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外伝59 董承の野望

「何!? それは真か!?」

 

 荊南勢が十万規模の軍勢を、江夏に繰り出したという報告を受けた交州別駕従事の董承は思わず大声を上げた。

 そして次に高笑いし、気分を高揚させ大声でこう叫んだ。

 

「今こそ臨賀郡を奪還し、董一族の武名をもう一度、天下に示す時である!」

 

 行商人に扮した間諜を伴い、報告した主簿の郝普は続けとばかり更に相槌を打つ。

 

「如何にも。しかも相手は逆賊の司護であります。これを誅してこそ、漢の再興と言えましょう」

 

 董承は嬉しそうに大きく頷く。

 司護は本人からすれば全く意識していないが、この交州でも人気が鰻登りだ。

 天帝教は無くなったが、それ以上に厄介な新興宗教組織が起こり始めているから余計である。

 

 その新興宗教組織とは司護を教祖とするもので、主に山越や南蛮といった異民族の者達に受け入れられている。

 その為、交州の抵抗勢力は天界から司護が帰り次第、司護の勢力を交州に引き入れると公言している。

 これが董承の悩みの種となっており、公私ともに司護を憎む要因となっている。

 

 司護の交州支配待望論は根強く、迷信的な噂がそれに拍車をかけている。

 司護は一日千里を歩くだの、空を飛ぶだの、はたまた水の上を歩くと言った出鱈目が横行している状況だ。

 更に酷いものがあるので、幾つかここで紹介しておく。

 

 太歳星君(疫病を引き起こす神)を地底の奥深くに封じた。

 ばつ(黄帝の娘で日照りを引き起こす女神。旱魃を引き起こす)を宥め、旱魃を封じこめた。

 息壌(大洪水を引き起こす怪物)を全て倒し、洪水を防いだ。

 猩々(しょうじょう)(酒飲みの妖怪。日本では能の演目もある)に酒を献じ、代わりに神通力を受け取った。


 他にも様々なものがあるが、これらが代表的なものである。

 中には司護が結婚をしないのは「既に妭と結納を交わしているから」というものもある。

 司護からしたら噴飯ものだが、それが真面目に信じられているのだ。

 

 現在の交州は天帝教が既に瓦解しているが、残党の一派は区連に与し、もう一派は董一族に帰参している。

 瓦解した理由だが、闕宣けっせんが興した天帝教と、許韶きょしょうを教祖とする天帝教は名前だけしか共通点がない。

 それもその筈で、勝手に闕宣が名乗っただけなので、当然の話である。

 幹部の祖郎は、徐州から落ち延びてきた程遠志らを粛正しようとしたが、これを許韶が止めてしまった。

 改めて教化させれば良いという判断だからだが、それが仇となり、許韶は程遠志らに暗殺されてしまう。

 

 丁度その時、劉備の配下となった胡昭から渡された手紙で、厳白虎らが軍勢を引き連れて交州へやってきた。

 その途端、許韶が殺されてしまったのだから、厳白虎としては憤懣ふんまんやるかたない。

 祖郎と合流し、程遠志らを攻撃したのである。

 

 当初、程遠志らは劣勢となったのだが、思わぬ援軍が現れた。

 先に官軍に帰参していた楊奉、王忠らが援軍として駆けつけたのだ。

 これにより祖郎や厳白虎らは区連を頼り、林邑国(日南郡)へと落ち延びていった。

 

 晴れて官軍として帰参した程遠志だが、これには理由がある。

 妖賊許韶の首を挙げたというものだが、ここにある人物が絡んでいた。

 王忠らをそそのかし、朱符を失脚させた郝普である。

 

 郝普は王忠や楊奉が帰参すると、すぐさま董承に取り入り、そのまま主簿となった。

 そして程遠志が交州へ入ると、密かに程遠志と謀って許韶を暗殺させたのである。

 目の上のタンコブが無くなったことは、董承にとって有り難いことこの上ないものであった。

 そしてそれ以降、董承は郝普を重用し、鐘繇に代わる右腕としている。

 

 話を元に戻そう。

 董承は政庁に出向き、交州牧となっている兄の董重と面会した。

 臨賀郡攻略を直訴するためだ。

 

 董重は政務を全て鐘繇に託し、自分は優雅に若く美しい娘達を傍らに置き、日々愉しむ毎日を過ごしている。

 この娘達は元々、天帝教の巫女達で、程遠志らが略奪した者達だ。

 それを選りすぐって賄賂として董重に贈ったのである。

 董承は政庁に来てまで自分の孫より年が若い側女らと戯れる自分の兄を軽蔑しつつ、話を繰り出した。

 

「兄上。臨賀郡を攻略する機会は今しかございません。早急に兵を集めるお許しを」

「・・・うむ。とは言え、区連や士燮ししょうらは警戒しなくて良いのか?」

「その両名は捨て置きましょう。こちらから手出しさえしなければ何の問題ありません」

「しかし、司護の兵は皆、屈強と聞く・・・・・・」

「向こうは十万以上の軍勢を既に江夏郡へ派遣しておるのです。これを好機と言わずして、何を好機と言うのか」

「・・・・・・そ、そうよのぉ。だが、まずは鐘繇に聞かねば・・・・・・」

 

 思わず董承は舌打ちした。

 当初、鐘繇は董承の相談相手であったが、何かと順序を重んじる鐘繇を疎んじて距離を置いたのだ。

 その後、郝普が鐘繇の後任として参謀役となっている。

 

 一方の鐘繇は依然として交州におり、董重の相談役となっていた。

 そして現在、事あるごとに董承の意見を悉く反対している。

 

 鐘繇は誠実な人柄で公私混同はしない。

 反対している理由はただ一つ。董承のやり口が目に余るからだ。

 特に異民族の抵抗勢力への扱いにおいて、双方の考え方に大きな隔たりがある。

 

 鐘繇の主張は懐柔政策だ。

 抵抗する異民族に対し、恩赦を与えて取り込もうとするものである。

 これに対し、董承の主張は強行的な同化政策で、抵抗する者は容赦なく根絶やしにするというものだ。

 

 議論の末、董承は自身の意見を強引に押し切り、強行策で決まった。

 そして、天帝教が瓦解した後、その強行策は成就するかに思えた。

 しかしである。そこで更に強力な司護を教祖とする組織が誕生してしまったのだ。

 

 抵抗勢力は主に臨賀郡との郡境にゲリラ戦を展開し、劣勢になると臨賀郡へと逃亡する。

 それ故、全く取り締まることが出来ず、指を咥えて見るしかない。

 ただ一度だけ臨賀郡に侵入し、深追いをした部曲長もいたが、その部曲長は逆に李通によって討ち取られてしまった。

 

 更に厄介なことに抵抗勢力は装備も良質なものを得ており、逆に董承が差し向けた軍勢を度々破っている。

 主に率いているのは潘臨という若い山越人で、自身の武勇も中々のものだ。

 そして良質な装備を得ている理由だが、これは臨賀郡太守の満寵が趙佗に命じて支援しているからだ。

 

 臨賀郡は既に発展しつくしており、都への交通の要衝も多いため宿場町も多い。

 それ故、現在の交州の三つの郡を合わせるよりも収入が多い。

 

 更に言えば交州の北に位置している為、上洛に最も近い位置となる。

 董承にとって、再び上洛することは悲願なのだ。

 その為には例え強引でも、戦さを仕掛けることも辞さない。

 以上の三点が臨賀郡を付け狙う主な理由である。

 

 話を元に戻したい。

 鐘繇が静かに入室すると、子細を聞いた後、深呼吸をした。

 意見をする際に行う癖なのだが、董承から見れば自分に反対する下準備にしか見えない。

 

「率直に申しましょう。臨賀郡への侵攻には反対でございます」

 

 董承は最初から反対されると予想していたので、別に驚きはしない。

 ただ、単純に腹ただしいだけである。

 それ故、董承は語気を荒げて反論する。

 

「では、何か!? 君は臨賀郡を取られたまま、おめおめと引き下がれとでも言うのか!?」

「まず大義名分が成り立ちません。それに兵を使うのは愚の骨頂であります」

「な、何だと!?」

「元々、臨賀郡の土地は係争地にございます。朝廷に仲介を申し立て、道理をもって取り戻すのが筋と言うものです」

「馬鹿なっ! 十常侍や何進どもが我らを利することなぞ無理に決まっておる!」

「王允殿や袁一派と組むのです。我らにはまだ伝手がございます。一方の司護は何も伝手がございますまい」

「駄目だっ! 兵を割いた現在こそ攻めるのに適しているのだ! そんな悠長なことをしていたら防備を固められてしまうぞ!」

「向こうも警戒は怠ってはいないでしょう。それに経済規模からすれば、まだ余力を残している筈です」

「大体だ! 王允らと手を組んだにしても確証はあるまい! それに司護が素直に引くとは限らぬであろう!」

「引かなければ大義名分が立ちます。それに荊州牧の地位も危うくなります。それを狙うのです」

「君は知らんのか!? そもそも彼奴は賊だぞ! 気に入らなければ賊に戻るだけだ!」

「しかし、それは・・・・・・」

「それに裏では劉寵や劉繇とも通じているのは明白だ! しかも奴の息子は劉寵の娘と姻戚だ! 奴が劉寵を使って禅譲を強いるのは見え透いておる!」

「・・・・・・・・・」

 

 鐘繇はそれ以上、何も言わなくなり、黙ってその場を後にした。

 董承は外戚として、かつて都で謳歌していた過去を固執しているのだ。

 そして、その過去を現在進行中で邪魔しているのが何進であり、未来形は司護と決めつけているのである。

 

「これでは朱符の二の舞だ。私も遅かれ早かれ、何れは同じ運命か・・・・・・」

 

 鐘繇は小声で呟き、現在の状況を嘆いた。

 一番恐ろしいのは司護本人ではなく、司護を盲目的に信仰している民衆であることを董承は理解していない。

 董重は自身の孫以上に若い美女に夢中であるし、鐘繇はさじを投げるしか出来ない状況である。

 

 またもや強引に押し切った董承は、直ぐさま涪陵郡に使いを出した。

 涪陵郡は荊州零陵郡の隣にあり、零陵郡からの援軍を牽制するためだ。

 涪陵郡太守の張忠は、司護に対し根強く恨みを持っているので、これに快く応じた。

 

 それと同時に董承は楊奉、李楽、そして新たに加わった程遠志らを加えた総勢三万の軍勢を再編成した。

 兵のほとんどを豺狼のような者達で編成するためだ。

 遠慮せずに略奪できるとあって、士気も高い。

 そんな中、一人浮かない顔をする部曲長がいた。

 徐晃、字が公明という者だ。

 

「何が漢のためだ・・・・・・。馬鹿馬鹿しい。仮にも皇族の縁戚であろうに・・・・・・」

 

 元来、徐晃は正義感が強く、公私を混同させることを忌み嫌う男だ。

 それ故、董承の命令には素直に従うことに嫌気がさした。

 普段であれば表情には出さないが、この時ばかりは珍しく顔に出てしまっていた。

 

「おい徐晃。何か悪いもんでも食ったか?」

 

 徐晃の様子を見て、そうからかったのは上官の楊奉だ。

 それに対し、徐晃は素っ気なく受け答えをする。

 

「いえ、別に・・・・・・」

「そうか。まぁ、ここいらの飯は辛いだけで美味くもねぇがな。それよりもだ」

「・・・・・・それよりも?」

「臨賀を落としたら俺様を県令にしてくれるらしい」

「・・・・・・ほう」

「お前さんも校尉ぐらいにしてもらえるだろう。その大斧で遠慮なく賊どもを討ってくれよ」

「・・・・・・御意」

 

 徐晃は心の中で「どっちが賊なんだか」と呟いた。

 だが、未だに部曲長の地位に甘んじている以上、意見することなぞ無意味である。

 

 さて、行商人に化けた間諜を使い、情報を得ているのは臨賀郡も同じだ。

 間諜から仔細を聞いた臨賀郡太守の満寵は、口髭を整えつつ、あることを模索していた。

 報告に上がった名前に知っている名前があるからだ。

 

「私の知っている徐晃なら、ここで無駄死なんぞさせるべきではない。さて、どうしたものか・・・・・・」

 

 情報を聞く限りでは、同姓同名とは考えづらい。

 得物を大斧とし、荊南でも猛者との定評がある甘寧と互角に戦い、兵の指揮も隙が無い。

 元は同じ県の役人の同僚でもあり、その頃から満寵は徐晃を高く評価していた。

 

「司使君も徐晃を見れば、必ずや麒麟児と持て囃すであろう。ならば如何にして味方に引きずり込むかだな・・・・・・」

 

 目を閉じて考え込んでいると、ある人物が部屋に入ってきて満寵に話しかけた。

 交州の諜報活動と抵抗勢力の支援を任されている都尉の趙佗だ。

 

「ああ、趙都尉(趙佗)か。如何致した?」

「現時点でも容易に打ち破れます。既に湞陽ていよう県令(李孚)と文都尉(文聘)は防備を固め、李校尉(李通)は遊軍として整えてございます」

「うむ。確かに七分勝ちであれば問題はないな。ただ・・・・・・」

「何です?」

「今回はもう少し欲張りたい。二度と手出し出来ぬよう、完膚なきまで叩きのめす必要がある」

「お言葉ですが、逆効果ではありませんかね?」

「ハハハ。確かに躍起になるだろうな。それで増税を繰り返してくれれば勝手に自滅する」

「ハハハハ。成程、朱符の二の舞にする訳ですか」

「そうだ。それ故、ちと兵の数が足りぬ」

「ならば急ぎ衝陽へ出向き、援軍を要請致しましょう」

「出せるかな? 流石に十万余の軍勢を江夏に送っている最中だぞ」

「劉督郵(劉先)が申すには、まだ余力があるとのことですな」

「・・・・・・一体、どれだけ余力があるのだ? 我が陣営は・・・・・・」

「ハハハハ。全くです。司使君のお陰で増税など行わなくても、勝手に向こうから金と兵がやってくる」

「他の為政者からしたら、羨ましいことこの上ないだろうなぁ・・・・・・」

「司使君を崇めれば、冥府において泰山府君の覚えもめでたいという噂もありますしな」

「・・・・・・それは君が交州で流している噂ではないのかね?」

「アッハハハ! 使えるものは何でも使いましょう!」

 

 泰山府君とは日本において閻魔大王のことだ。

 つまり、死んでも閻魔大王が便宜を図り天界へ行ける。

 または、より良い家柄などに生まれ変わることが出来る。

 そういった噂が反抗勢力に根強く浸透している。

 日本における一向一揆と同じものだ。

 そして、交州の入るであろう税収は寄付金となり、そのまま荊州へと流れている。

 これでは交州は堪ったものではない。


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