第七十話 衝陽五輪開催!?
全く冗談じゃない。こんな化け物女が唯一のヒロインだなんて……。
ふんぞり返って大股とガニ股と合わせたような歩き方で先頭きって歩く趙嫗は、僕がそんなことを思っていることなどお構いなしだ。
……てか、乙女とか抜かすんなら、もう少し女らしくしろよ……。
そんなことを考えていると、周倉が小声で僕に話しかけてきた。
「ちと、親分」
「何だ?」
「本気であの化け物女に護衛させる気ですかい?」
「……お前から断ってくれるか?」
「……いや、それはちょっと」
「……ならば仕方ないではないか」
「ですがね親分。親分は全く女っ気がないのに、唯一の女っ気がアレじゃマズいんじゃないですかね?」
「ただでさえ変人扱いされているのにか?」
「あ……いや」
「もう慣れたよ。それよりもだ。さっき、集まってきてくれた民から妙なことを聞かれたんだが」
「妙なことですかい?」
「余が妖怪の類を悉く無双しまくったとか……」
「……無双?」
「……あ、いや。倒しまくったとか」
「下々の者らは神がかった噂に目がないって訳でして。確かに親分は神がかっておりますからねぇ……」
「余が神ってるだと?」
「……変な略し方ですねぇ。まぁ、その神ってるとかいうヤツでして……」
「………」
……何かねぇ。僕は空を飛べるらしいよ。
ついでに海を真っ二つに割るとか、磔にされて殺されてから三日後に蘇ったとかもあるんですかねぇ?
五年も留守にしたせいで、こんなことになるなんて……ハァ……。
「ちょっと! アンタ!」
「はいぃ!?」
僕が俯きながら歩いていると、不意に趙嫗が怒鳴った。
何なの……一体。
「アタイさっき『お尻をジロジロ見ないで』って言ったよね!」
「え? ああ……」
「もう! さっきからずっと見てるじゃないのよ! このドスケベ!」
「………」
そんなクッキリとえくぼのある岩石のように堅そうなケツなんぞ誰が見るか!
大体なぁ! そんなに気になるのなら、褌姿で町中を歩くんじゃねぇ!
誰がお前なんか字で呼んでやるものか!
今日からお前の名はモア井ゴリ子だ! 分かったか!
……うん。心の中でだけどね。
僕がゴリ子に言いがかりとしか思えないことで怒られていると、後ろの方から「父上!」という声がした。
この声は司進だ。かっこ悪い時に見られちゃったなぁ・・・・・・。
「父上。こんな所で何をやっているのです?」
「ああ、これから政庁にな・・・・・・」
「それ以前に、そこにいる化け物の類は何ですか?」
「・・・・・・」
息子よ! お前はもう父を超えた!
こんなに堂々とゴリ子を化け物扱い出来るとは!
父は嬉しいぞ! この上は家督を譲り、私は隠居して、ついでに元の世界に戻ることにしよう!
・・・・・・ダメ? やっぱり・・・・・・。
「おい! 誰が化け物だって!?」
「お前しかおらんではないか! これ以上、父上を愚弄すると私が許さんぞ!」
「面白ぇ! やってもらおうじゃねぇか! 覚悟しやがれ!」
おい! ゴリ子! お前が並べ立てているその台詞のどこが乙女だ!
得物だってトゲトゲだらけだし!
えっと・・・・・・何? 狼牙棒っていうやつ?
どうでもいいけど、蛮族の皆さんってこういう武器が好きなのかねぇ・・・・・・。
ついでに言うと、自分のことを乙女とか抜かす奴が持つ武器じゃねぇよなぁ・・・・・・。
・・・・・・なんて思っていたら司進も槍を構えてしまった。
マズい・・・・・・マズいぞ・・・・・・。
落ち着いて素数を数えるんだ!
2,3,5、7、11・・・・・・。
だぁ! やっぱり落ち着ける訳ねぇ! んなもん!
で、そうこうしている内に一触即発。
何とか事態を収拾せねば・・・・・・そうだ!!
「待てお前達! 早まるでない!」
「邪魔しても無駄だよ! 幾らアンタの息子でもアタイを化け物扱いした以上、きっちり責任とってもらうからね!」
「黙れ! 貴様こそ父君に対し、暴言を吐いた罪を償ってもらうぞ!」
「だから武器を納めよ! この勝負は武道大会にてつけることに致す!」
二人はキョトンとした面持ちでこちらを見た。
よし! 上手くいった!
このまま事態を収拾するぞ!
「父上。武道大会とは何です?」
「うむ。黄帝君や他の神々に此度の礼として祭りを開くことにしたのだ」
「・・・・・・はぁ?」
「西の羅馬ではオリンピックなるものが神々に捧げられているという・・・・・・。ならば、この衝陽でも開こうと思う」
「・・・・・・」
「武道大会だけではない。様々な競技を行い、民と神々に喜んで貰う。これこそ余の使命である」
「また張昭様に怒鳴られるような気もしますが・・・・・・」
「・・・・・・うっ。ま、まぁ約束してしまったものは仕方が無い。しかも、神々にだぞ。うん。仕方が無い」
「・・・・・・はぁ」
・・・・・・また勢いでやっちゃった。
でも、これでまた有能な人材も来るかもしれないじゃないか!
・・・・・・お願いですから来て下さい。本当に・・・・・・。
そして、衝陽五輪を開くという話は瞬く間に広がった。
そりゃそうだよね・・・・・・。
何たって前代未聞ですからねぇ・・・・・・。
僕が重い足取りで政庁に赴くと、予想以上に早い災難が降りかかった・・・・・・。
「こらぁぁ!! 今度は何をしでかした!!」
「・・・・・・おう。留府長史(張昭のこと)」
「また、何が『おう』ですか! 一体、何を考えている!」
「・・・・・・ですからね。黄帝君を始めとする神々に約束してしまい・・・・・・」
「そんな言い訳が通用するとお思いか!!」
・・・・・・うん。通用しませんよね・・・・・・。
この難局を乗り切るには・・・・・・そうだ!
「ジンちゃん、お願い!」
「・・・・・・冗談でしょ? 何故、私がそのようなことを」
「他に手立てがないんだよ・・・・・・」
「・・・・・・いや、どう説得しようと無理ですよ」
「そ、そんなことを言わないで!」
「・・・・・・仕方ありませんね」
こんな時こそジンちゃんの出番。
フクちゃんだと、余計に怒らせるだろうからね・・・・・・。
「留府長史よ。貴殿は誤解しておられるようだ」
「何が誤解ですか!?」
「黄帝君を始めとする神々は我らが始祖。つまり、偉大な父祖ということになる」
「・・・・・・それが何か?」
「その始祖らを崇め奉り、民を安寧に導くことこそ我らの使命であろう」
「そんなことは重々承知の上です!」
「ならば、民の歓喜の声を聞かせ、始祖らを喜ばす行為が余計なことではない筈だ」
「しかしですな。荊使君が留守の間、董州牧は荊州を襲ったのですぞ。今はその時期ではありますまい」
「交州に関しては余も聞いておる。しかも、朱符以上の悪政に民も悲鳴を上げているとか・・・・・・」
「ならば、一刻も早く交州をどうにかせねば・・・・・・」
「いや、交州の案件は並行して行う。まず朝廷に対し、この度の蛮行を訴える。これは袁術も同様だ」
「朝廷が聞く耳を持ちますか? 賄賂を贈らずして並べ立てても無駄ですぞ」
「それでも構わん。物事には順序というものが大事なのだ」
「そんな悠長なことを・・・・・・」
「良いか。黄帝君を始めとする神々は我らの味方なのだ。それを証拠に、この五年間は何処も天災は起きていないであろう」
「・・・・・・はぁ?」
「それが重要なのだ。余は禅譲などを求めておらぬが、佞臣どもの排除は望んでおる」
「・・・・・・つまり、これから天による災難が降り注いだ場合、全て朝廷の責任だということにする訳ですか」
「・・・・・・言い方が悪いがその通りだ。本意ではないが致し方あるまい」
「しかし、帝が聞く耳を持つかどうか・・・・・・」
「聞く耳を持たぬのなら致し方ない。それでも構わぬ。余ではない徳のある者が漢室を担うだけのことだ」
「・・・・・・やはり」
「古来、徳のある者にその座を譲るのが定石だ。だが、余にはその座を譲られるほどの徳はない。ならば皇太子か王にということになる」
「それは神々が荊使君に託した宣旨ですので?」
「ハッキリとは申してはおらぬ」
「ならば憶測に過ぎぬではありませんか!」
「確かにそうだ。しかし、佞臣どもが蔓延る以上、手段を選ぶことは出来ぬ」
「・・・・・・ううむ」
「留府長史よ。民は荊州だけではないぞ。喘いでいる全ての民を救うことこそ、我らの使命であろう」
「それはそうですが・・・・・・」
「余は神々に誓ったのだ。父祖を敬い、民を慈しみ、佞邪の類を全て討ち滅ぼすとな」
「・・・・・・」
「そのために、この度のオリンピックなるものは必要なのだ。平和の祭典として行うことがね」
「意味が分かりませぬがな・・・・・・」
「余を信じてくれ留府長史。これを大々的に喧伝すれば、必ずや佞臣どもは多額の賄賂を要求してくる筈。これを撥ね除けて災いが起こらないとなれば、我らが正しいという認識が改めてされよう」
「・・・・・・まさか、三度目の党錮の禁を狙っておるのではないでしょうな」
「再び党錮の禁を発令したら漢は終わりだ・・・・・・。そうならないことを余も願いたいものだが・・・・・・」
張昭は複雑な表情をしていたけど、それ以上は何も言わずに退席した。
けど、オリンピックと神々への誓いの何の関係が・・・・・・?
いまいち良く分からないので、ここはジンちゃんに聞くことにしよう・・・・・・。
「あのさ。ジンちゃん」
「何でしょう? 言われた通り張昭殿を説得致しましたが?」
「それは有り難いんだけど・・・・・・。ひょっとして暴走した?」
「なっ!? 何ということを!?」
「・・・・・・いや、何かそんな気しかしないんだけどさ」
「良いですか! 交州の民は喘いでおるのですぞ! それなのに我らは呑気にオリンピックなどなる物を催すのですぞ!」
「・・・・・・はい」
「であるならば、関連性を持たせねばなりますまい! そうすれば大義名分は明らかとなり、交州へと兵を進めることが出来ます!」
「・・・・・・」
「つまりだな。ボンちゃん。腐れ儒者は『どっちに転んでもオイしい思いが出来るように忖度した』ってことさ」
「え? どういうこと? フクちゃん」
「天災が起きないのは『ウチらがオリンピックをやったから』ってことにするのさ」
「ああ、なるほど」
「そうでない場合は『そいつらの政治が酷いから』って理由をつけられるだろ?」
「・・・・・・エグいなぁ」
「折しもウチらには便利な奴がいるじゃねぇか」
「便利な奴?」
「趙達を忘れたのか? あいつが天災の予言してくれるじゃねぇか」
「あっ!?」
「奴から聞いてタイムリミットを設定してやるのさ。ついでに『それまでにウチらが占領すれば、天災は起こらない』とな」
「でも、それだとオリンピック開催中に天災が起こったらマズくない?」
「マズいもんか。少なくともウチらに被害はねぇんだ。もしそうだとしても、それは『過去五年間において被害がなかった』という感謝の祭りってことにすれば良いんじゃねぇか?」
「成程、それなら問題ないか。じゃあ、それでいこう」
僕の中の両輪が噛み合った瞬間の誕生です。
どちらにせよ現段階で攻められるのは交州のみだしね。
あとは趙達に何処で天災が起きるか聞けば良いだけ。
そこで僕が趙達に会いに政庁から出ようとすると、またもや後ろから声をかけられる。
「今度は誰の文句だよ」と思ったら、意外な人物がそこに立っていた。
「お久しぶりでございます。荊使君」
「おお、これは鐘離・・・・・・。いや、今は牙門将軍か」
「ハハハ。何時もの通り鐘離昧で結構ですよ」
「そうか。で、余に何の用かね?」
「荊使君は私の字をご存じですか?」
「・・・・・・は?」
いや、ご存じも何も名乗っていないじゃん。
てか、字あったの?
「いきなり何を言い出すかと思えば・・・・・・。余は君から一度も字を名乗って貰ったことがないのに・・・・・・」
「・・・・・・ですよね」
「うむ。何故、今になってそんなことを言い出すのかね?」
「はい。私だけではない。厳顔殿や張任殿らも同じなのです。字はあった筈なのに、何故か思い出せない」
「・・・・・・ふぅむ」
「そこで荊使君に決めてもらおうと思いまして」
「・・・・・・なっ? 何故?」
「甘寧みたいに自分でつけるのも考えたんですが、やはり荊使君に決めてもらいたく・・・・・・」
「・・・・・・何か理由があるのかね?」
「鞏君の墓碑に字がないのです。鞏君は自分で決められませんからね・・・・・・」
「・・・・・・」
そういえば鞏志も字の表記されていなかったな・・・・・・。
鐘離昧は鞏志を救えなかったことを、未だに気にしているのか・・・・・・。
・・・・・・でも、僕が勝手につけていいのかな?
「ほい。言われる前に出てきてやったぞい」
「あ、老師」
「既に成人しておる者であれば能力値の変動はないぞい。ただ、基本は漢字二文字じゃな。カタカナはいかんぞ。それと読み方に訓読みはないからな」
「じゃあ、趙達に相談しなくてもいいんだね」
「その趙達も字がないからのぉ・・・・・・。まぁ『馬鹿』でも『阿呆』でも問題はないぞい」
「・・・・・・そんなのつける訳がない」
「それとお主も分かっていると思うが、普通は姓の後に字が慣例じゃ。劉備であれば劉玄徳と名乗るのが普通ということじゃな」
「ああ、成程。・・・・・・あっ! 思い出した!」
「それじゃまたの」
「待て! あの化け物女の理由を説明し・・・・・・」
・・・・・・また消えやがった。
都合が悪くなった途端、これだよ・・・・・・。
「・・・・・・して、荊使君?」
「あ、悪い」
「また不可思議な言葉を並べ立てておりましたな」
「・・・・・・うむ。鞏志もそうだが、張羨殿の墓碑にもなかったことを思い出し、ついな・・・・・・」
「ならば、荊使君が決めて下さい。我らは喜んで承りましょう」
「・・・・・・そうか」
「ただし! 私に対し『女郎』なんていう字にしたら容赦はしませんが・・・・・・」
「・・・・・・する訳がなかろう」
命が幾つあって足りないよ・・・・・・。
怒って出奔されるもの嫌だし・・・・・・。
けど、字の名付け親ねぇ・・・・・・。
どうしたもんかなぁ・・・・・・。




