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外伝56 江夏戦役(中編)

「あの野郎! ふざけやがって! テメェの無能さを棚に上げてどういうつもりだ!」

 

 項籍は孫堅から出陣不可のことを聞いた瞬間、城門前で張り上げた以上の雷鳴を轟かせた。

 間近で聞いた孫堅は一瞬、耳が聞こえなくなったほどだ。

 

「・・・・・・すまぬな。俺には覆す権限がない」

「親父殿が謝ることはない! 今すぐ袁胤の首を斬り、そのまま袁術を攻め滅ぼそうぞ!」

「・・・・・・確かお前は策と公瑾の義兄だった筈だよな?」

「いきなり何を・・・!? それがどうしたというのだ!」

「お前は義弟二人のことを全く思っていないということだな」

「何を馬鹿なことを! 二人なら同じこの陣営にいるであろう!」

「馬鹿者! その二人の妻達が今いる場所は寿春だ! お前が知らぬ筈があるまい!」

「・・・・・・ぐっ」

「あの二人のことだ。お前に『気にするな』と言うであろう。だが、お前はそれでいいのか!?」

「・・・ううむ」

「良いか。少しは後先を考えよ。それに、お前にとっては義妹なんだぞ」

「くそっ! 分かったよ!」

「いいや。まだ分かっていない」

「・・・・・・何だよ。まだあるのか?」

「徐州において城門を打ち破った際、何処の城でも乱暴狼藉を許したであろう」

「それがどうした?」

「最後まで聞け。しかも、女子供を追い立て、敵兵ごと射かけたとか」

「それの何が悪い? 混乱している最中、絶好の機会をみすみす見逃せとでも・・・・・・」

「このたわけ者め!」

「何っ! 策の親父と思って下手に出ていれば・・・・・・」

「その中に、お前が追っている娘がいたらどうするつもりだ!?」

「あ!?」

「お前は項羽のことを馬鹿にしているらしいが、考えなしに行動する匹夫の如きは、正しく項羽そのものだ!」

「な、何を・・・・・・」

「そして、今度は『俺は悪くない。天が悪い』と他に責任を擦り付けるつもりか!? 大概にせよ!」

「・・・・・・お、俺は断じて項羽の生まれ変わりなどではない!」

「だが、このままでは同じ道を歩むであろう。いや、もっと悲惨だ」

「どういう意味だ!」

「項羽は血統があった。それ故、地盤もあった。それに対し、お前は何もないではないか」

「・・・・・・」

「このままでは天下どころか太守も夢のまた夢だ。なったとしても、その辺の黄巾や山賊と変わりあるまい」

「な・・・・・・」

「子羽よ。お前の気持ちも良く分かるのだ。俺も孫武の血筋とはうそぶいているが、確たる証拠もないしな」

 

 そう言うと、孫堅は項籍に自身の生い立ちを話し出した。

 項籍に納得してもらう為である。

 

 孫堅の父、孫鍾は会稽郡銭唐県の生まれで、当時の会稽太守劉寵の部曲長として働いていた。

 ここでの劉寵は字を祖栄と言い、豫州王を名乗る劉寵とは同姓同名の別人だ。

 劉岱、劉繇兄弟の大伯父にあたる人物である。

 

 孫鍾は海賊討伐などで手柄を立てたが、流れ矢の傷が元で孫堅が成人する前に病死した。

 後を継いだ孫堅の兄、孫羌も妻を娶った後、流行病で相次いで亡くなる。

 更に運が悪いことに、その流行病で母親も病死した。


 孫堅は幼い弟の孫静、孫羌の子である孫賁、孫賁の弟で当時は赤子であった孫輔らと共に会稽郡銭唐県に向かう。

 孫堅が母親の実家でもあり、自身の生まれ故郷である呉郡富春県で過ごしていたからだ。

 そして、奇しくもそこでは海賊らが町で暴れていた。

 しかも、父が亡くなる原因となったのと同じ状況でだ。


 孫堅は「これぞ父の汚名返上」と武者震いしたが多勢に無勢。

 そこで一計を練り、大軍が押し寄せてきたような振りをして海賊を追い出したのだ。

 武勇にも自信がある孫堅であったが、父よりも不利な状況で戦うことを是としなかったのである。

 そして、このことを聞きつけた当時会稽郡の主簿であった朱儁と出会う。


 朱儁は、孫堅の父の出身地が自分と同郷であったことから孫堅を可愛がり、良く面倒を見た。

 孫堅もまた朱儁の期待に応え、着実に功績を挙げた。

 その後、朱儁が中郎将となると中央に招聘され、共に黄巾賊討伐に乗り出すと校尉となり、各地を転戦し活躍した。


 袁術の配下となったのは朱儁の持病が悪化し、朱儁の下で働けなくなったためだ。

 朱儁が袁術に紹介する形で、孫堅は袁術の配下となったのだ。

 朱儁は袁術と劉繇とで天秤にかけたが、袁一族の下の方が立身出世しやすいと考えたからである。

 もし、劉繇に紹介されていたら、その後の展開は違ったものになっていたであろう。


 因みにだが本来、朱儁は孫堅に自身の役目を継がせようとした。

 だが涼州にて辱めを受けた董卓が十常侍らを買収して阻止し、却下されてしまった。


 項籍はキョトンとした目で孫堅を見た。

 何故、孫堅が自身の生い立ちについて語ったのか分からないからだ。

 それ故、孫堅の話が終わった後、項籍は孫堅に質問した。

 

「・・・・・・おい。長々と随分、語ってくれたが何が言いたいんだ?」

「・・・・・・分からんのか。俺がこうしているのも兄弟や親族がいたからだ」

「・・・・・・は?」

「兄貴が死んだ時、俺は途方にくれた。だが、俺には弟や歳の近い弟同然の甥もいた」

「・・・・・・」

「いいか? 俺は弟らの手助けもあって、ここまで来れたのだ」

「孫の親父殿。親父殿が一人で一族の面倒を見てきた筈じゃないのか?」

「人にはそれぞれ役目がある。俺が今日あるのは一族を含め、頼もしい部下がいるからだ」

「・・・・・・」

「子羽・・・いや籍よ。お前はまだ若い。そして、圧倒的に強い。天下無双の武勇だけでなく、天性の勘もあり、兵法もロクに学んでおらぬのに用兵の妙もある」

「・・・・・・で?」

「だが、このままでは項羽の二の舞だ。まぁ、お前さんが項羽の生まれ変わりかどうかは知らぬがな」

「よせ! 俺は項羽などではない! 奴はただの負け犬だ!」

「お前はその負け犬に劣るのだ! いい加減に気づけ!」

「何だと!? さっきから・・・・・・」

「俺を殺すのか!? そして義弟二人も殺すのか!? そして未だに夢でしか会えぬ娘も殺すのか!?」

「・・・・・・」

「・・・・・・お前は策の義兄だ。言わば俺の義理の息子だ。確かに腕っぷしでは敵わぬ」

「・・・・・・」

「だが、負け犬に成りたくないのなら、大人しく俺の言うことを聞いてくれ。頼む・・・・・・」

 

 孫堅はそう言うと項籍に深々と頭を下げた。

 そして、項籍はその時に気づいた。

 孫堅は孫策らを悲しませないためにそうしたのだ。

 

「親父殿。悪いのは俺だ。頭を上げてくれ・・・・・・」

 

 項籍は素直に己の非を認め、反省した。

 ゲームの中の世界ではあるが、この世界の項籍も木の俣から生まれてきた訳ではない。

 ただ、項籍が幼少の時に相次いで病死したため、項籍には親との思い出というものがない。

 

 それ故、項籍は孫堅に対し、尊敬の気持ちが芽生えた。

 両親への憧れというものもあったのであろう。

 史実においても、項羽は親代わりとなった叔父項梁には素直に従っている。

 

 そして項籍に力説した孫堅もまた、自身の発言で自分を言い聞かせていた。

 孫堅も短気なところもあり、袁胤に対して殺意が芽生えたのは、つい先日のことだからだ。

 また、慢心しがちな性格を朱治から指摘されたことあって、自身の諫言とすることにした。

 

 その後、両陣営は特に動かなくなった。

 項籍を城門前に出すにしても、項籍の申し出を断ってしまったので、袁胤もばつが悪い。

 

「仕方がない。劉祥の首を刎ねてやろうと思ったが、このままではらちがあかぬ」

 

 袁胤は劉祥が小心者と知っていたので、劉祥に対し降伏勧告の使者を遣わした。

 ところが驚いたことに、その使者は劉祥に罵倒され、這々の体で逃げてきたのである。

 袁胤としては屈辱以外の何物でもない。

 

 劉祥としては降伏を受け入れたところで、袁術が自身の命を助けてくれる保証はない。

 仮に命が助かったとしても、そのままジリ貧になるのがオチだ。

 それよりも司護の部下の前で袁胤の使者を罵倒した方が、今後の為になると思ったのであろう。

 

「おのれ! 余の温情を仇で返すとは何たる恥知らずめ!」

 

 袁胤は激怒したが、総攻撃は出来ない。

 何故なら橋蕤が首を縦に振らないからだ。

 橋蕤は頑なに項籍の夜襲を支持し、それが仮に失敗した後、総攻撃を主張している。

 そのために話が平行線を辿り、悪戯に時間が過ぎていった。

 

 そうこうしている内に、まずは援軍の本隊第一陣が到着。その数、二万弱。

 率いているのは灌嬰かんえい、太史慈ら桂陽勢と曹操の章陵勢だ。

 この時点で完全に包囲は出来なくなり、袁胤らは後方に陣を退いた。

 

 加えてその三日後には援軍第二陣の四万が到着。

 その二日後に襄陽勢、南陽勢を伴う本隊が到着し、全ての大軍勢が集結した。

 先に西陵に入った二万を加えれば十三万余りとなる。

 

 袁胤は当初、荊州連合軍による援軍の数を水増ししたものと高を括っていた。

 しかし、本当に十万以上の兵がやってきたのを見て、流石に色あせた。

 

「ううむ・・・・・・。しかし、このまま退却となれば伯父上に何と申し開きをすれば良いか」

 

 袁胤は迷った挙げ句、執拗に嫌みを言い続けた孫堅に相談した。

 恥も外聞もないことだが、ここに至っては仕方がないことである。

 

「・・・・・・なぁ。孫府君。何か手立てはないであろうか?」

「今更ですか? 私の首を刎ねて士気でも高めるおつもりですかな?」

「・・・・・・い、いや。あれは本心ではないのだ。頼む」

「頼まれましてもな・・・・・・。これではどうにも出来ませぬ」

「ああ。別に勝たなくても良い。余の面子を潰さなければ良いのだ」

 

 孫堅は袁胤の顔に唾を吐きたくなったが、敢えて我慢をした。

 それに破れかぶれに総突撃を命じないだけマシである。

 

「ならば項籍に陣頭で立ってもらい、一騎打ちをさせてやりましょう」

「おお! 確かにあの者なら天下無双だ! 何者も敵うまい!」

「ですが、項籍はへそを曲げているので、少し厄介ですがね」

「う・・・・・・。褒美は宝物か? それとも女が良いか?」

「・・・・・・いえ、それには及ばないでしょう。ただ条件があります」

「条件だと?」

「項籍に対し、せめて裨将軍の位は授けてくだされ」

「・・・む? それくらいなら良いだろう。余が一筆・・・・・・」

「それと今後は我らの助言を聞き入れることですな」

「なっ!? さっきから大人しく聞いておれば・・・・・・」

「ならばご自身で項籍に命じれば宜しかろう」

「ぐっ・・・・・・」

 

 袁胤は項籍を恐れており、孫堅はそのことを既に気づいている。

 過去に一度だけ項籍が袁胤と会見したことがある。

 その際、項籍が睨みつけたので、袁胤は震え上がってしまったのだ。

 ただ袁胤でなくとも大概は震え上がるので、袁胤を卑下するのは酷な話ではあるのだが・・・・・・。


 袁胤は渋々ながら孫堅に同意すると、孫堅は項籍に告げた。

 項籍は大笑いした後、「親父殿の頼みを断る訳にはいかないだろう」と述べ、申し出を快く引き受けたのである。

 

 一方、大軍勢を擁する荊州連合軍は曹操以外、戦いに消極的である。

 曹操の思惑としては他人の兵を使って袁術の力を削ぎ落としたい。

 逆に司護勢力を含む荊州勢は、なるべく兵を温存しておきたいからだ。

 

 曹操は別働隊を使って退路を封じることを進言するが、陳平を含め、蒯越、秦頡らは渋い表情を浮かべる。

 あくまで目的は江夏郡から袁術軍を追い出すことが最優先事項である。

 とすれば、兵を使わずして袁術が引けば、これにこしたことはない。

 また、陳平は密かに揚州の劉繇と連絡を密にとっており、袁術軍が退却するのは時間の問題であろうことを知っている。

 

「これでは袁術に侮られますぞ! 陳都督!」

 

 曹操は力の限り交戦を主張するが、陳平は素っ気ない。

 

「別に侮られても良いではないかね。曹府君」

「何を申すか!? 司使君に申し訳ないと思わんのか!?」

「いえいえ。実は先日、司使君から手紙が来まして、こちらから手出しするのは控えろというので」

「・・・・・・本当かね?」

「嘘を言っても仕方ないでしょう。それにあくまで目的は袁術軍を追い出すこと。袁術軍を打ち破ることではない」

 

 陳平の司護からの手紙とは、当然ながら嘘である。

 だが、曹操は確認しようにも手立てはない。

 

 仕方なく自分の陣営に戻ると、声をかけてきた者がいた。

 参謀として連れてきた陳宮、字を公台という者だ。

 

「曹府君。如何でした?」

「君の言う通りだ。公台よ。雁首を揃えるだけ揃えておいて、相手が引き上げるのを待つつもりだ」

「ハハハ。曹府君もそれは感づいていたことでしょうに」

「うむ。予想通りとはいえ、ここまでハッキリ言われると寧ろ清々しい」

「司護の軍勢は、兵力を温存するだけ温存するつもりですな」

「ああ。恐らく中央で変事が起こることを待っているのであろうよ」

「え? 曹府君は朝廷で何か政変が起こるとでも・・・・・・?」

「分からぬな。だが、可能性は大いにある。司護が戻り次第、何らかの動きはあるであろうよ」

 

 曹操はそう予期している。

 いや「希望している」と言った方が正しいのかもしれない。

 

「それはそうと、悪来(典韋のこと)は如何している?」

「典都尉なら明日に備えて早々にお休みになられましたが・・・・・・」

「そうか。明日は噂の奴が陣頭に立つであろう。それ以外に手はないであろうからな」

「項羽を騙る者のことですな」

「うむ。しかし、陳平といい、劉寵の下にいる蕭何といい・・・。奇妙なことに同名の者が多いな」

 

 曹操は曹参の末裔を自称しているので、劉寵の下に曹参がいると聞いて以来、どうも落ち着かない。

 実際には夏侯嬰の末裔にあたるのだが、その夏侯嬰を名乗る者は涼州にて張良らと共に劉協に仕えている。

 曹操は生まれ変わりというものは微塵も信じてはいないが、それでも気持ち悪いことには違いない。


「転生なんぞあるものか。大体、高祖が転生したらどうなると言うのだ? 大人しく帝が高祖を名乗る者に譲位するのか?」

 

 曹操はふとそう考えると、あまりの馬鹿馬鹿しさに首を振った。

 あまりにも現実的ではなさ過ぎるからだ。

 しかし、この世界は現実世界ではないのである。

 そして、その曹操自身もゲームの世界の中で作られた存在であり、本人が気づいていないだけなのだ。


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