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第八十二話 突然の別れ話

 僕と張宝に沈黙の時間が過ぎていく。

 多分、五分ほどだろうけど、もっと長いように感じられたのは、そういう空気だからだろう。

 そして、張宝は重い口調で徐に話し出したんだ。

 

「有り体に申そう。私は絶対に認めぬ」

「・・・ほう。何故かね?」

「荊使君を囮に使うことが明白だからである」

「・・・これは意外だな。豫州王君(劉寵)も助かるのだぞ。引いては青州牧である貴殿の兄君も・・・」

「一見、確かにそう見える。だが、それは大きな間違いである」

「・・・・・・」

「考えてみよ。何故、朝廷は大規模な討伐を豫州王君にしないのかを・・・」

「・・・それは北西に涼州王君、西南に益州王君。そして匈奴、鮮卑らが北にいるからであろう?」

「それもある。だが、一番の要因は豫州王君が貴殿の縁者だからである。これは朝廷が貴殿の介入を怖れているからである」

「・・・うむ」

「となれば、自ら動くのは時期尚早。それに張良とやらは豫州王君の正式な使者ではあるまい」

「・・・確かにそうだが」

「涼州王は恐らく焦っておるのであろう。だから、此度のようなことを貴殿に持ちかけたのである」

「・・・そう断言して良いのか?」

「少なくとも私は断言する。現在いま、悪戯に中原を狙うは愚の骨頂である」

「・・・・・・」

 

 本当にこれは意外だった・・・。

 張宝は賛成票だと思っていたからね。

 僕は北伐の後押しを得られるかと思っていただけに、更に難しいことになってしまった訳だ・・・。

 しかし、張宝は張角を救いたくないのかな?

 そこを詳しく聞いてみよう。

 

「話は分かった。しかし、青州牧が朝敵の汚名を晴らすには、それしかないと思うのだが・・・」

「勘違いなさっては困る! 我ら三兄弟は朝敵の汚名なぞ微塵に思っておらぬ! それにこれを認めたら、私が兄者に叱責されるであろう!」

「・・・今、何と申した?」

「我らも貴殿と同じ、民の為に立ち上がったのである! 確かに兄者のことは気に掛けておる! だが、その為に大勢の民を危険に晒すのは愚問でしかない!」

「・・・・・・」

「荊使君よ! それが太平道の答えであり、教えである! 誓って嘘は申さぬ!」

 

 やばい・・・・・・。劉備に張宝の爪の垢を煎じて飲ませてやりたくなってきた。

 でも、こういった考えだからこそ黄巾の乱は、あれだけ支持されたんだろうな・・・。

 本来なら北伐したいのは張宝、張梁の兄弟だろうしね。

 

 僕が押し黙ると、張宝も自重した。

 何とも言えない沈黙の時間が二人にのしかかる。

 すると、沈黙に耐えられなかったのか、今度は張宝から切り出した。

 

「荊使君に申し上げる。このことを貴殿の家臣らに申したのか?」

「それはまだだ。最初に貴殿に打ち明けた」

「・・・・・・何故だ? 貴殿の家臣でもなく、ましてや表向きには敵対している筈の私に・・・」

「実は今度の交州攻めの会議にて、他の三名にも意見を聞きたくてな」

「意味が分からぬ! 何故だ!?」

「この荊州だけでなく、益州、交州、揚州の安定の為にだ」

「・・・まず率直に言うが、恐らく会稽府君(賈琮)も反対であろう」

「何故、そう言い切れる」

「かの者は私心なく、不正を憎む稀な仁者だからである。貴殿と同じよ」

「・・・・・・」

「・・・それにだぞ。これが涼州王の罠であれば、貴殿は如何致すのであるか?」

「涼州王君の罠だと・・・・・・?」

「貴殿が動けば、恐らく袁兄弟、董卓、何進の勢力が一つに纏まる。そうなれば逆に豫州王君が危機に陥る」

「しかし、それでは涼州王君の旨味がないではないか」

「そうとは限らぬ。そこで身の危険を感じた涼州王が、朝廷に帰順を申し出たらどうする?」

「まさか、そんな・・・・・・」

「涼州王はまだ成人もしておらぬ。周りに押し流されて心変わりするとも限らぬ」

「・・・ううむ」

「涼州王は豫州王君と違い、あの愚帝の実の子である。そのことを知らぬ貴殿ではあるまい」

 

 ・・・・・・もう、どうすりゃいいの?

 仮に張宝が言う展開になったら、僕は司進に申し訳が立たなくなる。

 そうなったら虞にも影響は出るだろう。

 となると、やはり張宝の言う通りの方が無難なのかな・・・・・・。

 けど、張良には会議出席を約束しちゃっているし・・・。

 ・・・・・・どうしよ。

 

 僕が更に考え込むと、不意にフクちゃんの声が聞こえた。

 しかも、怒気を荒げてね・・・。

 

「おい! 何だって張宝なんぞに聞くんだよ!」

「・・・いや、だって」

「だってじゃねぇよ! んなもん、黙ってやりゃあ良いんだよ! お前が『今の帝どもがいたら世界の終末になる!』とか言えば、民どころか地方豪族、更には官僚どももパニくるに決まっているだろ!」

「・・・・・・」

「それで都にいる領民も先導して、デブ帝どもとその一族、ついでに取り巻きどもを纏めて全員殺すように仕向けるんだよ! 迷信深い連中なんて腐るほどいるんだぞ!」

「・・・帝どもって、どういうこと?」

「デブ帝を退位させたら、次は肉屋(何進のこと)の外甥だろうが。そうなれば意味はねぇ」

「・・・確かに」

「となりゃあ、タマなしどもや肉屋を三族皆殺ししかねぇだろ!」

「でも、帝の縁戚もというなら劉協は・・・?」

「知ったことか! 韓遂あたりにでも殺させてやれ!」

「・・・・・・そんな。それに都はどうなるの?」

「そりゃ略奪やら虐殺やらは発生するだろうよ! 下手すりゃ都は火の海になるかもな! だが、そんなこと知ったこっちゃねぇ!」

「・・・そ、それ酷くない?」

「酷いもんか! 大体、張宝なんかの言葉を鵜呑みにするんじゃねぇよ! 民だ何だと抜かすが、実態は文字と数字の羅列だぞ!」

「・・・・・・」

「この連中は所詮、そんなもんなんだよ! 如何に血を流して死んでいこうが、単なる文字と数字が羅列した集合体だ! 気にするな!」

「無理!!」

「何ぃ?」

「そんなことを言ったら、僕も含めて人間は細胞の集合体だからだ! 更に言えば有機物の集合体だ!」

「・・・そりゃそうだろ。それの何が問題なんだ?」

「その中に感情という物はない! けど、鞏志は感情があった筈だ! それに多分だけど、張羨さんにも・・・」

「それがどうした!? そんなもん関係ねぇだろ! 目的はクリアなんだから、割り切れば良いんだよ!」

「だから無理なんだ! 答えが決まったパターンしかないなら、確かに出来たかもしれない! けど、その辺の衛兵や町民も他愛のない世間話とかしているんだよ!」

「意味わかんねぇ! んなもん、何の関係もねぇだろ!」

「あるんだよ! 例えクリアしたとしても、僕は大事な何かを失って現実に戻ることになるんだ!」

「・・・・・・馬鹿馬鹿しい。勝手にしろ!」

 

 フクちゃんの声は、そう吐き捨てると無音になった。

 けど、やっぱり無理なんだよ・・・・・・。

 それでクリアしたら、僕は後悔して残りの人生を歩むことになりそうなんだ・・・・・・。

 

 もう一つ言えば、例え結婚し、もし子供が生まれたとしても、素直に喜べないと思う。

 そこにいるのは、自分の血の分けた子供じゃなくて、ただの細胞の塊と思うかもしれない。

 そんなのは、やっぱり嫌なんだよ・・・・・・。

 

「・・・如何致した? 荊使君」

「・・・ああ、すまぬ」

 

 張宝は驚いた表情で僕を見つめていた。

 久々に暴発したからな・・・。しかも、最大級で・・・。

 

「噂は本当であったのだな・・・。確かに奇妙な言葉である」

「・・・うむ。恥ずかしい所を見せてしまった。面目がない」

「いやいや、そんなことは気に致すな。それよりもこの張宝、感謝致すぞ」

「・・・何故」

「貴殿が荊州だけでなく、中原の民をも気に掛けておるからだ。それに我が兄、張角にもな」

「こちらこそ感謝致す。それよりも貴殿は揚州王君の臣下。余にとっても揚州王君は大恩人である故、何卒お頼み申す」

「ハハハ。本当に義理堅いのであるな。荊使君は・・・」

「・・・・・・」

「安心したまえ荊使君。揚州王君も徳のある好漢である。そのような好漢を殺そうとする者は、例え貴殿が許しても私が許さぬ」

「有難い。お頼み申しますぞ」

 

 こうして張宝は退室した。

 残ったのは後味が悪い空気だけ。

 傍から見たら僕一人なんですけどね・・・・・・。

 

 ・・・・・・でもさ。何故、ジンちゃんは出てこなかったんだろう?

 今まで一番酷い暴走をフクちゃんがしたのにさ。

 そこで怖いけど、聞いてみることにしました・・・・・・。

 

「・・・・・・ちょっとジンちゃん良いかな?」

「はい。何でしょう?」

「何故、さっきは黙っていたの?」

「・・・・・・確かに不快極まりませんでした。しかし、あの凶賊の心情も分かるのです」

「・・・え? どういうこと?」

「近々、我らは姿を消します。その前にボンちゃんをクリアさせたかったのでしょう・・・・・・」

「はぁ!? 何で!?」

「我ら二人の存在は負荷が掛りすぎるのです。その為、削除されるということになりました」

「じょ、冗談でしょ! 嘘だよね!」

「冗談でこのような事は申しません。それに我らはあくまでチュートリアルの一環ですしね」

「そ、そんな・・・・・・」

「削除されると言っても、USBメモリーで保存されるかもしれません。何とも言えませぬが・・・」

「待ってよ! じゃあ、こっから先は僕だけ!?」

「ボンちゃんには、既に多くの仲間がいるではないですか」

「でもさ! どうやって応対すれば良いんだよ!」

「今まで我らを見てきたでしょう。それに弁舌と説得のスキルもあります。ボンちゃんなら大丈夫な筈ですよ」

「そんな無責任な・・・」

「先ほどの倭建や張宝との対応も立派なものです。自信をお持ちなさい」

「・・・それは、いざという時にジンちゃんやフクちゃんという強い味方がいたからだよ・・・」

「我らは役目を終えたのです。ただそれだけの事なのです。何の問題もありませぬ」

「僕が問題なんだよ・・・。それに本当の意味での相談相手がいなくなるのは、政治やら何やらの能力値の問題じゃないんだよ」

「・・・私は人ではありません。だから、これから言うのは違うのかもしれません」

「・・・・・・」

「人は何かしらの悩みを抱えるものです。そして、それが得てして人生の糧になるものです」

「・・・そんな」

「確かに理不尽でしょう。ですが、どの世界でもそういうものでしょう」

「じゃあ、僕はこれから誰に相談すれば・・・」

「ご自身で見極めることです。それに老師から新たな6の人物も派遣されるのでしょう?」

「・・・そんなの関係ないじゃん。それに君達は、本当の意味で唯一の親友なんだよ・・・」

「・・・有難いお言葉です。あの凶賊と一緒というのは、少し引っかかりますがね・・・フフフ」

「・・・・・・」

 

 僕には親友がいました。

 現実世界での話ですけどね。

 幼稚園から一緒で、小学五年生までいつも良く遊んでいたんです。

 ・・・だったんだけど突然、福岡に転校したんです。

 親父さんが支店長に栄転したとかで、仕方ないんですけどね・・・。

 

 暫くはネットでお互い連絡を取っていたんですが、高校生になってから、あまり連絡することが無くなりました。

 恐らく向こうでの生活で親友か彼女でも出来たのでしょう。

 今では年に一回だけ年賀状が来るだけの存在です。

 

 僕も高校生になって友人達はいますが、完全にイケてないグループです。

 でも、特にイジメとかは無いし、それなりには楽しい時間を過ごしています。

 確かに平凡ですが、僕には心地よい空間です。

 

 そんな中、いきなりこの世界に送り込まれ、実情を知っているのは、あのとんでもない老師だけ・・・。

 実情を知って上での相談役がジンちゃんとフクちゃんという訳です。

 そういう意味で二人がいなくなるのは、心細いのと同時に寂しいのですよ・・・。

 

「おい、ボンよ。ちょっといいか?」

「・・・・・・フクちゃん?」

 

 突然ジンちゃんに代わり、フクちゃんが交信してきた。

 先ほどのことがあるので、僕も少し気がかりだったんだけど・・・。

 

「あの腐れ儒者め。いらねぇ事をベラベラとまぁ・・・」

「・・・・・・あのさ。フクちゃん」

「何だ?」

「・・・・・・その、有り難う」

「はぁ? 何で?」

「・・・いや、早くクリアさせたかったんでしょう?」

「確かにそうだがな。でも、仕方あんめぇ・・・。それにあくまでお前さんがプレイヤーだし、お前さんの好きなクリアを目指すこった」

「・・・・・・」

「それよりもだ。俺も腐れ儒者も完全な補助に回るから」

「え?」

「まずは范増のヤツだ。今回の件で一層、胡散臭がっていそうだしな」

「・・・うん」

「現在、確認出来る範囲でだが、楚漢戦争での記憶が完全なのは奴だけだ。張良が来たと聞いて躍起になっているに違いねぇ」

「それはそうだね」

「でだ。まず次からは、お前さんが范増とタイマンで向き合え」

「ちょっ!?」

「俺はもうすぐいなくなるんだぞ。当然だろ?」

「・・・そ、そうだけど」

「少しくらいなら助言してやる。だから覚悟を決めてやるんだ」

「・・・出来るかな?」

「へっ。目を据わらせてれば雰囲気は出るさ。それにだぜ。所詮は文字と数字の羅列だ」

「だから、実感が湧かないんだって・・・それ」

「お前さんが何を言っても決定事項だ。いいな」

「・・・・・・」

 

 そりゃそうなんだけど、いきなりかよ・・・。

 それ以上に范増が納得するだけの梟雄モードを、僕が出来るのかな・・・?

 でも、説得のスキルはあるし、今までのフクちゃんのマネをすれば何とかなるか・・・?

 

 ・・・・・・いや、何とかなるかじゃない。何とかしなきゃならないんだ。

 これからは僕が一人で二人の役を担うことになるんだ。

 もう覚悟を決めるしかない・・・・・・。


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