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外伝48 豊作と方策

 さて、ボンちゃんが存在しない司護が戻り、荊南からは大量の穀物が俄かに中原へと運ばれることになった。

 これを大量に売りさばき、衝陽大都市計画の資金にするためである。

 当然、袁術をはじめ劉寵や兗州の諸太守らも大量に購入し、次の大戦に備えることになった。

 

 だが、その翌年のこと、大陸全土において稀有な大豊作となり、さらに兵糧が余ることになった。

 あまりにも食糧が少なくなれば戦さは起きない。

 だが、逆に多すぎても戦さは起きにくいのである。

 それというのも、駆り出される兵は食うために戦さに出るのであって、食うに困らなければわざわざ出向きたがらない。

 

 袁術はそれでも出兵を命じるが、厭戦気分の兵は進んで戦おうとはしない。

 陣を張るだけで無駄に戦さを長引かせるだけである。

 散発的に小競り合いなどは起きるが、大した死傷者は出ずに終えるだけだ。

 

 稀有な大豊作は更に翌年、そして翌々年と三年に渡り続いた。

 互いに食糧が余りあるので、籠城戦となれば攻め手は無駄に金がかかるだけになる。

 それ故、一時の平和が全土に拡散していった。

 

 ここに一つ厄介な問題が各地で湧き上がっていた。

 司護が神事を行い、各地に大豊作をもたらし、天災を防いでいるという噂である。

 黄巾党の蜂起とは違い平和的ではあるものの、漢王朝としては忌々しき問題でもあるのだ。

 

 これにより在野の一部の儒者などは、しきりに禅譲を唱え始めている。

 司護が帝になれば未来永劫、平和な世の中になるというものだ。

 朝廷とすれば厄介な事、この上ないのである。

 

 朝廷だけではない。袁紹、袁術を始めとする野心家たちも同様だ。

 一介の田舎名主の息子であった者が名声を欲しいままにするなど言語道断である。

 人一倍自己顕示欲が強い袁術からしたら噴飯ものだ。

 

「何が神事だ! ふざけおって! こんなもんはただの偶然にしか過ぎぬ! 民を惑わす佞者の類めが!」

 

 袁術は筆を取り、司護を左遷させる陳述書を書いた。

 その陳述書は楊彪の手に届き、直に詮議されることになった。

 朝廷内でも司護を荊州牧の地位を取り上げようとする者も多い。

 

 しかし、詮議は纏まらない。

 司護には失態らしい失態がないからだ。

 唯一攻める材料といえば、荊州牧でありながら長期に渡り留守にしていることだけである。

 だが、それは神事の為であり、それが大豊作を齎しているのが本当であれば不問にせざるを得ない。

 もし荊州牧を解任し、天災が降りかかれば朝廷の権威失墜になりかねないのだ。

 

 現在では「単なる偶然」という事で済ませられるが、原因を知らない世界においてそれは無理な話だ。

 事実、天災が降りかかるのは政治のせいにされていたからである。

 

 詮議を開始してから二時間ほどであろうか、そんな中で一人の若者の発言が場を制した。

 若者の名は荀攸、字を公達という。

 劉寵に仕える荀彧の甥であるが、わずかばかり荀彧よりも年上である。

 

「荊使君を左遷させるにしてもその材料がありません。それよりか荊使君の名声を利用した方が賢明でしょう」

 

 これに対し、一人の人物が声を上げた。

 司徒の王允であった。

 

「それでは君に問う。どう利用するというのだね?」

「王司徒殿。簡単な事です。荊州牧を任命させたのは朝廷ですぞ。朝廷が荊州牧に祈願を依頼したことにすれば良いのです」

「しかしそれでは増々、荊州牧の名声を増長させることになりはしまいか?」

「噂では漢の忠臣と自ら名乗っている由。それ故、漢の命運を黄帝君に祈祷することにより、近年の豊作を齎したと喧伝すれば良いのです」

「………」

「下手に楊州牧(袁術のこと)の讒言を受け入れて討伐令なんぞ命じて御覧なさい。荊南の勢力を全て敵に回すことになりますぞ」

 

 これには王允だけでなく、他の者達も黙らざるを得なかった。

 荊南は司護が抱える兵もさることながら、近隣の荊南蛮や山越族にも影響がある。

 過去にも荊南において大規模な反乱があったのだが、規模からすれば、それを遥かに凌駕することになるであろう。

 

 こうして司護の危機は脱したのだが、不満に思っている者は袁術だけではない。

 何進や十常侍らもそうだ。

 帝が禅譲なんてしようものなら、自分らの地位が奈落の底へと堕ちるから当然とも言える。

 

 その中において新たに十常侍に加わった趙高もその一人だ。

 十三人目の十常侍となった趙高は配下の宦官から詮議の結果を聞くと軽く舌打ちをした。

 

「くそ忌々しい奴だ。だが、どうしたものか……」

 

 一番良いのは袁術と司護が共倒れになることである。

 だが、袁術は徐州平定に明け暮れている最中だし、司護に関しては居所も掴めない。

 刺客を放とうにも居場所が分らないのでは話にならないのだ。

 

 そこで趙高は、まず地盤を固めることに専念することにした。

 北方周辺の勢力を味方にしようというのである。

 

 まず趙高が目をつけたのは袁紹だ。

 袁紹も内心では劉虞を使っての禅譲を狙っているのだが、劉虞の性格からして無理であろう。

 そうなると袁紹としては劉寵に働きかけようとするかもしれない。

 

「袁紹と劉寵が結んだらエラいことになる。その前に袁紹を取り込むしかない……」

 

 趙高は何進を経由して袁紹の子、袁尚の兗州牧就任を認知するよう働きかけることにした。

 既に兗州牧の賈護は宴会の席において袁紹によって騙し討ちされている。

 そして強引に袁尚を兗州牧にしている現状であった。


 そこで袁紹と誼のある何進を使い兗州牧を袁尚に、ついでに青州牧を袁譚にするよう仕向けた。

 袁紹は宦官嫌いではあるのだが、背に腹は変えられない。

 だが途中までは上手く行ったものの、賈護と蜜月関係になりつつあった東郡太守の橋瑁が反発し、劉寵に接近したため兗州は更に混沌化してしまう。

 結果、兗州が更に混迷することになったのは本文で紹介した通りだ。

 

 次に趙高が目をつけたのは并州へいしゅうだ。

 現時点において丁原と何進の弟である何苗が共に州牧を名乗っている。

 丁原と董卓が犬猿の仲のため、今まで正式に丁原を并州牧に出来なかったのだが、趙高は十常侍筆頭の張讓を説得し何苗を更迭した後、正式に丁原を并州牧にすることに成功する。

 ただ、これには董卓への配慮もされており、董卓の娘婿である牛輔を并州西河郡の太守にすることにした。

 それに伴い西河郡の太守である眭固は栄転ということで、交州の日南郡の太守ということになった。

 だが、日南郡は実質的に区連が支配している上に、交州牧は董重なので、赴任すれば更に混迷するのは否めない。

 事実上の左遷であるが、遠く離れた交州において更に乱れても問題はないというのが趙高の判断である。


「ここまでは上手くいった……。最後は劉協をどうやって殺そうか……」

 

 趙高は考え抜いた挙句、一つの結論に至った。

 韓遂を涼州牧に任命し帰順させようというのである。

 元々、韓遂は好き好んで反逆者になった訳ではない。

 元は韓約という名であり、何進の推挙で洛陽に上り計吏となった経緯もある。

 しかし何進に宦官誅殺を進言するも、それを退けられて失意の内に涼州へと戻った者だ。

 

 その後、宋建や王国らに仲間になることを強要されて仕方なく降ったのだが、その時に賞金首となった。

 そこで韓約は韓遂と名を改め、同じく同僚の辺允は辺章と名を改めた。

 

 そして現在、韓遂は劉協を涼州王に仕立て、虎視眈々と長安を狙っている。

 だが、これも全て成り行き上のことなので、元から本意とは言えない。

 そこで韓遂に涼州牧の地位をちらつかせ、帰順させて劉協を都に帰還させるよう働きかけることにした。

 その道中、韓遂が劉協を殺すことにして涼州牧の件を反故させれば万事上手くいく筈だ。

 

 ただ一つだけ問題がある。

 それは十常侍筆頭の張讓が認めない可能性が極めて高いことだ。

 韓遂は以前、十常侍誅殺を企てた経緯がある。

 何進も現在では張讓と争いたくはないので、何進も奏上の許可はしないであろう。

 流石に道中において劉協を殺すというのは両者とも及び腰になりかねないので、そのまま話す訳にはいかない。

 

「……ううむ。適任者は…そうだ。あいつが良い。あいつなら勝手に奏上してくれる筈だ」

 

 趙高が目をつけたのは蹇碩けんせきである。

 元西園八校尉筆頭でもあり、帝に贔屓されていた者だ。

 ただ劉協擁立派であったため、最近では他の十常侍とは疎遠になり、脇に追いやられている。

 そこで趙高は蹇碩の屋敷を訪れ、蹇碩を焚き付けることにした。

 

「何? 趙高が参っただと? 何故、今更……」

 

 趙高は飛ぶ鳥を落とす勢いで十常侍に加わった者だ。

 それを落ち目の自分にわざわざ訪ねてきたというのだから警戒するのが当然である。

 訝しく思う蹇碩であったが、どのような事情で訪ねてきたのか興味もある。

 そこで蹇碩は興味本位で会うことにした。

 

「久しいな。趙中常侍(趙高のこと)よ」

「御無沙汰をしております。蹇碩様」

「……して、ご多忙な貴殿がこの私に何用かな?」

「実はお願いがあって参りました」

「……宮中と疎遠になったこの私に何の願いだ? 大長秋殿(張譲のこと)に願い出れば良いのではないかね?」

「大長秋様では無理なのでございます」

「大長秋殿に無理なことを私が……?」

「……はい。蹇碩様にしかお願い出来ない儀でございます」

 

 そう言うと趙高はいきなりワンワンと大泣きした。

 当然、演技であるが、実に迫真の演技といって過言ではない。

 

「……な、泣いていては分らぬぞ。趙高」

「これが悲しまないでいられましょうか。帝は協皇子に会いたくて人知れず泣いておられるのです」

「……それは私も噂で存じておる。だが、協皇子は涼州であろう。如何にせよと申すか」

「……はい。それ故、我が身の不甲斐なさを嘆いておるのでございます。ああ、私に力さえあれば……」

「嘆いたところで仕方あるまい」

「いえ、策はあるのです。ですが実行に移せない……。それが不甲斐ないのです」

「……策だと?」

「はい。韓遂を涼州牧に任じ、代わりに協皇子を都へ送るように取引をするのです」

「……ううむ。しかし、大長秋殿は韓遂のことを警戒しておる」

「それ故、私には無理なのです。帝に奏上しようにも私は常に大長秋殿と共でなければ帝に謁見を許されません」

「………」

 

 実はこれは大嘘である。

 だが、趙高としては協皇子を殺したいため、その責任を擦り付ける者が必要だ。

 そこで帝に寵愛されていた蹇碩にその役目を押し付けるのである。

 しかも蹇碩は元々、協皇子擁立派なので、一番都合が良い。

 

 蹇碩は蹇碩で悩んだ。

 一か八かの賭けである。

 筆頭ではないが、元は十常侍の上役であった彼は虎視眈々と再起を狙っていた。

 

「……して、趙高よ。私が奏上するのは良いが大長秋殿は如何いたす所存だ?」

「近々、大将軍(何進のこと)のところで酒宴がございます。そこには私を始め、お歴々の方々も参列します」

「……ふむ」

「宮廷外のものなので当然ながら帝はいらっしゃいません。そこで蹇碩様に参内して頂き、奏上して欲しいのです」

「……して、上手くいったとしよう。協皇子はどのようにしてお連れ致す?」

「そこはご安心を。私の手の者に忠実な者達がおります。その者らに韓遂に密約を届けさせ、代わりに協皇子を連れ戻します」

「………」

 

 暫く沈黙の時が流れた後、不意に蹇碩が叫んだ。

 意を決したのである。

 

「良かろう! 私も協皇子のことで常日頃から心を痛めていたところだ!」

「おお!? それでは!」

「うむ! 腹を決めた! このまま朽ちて行くには忍びない! 陛下のためにもう一働きしようぞ!」

 

 こうして趙高の思惑のまま、蹇碩は隙を見て参内することになった。

 帝は蹇碩が来たことを訝しんだが、協皇子の件を奏上されると大層喜び、直に涼州牧認可の密勅をしたためた。

 

 数日後、蹇碩の下に趙高の使いという者達がやって来た。

 この者らは趙高が張角の下で働いてきた時からの忠実な者達である。

 何れも躊躇なく女子供を容赦なく殺す残忍な者達だ。

 しかし蹇碩は疑うこともせず、その者達に密勅を渡してしまった。

 

 それから二週間ほど経った後、韓遂の下に密勅が下った。

 趙高の使いが忠臣面して密勅を持ってきたからだ。

 韓遂は密勅を見ると喜ぶというより、寧ろ疑った。

 

「……どうもおかしい。やはり罠であろうか?」

 

 韓遂は密勅の判を数回に渡り確かめたが、やはり帝の判である。

 都に計吏として勤めていた際、偽書でないか確認する役目を担っていたので、韓遂の目に狂いはない。

 趙高はその事を聞いていたので、偽書を作成するのではなく本物を用意するために蹇碩を利用したのだ。

 

「ううむ。どうやら本物のようだ。しかし、どうしたものであろう……」

 

 韓遂は漢の忠臣という人物ではない。

 どちらかと言えば、保身に躍起になる狡猾な人物だ。

 その上、野心家でもあるため、張良と手を組み、長安を奪って名を馳せようとしていた。

 

 問題は思いの外、その路線が頓挫していることだ。

 鮮卑の檀石槐は烏丸族との戦いに明け暮れ、援軍を寄越すのもままならない。

 それに蓋勲、傅燮ふしょうという名士連中は及び腰である。

 知恵者の張良はというと、名士連中と同じ消極的な方針のようだ。

 そこで韓遂は腹心の成公英を呼び出し、意見を聞くことにした。

 

「どうだ? お前は罠だと思うか?」

「韓将軍(韓遂のこと)。現状では涼州も豊作に続く豊作で、民には厭戦の兆しがあります」

「……うむ」

「将軍が涼州牧となれば、必ずや自ずと賊となっていた連中も帰順するでしょう」

「王国や辺章はどうする?」

「その両名は太守にでも任命してやれば問題ないでしょう。問題は名士連中です」

「……ううむ。確かに面倒だな」

「将軍が独断で協皇子を都に上らせたとなれば、挙って将軍を攻め立てますぞ」

「……だが、連中が反対するのは目に見えている。ここは密かに行うしかあるまい」

「宜しいのですか?」

「どうにも引っかかるが、このままでは埒も明かぬ。流石にいきなり協皇子を殺したりはしないであろう。せいぜい幽閉ってところだろう」

「……だと、宜しいのですが」

 

 韓遂は覚悟を決め、劉協に対し「帝が危篤である」という嘘をつき、半ば強引に連れ出した。

 劉協は戸惑いながらも、質素な馬車に乗り込み、そのまま都へと向かった。

 趙高の手の者に先導されているとは知らないまま……。


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