第七十六話 このスケベ親父!
僕が考えあぐねていると、フクちゃんが話しかけてきた。
范増にどう答えるかで、僕が迷っていたからだ。
「で、どうする気だ? ボンちゃんよ」
「え? ああ、どうしようか?」
「この欲張りめ。孫堅陣営をそっくりそのまま袁術から引き剥がすつもりなんだろ?」
「そりゃ当然でしょ。幾ら袁術が大軍勢と言っても、孫堅らが居なくなったら雑魚連合なんだしさ」
「ハハハハ! そりゃ確かにそうだ!」
「・・・・・・なので、ここは周瑜も解き放つ方が良いと思う」
「正気か? 俺は賛成しかねるが・・・・・・」
「ただ解き放つだけじゃない。後々、言わざるを得ない状況を作るんだ」
「・・・・・・どうやって?」
「まずは孫策らに虞を引き合わせる。そして、解き放った後、五行祭にかこつけて虞を民衆の前でお披露目をする」
「・・・・・・な、何?」
「人の噂っていうのは、容易に尾ひれがつくものだ。しかも、このことは何れ袁術の陣営にも辿り着くだろう」
「・・・・・・成程。そうきたか」
「現段階では、どうも項羽は来ていないっぽいしね」
「ああ。噂ではゴリ子と同様、変装しようがない奴らしいからな」
「下手に小細工を仕掛けるより、その方が面白いと思う」
「分かった。じゃあ、范増にそのことを持ちかけることにするぜ」
フクちゃんがそのことを范増に話すと、范増はウンウンと頷きながら応対した。
そして、最後の方で不適な笑みを浮かべたんだ。
・・・・・・何を思いついたんだろう?
「それならば、もっと良い策があるぞい」
「ほう・・・・・・。どのような策だ?」
「此度の五行祭に、袁術の手の者を招待するのじゃよ」
「・・・・・・ふむ」
「そこで袁術の手の者にも虞を紹介させるのじゃ」
「・・・・・・で、噂を聞きつけた袁術に側室の話を持ちかけるのか?」
「ファーハッハッ!! お主も良く分かっておるではないか!」
あからさまな連環の計じゃねぇか・・・・・・。
上手くいくとしても、タダじゃ済まなさそうだなぁ・・・・・・。
「それで、どうじゃ? 虞を使う気になったか?」
「・・・・・・いや、こちらから側室の話は拙いな。まずは遠巻きに断ろう」
「何じゃと?」
「それで、余が迷っているという噂を寿春で流すのだ。そうすれば孫策も動くであろう」
「フォフォフォ。確かにそれは面白いのぉ」
「それと袁術の使者が来たら、最も金にがめつい男を教えてくれ。そいつに賄賂を贈り、虞を側室にするよう袁術に唆せるのだ」
「で、其奴が賄賂を手に入れさせ、袁術のご機嫌取りも狙うように仕向ける訳じゃな」
「そうだ。どうであろうか?」
「ファーハッハッ! 中々の企みじゃわい! いや、面白いのう!」
久々に黒過ぎるよ・・・・・・。
でも確かに、これが上手く行けば項羽が反旗を翻すかもしれないのか・・・・・・。
虞よ・・・・・・。汝を如何にせん・・・・・・。
でも、これって孫策が項羽に虞のことを話さない前提なんだよな。
つまり孫策が項羽に話せば問題ないってことだ。
・・・・・・という訳で、孫策。君の責任は重大だぞ。
うん。完全に責任転換ですよ。分かっています・・・・・・。
范増は上機嫌で部屋を去り、暫くするとまた訪問者が来る。
しかも、今度は意外な人物だったんだ。
「父君。折り入って話がございます」
「おう。文恭(司進の字)か。どうかしたか?」
「はい。袁術の手の者を客間に通したとか・・・・・・」
「そうだ。気に食わぬのか?」
「我らも同席するので?」
「当然だ。慶里にも来てもらうぞ」
「何故です? 袁術は江夏を狙うだけでなく、豫州までも狙う簒奪者ですよ」
「ハハハ。確かにそうだな」
「笑い事ではありません! 妻の身にもなって下さい!」
「その様子では、智云君とは上手くいっているようだな」
「それとこれとは関係ないではないですか!」
「文恭よ。お前の言いたいことは分かる。だが、それはあまりにも短絡的な考え方だ」
「・・・・・・」
「余が先ほど会った若者達は、双方とも英傑と呼ぶに相応しい者達だ。お前と切磋琢磨が出来るほどのな」
「・・・・・・真ですか?」
「ああ。余が何故、嘘を言わねばならぬ。それに我らの現状が揚州牧(袁術)よりも頑強であることを、具に見せつけることが重要なのだ」
「手の内を見せるので?」
「そうではない。余りにも強大であると知れば、自ずと弓を引かなくなるものよ」
「・・・・・・ですが、豫州は」
「智云君は既に余の娘だ。青州牧(張角)や徐州牧(劉備)、揚州王君(劉繇)とも連絡を取り合い、牽制してやり込めてみせよう」
「それが出来れば宜しいのですが・・・・・・」
「ハハハ。意外と心配性だな。お前も・・・・・・」
「智云に父を失う思いをさせたくないのです・・・・・・」
「・・・・・・」
本当に現実じゃないのかよ・・・・・・これ。
思わず目から涙が出そうになるよ・・・・・・。
僕が文恭と同じような展開になったら、僕の両親も同じような気持ちになるのかな・・・・・・?
「文恭よ・・・・・・。お前の気持ちも分かる。だが、我らの大義とは何ぞや?」
「・・・・・・民の為でございます」
「うむ。君の真の父君も同じであった筈だ。ならば、ここは『どう袁術を封じ込めるか』が重要であろう」
「・・・・・・はい」
「その為の布石なのだ。最大の勝利とは『如何に戦わずして勝利をするか』ということだぞ」
「それも心得ております。ですが・・・・・・」
「何だ?」
「まさか、父上は姉君を袁術と婚姻させるおつもりでは・・・・・・?」
「馬鹿なことを申すな。余は常々、慶里は然るべき縁がある者にと決めておる」
「それでは、然るべき縁のある者とは何方です?」
「・・・・・・」
本当は虞美人なんだから項羽に決まっているじゃん!
・・・・・・とは、口が裂けても言えないからなぁ。
どう言おうかな・・・・・・。
「・・・・・・それはだな。夢の中で余の前に現れた若武者だ」
「ま・・・また夢ですか・・・」
「そうだ! 確かに今は何者であるか分からぬ! だが、慶里はその者としか結ばれぬのだ!」
「・・・・・・父上」
「大体だな! 政略結婚を前提に囲っておるなら、とうの昔に嫁に出しておるわ! 慶里は天下一の美女なのだぞ! 帝へ差し出しても異論はあるまい!」
「・・・・・・」
「なのに、未だに嫁には出してはおらぬ! それが理由だ! 分かったか!」
「・・・・・・はい」
「ただ、お前の言うことも分かる。故に智云君は控えてもらうことにしよう。それで良いな?」
「・・・感謝致します」
・・・・・・上手くいったのかな?
あまり納得していないみたいだけど、本当のことを言った方がおかしくなるしなぁ・・・・・・。
司進が部屋から出て行き、暫くしてから衛兵が晩餐の準備が出来たことを伝えに来た。
僕は前もって高級素材を使わないよう命じている。
これは日頃から粗食を食べているアピールでもある。
高級素材なんぞ使わなくても美味いもんは美味いんです。
そりゃあ、高級和牛のステーキとか一度は食べてみたいとは思いますけど・・・・・・。
少し話は変わりますが、僕にはちょっと厄介な七十歳手前ぐらいの大伯父さんがいます。
もう定年になって暇な上、家も近いので、ちょくちょくウチに来るんです。
お年玉とかの金額は高いから、そういう意味では有難いんですけどね。
だけどお酒が入ると、いつも事あるごとに僕にクダを巻くんです。
ちょっと例を挙げてみます。
「最近のゆとり世代というのは夢がない。これでは日本に夢がある訳はない」
「若い世代が金を使わなさすぎる。最近じゃ景気が良くなっていると言うが、眉唾ものだ」
「少子化が進めばこの国は滅ぶんだぞ。若い連中は何を考えているんだ」
・・・・・・こんな感じです。まぁ、僕からしたら少し厄介な老害って感じなのかな?
別に僕は特に思想とかはないです。
ただ、思想のゴリ押しが嫌いなだけです。
因みに僕の両親は、大伯父さんのグチを察知すると直ぐに逃亡し、そのグチを僕に押しつけます・・・・・・。
・・・・・・いい迷惑ですよ。ホント・・・・・・。
・・・・・・てかさ。バブル時代なんて、もう過去の話じゃない?
また同じようなことが起きると思っている訳? その世代の人たちってさ。
そうだとしたら、ただ歳だけ食って学習能力は皆無ってことじゃない?
確かに僕はシブチンだし、消極的なのは認めるよ。
でも、それは幾ら背伸びしたところで、全く意味がないと思うからだ。
無理をしないというのは、それは一種の保険でもあるんだ。
幾らイキがってカッコつけたって、後で必ずしっぺ返しが来ると思うんだよ。
なので、大きい夢なんていりません。
平凡で幸せな家庭を作り、子供も一人いれば十分です。
現実の女性はちょっと怖いけど、このゲームをクリアしている頃には少し耐性がついているかなぁ・・・・・・。
大きく話題がそれちゃった・・・・・・。
話を元に戻します。
晩餐となり、孫策と周瑜を招くと、両者は少し驚いた表情を見せた。
普通なら贅沢な食材を使った料理を出すのが相場だろうからね。
でも、僕は笑顔で応対し、こう話かけたんだ。
「ハハハ。繁栄している割には随分と質素と思っておられるか?」
「・・・い、いえ。そのようなことは決して・・・」
「伯符(孫策の字)君。余は贅沢をしたいとは少しも思わぬ。確かに、これらは客人に持てなす作法ではないかもしれぬ」
「・・・・・・はぁ」
「だがね。例え帝からの使者だとしても、同じように振る舞う。民が苦しんでいれば、率先して粗末なものを頂く」
「・・・・・・」
「幸い、この荊州は繁栄をしている。だが、それ故に贅沢の限りを尽くして良いとは成らぬ。お分かりかな?」
「はい。それは存じております」
「ハハハ。流石は孫府君の御嫡男だ」
「それでは私から質問があります」
「君は公瑾(周瑜の字)君だな。何かね?」
「何故、我らのことが分かったので?」
「それは夢で既に君らと出会っていたからだ」
「・・・ゆ、夢?」
「そうだ。君らは何れも英俊で、民を慈しみ、紛うことなき未来の天下の一角だ」
「・・・・・・」
「以前、余は孫府君に『長沙をお渡ししたい』と程普殿に言ったことがある。ご存じかな?」
「・・・それは父君から聞いたことがあります」
「うむ。伯符君。それは本心であった。残念ながら引き受けては貰えなかったがね」
「しかし、幾ら父上でも、荊南をここまで育てあげることは不可能でしょう」
「余は幸い、黄帝君を始めとする神々に出会い、神託を受けた。それだけのことです」
「普通は神々を出会うなぞ、出来ることではありませぬ」
「確かにそうだ。故に余は運が良いだけということだ。ハハハハ」
二人は呆気にとられている。そうだろうなぁ・・・。
僕も「神の云々」とかいう人に出会ったら逃げるしなぁ・・・。
ええ勿論、宗教の勧誘はお断りです。
「それはそうと、君たちに会わせたい者がいる。慶里、こちらへ来なさい」
呆気にとられる二人を余所に、僕は司進と虞麗主を招き入れた。
二人を養子と紹介し、経緯も簡単に説明したんだ。
すると、虞麗主の紹介の時に凄く食い入るような感じで聞いたんだよ。
紹介を終えると、孫策が何か言葉を発しようとした。
それを周瑜が差し止め、代わりに話しかけてきた。
「それで慶里様が嫁がれることは?」
「それがまだだ。余の夢で会えた人物に、まだ余が出会えておらぬからな」
「・・・そうでしたか。それでは、五行祭の武道大会にて、優勝者に宛がうことは?」
「それは少し考えた。だが、天下無双と言えば、未だに噂にしか聞いておらぬが呂布という若者がいると聞く」
「・・・その者の噂は某も聞いたことがあります」
「しかしだ。如何せん場所が遠すぎる。その者は不参加であろう。それ故、優勝者に宛がうことは出来ぬ」
「・・・そうですか」
「それに、こればかりは余の選択には自信がない。配下の中には『帝や袁術殿の縁者に嫁がせよ』という声もある」
「なっ!?」
「・・・驚くことかね? 慶里は父親の余が言うのもおこがましいが、天下に二人といない美女だと思うのだがね」
「・・・・・・それは」
「慶里は余に従うと申してはおるがな・・・・・・」
僕は虞麗主を見た。
少し気難しい顔をしているが、こういう時には決して口を開かない。
女性が意見を述べることを、不徳と考えているからだろう。
僕も心苦しいけど、上手くいけば袁術サイドから大量の人材を離脱させるチャンスだ。
呂布と貂蝉みたいなことには、させないつもりですけど・・・・・・。
その後、二人からは色々聞かれたが、僕は話を反らしながら、袁術のことを褒め殺しした。
ちょいちょい、フクちゃんとジンちゃんの意見を交互に出しつつ、翻弄したんだ。
僕本人だけじゃボロが出るからね。
そして、話を反らすことに対し、孫策が歯噛みをしている様子からすると、やはり項羽と繋がりがありそう。
江夏での攻防戦で、両者とも出陣している情報は、既に確認済みだから分かってはいたけどさ。
何処まで親しいかまでは分からないけどね。
「荊使君。徐州牧と名乗る方が面会を申し出ておりますが」
途中、衛士から晩餐会の途中で報告を受けた。
「徐州牧だと? はて?」
「劉備と名乗っておりますが・・・」
「ハハハ! 徐州からわざわざかね。良い。通しなさい」
すると孫策と周瑜の二人の顔がまた変わった。
二人とも忙しいね・・・・・・。
暫くして、あの変人の劉備がやって来ると、馴れ馴れしい何時もの調子で話しかけてきた。
そして、両脇には関羽と張飛の二人つきでね。
「やぁ! 単さん! 久しぶり・・・ありゃ?」
「どうしましたかな?」
「そこの二人は何処かで会ったね」
「・・・・・・ほう?」
二人を見ると顔を反らしている。
そして「見間違いでしょう」と苦しい言い訳までする始末だ。
「ああ! 孟徳さんと一緒に飲んでいた時にいた若い衆だな!」
「おお、そうでしたか」
「ああ、でも何だって、またこんな所に?」
「このお二人は孫府君の御嫡男であると伯符君と、その義弟の公瑾君ですよ」
「ええっ!? そうかぁ! それじゃあ『孟徳さんにご厄介に』という訳にはいかねぇなぁ」
「・・・どういうことです」
僕は劉備から、その時の詳細を聞いた。(外伝52参照)
既に僕が居ない時に会っていたとは・・・・・・。
そして、僕が少し間を置いて話そうとした瞬間、劉備がいきなり凄い大声を張り上げた。
「おおっ!? こ、これは!?」
「・・・い、いきなり如何した?」
「これは正しく天女か!? いや、天女にしか見えぬ! まさか、この方が荊使君の奥方か!?」
「・・・ああ、この娘は余の養女で虞麗主、字を慶里と申す・・・・・・」
「何とっ!? これからは父君と呼ばせて下さい!」
「はぁ!?」
「慶里君が余の正妻と成ればそうなるでしょう! 余は既に徐州牧! 問題はありますまい!」
ここに来て、まさかの大問題が発生!
孫策も周瑜のどっちも、凄い表情で劉備を睨んでいるしぃ!




