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外伝63 倭国からの使者

 さて、韓州牧となった袁隗だが朝鮮へと渡るに当り、陣容に悩んでいた。

 武官には袁家と昔から関わりのある豪族から若い四人を起用した。

 蒋奇、字を義渠と申す者を筆頭に孟岱、馬延、張顗ちょうぎの四人だ。

 何れも武勇に自信があり、将来を有望視されている者達である。

 更には護烏桓校尉の実績がある公綦稠こうきちょうや、張純討伐に携わった中郎将の孟益を起用した。


 しかし、それでも満足な陣容とは言えない。

 何故なら朝鮮半島の地は、ほとんど採算が合わない不毛の地なのだ。

 公綦稠や孟益には実績も経験もあるが、強力な駒が不足していた。

 

「・・・・・・ううむ。監軍とするならば誰を迎え入れようか・・・」

 

 一人袁隗が悩んでいると、中郎将の孟益がその事で相談があると持ちかけた。

 藁にもすがりたい袁隗に選択の余地はない。

 直ぐさま孟益に会い、相談することにした。

 

「・・・・・・して、中郎将よ。推挙したい人物とは何方のことかね?」

「はい。我が師である朱将軍でございます」

「・・・はて? 朱将軍?」

「ああ、そうでした。朱儁殿にございます」

「何? 朱儁殿か?」

「はい。確かに老齢ですが、朱儁殿が監軍となれば、軍規も乱れることはありませぬ」

「・・・しかし、一度は車騎将軍にまで上り詰めた朱儁殿を監軍とは・・・」

「朱儁殿は皇甫嵩殿や廬植殿と同じく、そのような事は気になさらない御方です。問題はありますまい」

「・・・しかし、自ら蟄居を申し出ておるのだぞ?」

「それは佞臣どもを警戒しているからです。朝鮮の地へ渡るとなれば、佞臣どもは反って喜ぶことでしょう」

「・・・ううむ」

 

 朱儁は優れた軍略家であるが、それ以上に交州刺史として交州を平定した実績がある。

 山越や荊蛮と濊人わいじんは違うが、それでも異民族の扱いは長けているであろう。

 袁隗はそう考え、朱儁に白羽の矢を立てた。

 

「誰か! 誰かある!」

 

 朱儁の邸宅に孟益は向かい、声の限りを尽くして門を叩いた。

 袁隗の手紙を携え、自ら説得しようというのだ。

 余りにも煩いので、当初は無視しようとした朱儁だが、我慢出来ずに門を開き、孟益を屋敷の中に通させた。

 

「相変わらず騒々しい奴だ。だが、久しいな・・・・・・」

「お久しゅうございます。師父よ」

「・・・で、中郎将のお前が無位無冠の儂に何の用だ?」

「まずはこれをご覧下され」

 

 朱儁は手紙に目を通すと思わず目を疑った。

 意味が全く理解出来なかったのだ。

 

「・・・孟益よ。これはどういう事かね?」

「そのまんまでございます」

「・・・・・・朝鮮など捨て置けば良いではないか。しかも、太傅殿が直々に赴くとは・・・」

「やはりご不満であられますか?」

「そうではない。確かに近年、大規模な戦さはない。だが、遠征するとなれば些か無謀すぎる。しかも、朝鮮だぞ・・・」

「私も耳を疑いましたが、勅命でございます」

「帝の御意志とは思えぬ。どうせ宦官連中の思惑であろう」

「・・・左様ですな。ですが、勅命とあれば従うしかございませぬ」

「全く忌々しい・・・・・・」

「・・・確かに。しかし、これも漢のご威光の為でございます。師父にはご同行願いたく・・・」

「待たれよ。儂は既に老いぼれの身だ。すまぬが・・・」

「それは成りませぬ。師父はご子息達のことがあって、このまま朽ちるおつもりでしょう」

「勝手なことを言うな!」

「いいえ。言わせて頂きます。師父は私に常々『漢室を守ることこそが民を守ることだ』とおっしゃいました。それは嘘ではございますまい」

「・・・・・・」

「それに師父と袁隗様は旧知の友ではありませんか。友人を見捨てるのは義を捨てるのも同然ですぞ」

「・・・ううむ」

「師父よ。差し出がましいのは承知の上です。ですが、私はこのまま師父を朽ちさせたくありませぬ」

 

 二時間の説得の末、孟益は朱儁に道理を説き、朱儁の同行を得ることに成功する。

 袁隗は朱儁の姿を見るなり、満面の笑みで迎えた。

 

「朱将軍。お久しゅうございます。貴殿が随行してくれるとは心強い限りだ」

「いやいや太傅殿。この老骨に再び機会を与えて下さったのは感激の至りですぞ」

「ハハハ。ただ、お互い老骨が身に染みる地ですぞ。それに私は既に太博ではない」

「それを言うなら儂も車騎将軍ではありませんぞ」

「ハッハッハッ。確かにそうでしたな・・・・・・」

 

 率いる朝鮮への遠征軍は一万だが、士気は高い。

 それもその筈で、袁家と朱家に馴染みのある軍勢で構成されているからだ。

 更に朱儁は韓馥かんふくの配下であった張郃ちょうこうを推挙した。

 張郃は袁紹の配下となっていたが、地位の低い屯長であったため、抜擢されたのである。

 

 朝鮮遠征軍はまず北へ進路をとり、まずは廬植が統治する幽州へ入った。

 そこから陸路で南下し、攻略するためだ。

 幽州牧の廬植は複雑な気持ちであったが、旧友の朱儁が来ていると知り、遠征軍を歓待した。

 

 宴の折、廬植と朱儁は互いに旧交を温めたが、暫くすると双方の情報交換を始めた。

 廬植は今回の遠征の詳細を希望し、朱儁は三韓と公孫度の状況を確認したいが為である。

 そして、お互いが情報交換をしていると、双方ともに不可解な点に気づいた。

 

「・・・なぁ、公偉(朱儁の字)。こう言っては何だが、濊人どもが本当に冀州に攻め込んだとは思えんのだが・・・」

「実の所、儂も腑に落ちぬ。だが、公孫度が言うには三韓の者どもと言い張っているらしい・・・」

「・・・ううむ。やはりおかしい。儂の知り得た事と食い違いが多すぎる」

「・・・どう食い違うのかね?」

「連中の武具は余りにも粗末なものだ。今時、石斧を使っている連中だぞ」

「何・・・? 報告には、その様なことは上がっておらぬが・・・」

「船も浅瀬で魚や貝を捕るぐらいしか能がないらしい。とても渡れるとは思えぬ」

「・・・・・・本当にそこまで酷いのかね?」

「考えてもみよ。光武帝君の時代、統治したのは良いが、直ぐに放棄したのだぞ。これは統治する価値が無いと思ったからに過ぎぬ」

「・・・・・・ううむ」

「知識がある極一部の連中さえ、文字を読むのに一苦労する連中だ」

「・・・・・・しかしだぞ。それが真なら、冀州を攻め込んだ連中は何処の者だというのだ?」

「・・・・・・恐らくだが、高句麗の連中ではないか?」

「高句麗と言えば、公孫度が抑えている筈であろう?」

「・・・その筈だがね」

「・・・もし、高句麗の連中だとしてだ。君はどう対処するつもりかね?」

「儂は幽州牧だ。当然ながら・・・」

「いや、待て。丁度、公孫度の統治下は韓州に併合される」

「何だと? その様なことを何故、朝廷は・・・」

「宦官や外戚連中の思惑だ。いつものことだよ。辺境だと思って好き勝手にするのは・・・」

「全く忌々しい限りだ・・・」

「だが、韓州牧となったのは袁隗殿だ。幾ら公孫度でも好き勝手は出来まい」

「・・・そうであろうが、中原と朝鮮は全く違うぞ」

「確かにそうだ。だからここは公孫度を利用する」

「どうやってかね?」

「公孫度だけでなく高句麗の連中らも使い、一気に三韓を攻め入るのだ」

「・・・・・・」

「本当に石斧で戦う連中であれば造作もあるまいて」

「確かにな。だが、油断はするなよ」

 

 そして、朝鮮遠征の報せは当然ながら公孫度にも届いていた。

 偽勅かどうかも分からぬまま沿岸を荒らした公孫度であったが、知らぬふりを決め込むことにした。

 劉虞に確認しようにも知らぬふりをされた場合、言い訳が出来ない。

 コネが無ければ証拠を提示しても意味がないのである。

 

 一方の劉虞だが、偽勅のことは伏せ、遠征に必要な食料と馬を供出した。

 劉虞も複雑な気持ちだが、韓州牧に袁隗が就任したのは吉報でもあった。

 これで袁紹の無茶な要求も防げるからである。

 

 そして劉虞や袁紹と険悪な仲の公孫瓚だが、厳綱と単経、そして趙雲を派兵することにした。

 その軍勢たるや約五千。

 勿論、裏がない訳はない。

 

 公孫瓚が気前よく兵馬を出したのには訳がある。

 袁隗は袁家の重鎮であり、都での影響も大きい。

 自身が上り詰める上でも、好印象を持たせたいのである。

 

 更に公孫度や高句麗の兵が合流し、軍勢は三万を上回るほどになった。

 かくして軍勢は一万ずつに分け、三方から進軍することになった。

 朱儁は西の黄海沿岸のルート、公孫瓚と袁隗は中央、そして公孫度と高句麗の連合軍は東の日本海側といった具合だ。

 

 馬韓、弁韓、辰韓はそれぞれ細かい小国で構成されている連合国家だ。

 主に三つ巴で領地争いをしているが、その規模は極僅かであり、千どころか百人にも満たない同士でも戦いも珍しくない。

 しかも主な武器は投石や石を加工したものばかりである。

 そんな所に突如、鉄の武具を有した一万の軍勢が押し寄せてきたのだ。


 ほとんどは抵抗することもなく、呆気なく雪崩れるように降伏していった。

 中にはどさくさに国王を殺し、その首を献上する者達も続出している。

 数週間で三韓は平定されてしまったので、韓州牧の袁隗は笑うどころか寧ろ呆れる始末であった。

 

「・・・・・・平定したは良いが、これから先が思いやられる。さて、どうしたものか・・・」

 

 袁隗が今後のことを考えていたある日のこと、何食わぬ顔で公孫度が話しかけてきた。

 

「韓使君。この度の遠征、誠にお見事にございます」

「・・・・・・目出度いものか。そもそも君は三韓の者達が、冀州の沿岸を襲っていたと本初(袁紹の字)に・・・」

「ああ、そのことですか。間違っていたようですな」

「戯れ言を申すな! 貴様が冀州を襲った張本人であろう!」

「これはしたり。間違えたことは認めますが、冀州沿岸を襲ったものは他におります」

「・・・・・・では、何処の何者だと言うのだ?」

「はい。狗邪韓国くやかんこくでございます」

「三韓とは違うのか?」

「連中は倭と繋がっており、倭の海人らを通じて近海を荒らしております」

「・・・・・・待て。倭だと?」

「はい。後ろで倭が通じておるのです」

「確たる証拠もなしに、よくもそんないい加減なことを・・・・・・」

「いい加減ではございません。倭は宗主国王の帥升すいしょうが崩御してからというもの、長期に渡り大いに乱れておるとのこと・・・」

「・・・・・・で、お前は余に対し『狗邪韓国をも攻めよ』と申すか?」

「韓州牧に任命された以上、他に方法がありますまい。それに連中は鉄器をも使いますぞ。それが証拠でありましょう」

「・・・・・・」

「それに狗邪韓国は三韓と違い、豊穣な地でもあります。そして、その沖合には対馬国という島もございます。そこの海人どもが・・・」

「・・・・・・もう良い。あまり気乗りはせんが、乗りかかった船だ」

「流石は韓使君。今こそ、漢の威厳を野卑な者どもに見せつけましょうぞ」

 

 公孫度は袁隗が朝鮮から退いた後、自身がその後釜になって朝鮮を我が物にするつもりだ。

 袁隗も馬鹿ではない。

 公孫度の企てには既に気づいている。

 

「・・・・・・だが、狗邪韓国の情報があまりにも少ない。三韓のように容易に攻略は出来ぬであろう」

「左様ですな。ですから、ここは功がない公孫瓚の軍勢を駆り出して様子を見るというのは・・・」

 

 公孫度は自身の軍勢を出し惜しみするべく、袁隗を説得しようとした。

 だが、袁隗は警戒し、誘いには乗らない。

 

 そして、それから数日後のこと。

 思わぬ人物が公孫度の下に来訪してきた。

 倭国の使者とのことである。

 

 公孫度は倭国の使者に会うと、大いに喜び袁隗に面会させた。

 重い腰を上げなかった袁隗であったが、使者から詳細を聞くと、直ぐに朱儁らを招聘し、軍議を行ったのであった。

 


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