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外伝36 劉備の引っ越しと結婚

 

 さて、魚復県の県令となっていた劉備であるが、思わぬ書状を受け取った。

 そこには楊州王の劉繇から劉備を招きたい旨が記されていたからである。

 劉備にとって渡りに船と言いたい代物であるが、どうも快く向かう気にはなれない。

 そこで徐庶を呼び出し、意見を聞くことにした。

 

「なぁ、元直。楊州の劉繇さんから『俺を招きたい』なんて書状が来たんだけどよ」

「劉繇殿もいよいよ人材不足になりましたか。よりによって玄徳殿を招聘するとは……」

「ほっとけ! それで俺としちゃあ、こんな片田舎の辺鄙な所よりも良いとは思うんだがね」

「では、何故某を呼んだので?」

「いやぁ……。楊州王君と言えば、形式上は逆賊だろ?」

「そうかもしれませんが、それを言うなら涼州王の劉協殿も逆賊ですよ?」

「まぁ、確かにそうだよなぁ……」

「他に気がかりな事でもあるので?」

「二つある。一つはその……何だ。『黄巾党の連中が俺を恨んでいねぇかなぁ?』って事なんだが……」

「その点はご安心を。玄徳殿の戦績は、廬植将軍や皇甫嵩将軍の戦績に比べたら屁みたいなもんです」

「………有難うよ。お陰で気分が楽になった」

「……して、もう一つとは?」

「それが『荊南の司護の茂才』って言うんだけどよ……」

「以前、お会いになられたのですか?」

「いんや。会った事もない」

「妙ですね……」

「妙だろう? 罠かな……?」

「罠ではないでしょう。罠であれば玄徳殿なんぞ歯牙にもかけますまい」

「……本当にお前さんは正直だね」

「しかし、本当に司護に会った事がないんですか?」

「本当だよ。確かに以前、荊南に行ったが、話したのは司護の家臣の単福とかいう奴だ」

「えっ? 単福?」

「どうかしたか?」

「……私が偽名として使おうとした名前ですね」

「ああ、そうだったな。お前さんから聞いた事があったっけ。道理で聞いた名だと思ったわ」

「……おかしな偶然もあったものですな」

「して、元直。お前さんは楊州行きを吉と思うかい?」

「吉でしょう。ここに居ても悪戯に時間を過ごすだけです」

「問題は廬植先生に迷惑がかかる事だけか……」

「ハハハ。それには及びますまい」

「何でだ?」

「今、廬植殿から幽州牧を解任すれば、冀州牧である袁紹の暴走を招く恐れがあるからです」

「あ、そっかぁ。それもそうだな」

「河間王君(劉虞)のことも何進らは警戒しているでしょうし、廬使君も幽州牧を解任されることはないでしょう」

「それを聞いて安心した。なら、話は早いな」

「ええ。故に堂々と我らは楊州へ向かえば良いのです。それと途中で荊南に寄り、その単福とやらとお会いになった方が宜しいでしょうな」

「おう。単さんが賊太守に推挙してくれたなら、礼の一つぐらい言わないといけねぇしな」

「……もしかして、ですが」

「何だ?」

「……その単福とやらは、司護本人ではありませんか?」

「えっ!?」

「特徴が司護という者と酷似しております。恐らく、司護本人でしょう」

「そうだったのか……。道理で色事に疎い訳だ」

「……よりによって、司護に色町の事を聞いたので?」

「……あ、いや。ハハハハ! まぁ、良くあることだ! 気にするな!」

 

 劉備は皆を集め、楊州行きを声高々に宣言した。

 だが、これには当然、反対する声も多かった。

 関羽、田豫もそうだが、一番厄介なのは劉備の母親である。

 この母親が揚州行きを猛反対しているのだ。

 母親は劉備に諭すように言った。

 

「玄徳よ。私は貴方を朝敵にする為に今日まで育ててきたのではありませんよ」

「ええ。私も朝敵になるつもりはありませんよ」

「では何故、劉繇様の所へ行くのですか?」

「お言葉ですが母上。このまま魚復県に居ても私が朝敵になるからです」

「……何故です?」

「太守の張忠は既に劉焉と繋がっております。そして、その劉焉も朝敵ですから」

「……では、張府君を説得する事こそが、貴方の役目ではないのですか?」

「それが出来れば苦労しませんよ。大体ね、母上。張忠は賄賂やら重税を強引に強請る佞邪の類ですよ? 応じるとお思いですか?」

「……ならば、いっそ張府君を」

「そんな事をしたら、それこそ真っ先に朝敵ですよ?」

「………」

「母上。分って下さい。揚州へ行くことこそが、朝廷を佞臣から救う機会なのです。本来ならば、涼州の協皇子の下に馳せ参じることが良いのですが、残念ながら私は伝手がありません。ですから、ここは……」

「分りました。貴方の好きになさい」

 

 劉備は強引に母親を説得すると、他に反対していた者達も押し黙ってしまったのである。

 

 こうして劉備は楊州の劉繇に頼ることにした。

 こうなると劉備の行動は素早い。

 急ぎ辞表を書くと、夜逃げ同然で郎党を引き連れ、魚復県を後にした。

 かつて曹操に言った愚痴は何処吹く風である。

 因みに元上司である鄒靖はというと、呆れて劉虞の下へと戻ってしまった。

 

 さて、劉備一行が涪陵郡と零陵郡の郡境付近に来ると、彼方で女性の叫び声を耳にした。

 慌てて劉備は関羽、張飛、徐庶らを従えてそこへ向かうと、野盗が旅芸人の一座を襲っていた。

 旅芸人の一座は衝陽において大劇場が出来たと聞き、江陵から移動している途中であった。

 

「面白ぇ! こいつぁ魚復県令最後の仕事だ! あの野盗どもを一人残らず叩っ斬れ!」

 

 劉備がそう叫ぶと同時に、関羽、張飛は馬を駆り立てて、猛然と野盗の群れの中へと入って行く。

 すると今まで好き勝手に殺人や略奪をしていた野盗らは、今度は一転して自らの阿鼻叫喚の地獄絵図と化してしまった。

 関羽が青竜偃月刀で数人の首を撫で斬りにし、張飛は蛇矛で三人まとめて串刺しにしていく。

 そして劉備は何もせずにご満悦である。

 

 そんな劉備だが、ふと他の方向を見ると、一目散に女を小脇に抱えて馬を走らせている者に気が付いた。

 女は踊り子らしい恰好をしており、遠目から見ても美女と分かる顔立ちであった。

 

「野郎っ! 待ちやがれ! テメェなんぞにその女は勿体ねぇぞ!」

 

 劉備はそう叫ぶと同時に自身も馬を駆り立て、大小二振りの剣を得物に女を小脇に抱える野盗を追った。

 

「待て! 待ちやがれ! 仲間を見捨ててテメェは女を連れ去ろうとは男の風上にも置けねぇ野郎だ!」

 

 目当ては小脇に抱える美女なのだが、流石に「女だけは置いていけ」とは叫びづらい。

 そこで劉備は恰好よく見せようと、そう叫んだのである。

 すると野盗は、その声を聞いた途端、女を放り投げ、劉備の方へと迫った。

 

「ふん! 一人で来るとは良い度胸だ! あの化け物どもとは違い、テメェなら簡単にれそうだし、相手になってやるぜ!」

「何だと!? 中山靖王の末裔。劉備。字を玄徳とは俺の事だ! どうだ!? ビビったか!」

「ワハハハ! それでこの杜遠様がビビると思ったか!?」

「何っ!? 司護でさえ俺の名を知っているのに、ヘタレ野盗のテメェが知らねぇとは何事だ!」

「やかましい! そのデカ耳を削ぎ落としてやるから覚悟しろ!」

 

 猛然と杜遠に劉備に槍をしごいて突進するが、劉備も程遠志ら黄巾賊相手に幾度も戦った手練れである。

 特に美女が関わっているとなると、その力は倍増される。

 数合ほど互いの武器を交じ合わせた後、劉備の剣が杜遠の槍先を叩き斬った。

 

「あっ!?」

 

 杜遠は思わず狼狽うろたえ、劉備に降伏をしようとした瞬間、劉備は杜遠の首を刎ねてしまった。

 

「ワハハハ! どうだ! 中山靖王の末裔の力、恐れ入ったか! 己の不遜と無知をあの世で嘆くと良いわ!」

 

 最早、どちらが悪人か分らないような言葉を吐き捨てると、劉備は美女の方へ駆け寄った。

 

「大丈夫か? 悪人どもは余と手の者が片づけた。安心するが良いぞ」

 

 劉備は言い慣れない一人称を使いつつ、美女の顔をまじまじと見つめた。

 

「……有難うございます。この恩は生涯、忘れませぬ」

 

 ジロジロ見る劉備の目線を、女は恥ずかしそうに逸らした。

 しかし、それが更に劉備の興奮を掻き立てる結果となってしまった。

 

 旅芸人一座の半数以上は殺され、最早演目も儘ならない。

 そこで劉備は思わず女に対し、こう切り出した。

 

「なぁ。悪いことは言わない。一座もこれで終わりであろう。どうだ? 俺…いや、余の妻になってくれぬか?」

「え? ええっ!?」

 

 いきなりの劉備の申し出に、流石に美女は驚きを隠せない。

 

「なぁ、良いだろう? 良い返事を聞かせておくれ。なっ? なっ?」

 

 執拗に食い下がる劉備だが、流石に女も無碍むげには断れない。

 そんな中、不意に赤子の泣き声がしたので、女はそれを理由に断ろうとした。

 

「……それでしたら、厚かましい事を承知の上で条件がございます」

「何だ? 言ってくれ」

「今、泣いているあの赤子は恩ある座長の一人息子です。座長夫婦は先ほど野盗に……」

「う……うむ。それで?」

「あの子を私に育てさせて下さるのでしたら、喜んで嫁がせて頂きます」

「なぁんだ。そんな事か。いいぜ。丁度、俺…余もまだ子供が居ないんだ。養子にしてやろう」

「えっ!? 良いんですか!?」

「その驚きようは何だい? 困るのか?」

「い……いえ」

「じゃあ、良いじゃないか。で、あの子の姓は?」

「劉です」

「おお!? 猶更、都合が良い! 俺も劉だしな! して、お前さんの名は?」

「……芙蓉ふようと申します」

「芸名じゃなくて、姓の事なんだがね」

「……甘と言います。名や字は……」

「んじゃ、姓は甘で、字は芙蓉でいいな。名は後々、決めるということで。よし、決まった!」

「………」

 

 あまりにも強引な婚姻であるが、甘も後戻り出来なくなった。

 そして、生き残った旅芸人一座の者達は、司護がいる衝陽まで一緒に行くことになった。

 芸人を続けたい者は、そこで芸人の職を求め、そうでない者は劉備一行に加わる事となったのである。

 

 さて、そんな劉備一行が衝陽へ着くと、またもや呆気にとられる光景が目に入った。

 新設された臨賀郡もそうだが、新たなる都市がまた一つ造成されているからである。

 人口の流入が多いとは云え、短期間の内に領内で二つも都市が造られるのは極めて異例の事だ。

 

「いやぁ……。こいつはどうにも……。本当に喧嘩しなくて良かった」

 

 思わず劉備は声を上げ、一番手前に居る簡雍に話しかけた。

 

「なぁ、憲和(簡雍の字)よ。いっそ『司護の下についちまう』ってのは、どうかなぁ?」

 

 簡雍は頭をポリポリと掻きながら、周囲を見渡した上でこう答えた。

 

「玄徳よ。それも一つの手だが、俺らが来ても埋没するだけじゃないのか?」

「そうかい? 歓迎してくれないかな?」

「確かに司護は『実績が皆無な奴も登用する』とは聞いているよ。けどよぉ。それだと、その他大勢という一括りにされちまうぞ」

「そっかぁ……」

「お前さんは年がら年中、色町に行けると思うんだろうが、雲長や元直の愚痴に付き合わされる俺の身にもなってくれ」

「そう言うなよ、憲和。大体、それがお前の仕事じゃないか」

「……おいおい。冗談も大概にしてくれよ。俺はまだハゲたくねぇんだから」

「ま、でも確かに憲和の言う通りかもな」

「それに色町なら秣陵にも大きな色町あるそうじゃないか。途中の南昌にもあると聞くしよ」

「黄色い布を被った芸妓を抱けってか? まぁ、それも一興かな」

「ハハハハ。流石に芸妓まで黄色い布を被ってはいねぇだろう。だが、出世する近道なら秣陵の方が早いだろうよ」

「分った。じゃあ、まずは司護に会いに行くとしよう」

「しかし、簡単に会えるのかね? 今じゃ荊州牧だと言うぞ」

「なぁに。俺は劉虞さんとも親友だぞ。荊州牧ぐらいでビビるかよ」

「ビビるとか、そういう問題じゃねぇよ。向こうが『会いたくない』って言ったらどうする気だ?」

「ハハハハ。なぁに、それならそれまでの小人ってことよ」

 

 劉備がそう言うと同時に、簡雍は思わず苦笑いしてしまった。

 何とも大胆で傲慢不遜な劉備だが、何故かそれで上手く行くケースが多いので、それ以上は特に言えないからである。

 

 さて、司護と劉備の対面は本編で紹介した通りだ。

 劉備は司護と対談した後、司護に教えられた通り、芙蓉と養子を伴って趙達に会うことにした。

 養子の名を決める為である。

 

 趙達はウンウンと頷くと紙にサラサラとその名を書いた。

 そこには名を封。字を徳然と書かれていた。

 その時、思わず劉備は「あっ」と声を発した。

 何故なら徳然という字は劉備の従兄弟の字だったからだ。

 

 徳然は劉備が十五歳の時に廬植の門を叩き、私塾へ入った。

 しかし、その一年後に流行り病でこの世を去っていた。

 劉備は徳然を実の弟のように可愛がっていたので、その悲しみも深いものであった。

 

「これは……。そうか。これも天命であろうな。俺も少しはマシな父親にならんといけねぇなぁ……」

 

 劉備は亡き徳然の顔を思い浮かべると、劉封の顔をマジマジと見つめた。

 その時である。劉封は小さい手で劉備の大きい耳たぶを思い切り掴んだ。

 

「いたたっ! こいつ! 徳然に似合わず荒くれ者だな! ハハハハ! この御時勢だから、その方が良いということか!」

 

 その様子を見ていた芙蓉は思わず笑ってしまったので、劉備もその場で高らかに大笑いをした。

 こうして劉備は一家の主となり、更なる躍進を誓ったのだ。

 

 劉備一行はその後、南昌、鄱陽はようへと渡り、張宝らの統治を視察。

 そんな折、立ち寄った一軒の居酒屋で関羽はある人物と出会った。

 黄巾の部曲長、裴元紹である。

 

 裴元紹は酔うと泣き上戸になり、最近では波才に事あるごとに嫌味を言われている。

 原因は司護に対し、大変人呼ばわりしたことである。

 それを波才から事あるごとに言われるのだ。

 

 裴元紹は泣き上戸な上に絡み酒だ。

 その為、裴元紹は奢りであるにも関わらず、酒を飲むと部下がその場から自然と離れる。

 すると他の客に絡む。

 その繰り返しである。

 そんな時に関羽が居合わせたのである。

 関羽も迷惑な時に居合わせたものだ。

 

「なぁ。長い髭の旦那ぁ。俺はもう駄目だぁ……」

「そんなに悔いるぐらいなら、まず行動を改めよ」

「それで上手くいくならよぉ……。どうにもでもなるんだがよぉ……」

「ええい。見苦しいな。それならいっそ、部曲長をやめたらどうだ?」

「やめてもよぉ……。どうにもならねぇしよぉ……」

「……仕官の口なら幾らでもあるだろう?」

「でもよぉ……。荊南は駄目だしよぉ……。他にねぇしよぉ……」

「ああ……もう……分った。分った。それなら口利きしてやる。その代わり、もう愚痴は言うなよ」

「ええっ? 本当か? 本当なんだな?」

「ああ。だから、その酒臭い息を某に吐くな」

「有難ぇ……。ええと……。長い髭の旦那」

「某は関羽。字は雲長だ」

「雲長の旦那ぁ……。頼みますよぉ……。ヒック……」

「ところで、お前の名と字は?」

「へぇ。姓は裴。名は元紹。字も元紹でやす」

「……某を馬鹿にしとるのか?」

「とんでもねぇ! 親父が『お前は物覚えが悪いから、その方が良い』と言われちまって……」

「どうにも、おかしな奴よ……」

 

 関羽は酒の席と思い、出任せで言ってしまったのだが、当の裴元紹は部曲長をやめてしまった。

 そして関羽を頼ってきたのである。

 困った関羽だが、酒の席とはいえ約束をしてしまった手前、どうしようもない。

 このことを劉備に相談したら、こう返答が帰ってきた。

 

「丁度良いじゃねぇか。張飛の酒の相手を宛がう奴が出来たんだからよ」

 

 こうして裴元紹は関羽の傍にいることとなった。

 ある意味、念願が叶ったといえよう。


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