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外伝62 朝鮮統治

 司護が五行祭を執り行うことになった数週間前のことだ。

 十常侍の張讓の甥であり、養子にしていた者が急死したのである。

 まだ二十歳になって間もない若者であった。

 しかも、死因は少なくとも他殺ではなく、毒殺も考えにくいものであった。

 何故なら、張讓の養子は臆病者で且つ、猜疑心の塊のような者で、欲も皆無に等しいような人物であったからだ。


 義父の張讓はそのことを知って嘆きはしなかった。

 ただ只管、死人となった養子を罵倒した。

 これで何太后との縁戚が無くなったからである。

 

「あの馬鹿者め。子供も作らず、さっさと死におってからに・・・」

 

 葬式の最中、張讓が誰もいない所に一人、小声で罵倒していると、一人の男が部屋に入ってきた。

 中常侍の趙高であった。

 

「大長秋様。喪主がいらっしゃらねば困ります」

「あのような者に葬式なんぞ必要はない。世間体の手前、やっているだけだ」

「・・・おっしゃる意味は分かりますが、それでも困ります」

「困るのはお前もそうであろう?」

「・・・・・・」

「厄介なことに何苗が何太后に泣きついてきておる。董重を交州に追いやったら、今度は何苗だ。儂の頭痛の種は尽きることがない」

「問題は何苗でありません。その後ろにいる王允と董卓でございます」

「左様。連中が何苗を焚きつけておるのは明白だ。いっそ連中を纏めて殺す方法はないか?」

「・・・・・・それは性急でございますな。混乱に乗じて袁紹、袁術、劉寵らが都に雪崩れ込むことも予想されますぞ」

「・・・・・・ううむ、忌々しい連中めが」

「ここは袁紹か袁術の双方に、何進らに対し遺恨を生じさせるが上策でしょう」

「・・・・・・どうするのだ?」

「何太后の妹君が未亡人となった今、どちらかの倅にくれてやるのです」

「・・・だが、それではこちらにも火の粉が降りかかるではないか?」

「フフフ・・・。縁戚にならなかった方に『横槍が入った』と申すのです」

「何?」

「つまり、袁紹の倅が結婚した場合、楊彪らが邪魔をしたと申し、袁術の倅が結婚した場合、王允らが邪魔をしたとすれば・・・」

「それで誤魔化せるのか?」

「袁兄弟の私怨は相当なものです。帝の遠縁になる機会を失ったとすれば、必ずや相手方を恨みましょう・・・」

「・・・自信はあるのか?」

「無くては申しませぬ。ただし、一人だけ邪魔者がおります」

「誰だ? そ奴は?」

「太傅の袁隗です・・・」

「あの老いぼれか・・・」

「今や奴は袁家の長老です。しかも王允とも懇ろに成りつつあります。奴が袁兄弟を仲裁するとなると面倒です」

「む・・・。確かにそうだな」

「何れにしても袁隗を除外せねばなりませぬ」

「・・・・・・よし、そのように取り計らえ。手段は選ばぬ」

「御意」

 

 何太后の妹には選択権はない。

 帝の后の妹であっても、仮に一度でも父親となった以上、我儘を貫くことは不可能である。

 それ故、道具とされたとしても、文句を言うことは出来ないのだ。

 

 数日後のこと、かくして張讓の屋敷には何進、何苗の兄弟や袁兄弟から様々な進物が届き始めた。

 何兄弟も自分の妹であり、皇太后の妹である女は大いに価値がある。

 それ故、何兄弟も進物競争に参加し出したのだ。

 

「これは思わぬ収穫だ。いやいや、子供は残念だが、中々の孝行息子であったな」

 

 張讓は現金なもので、進物の宝石をしげしげと眺めては、そんなことを言い出す始末だ。

 上機嫌なのは張讓だけではない。

 趙高も同じである。

 

「あの因業爺め。せいぜい今のうちに肥え太るがいいわ。さて、次の一手だが、どうしたものか・・・・・・」

 

 宮中にて偶々出会った張讓に趙高は褒められると、そんな考えが過ぎった。

 豪奢な進物を見ると流石に趙高も羨ましく思える。

 人一倍どころか数倍も強欲な趙高なので、当然とも言える。

 

「何兄弟や王允はどうでも良い。袁兄弟や劉寵もどうにでもなるだろう・・・。一番の厄介な問題は・・・・・・」

 

 趙高は既に先の展開を考え始めていた。

 その結果「一番の大きな問題は荊州牧の司護である」という結論に至る。

 何故なら、宣言通り五年間において各地での天災は無かったからだ。

 そして今、その感謝の祭祀として五行祭を取り仕切るというのである。

 

 神々への大々的な祭祀は、本来ならば帝が取り仕切らねばならない。

 それは至極、当然なことである。

 形式上、天帝を始めとする神々の許しを得て皇位に即いているからだ。

 

 更に言えば、既に洛陽を凌駕する都を立てようとしている。

 これは司護ことボンちゃんの指示ではないため、些か不条理な点である。

 だが、それ以上に問題なのが、五行祭なのだ。


 そもそも古代オリンピックは神々への祭祀である。

 それが近代に入り、スポーツの祭典となっているのはご存じの通りであろう。

 何故、古代ギリシャにおいて全裸で行っていたかと言えば、神々の前での不正がない証明でもあるのだ。

 少なくとも筆者はそう考える。


 司護が帝位に即くことに興味はない。

 だが、それは司護の近辺にいる者だから知り得ることである。

 会ったことがない者からしたら、そう思われても至極当然と言える。


 更に拙いことは司護の養子である司進と劉寵の四女、劉煌の婚姻だ。

 十常侍らは何進と組み、司護が荊州牧に就任する代わりの条件として、劉寵との姻戚関係の破棄を求めた。

 しかし、これは王允らだけでなく、襄陽王劉表、南陽王劉岱の反対もあり、可決されなかった。


 劉表や劉岱らが反対した理由だが、双方ともに少し異なる。

 まず劉岱の理由だが、劉岱は中原の安定を望んでいる。

 そうなると、このまま司護を朝敵としておくには余りにも危険である。

 更に言えば、この件で司護が朝敵のままとなると、自身の弟である劉繇の帰順が絶たれる恐れもある。

 それに既に司護には出会っており、司護が大変人でありながら帝位に興味がないことも知り得ている。


 それに対して劉表は、表には出さないが帝位には密かに興味がある。

 だが意外にも、それを邪魔しているのは劉岱の存在だ。

 南陽国は襄陽国の北にあり、上洛するには劉岱を味方につけるか撃破せねばならない。


 そして一番の問題は今までの司護の言動である。

 本来の者であれば帝位を僭称したとしても不思議ではない。

 過去にも帝位や王を僭称し、漢に楯突いた者は数知れない。

 ところが司護は州牧や太守さえも僭称しなかったのである。

 あろう事か自身の荊州牧就任も質にとり、帝と王による議会制という前代未聞のホラまで吹く始末だ。


 実際のところ、劉表としては司護の軍勢を利用し、劉岱を突破して上洛することも視野に入れていた。

 もし、いち早く劉寵が洛陽に雪崩れ込んだとしても、劉寵には息子がいない。

 そうなれば自身の息子を次の帝に推すことも出来る。


 そして劉岱、劉表には共通の敵がいる。

 揚州牧の袁術のことだ。

 南陽国は袁一族のお膝元の一つであるし、袁術が狙う荊州の江夏郡は襄陽国の隣に位置する。

 この事が司護を荊州牧に推挙する最大の理由であった。


「・・・情報からして荊南の軍勢はかなりのものだ。致し方あるまい・・・」

 

 劉寵の婚姻に反対していた十常侍と何進は婚姻破棄を取り下げた。

 もし、司護の軍勢が劉岱、劉表、劉繇、劉寵らを伴って押し寄せたら自分らの身が危うい。

 その場合、宦官や外戚を嫌う連中で構成されるため、大粛正が予想されるのだ。

 当然ながら、その中には趙高も含まれることは言うまでもない。


 劉寵の名前が出たので、これを機会に中原の東の情勢も紹介していきたい。

 兗州えんしゅうは現在、南北に勢力が別れ北部が袁紹支持、南部が劉寵支持といった具合となっている。

 青州は依然として張角が青州の豪族達と結託し、袁紹、袁術の兄弟の両勢力と対峙中。

 劉寵や南兗州の勢力と連携し、既に一大勢力となっている。


 そして肝心の劉寵の動向だが、特に動きは無い。

 戦力を保持しつつ、内政を重視して虎視眈々と都の情勢を覗っているのだ。

 すぐ隣にそんな勢力があるものだから、大々的に司護を討伐なんぞはまず不可能である。


 趙高もその事は分かっており、十常侍の上役や何進に働きかけ、邪魔な董一族を交州へ追い出して司護の牽制に当たらせた。

 だが、臨賀郡では大敗してしまい、早くも司護の牽制は瓦解し始めている。


「どいつもこいつも役立たずばかりだ。どうしてくれようか・・・・・・」

 

 趙高が自宅の書斎で思いふけっていたある日のこと。

 一人の男が袁紹の使いとして来訪してきた。

 そしてその者は以前、黄巾党に在籍していた時分に知り合った者であった。

 

「お久しゅうございます。趙高殿」

「郭図か・・・。今更、何の用だ?」

「まずはこれをお受け取り下され」

 

 郭図が差し出したのはまばゆいほどの金銀であった。

 言うまでも無く賄賂である。

 

「これは良い計らいだ。して・・・何が望みかね?」

「・・・遼東の公孫度を朝敵にして下され」

「・・・何故?」

「彼奴を朝敵にさえすれば、廬植や公孫瓚も動かざるを得ないからです」

「成程。そして連中がやり合っている間に、青州と兗州を攻略しようというのだな」

「左様でございます。それに公孫度は張角らと誼を通じている次第」

「あの爺が公孫度とまで繋がっているというのか?」

「左様。そのせいで南青州に兵を進ませることが出来ませぬ」

「・・・・・・」

 

 趙高は首を傾げた。

 公孫度を朝敵にすることは容易いが、袁紹の勢力があまり肥大化するのも困る。

 何故なら、元から袁紹は宦官を必要以上に毛嫌いしており、袁術以上に厄介な存在になりかねない。

 張讓には大人しく賄賂を贈ってはいるが、それは今だけの話であろう。

 それに公孫度は、そのままにしておけば袁紹への牽制となる。

 

 暫く沈黙した後、趙高は名案を思いついた。

 そして柔和な笑顔を保ちつつ、郭図に切り出したのである。

 

「要は公孫度が冀使君(袁紹)の勢力下に侵攻せねば良いのであろう?」

「まぁ、そうですが・・・」

「承知した。だが、公孫度を朝敵にするのは拙い」

「何故でございますか?」

「今は朝敵をこれ以上、増やさないことが求められておる。それ故だ」

「・・・・・・それは分かりますが」

「私に任せておけ。悪いようにはしないから」

「・・・はぁ」

 

 郭図が下がると同時に趙高は張讓の屋敷へと赴いた。

 趙高が策を献じると、張讓はその突拍子もない策に驚いたが、すぐに大笑いし、了承したのである。

 

 そして、その数日後。

 太傅の袁隗が参内すると、あまりにも奇抜な命が下された。

 袁隗はあまりの驚きに目をパチクリさせながら、勅令を読み上げた張讓に問うた。

 

「大長秋(張讓)よ。何かの間違いではないのか・・・?」

「新たな州を治める州牧として、帝が貴殿に対し白羽の矢を立てたのだ。謹んでお請けするがよかろう」

「・・・韓州牧というが一体、何処なのだ?」

「うむ。公孫度が治める幽州の遼東郡、玄菟郡、楽浪郡を編入し、新たに三郡を加えたものだ」

「・・・・・・して、その三郡とは?」

「臨屯郡、真番郡、そして穢人わいじんどもが韓と呼ぶ地だ」

「何だと!? 朝鮮の地ではないか!?」

「ハハハ。知っておるのなら話は早いな」

「待ちたまえ! 既に臨屯郡も真番郡も放棄した不毛の地だぞ!」

「何を申すか。漢の威信が損なわれている今こそ、穢人どもに威厳を見せる時なのだ」

「・・・・・・それはまだ分かるが」

「それに穢人どもが海賊を行い、漢の地を脅かしておる。至急、これを平定せねば成らぬ」

「・・・・・・」

「これに対処するには大人である太傅殿しかおらぬ。甥御殿(袁紹)と共に平定するのだ。心して掛られよ」

 

 帝の勅命とあっては袁隗も従わざるを得ない。

 しかも、甥の袁紹の要望ということもある。

 袁紹としては本来、公孫度を朝敵にすることだが、これが折衷案ということなのだ。

 

「本初(袁紹の字)の奴め。何をしてくれた・・・。朝鮮の地なぞ不毛であるが故、放棄したことを知らない訳ではあるまいに・・・・・・」

 

 それは袁紹の方も寝耳に水であったが、袁隗が袁術寄りという話を郭図から聞き、満足した。

 だが、後日。何皇后の妹は袁術の息子、袁燿えんように嫁ぐことになり、大激怒した。

 当然、その怒りの矛先は郭図に向けられ、首を刎ねようと郭図を呼び出した。

 

「貴様! この落とし前は三族皆殺しにしても足りないぐらいだぞ! 今すぐ首を刎ねてくれる!」

「お待ち下され! これには理由がございます! せめてその話を聞いた上で、死を賜ることをお許し下され!」

「何だ!? その理由とやらは!」

「太傅様が朝鮮に向かう際、交換条件として袁術の要望を聞くように申し上げたのでございます!」

「何故、伯父御がそのようなことを言うのだ!」

「それが『冀州牧は行状を改めない故、袁家の当主には相応しくない』と、帝に直訴したとか・・・」

「なっ!? 何だと!? 本当にあのクソ爺がそんなことを言ったのか!?」

「はい。それだけではございません。王司徒(王允)も同じように直訴したのです。それで冀州牧を牽制するため、太傅様が自ら朝鮮の地に赴任し・・・」

「ええい! どいつもこいつも俺を侮りおって! この袁紹を見くびったことを後悔させてやるわ!」

 

 こうして郭図は首の皮一枚、繋がった訳だが、ここで少しだけ朝鮮の地のことを紹介し、この章を終わらせたい。

 まず公孫度が事実上治める遼東郡。これは文字通り遼東半島から瀋陽までの広域に及ぶ。

 そして玄菟郡、楽浪郡の位置だが、今日では北朝鮮の辺りであろう。


 臨屯郡は中央から日本海に面するカンヌン辺り、真番郡はソウルから南へ延び、クワンジュ辺りまで広がる。

 最後に韓と呼ばれる地は北がクミ、南はプサン辺りまでである。


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