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外伝61 湞陽攻防戦


 さて、徐晃率いる西湖党二千の略奪隊は、襲う村から四里(約2キロメートル)に布陣した。

 村は木の塀で囲まれ、堀は用水路を兼ねている造りとなっている。

 塀の外にある茶や果実の段々畑が主な産業だが、村の中にも田畑があり、人口は千人近くはいるだろう。

 明らかに周辺でも大きな村落と言える。

 そして門の所には見張り塔があり、二人ほどが気怠けだるそうに周囲を見渡している。


 その様子を見て、徐晃は弓を取り出してながら、張闓に少し威圧的に話しかける。

 

それがしを未だに疑っているのであろう?」

「何を根拠に・・・・・・」

「その顔が雄弁に語っておるわ」

「言いがかりだ。俺は何も言っておらん」

「ハハハ。まぁ良い。某が証明してやるわ。ついでに大斧だけでなく弓の腕前も見せてやろう」

「チッ・・・・・・。勝手にしろ」

「だが、一度に二人は無理だ。君の腕前はどうかな?」

「あんな見張りぐらい俺でも簡単に当たるわ」

 

 徐晃らは布陣した場所から静かに村に近づくと、まず徐晃が弓をひょうっと撃った。

 

「ギャッ!」

 

 見張りは断末魔を挙げ、落下すると同時に張闓も見張りに矢を放ち、瞬く間に見張り塔から人の姿はなくなった。

 

「さて、一気に突撃をかけるぞ! 者ども続け! ボヤボヤしていると分け前がないぞ!」

「うおぉ!!」

 

 徐晃は西湖党らに発破はっぱをかけると、先頭をきって走り出した。

 しかし何故、徐晃は見張りを射たのであろうか。

 それは満寵から見張りは殺して良いという言伝を貰っていたからだ。

 

 見張りの者らは元交州の兵で、略奪を重ねていた者達だ。

 死罪か見張りかを選べと言われ、死罪になるよりもマシと見張りを買って出たのである。

 だが、どちらにしても死ぬことには違いは無かった。

 

 続けとばかり徐晃の後ろから次々と西湖党の連中が村の中へと雪崩れ込んでいく。

 誰もいない門は簡単に突破されると、遠くに悲鳴を上げて逃げていく女子供の集団がおり、それが西湖党の連中をかき立てる。

 家の扉は全て固く閉ざされており、開けるにも一苦労しそうなので、まずは女子供の集団を追いかけることになった。

 そんな理想的な光景だが、張闓は「おかしい」と勘ぐりはじめ、近くにいた手下に声をかけた。

 

「どうしたんですかい? 張のお頭」

「俺らは外へ出るぞ。外に逃げてきた女子供を召し捕る」

「でも、それじゃあ分が悪くないですかい?」

「どうも上手く行きすぎる」

「お頭は徐晃が嫌いだから、そんなこと思っているんじゃねぇんですかね?」

「馬鹿野郎! グズグズ言わずに従いやがれ!」

 

 張闓は手下を叱りつけると、三百の兵を連れて塀の外へ出た。

 残りの兵は、徐晃の後ろから己の欲望を丸出しに、逃げ惑う女子供を追う。

 

 しかし、中々追いつかない。

 如何に武装しているとは言っても軽装だし、女子供の体力からいって既に追いついていなければおかしい。

 それもその筈で、女子供の正体は全て李通の兵であり、全て健脚自慢の者達で構成されているのだ。

 

「ぎゃっ!」

 

 皆が疑問に思い始めた矢先のことだった。突然、最後尾の兵が断末魔を上げたのだ。

 見れば次々と家から矢が放たれ、屈強な男らが後ろから西湖党の者達を次々に槍で追い立て始めたのである。

 

「しまった! 罠だ! 全員、全速力で突破するぞ! ボヤボヤするな!」

 

 徐晃はそう叫ぶと、更に前へと走り出した。

 後ろは無数の矢が飛び交い、道ばたには以前、仲間であった亡骸が散乱しており、逃げるのには不適である。

 当然とも言える措置であったため、他の者達も我先と前へ進む。

 

 それから暫く息を切らしながら走っていくと、大きな広場に出た。

 そこには数百人の武装した兵がひしめいており、容易には抜けられそうにない状況となった。

 

「うぬっ! 敵の大将はどいつだ! 姿を現せ!」

 

 徐晃がそう叫ぶと、悠然と後ろから出てきた者がいた。

 

「李通。字は文達だ! テメェこそ誰だ!」

「某は徐晃。字は公明だ!」

「テメェか! 大斧の徐晃とかいう奴は!」

「おお! その大斧の徐晃だ! それがどうした!?」

「面白ぇ! 甘寧が手こずったらしいが、ここで会ったが百年目! テメェらまとめて冥府に叩っ込んでやる!」

「ふざけるな! お前みたいなチンピラが某を倒せるものか!」

「ほざいたな! ならば、まずはテメェを最初に叩っ込んでやる! おめぇらは手を出すな!」

「良い度胸だ! お前らも手を出すなよ!」

 

 徐晃は大斧を持ち、一人で李通へ突き進んだ。

 一騎討ちかと思われたその瞬間、何と両名は大声で笑い出したのだ。

 そして、唖然とする西湖党らを、より驚かせる一言が徐晃から飛び出した。

 

「こいつらは真に畜生にも劣る連中だ! 存分に手柄を上げられよ!」

 

 その瞬間、李通が手を上げ、一斉に矢が放たれた。

 先頭にいた西湖党の者達は瞬く間にハリネズミになり、断末魔を上げていく。

 村の中に入った西湖党は袋の鼠となり、村の中にはおびただしい血の川が流れていった。

 

 一方、村の外にいる張闓は、見えないにも関わらず異変を察知していた。

 断末魔こそ無数に聞こえるが、女の悲鳴が全く聞こえないからである。

 数分経った後、急に張闓は声を張り上げた。 

 

「野郎ども! ズラかるぞ! こいつぁ罠だ!」

 

 張闓は狡猾なだけでなく、勘も鋭い男だ。

 それ故、今まで命の危険があっても上手く凌いできたのである。

 

「ぎゃっ!」

 

 張闓が声を張り上げた同時に、隣にいた男が断末魔を上げた。

 見ると喉仏の代わりにやじりが突起していたのだ。

 急いで塀を見ると、無数の弓がこちらを狙っているのである。

 

「くそっ! ボヤボヤするな! もたつく奴ぁ置いていくぞ!」

 

 それと同時に無数の矢が降り注ぐ。

 門からは十数騎の騎馬隊が飛び出し、門の近くにいる兵を根こそぎ駆逐していく。

 僅か十数騎と言っても、こちらは狼狽している上に全て徒歩なので、面白いように断末魔を上げていく。

 

 張闓と周りにいる兵は武器をかなぐり捨て、急いで森へと逃げ出した。

 統率などは取れる訳もなく、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 遅れたら矢で撃たれるか、馬に踏みつけられるしかない。

 

 しかし、森へ逃げ込んだら安全という訳でもない。

 唯一、逃げ込める森は地元でも立ち居らない森であり、虎や豹、熊、やまいぬ蔓延はびこる森なのだ。

 そのため、張闓らとはぐれた者達は、獣達への御馳走となってしまった。

 

 這々の体で逃げ帰った張闓は、全てが徐晃の仕業と楊奉に説明した。

 確たる証拠は、この時点では無かったのだが、張闓がそう決めつけたからだ。

 そこで楊奉は、徐晃と懇意にしていた酒の行商人を呼ぼうとしたが、既に影も形もなかった。

 

「おのれ! 徐晃め! 俺の善意を踏みにじりやがって!」

 

 楊奉はそう叫ぶと、行商人から賄賂を貰って便宜を図った者達を呼び出し、その場で切り捨ててしまった。

 しかし、殺された者達は便宜を図っただけであり、輜重隊の管理を請け負っていた者達でもある。

 兵達の腹を満たすのに必要不可欠な者達でもあったのだ。

 

「何と!? 楊奉め! 血迷ったか!?」

 

 その報せを聞き、思わず動揺したのは李楽である。

 李楽は白波党から楊奉と共に行動をしてきた者で、山賊のお頭ではあるのだが、まだ分別がある者の一人だ。

 そのため、居ても立ってもいられず自ら楊奉の下へと出向いた。

 

 李楽が楊奉の陣に訪れると、楊奉は剣を片手に持ち、夥しい血塗れの姿のまま呑気に酒を呷っていた。

 周りには数人分の骸が横たわっており、それを酒の肴としている状況である。

 その様子を見て呆れた李楽は思わず溜息をつき、楊奉に問い質した。

 

「これからどうするつもりだ? 食い扶持をやらんと兵どもは逃げるぞ」

 

 李楽の呟きを聞いた楊奉は、更に酒を呷り、こう切り返した。

 

「ならば、その前に湞陽を落とすまでだ。簡単なことじゃねぇか」

「どうやって?」

「十日以上も城に籠りっきりだぞ。流石に少しは士気も落ちたであろう」

「・・・・・・まさか、力押しで乗り切るつもりか?」

「当たり前だ。このままおめおめと逃げ帰れるか。せめて湞陽ぐらい奪わねぇと董承が何を言うか分からねぇだろう」

「そりゃそうだろうが・・・・・・。簡単には落ちぬぞ」

「・・・・・・何を弱気な。あそこにタンマリとお宝があるんだ。兵どもだって分かっているだろうよ」

「・・・・・・」

 

 李楽はそれ以上、何も言わなかった。

 言ったところで無駄なのは分かりきっていたからだ。

 だが、負ける確率が高い以上、何か保険を掛けなければ自分の命も危うい。

 

「くそっ! 面白くねぇが、これ以外はねぇか・・・・・・」

 

 李楽は書状を認めると使いに手渡した。

 それと同時に空を恨めしそうに見つめ、こう呟いた。

 

「・・・・・・徐晃が羨ましいぜ。だが、今となっちゃあ俺もという訳にはいかねぇしな」

 

 李楽も楊奉と同様に数多くの略奪行為を働いている。

 そのため、荊南に亡命しようとしても死罪は免れない。

 それ故、荊南行きを諦めざるを得ない。

 

 翌日の早朝、楊奉の号令の下で総攻撃が開始された。

 輜重隊の役人を皆殺しにしたことは伏せているが、気づかれるのも時間の問題である。

 そこでガムシャラに突撃命令を下すのだが、増えるのは味方の死体ばかりだ。

 

 怖じ気づき躊躇する兵もいたが、楊奉は悪びれる様子もなく、その者達を見せしめとして斬り殺す。

 交州兵にとっては進むも退くも地獄である。

 そうなると当然のように脱走する兵も出てくる。

 特に略奪などの行為をしたことがない者などは、荊州へと活路を見出す。

 例え略奪などを行った者も、生存確率を考えて荊州へ行き、そこから名を変えて益州や揚州、豫州などに行くことを考える。

 こうなると例え死者が出なくても、勝手に兵が減っていく。

 そのため僅か三日後で兵の数は激減し、既に二万を割り込んでしまっていた。

 

 そして、四日後の早朝のこと。

 不意に胡才の陣営が急襲された。

 胡才も元白波賊の頭目の一人で、楊奉や李楽、韓暹かんせんらと同様に交州へやってきた一人である。

 

「小賢しい青二才が。さっさと返り討ちにしてやれ」

 

 楊奉は伝令から報告を受けると、酒を呷り笑いながら言い放った。

 流石に城兵五千の全てを割いてまで来ることはないと思ったからだ。

 せいぜい千人ほどが侮って城から出たのだろう。

 

 だが、楊奉の考えは甘すぎた。

 五分もしない内に、次々と各陣営が急襲され、辺りが炎に包まれ始めたのだ。

 流石に酒を呷るのを止めて外を出ると、信じられない光景が目に焼き付いた。

 

「胡才様、討ち死なされました! 既に我が陣営は敵に囲まれているよし!」

「なっ!? 何だと!?」

 

 伝令から胡才の死を聞かされ、楊奉も酒酔い気分が流石に冷めた。

 しかし、未だに兵は二万近くいる筈なのに、どうして五千の兵が囲めるのか。

 答えは湞陽の城兵ではないからである。

 

 満寵が率いる臨賀郡の主力と范増らが率いる援軍の計三万の軍勢が、未明にかけて交州勢を包囲したのだ。

 これは間諜もさることながら、脱走した兵達がつぶさに情報を漏らしたのが原因だ。

 楊奉も斥候を出し警戒はしていたのだが、その斥候の兵のほとんどが紛れて脱走していたのである。

 

 狼狽えながらも状況を把握しようとする楊奉であったが、聞き慣れた声で名前を呼び捨てされた。

 その方角を見ると、大斧を小脇に抱えた者がいた。

 徐晃である。

 

「テメェ!? これは何のつもりだ!」

「見ての通りだ! 歓念されるが良かろう! 大人しく降伏すれば、某から命は助けて貰えるよう取り計ろう!」

「ふざけるなっ! 今までの恩義を忘れて何を抜かす!」

「・・・・・・ならば致し方ない。それっ! あの匹夫を召し捕れ!」

「くっ・・・・・・覚えていろ!!」

 

 徐晃を己の手で殺したい衝動に駆られるが、多勢に無勢である。

 味方の多くは次々と討ち取られ、そうでない者らは降伏を名乗り出る。

 間もなく司護が帰還するため、それによる恩赦があると満寵らは声高に叫ぶので、続々と降伏を申し出る有様だ。

 

 楊奉は自らの陣幕に火をかけ、逃走を試みる。

 中には先ほどまで添い寝をしていた娘がいるにも関わらずだ。

 

「何という卑劣な・・・・・・。ここまで落ちぶれていたか・・・・・・」

 

 徐晃は楊奉を諦め、悲鳴を上げる娘達の救出に全力を費やした。

 そのため、楊奉は数十人の供と脱出することに成功する。

 胡才は討ち取られてしまったが、李楽や程遠志、韓暹らは楊奉と同じように陣幕に火をつけて後続を断ち、合流してきた。

 三万もいた軍勢は僅か三千にも満たないことになり、散々たる結果となった。

 

「くそっ・・・・・・。どう言い訳すれば良いのやら・・・・・・」

 

 楊奉が呟くと、李楽は溜息をついた後、こう言った。

 

「文字通り最悪の事態だが、何とか取りなして貰えると思う。だが・・・・・・」

「本当か!? 李楽! ・・・・・・だが?」

「今まで稼いだお宝を全部捨てることになるぞ。勿論、お前さんもな」

「何だと!? どういうことだ!」

「おめぇが悪いんだろ! 俺まで巻き沿い喰らってんだ! ゴタゴタ抜かさずに出しやがれ!」

「・・・・・・ぐ・・・ぬぬ」

 

 前もって李楽は、主簿の郝普に多額の賄賂を差し出すことを早馬で伝えていた。

 悪知恵の働く郝普なら、何とかしてくれそうだからだ。

 

 一方、大惨敗の報せを聞いた郝普は、金勘定しながら弁護の仕方を考えていた。

 流石に宥めるだけでは董承も収まりがつかないであろう。

 考えた末、一石二鳥の妙案を思いついた。

 

 数日後、郝普が登庁すると、既に大惨敗の報せが董承の耳に入っていたところだった。

 思った通り「楊奉らの首を斬れ」と周りに怒鳴り散らしている。

 郝普は間合いを図り、董承にささやいた。

 

「この度の一件ですが、確かに楊奉にも責めはあります。しかし、それ以上の責めを負う者がございます」

「何だと? 一体、誰のことを申しているのだ?」

「鐘繇でございます」

「・・・・・・何故、鐘繇が?」

「鐘繇は再三、今回の遠征に反対していたではありませんか。その実は荊州から多額の賄賂を得ていたのです」

「なっ!?」

「ところが遠征ということになり、鐘繇は賄賂の見返りとして、楊奉らの情報を密かに垂れ流していたのです」

「・・・・・・ほ、本当だろうな?」

「そうでなければ、この惨敗の説明がつきません。ですが・・・・・・」

「何だ?」

「彼奴め。未だに尻尾を掴ませません。証拠がちと不十分です」

「それがどうした?」

「董州牧の手前、証拠もないとすると斬首という訳にはいきません。そこで、まずは蟄居を命じ、頃合いを見て殺しましょう」

「・・・・・・しかし、それでは不十分ではないか?」

「問題は荊州に情報が漏れていることです。それさえ無ければ問題はありますまい」

「・・・・・・ううむ」

 

 鐘繇は蟄居を命じられると、怒るどころか逆に安堵の表情を浮かべた。

 こうなることを密かに予感していたものの、斬首ではなかったからである。


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