に迎える』と伝えるつもりだ」
「成程、そうきおったか。確かにそれなら断る口実には良いのぉ」
「ハハハハ。万が一、張良らまで来たら亜父の気分は悪いかもしれぬが許せ」
「そんなことは気にするな。それよりも、まさかと思うが虞を協皇子に・・・?」
「それに関しては張良の返答次第だからな。何とも言えぬ」
「・・・そうか」
「亜父よ。やはり出来の悪い息子は可愛いのか?」
「な、何を!?」
「慶里を項羽に嫁がせてやりたいのではないかね?」
「馬鹿なっ! あんな匹夫はどうでも良いわ! ・・・それにしてもお主」
「何だ?」
「以前よりも性格が悪くなったのぉ・・・」
「・・・・・・」
嘘でしょ!? 僕がフクちゃんよりも性格が悪いって!?
いやいやいや・・・。断じてそれはない! ・・・多分。
范増が静かに退室した後、頭の中で大笑いながら話しかけてきた奴がいた。
「褒められて良かったじゃねぇか。ボンちゃんよ」
「ちょっ・・・フクちゃん」
「これなら俺も安心して行けるぜ。何せ俺よりも性格が悪いんだからな」
「・・・う、嬉しくない」
「ま、そう言うな。范増だけじゃなく陳平、彭越みてぇな底意地が悪い連中もいるんだ。自信持てや」
「・・・・・・」
現実世界に戻ったら、かなりの悪影響が出そうな気もするんですが・・・。
次は本丸の張良か。
これはジンちゃんにアドバイスを貰うしかないかな。
ということで、フクちゃんをオフにし、ジンちゃんを呼び出した。
「ボンちゃん。何故、私を・・・?」
「フクちゃんだと仮想張良として問題があるから・・・」
「私も無理ですよ」
「え? でも・・・」
「恐らく張良という者は儒家ではなく、雑家に近い類でしょう」
「・・・何? 雑家って」
「要は様々な思想、信条を選り好みしたような類です。それと強いて挙げれば、徹底した現実主義者かもしれませんね」
「何故、そう思うの?」
「まず目的のためには手段を選びません。ただ、陳平や韓信と違う所は、自身の身の振り方に無頓着なだけでしょう」
「そうなのか・・・。だから僕に都入りを持ちかけ、囮として誘導させようとしていた訳だね」
「恐らくそうでしょう。あくまで劉協の為に尽力していると思われますが、実際には何を考えているか分かりません」
「じゃあ、僕が長沙に劉協を迎え入れると言えば・・・」
「かの者の背後関係次第でしょうね。それとボンちゃんの交渉力かと思われますが」
「・・・・・・」
・・・難しいな。土下座は通用するとは思えないし、逆に侮られる危険もあるし・・・。
張良は欲しいけど、それで荊州の土台が揺らぐようなことは避けないといけない。
最悪喧嘩別れとなっても、まずは荊州の保全が第一なのは当然のことだ。
そう言えば説得するにあたり、張良も説得や弁舌を持っているんだよな。
向こうは神算と鬼謀の持ち主だし、タイマンじゃ不利だよね・・・。
という訳で、出てきて老師。
「ほいほい。何じゃ?」
「説得とかする場合、やはり能力値も関係してくるんでしょ?」
「うむ。政治と魅力の合計値で競い合うことになるのぉ。あと説得だけでなく、看破や弁舌、故事、名声もあれば心強いのぉ」
「・・・となるとほぼ五分か」
「それと状況次第じゃな。立場が有利な方が当然、説得が成功しやすいぞい」
「つまり、この場合は僕がやや有利ということかな?」
「一応じゃな。それと心細いのなら、他に助っ人でも呼べば少しは違うぞい」
「つまり孔明が呉に行った際に行った一対多数の弁舌大会のこと?」
「そこまでは何とも言えぬがのぉ。ほいじゃの」
既に派遣した張紘、邯鄲淳、孫乾、厳畯らは戻ってきている。
これに范増、鄭玄、張昭、揚慮、管寧、張範、桓階、陳羣らを加え、万全の準備を整える。
流石に張良といえど、説得無双で都入りを唆すのは無理だと思う。
加えてその前に張良対策の緊急会議を開く。
そこで僕は張良の提案を皆に話したので、既に知っている范増を除き、一様に皆が驚く。
更には皆が反対の表明をしたんだ。
ただ、劉協の長沙入りに関しては意見が分かれた。
賛成票を投じたのは鄭玄ら儒家系統の面々。
反対票は張昭らで、どちらも筋が通ったものだ。
賛成側の意見としては「子が親に従うのは当然なので、帰順を即すのは道理」というもの。
反対側の意見は「また朝敵にされる危険性があり、劉表や劉岱の機嫌を損なう」というものだ。
最終的に僕は劉協の受け入れを希望しているということで、張昭らには我慢してもらう結果となった。
そして会議が終わった翌日の朝のこと。
張良を謁見の間に呼び出した。
審問会ばりの状況なので、気の毒には思う。
けど、これも乱世の定めだ。許せ。
・・・・・・大分、違うと思いますが。
張良は入室してくると、瞬時に状況を察したのか表情が一変する。
そこで僕は牽制のために開口一番で発言をした。
「張良殿。許して欲しい。貴殿を交州攻めの会議に出すことは無理であった」
「何故でございます?」
「貴殿が出席することを嫌った方がいたのでな。出席を拒否するとまで言い出したので、ご理解願いたい」
「・・・それで、これは如何なる訳で?」
「うむ。家臣らに相談したら貴殿の真意を確かめたいと皆が申してな。それ故だ」
「成程。そういうことでしたか」
「それと余としては協皇子のことが気掛かりだ。宜しければこの荊南にお迎えし、長沙の王となって貰うのも良い」
「何ですと・・・・・・?」
「帝の一族、ましてや親子が敵対し争うのは戴けない。帰順を手伝えるのであれば、漢としても良いことだと思うのだが」
「お待ちを。協皇子は涼州における御旗です。ましてや帰順などなされては・・・」
「本来、臣たるもの帝をお諫めするだけではない筈だ。漢室や民のことを全体的に考えるのが役目な筈ですぞ」
「それでは拙いのです・・・」
「何故だ? それとも余では帰順させるのに不足と申すか?」
「そうではないのです。それに協皇子は命を狙われているのです」
「・・・なっ!?」
僕だけでなく家臣一同も当然ながら驚きの声を上げる。
でも、特におかしなことじゃない。
劉協の実の母親は何皇后に毒殺されているぐらいだし。
「ふぅむ・・・。では、長沙にて王に成り、余生を過ごして貰うというのは如何であろう」
「いや、それも・・・」
「少なくとも命を危険に晒すことはあるまい。それとも余が信じられぬのか?」
「・・・・・・」
張良が押し黙ってしまった。
辺りに沈黙の空気が漂うと、痺れを切らしたのか張昭が張良に噛みついたんだ。
「張良とやら。貴殿は荊使君を唆し、自らが地位を求めておるから都合が悪いのであろう」
「無礼な! そのようなつもりは毛頭ない!」
「では、何故だ! 疚しい気があるから申せないのではないか!」
「断じて違う! それに貴殿らに話しても信じて貰えぬと思うからだ!」
「信じるか信じないかは、こちらで決めることだ! 申しなさい!」
「・・・・・・」
「やはりそうだ! 荊使君! この者は我らを唆し、大乱を招く元凶ですぞ! 今すぐ首を刎ねましょう!」
ちょっ!? 張昭!?
それだけは断じていけません!
でも僕が張昭を止めようとする前に即座に割って入ったのが、いつもニコニコ恵比寿顔の竺先生こと邯鄲淳だった。
「まぁまぁ落ち着きなさい。留府長史(張昭)殿」
「これが落ち着いていられますか! この者は我らを利用し、立身出世を企む不埒者ですぞ!」
「本当にそうであれば、遙々涼州からここまで来るのは、余程の馬鹿者でしょうなぁ」
「では、太学博士(邯鄲淳)殿の見解は!?」
「それに本当に協皇子の使者であれば、後々厄介なことに成るかもしれませんでなぁ」
邯鄲淳はそう言うと張良に話しかける。
流石は邯鄲淳。張昭の雷が鳴っている最中までもニコニコしっぱなしだ。
「で、張良とやら。貴殿が協皇子の使者であるという証拠はありますかな?」
「・・・では、これを」
張良が髻から隠していた小さな布を取り出し、邯鄲淳に見せた。
するとニコニコしていた邯鄲淳の表情が一変したんだ。
「この手紙の印章は玉璽ではないか・・・」
「はい。それが証拠となりましょう」
「何故かね? 何故、玉璽が・・・」
「涼州王君が都から逃げた際、持ち出したのでございます」
「なっ・・・・・・」
「これが如何なる大罪かは承知の上です。申し開きをするつもりはありませぬ」
「・・・い、いや、しかし・・・これは・・・」
手紙に玉璽の印があるということは、都には玉璽が存在していないということだ。
それは僕にでも分かることだから、周囲の家臣達も皆、騒然となった。
そして、その中から今度は鄭玄が口を出した。
「張良とやら。その臣たる貴殿が何故、協皇子をお諫めしないのだ」
「お諫めとは?」
「決まっておろう。これは子が親に対する大罪、即ち孝への大罪でもあるのだぞ。ましてや国の大事を揺るがすとは・・・」
「それでは貴殿は協皇子が殺され、漢室が途切れても問題ないとおっしゃられるか?」
「そのような事は申しておらぬ!」
「ですが、既に涼州王君は帝の命により、仕向けられた凶賊によって命を狙われました」
「なっ!? そ、そんな馬鹿な!」
「事実でございます。そしてここまで来た以上は仕方がない。申し開きの儀、お許しあれ。そして、絶対に他言無用でお願い致す」
「・・・・・・」
「もし、嘘だと思われますなら私の首を刎ねよ。貴殿らで漢の命を絶つが良かろう」
張良はそう言うと一部始終を僕らに蕩々(とうとう)と説明した。(外伝48~50)
流石にすぐには信じられない。
親が実の息子に暗殺者を送り込むなんて・・・。
「それと更に申し上げたいことがあります。荊使君」
「・・・うむ。何だ?」
「弁皇太子のことです」
「弁皇太子が如何致したのだ・・・・・・?」
「姿形が似た真っ赤な偽物です。既に本物の弁皇太子は亡き者となっております」
「えっ・・・!? な、何を根拠に・・・」
「それ故、帝がご健在の内に、成し遂げなければ成らぬのです」
鄭玄は思わず絶句してしまっていた。
いや、鄭玄だけじゃない。僕も居並ぶ他の家臣達も皆、絶句してしまった。
そして暫くの沈黙を破ったのは、何と揚慮だった。
「身を弁えよ! 張良とやら! それでは帝は実の子の顔も分からぬ愚者ということではないか!」
「その通り! 愚者そのものだ!」
「な、何ですと!?」
「愚者だからこそ実の子を殺し、偽物を帝に仕立て上げるのだ!」
「お黙りなさい! 確たる証拠もなしに、そんな出鱈目を放言するとは何事か!」
「確かに私には証拠はない! だが、証明する方法はある!」
「どのように!?」
「ここには幼少の頃の弁皇子と見知った者もおるであろう! その者を使者に立て、確認してみるが良い!」
「幼少の頃ならば記憶が曖昧な者もいる! それが何の証拠になると言うのだ!?」
「疑うのなら、まず確かめるのが道理であろう! それとも事実を認めるのが怖いのか!?」
「馬鹿を申せ! そのような恐れ多い事を、俄に信じる方がどうかしているぞ!」
「このような事を酔狂で騙ると思うか!? 騙るのであれば、もっとマシな事を騙る!」
「もう良い! 揚県令(揚慮)! そこまでだ!」
僕は揚慮を制し、張良の目をジッと見た。
相手の方がやや能力値的には上なので、看破が役に立つかは分からない。
けど、確かに嘘はついていないように見える。
それに嘘なら、もっとマシな嘘をつく筈だ。
僕は皆に絶対に他言しないように堅く釘を刺し、審問会を閉幕させた。
張良は尚も食い下がろうとしたが、返事は後日改めることになった。
・・・・・・さて、どうしたもんかねぇ?




