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外伝60 飛翔伝令

 臨賀郡からの報告が衝陽郡に伝わると、別駕従事の鄭玄はすぐさま軍議を開き、二万の援軍を派兵することに決定した。

 問題は援軍に誰を遣わすかである。

 江夏へは大軍勢のため、主要な者達は皆、出払ってしまっている。


 真っ先に推挙されたのは豪傑と評判の都尉、許褚だ。

 その参軍として鄧芝に決定したが、駒がもう一つ欲しい。

 しかし、残っている者達は軍事に疎い者しかいない。

 桂陽郡から賀斉や徐盛を出すことも考えたが、そうなると衝陽が丸裸になってしまう。


「弱ったのぉ・・・・・・。どうしたものか・・・・・・」

 

 兵の再編を許褚、鄧芝の両名が効率良く進めるが、鄭玄は焦ることしか出来ない。

 そんな鄭玄の状況を聞いた者が、自ら臨賀郡へ向かうと言い出した。

 司護から亜父と呼ばれる謀略の士、范増だ。

 ただ、范増は仮病を使って江夏行きを辞退している。

 

「鄭別駕。儂もまだまだ老いてはおらぬ。従軍させてくれ」

「・・・・・・しかし、貴殿は病が治ったのか?」

「養生させて貰ったからのぉ。それに竪子が戻ってくる前に、もう一働きしておきたいのじゃよ」

「・・・・・・ご無理は禁物ですぞ」

「なぁに。まだまだ儂は男として痩せても枯れてもおらぬわ。何なら証拠を・・・・・・」

「・・・・・・お、おやめ下され。そのような物を」

「何じゃ!? そのような物とは!」

「・・・・・・いいから仕舞われよ。話を元に戻しますが、本当にご同行なされるのですな」

「無用な心配じゃ。交州の者どもに泡を吹かせてやるわい」

「・・・・・・はぁ」

 

 本来、儒教において人前で肌を晒すのは礼儀に反する。

 ましてや恥部を晒すなぞ、もっての外としか言い様がない。

 しかし、范増はそんなことはお構いなしである。

 

 范増だけではない。儒学者からしたら破廉恥な連中は数多い。

 陳平をはじめ、甘寧、彭越、周泰、蒋欽、李通らという連中もそうだ。

 中でも鐘離昧は酒の席で容姿をからかわれた際、酔った勢いに任せ、下半身を脱いで大きさを自慢してしまったりしている。

 

 さて、話を元に戻すことにする。

 范増は鄭玄と別れると、すぐさま手飼いの間者らを呼んだ。

 そして交州の現状をつぶさに聞くとポツリと呟いた。

 

「やはり董承という男は生かしておいた方が良さそうじゃな。獅子心中の虫は肥え太らせるに限るわい」

 

 范増は陰のある笑みを浮かべた後、間者らに交州に潜伏している者達への指示を改めてした。

 満寵が潜入させている間諜と連携し、内部での諜報及び破壊活動をさせるのだ。

 交州には忠義心の篤い者が少ないので、工作が容易い。

 それ故、賄賂による買収も訳なく成功するのである。

 

 さて、范増が鄭玄に申し出た三日後、増援部隊の準備が整った。

 既に交州の軍勢は出立しており、臨賀郡の城の一つである湞陽ていように進軍を開始していた。

 湞陽は南海郡の郡都である番禹ばんうのほぼ北に位置し、都への街道筋にあり重要な拠点である。

 元は桂陽郡であったのだが、臨賀郡に編入され、臨賀郡における重要な資金源の一つとなっている。

 

 湞陽は宿場町としてだけでなく、周辺には徐々に茶畑が整えられており、直に茶の名産地としても知られるようになるであろう。

 この事は董承も知っており、臨賀郡を攻めた理由にもなっている。

 もし、臨賀郡を係争地とした場合、湞陽は桂陽郡であったため、再度桂陽郡へ編入されてしまう恐れがあるのだ。

 

 その湞陽の城の造りであるが、峠付近に存在し、一段小高い岡の上にそびえている。

 最近、付近で見つかった石灰岩があったため、壁は混凝土コンクリートで補強されており、難攻不落のていを成している。

 そして、その城を守るのは文聘だ。

 まだ成人して間もないが、知勇兼備の猛者という評判の都尉として兵五千と共に籠城している。

 

「ふん! ケツの青いヒヨッ子が守将とは笑わせる! 一気に攻め潰すぞ! 野郎ども! 中は財宝だらけだ! 行け!」

 

 下卑た笑い声を上げながら楊奉は三万の軍勢に突撃命令を下知した。

 最初は勢いに任し、雄叫びを上げながら突進する楊奉の兵であったが、すぐに落石や矢の餌食となり、早々にひるんでしまう。

 

「ハハハハ! 交州の兵とはこんなものか! 無頼漢どもの寄り合い所帯では当然であろうがな!」

 

 文聘は城兵を指揮しながら甲高い笑い声と共に罵倒する。

 すると更に交州の将兵を逆なでする。

 

「くそっ! あの青二才め! 俺が引導を渡してやる!」

 

 怒り狂ったのは黄巾の強者として名を馳せた程遠志である。

 得物の長刀を携えて城門近くまで出向き、文聘に向かって大声を張り上げた。

 

「おい! そこの小童! 大将なら俺と一騎打ちで勝負しろ!」

「フン! 何処のどいつだか分からぬ雑兵なんぞ相手にするものか!」

「何を!? 俺は程遠志だ! どうだ!」

「ハハハハ! こいつは片腹痛い! 賊将が更に落ちぶれた果ての名称が思い浮かばぬわ!」

「なっ!?」

「お前がここに居るということは、張兄弟も匙を投げたからであろう! お前なんぞを寄越すとは、董承も随分と落ちぶれたものだな!」

「ふざけるなっ! 俺は今や官軍だぞ!」

「黙れっ! 民と共に宦官どもの圧政に立ち上がった筈のお前が、何故なにゆえ民を苦しめる側にいるのだ! それこそ張兄弟がお前を見捨てた証拠だ!」

「うぬぅ! 言わせておけば・・・・・・」

「それっ! 相手は民のかたきだ! 者ども! 遠慮無く矢を射て!」

 

 文聘がそう叫ぶと同時に無数の矢が程遠志を襲う。

 程遠志も馬鹿ではないので、矢の射程外から吠えたのだが、逆に大恥をかいただけとなった。

 本来なら一騎打ちを断った時点で士気は落ちるのだが、湞陽の兵は交州勢に住処を追われた山越や荊南蛮の連中が多い。

 そのため恨みは根深く、それが士気を大いに高めている。

 

 楊奉らは勢いに乗って一気に湞陽を攻略しようとするも、全てが頑強で全く歯が立たない。

 そこで包囲をし、持久戦に持ち込むことにした。

 江夏郡へ遠征した軍勢が容易に戻らないと考えてのことだ。

 

 だが、包囲したまでは良いものの、悪戯に戦さが長引けば士気に関わる。

 そこで楊奉は士気を高めるため、近隣の集落に対し襲うことにした。

 別働隊に略奪させ、若い女性を拉致するためだ。

 そして楊奉は別働隊の隊長を誰にするか決めようとすると、意外な人物が名乗りを上げた。

 部曲長の徐晃だったのだ。

 

「おい。本気か? お前が隊を指揮するだと?」

「はい。某では不服ですか?」

「いや、お前さんなら問題はねぇんだが・・・・・・。どういう風の吹き回しだ?」

「ハハハハ! 郷に入りては郷に従えということです」

「良し! やっとお前さんも分かってくれるようになったか! 感心したぜ」

「流石に鐘繇さんみたいに某も成りたくありませんからな」

「アッハッハッ! それもそうか!」

 

 楊奉は心中ではいぶかしがったが、敢えて徐晃に合わせた。

 部下を疑えば味方の士気も下がるからだ。

 楊奉もそれ位は心得ている。

 

 徐晃はお礼にと極上の酒を楊奉に献じ、そそくさと陣へ戻った。

 楊奉は素直に喜び、略奪してきた数人の若い娘に酌をさせ、俄の宴会となった。

 丁度、宴会が催された時、そのことを聞いた楊奉の友人、韓暹かんせんは怪しみ、楊奉の真意を聞くことにした。

 

「おい。あいつは荊州にそのまま下る気じゃねぇのか?」

「なぁに。奴に伝手がある訳がねぇだろう。それに奴につける連中は西湖党さいことうの連中だ」

「ハハハ! そうか! それなら問題あるまい!」

「だろう? 俺だって馬鹿じゃねぇ。それ位は心得ているぜ」

 

 西湖とは現在の浙江省杭州市にある世界遺産にも選ばれた湖のことだ。

 その西湖を根城にして暴れ回った連中が西湖党である。

 何れも気性が荒く、人を殺すことが好きな連中で、隊の中でも凶暴さでは群を抜いている。

 そんな連中を二千人も徐晃につけるのだから、徐晃が投降しようにも出来ないという考えである。

 

「何? 某に西湖党の連中を?」

 

 徐晃は伝令からその事を聞くと、何食わぬ顔をして酒をあおった。

 しかし、内心では気が気では無い。

 西湖党の連中は凶暴さもさることながら、個々の力量も相当なものなのだ。

 

 徐晃が目で下がるよう促したので、伝令は陣幕を後にした。

 すると隠れていたのか、陰の方から周りを覗いつつ、男が出てきた。

 男の格好は如何にも行商人という格好で、この陣営に酒を持ち込んだ者である。

 

「ちょいと困ったことになりました。伯寧殿」

「おいおい。君らしくないな。公明君ともあろう者が」

「仕方ありますまい。西湖党の連中は何れも荊使君を嫌っている連中です」

「どうもそのようだな。まぁ、仕方あるまい。噂によれば悪逆非道な連中の集まりとか」

「随分と他人事のような物言いですな……」

「それよりもだ。君はその西湖どもと一緒に略奪する気かね?」

「……冗談じゃない。某は、そのような気は毛頭ございませぬ」

「ならば問題はない」

「しかし、臨賀郡の府君の貴方がどうしてまた……」

「さぁね。恐らく我が君に毒されたのであろうよ」

「某は一介の部曲長ですぞ。お気持ちは嬉しいが、貴殿の身に何かあったら……」

「ハハハ。それならお手柄ではないかね?」

「滅多なことを……。しかし、その様子では何か策をお持ちなんでしょうな」

「ああ。当然のことよ。策はこれだ」

 

 行商人は懐から取り出したのは鳩である。

 徐晃はそれを見て更に怪訝そうな表情になった。

 

「……鳩が策?」

「その通り。この鳩が策だ」

「……意味が分かりませぬ」

「君らが襲う集落の場所を知らせれば良いのだ。その付近に伏兵を忍ばせ、一気に殲滅する。ただ、今から知られずに早馬を使うなんぞは無理だからな」

「……はい」

「そこでこの鳩を使う」

「……はぁ?」

「これは伝書鳩と言ってな。目的地まで飛んで行ってくれるのだよ。だから要点を記した布を、足に巻き付けてやれば良いのだ」

「……本当ですか?」

「遙か西の羅馬ローマという場所では実際に使われているものらしい」

「羅馬ですか……。噂には聞いたことがありますが、何故そんなものが……」

「それは自分で確かめれば良い。君なら文句なしで推挙できる。我が君も大喜びするであろうよ」

「お眼鏡に叶いますかな……」

「ハハハ。だが、まずは西湖党の連中を皆殺しにしてからだ。一応、同じ釜の飯を食った仲のようだが……」

「その点はご安心を。連中と一緒に食った飯は不味いこと、この上なしでしてな」

 

 既に読者の方はお気づきであろうが、行商人の正体は満寵である。

 酒の行商人に成りすまし、賄賂を使って潜り込んだのだ。

 交州の軍規が乱れているのもあるが、容易に潜り込めたのは范増の間諜の手伝いもあったからだ。

 

 翌日の早朝、満寵が鳩を放つと、鳩は湞陽の北へ百里(約45キロメートル)の位置に舞い降りた。

 そこには鳩舎がある砦の一つがあり、そこの鳩使役きゅうしやくという新たな役職を持つ者が管理している。

 その鳩使役が布きれを鳩から外し、今度は早馬で遊軍を指揮している李通の下へと連絡する。

 

「……面白ぇ。相手は西湖の連中か。ならば皆殺しにする甲斐があるってもんだ」

 

 李通は元々渡世人で、言わば侠客の類である。

 強きをくじき、弱きを助けることを旨とする李通にとって、西湖党の者達は許せない連中だ。

 そのくせ西湖党の者達は、己のことを侠と自負している。

 それが李通にとって最も許せない行為なのだ。

 

「おい! 野郎ども! 出入りだ! まとめて冥府に叩き込むぞ!」

「おうさ!」

 

 李通が兵の主力として使うのは、同じ侠客上がりの連中だ。

 何れも腕っ節に自信があり、血気早く、義侠心に満ちた連中である。

 それ故、相手が西湖党と知れ渡ると、異様な盛り上がりを見せる。

 中には肉親を西湖党に殺された者もおり、それが更に拍車をかける。

 李通の兵らは皆、家族同然の意識を持っているので、当然のことである。

 

 李通は早速、襲われる村へと手の者を向かわせた。

 その村で伏兵し、一気に奇襲攻撃を仕掛けるためだ。

 村人らは皆、驚いたが、李通が来ると知ると安心して避難を開始した。

 

 二日後、李通隊およそ三千が村に西湖党らを先回りし村へ入ると、すぐに皆が変装し始めた。

 屈強な千人を村人に化けさせ、残りは周辺で潜ませるのだ。

小柄な者は子供に化け、髭のない者は女装し、顔を汚すなどをして奇襲の準備を整える。

 変装の最中、極稀に鐘離昧ほどではないものの、似合う者がいるとふざけてその者の尻を撫でる者もいたりする。

 他愛のない馬鹿騒ぎだが、これから血で血を洗う修羅場の前でもおどけられるのは、既に慣れている証なのであろう。

 

 更にその二日後、徐晃が率いる西湖党の連中およそ二千の略奪隊は、意気揚々と村付近へやって来た。

 副将に宛がわれたのは、元は西湖党の幹部であった張闓ちょうがいという者だ。

 彼は徐州にて当初は黄巾賊に、次に天帝教に鞍替えし、そのまま交州で程遠志の配下となった。

 予定では何曼、刑道栄らと共に揚州豫章郡を攻め、今頃はいっぱしの頭目になっている予定であった。

 それが今では一周り以上も年下の補佐役を命じられる始末だ。

 そのため、司護には恨みを抱いており、その恨みを略奪で憂さを晴らそうとしていた。

 

「おや? こいつぁおかしいぞ」

 

 張闓がそう呟くと徐晃は一瞬ヒヤリとしたが、冷静を装い張闓に質問をする。

 

「何がおかしい?」

「いえね。妙に静かなんですわ。鳥の鳴き声が聞こえねぇ」

「ハハハ。何だ。そんなことか。虎か熊でもウロついているんだろうよ」

「それにしても静かすぎますぜ。斥候を出した方が良いんじゃねぇんですかね?」

「これから襲う村はこの辺でも大きいものらしい。だとすれば、猟師の類がいる筈だろう」

「へぇ?」

「そいつらが村の猟師に見つかってみろ。村の門は固く閉ざされ、頑強に抵抗しよう。そうなれば敵の遊軍に気づかれる恐れもある」

「いやぁ、言っていることは分かりますがねぇ」

「もしもだ。それで逆に追われる羽目になったら、君は責任を取れるんだろうな」

「……」

 

 張闓は内心で「この青二才が」と徐晃を詰った。

 だが、徐晃の言うことも一理ある。

 もしも手ぶらで帰ることになったら、何をされるか分からない。

 

 そもそも張闓は徐晃のことを信用していない。

 そのため、お目付役として同行しているのだが、今のところ怪しい素振りは見せてはいない。

 唯一、怪しい点があるとすれば行商人らの存在であるが、出立前に行商人は全ていたので、疑うことは不可能だ。

 連絡方法がない以上、繋ぎをつけて待ち伏せ出来ない筈である。

 ……そう、空を飛ぶことを除いてだが。


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