第七十一話 字(あざな)発表会
兎も角、ふざけた名前はつけられない。
幾ら架空の存在でも、流石にそれだけは出来ない。
そこで僕は考えた挙げ句、意味合いがある付け方をすることにした。
張羨さんは「泉情」。鞏志には「嘉初」としたんだ。
姓と字を続けて読めば、「ちょうせんじょう」と「きょうかしょ」という訳。
こうした理由は、張羨さんは僕に平定を突きつけているということ。
鞏志は教訓として僕の中で生き続けるということ。
そういった意味合いが込められているんだよ。
二人とも喜んでくれるといいけどね。
さて、お次は生きている連中だ。
多いなぁ・・・・・・。陳平や灌嬰、范増もそうじゃないか・・・・・・。
他にも字がないのがチラホラいるし、考えるのに一苦労ですよ・・・・・・。
適当でも良いんだけど、やはり何かしら意味合いがある方が、名付け親の僕としても愛着あるしな。
やはり、ここは統一したほうが良いだろう。
けど、難儀だよねぇ・・・・・・。
僕は趙達の家の間、上を向いて色々考えた。
上を向いている理由は、下を向いて歩くと「もうエッチ!」とかゴリ子が抜かすからだ。
さっきまでゴツい悪役のような台詞をバンバン吐いていた自称乙女のことですよ・・・・・・。
そうこうしている内に趙達の家についてしまった。
そこで今後の天災情報を聞いたんだけど、この三年間は特に「何処もなし」だそうです。
強いて挙げれば中原以北は寒さによる不作とのこと。
凶作とまではいかないらしい。
そして、趙達まで僕に字をつけて欲しいそうで・・・・・・。
自分で付ければ良いのにねぇ。
・・・・・・という訳で、まずは趙達の字から。
ゴロが良くて意味合いがありそうとなると・・・・・・。
結果、農緑となりました。
続けて読めば趙農緑です。
正しく趙達にピッタリ!
漢字は適当ですけどね。
次に鐘離昧です。
悩んだ末、決めたのは扇玄。
続けて読めば鐘離扇玄だ!
次は張任。「ちょう」が多いよ・・・・・・。
悩んだ末、出したものは秀篥。
続けて読めば張秀篥!
・・・・・・これならきっとキレない筈。
同じような感じで僕は次々と決めていきました。
・・・・・・何か疲れたな。
後は羅列で良いだろう・・・・・・。
厳顔。字は活義。
陳平。字は憧忠。
范増。字は道泰
灌嬰。字は仁長
趙佗。字は真世
頼恭。字は禮憲
劉度。字は閣賛
朴胡。字は神具
杜濩。字は羅異
・・・・・・ああ、疲れた。
我ながらいい加減だけど、異論は認めません。
それと沙摩柯は特にいらないらしいので、つけませんでした。
そして、また上を眺めながら政庁へと戻る。
何かそんな歌があったな・・・・・・。
情けなくて涙が出そうだけど・・・・・・。
「ちょっとアンタ!」
「はいぃ!?」
「べっ・・・別に偶になら、下向いてもいいんだからねっ!」
「・・・・・・はぁ?」
「少しぐらい乙女心を察しなさいよね!」
全く意味が分からねぇ! ゴリ子め!
何が乙女心だ! ふざけるな!
・・・・・・けど、能力値は良いから解雇は出来ないしなぁ。
そんな情けない僕は、ゴリ子に牽引されるように政庁へ戻る。
因みに今までの警護役であった周倉は、ゴリ子の迫力に威圧されて長沙への配属になりました。
長沙に欠員が出たというのもあるけど、こんな形で鞏志を懐かしむなんて・・・・・・。
「あ、そうだ。アンタが趙達の家にいる時、噂を耳にしたんだけど」
「・・・・・・何かね?」
「凄い奴が医学校で養生しているって話よ」
「・・・・・・凄い奴?」
「襄陽国の出で、何でも成人して間もないのに、数百人の弟子がいるんだって」
「はぁ!?」
「べっ・・・・・・別にアタイだって警護役しか出来ない訳じゃないんだからね!」
でかした! ゴリ子!
場所的に孔明以外、何者でもない筈だ!
「そのような大人物がいるとは盲点であった・・・・・・。今から医学校へ向かうぞ」
「どうするの?」
「決まっている。我が荊州の力となって戴こう」
「けど、噂じゃどんな人物の招きも拒否しているって話よ」
「構わん! 余は一刻も早く平穏な世の中を作りたいのだ!」
本心では「早くこの世界から逃げたいから」です。
現段階でのヒロインがゴリ子だけなんて冗談じゃない!
でも、冷静に考えると孔明じゃなくて龐統かな?
てか、孔明は既に劉備のところにいるんだっけ?
・・・・・・もう何が何だか分からん。
それに仲景(張機)先生にも久々に会いたいし、医学校の整備状況も知りたいしね。
病死する人間はゼロってことはないけど、他と比べたら荊南は段違いですよ。
そりゃあ「吉兆のお陰で疫病が蔓延しない」っていうもあるけどさ。
医学校へ向かうと、その仲景先生がお出迎え。
校舎は既に七棟もあり、その規模に驚く。
その内の一棟は研究専門で、各地から様々な文献を取り寄せる編纂所としても機能している。
僕は少しだけその編纂過程に興味を持ち、先生に尋ねることにした。
「仲景先生。お久しゅうございます。研究の方も順調のようで」
「はい、お陰様で。私の懸念であった『黄帝内経』も完全に復刊出来そうです」
「おお!? それは重畳ですな!」
「幸い盗掘されていた『足臂十一脈灸経』や張角殿が保有する『太平清領書』も収蔵することが出来、これ以上の喜びはありません」
「ハハハ。それは何よりです」
「丁度、編纂を手伝ってくれている者が中におります。ご紹介致しましょう」
僕は仲景先生に手を引かれ、第七棟の編纂所へと向かった。
そこには様々な経典があり、驚くことに漢文ではない書物まで収蔵されている。
更に驚くことに、漢人以外の者達も多く在籍している。
気になったので、どんな人物がいるか見てみよう。
賀玲乃須
特殊人材
淳于意
特殊人材
表記されたのはこの二名だけ。
・・・・・・けど、何か凄そう。
仲景先生もこの二人を褒めちぎるし・・・・・・。
黄帝内経の補完作業は、主にこの淳于意が携わっている。
仲景先生は「正しく淳于意の生まれ変わりの名医」と持て囃すけど、恐らく当の本人そのものなんだろう・・・・・・。
淳于意も秦末期から前漢の時代の人物らしいからねぇ・・・・・・。
そして、ガレノスです。
ローマでの二年ほど前に起きた大火事のドサクサに紛れ、ここにやって来たとのこと。
なんでも、あのマルクス・アウレリウス・アントニヌスの御典医だったとか・・・・・・。
凄い経歴ですよ・・・・・・本当に・・・・・・。
ガレノスが来た理由だけど、それはガレノスが皇帝の傍にいることを妬んだ連中との確執らしい。
というのも、ガレノス自身は研究だけの一辺倒で、派閥争いには無関心だったからだ。
それでどの派閥からも嫌がらせを受け、宮中での生活に嫌気がさしていたらしい。
そのガレノスを呼んだのは皇帝の姉であるルキッラだ。
コンモドゥスの侍医であったガレノスだったけど、権威よりも探究心が強いガレノスは、その誘いに乗ったんだ。
それで二年前にローマで起こった大火事のドサクサに紛れ、ローマを離れたというわけ。
そして、ガレノスがこちらへ来た道程なんだけど、これがまた凄い。
この荊南で経典の翻訳や、仏教の布教をしている支婁迦讖が関わっている。
大月氏(クシャーナ朝)とのパイプを持っている支婁迦讖が、そのサポートをしていたんだよ。
現在、交州経由(士燮)での交流だけど、董承を蹴散らして南海郡を手に入れれば、もっとスムーズに文化交流が出来そうですね。
支婁迦讖のパイプのお陰でガレノスもそうだけど、そのついでにインド医学の書物も手に入れたそうです。
何でも「チャラカ・サンヒター」というものらしい。
チャラカ・サンヒター著者のチャラカ本人は、かなりの高齢者なので、連れて来られなかったらしいけど。
・・・・・・てかさ! 思うんだけど、そのせいで容量が物凄いことになるんだよね!?
ある意味、僕自身の首を絞めてないかい!?
・・・・・・言ったところで、無駄なんですけどね・・・・・・。
そのついでに仲景先生から、現段階での研究の様々なレクチャー受けたけど、現代医学とは違うところも当然ある。
僕はその点を指摘すると、凄く驚いて「今後の糧にする」と興奮していました。
ついでに言うと、青カビを培養し、ペニシリンの製造も伝授しました。
漫画やドラマの知識しかないから、何処まで出来るか分からないけどね。
上手くいくといいけどな・・・・・・。
ネットで色々と調べたことがあるので、それなりには間違っていない筈と思いたいけど・・・・・・。
・・・・・・てか、三国志の医者と言えば、あの人は何処にいるんだ?
僕は仲景先生に尋ねることにした。
「仲景先生。つかぬことを伺うが、華佗先生は今、何処におるのでしょう?」
「おお!? 荊使君は元化(華佗の字)殿を知っておられるか!?」
「・・・・・・うむ。夢のお告げで『召し出せ』と・・・・・・」
「実は荊使君がいない間にふらりと立ち寄ってくれたのです」
「何故、お止めしなかったですか?」
「何でも『ここに私の居場所はない。これがあれば十分足りる』とおっしゃいまして、一冊の本を置いていきました」
「青嚢書のことですか?」
「おお!? 何故、そのことを知っておられるか!? 正しく貴方は上使君だ!」
・・・・・・余計なことを言わなければ良かった。
これでまた凄いデマが流行りそうだ。
持ち上げてくれるのは良いけど、鍼灸とか薬学とか、挙げ句の果てには思想哲学とかの話までされる始末。
流石にウンザリしてきたので、キリが良いところで襄陽からの客人のことを聞くことにする。
上辺では顎髭を摩りながら和やかに接していますけどね。
「それはそうと、仲景先生。襄陽国から若い大人物が訪れていると聞いたのですが」
「おお。あの方のことですな。それならば弟君が書物整理の手伝いをしておられます」
「ほう? 弟君までいらっしゃれるか」
ということは、孔明!?
劉備のところにいる筈だけど、どういうことだ?
弟ということは諸葛均のことだよね?
「孔明先生の弟君ですかな?」
「孔明先生? はて? そのような方は居られませんが?」
「違いましたか・・・・・・。てっきり孔明先生かと思いましたが」
「胡昭殿なら徐州牧(劉備)の元に居られる筈ですが・・・・・・?」
字が同じかい! 紛らわしい!
てか、胡昭なんて聞いたことがないし!
もう「誰それ何号」どころじゃ済まないよ!
「仲景先生。書物の整理は済みましたが・・・・・・」
「おお。丁度、君の兄君の話をしていたところだ。こちらが荊使君ですぞ」
「えっ!? それは! 恐悦至極にございます!」
僕と仲景先生が話しているところへ十代半ばの少年(?)が部屋に入ってきた。
諸葛均じゃないとすると、一体誰だ・・・・・・?
楊儀 字:威公
政治7 知略7 統率7 武力3 魅力3 忠義3
固有スキル 判官 弓兵 看破 補修 情勢
・・・・・・え!? 楊儀!?
魏延の方が嬉しかったけど、当然採用!
でも、楊儀に兄貴なんているの??
「楊儀。字は威公と申します。以後、お見知りおきのほどを」
「今日は吉日です。君のような若い有望な方と出会えるとは・・・・・・」
「いえいえ。私なんぞ、兄に比べたら足下にも及びません」
「君ほどの人物が足下に及ばないとなると、どれだけの大人物なのかね」
「兄をご存じないので? ああ、荊使君は五年もの間、天上界にいらしておいででしたね」
「・・・・・・うむ。それ故、昨今の出来事に疎くなってしまいました」
「では、兄がいる所へご案内いたしましょう。兄もすっかり病が治りましたので」
僕は楊儀に案内されながら、長い廊下を歩いた。
時々、僕の熱心な信者(?)に腕を掴まれた挙げ句、拝まれる。
普通なら、こういう時は満足感が得られるものなのかな?
感謝されるのは有り難いけど、僕は早く元の生活に戻りたいだけなんだよね。
よくよく考えると、僕には給料なんてもんはない。
社長自ら一人だけブラック企業と化している状況です。
けど、早くゲームクリアしたいし、現実世界でも元からあまり欲がないしなぁ・・・・・・。
でも、それがあって儒学者系の人たち中心に受けが良く、凄い人格者扱いになっています。
・・・・・・ヤバいなぁ。僕は、この世界に合っているのかしら?
もし『吉兆』が無ければ、どうなっていたんだか分からんけどさ・・・・・・。
有り難がる患者達に笑顔で会釈しつつ楊儀の兄の部屋に着くと、そこにも凄い人集りが出来ていた。
部屋の中からは笑い声が木霊し、実に明るい雰囲気だ。
それにしても楊儀の兄貴っぽくねぇなぁ・・・・・・。
僕は遠巻きに暫く様子を覗うことにした。
楊儀の兄の声は朗らかで明るく、情勢を的確に自身の解釈を交えながら話している。
途中から聞いた訳だけど、その指摘は鋭く、成程と思うことが多い。
大まかに言えば、宦官や外戚の勢力をただ闇雲に一掃するのではなく、朝臣との合議制で運用するというものだ。
言わばイギリス型の立憲君主制に近い形だね。
それは理想なんだろうけど、それが出来れば苦労しないんだよな・・・・・・。
それはそうと、区切りが良いところで能力値を見てやろう。
どんなもんかいな・・・・・・。
楊慮 字:威方
政治10 知略9 統率6 武力1 魅力9 忠義6
固有スキル 神算 鬼謀 教授 看破 遠望 弁舌 説得 名声 登用
何じゃ!? こりゃあ!?
孔明と大差ねぇじゃん!? ・・・・・・多分だけど。
現実世界の僕と同じぐらいの年齢なのに、凄いとしか言い様がない。
でも、それだけの人物が何故、小説やアニメに出ない訳!?
不思議以外の何物でもないよ!




