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外伝34 交州にて(中編)

 さて、少し時を遡ることをお許し願いたい。

 交州牧となった朱符だが問題は山積していた。

 賈琮が乱を平定していたのだが、どうも税の額が低すぎるのだ。

 これは賈琮が免税措置を多くとった為である。

 

 度々の乱で疲弊した交州にとって略奪された村は少なくない。

 そして、それ以上に作物の実入りも少ない村も多い。

 そういった村は税を徴収するとなると死活問題となる。

 そこで賈琮は一時的な免税措置をとる事により打開を図ったのだ。

 

 汚吏も一掃され、賈琮は名君と称えられた。

 だが、後任として着任した朱符にとって、あまりにも茶番にしか思えない。

 税収入が無ければ統治なぞ出来る訳がないのだ。

 

 賈琮は対策として汚吏から没収した財産を国費に充てようと考えていた。

 しかし、その政策を出す前に逃亡した汚吏らと十常侍によって更迭されてしまったのである。

 そして没収した財産はというと、賈琮がやめた途端、そのほとんどが持ち出され、十常侍の懐や逃亡した汚吏を潤す形となった。

 当然ながら、これでは国費は賄える訳はない。

 

「……やむを得ぬ。増税以外に乗り切る方法はない」

 

 朱符は増税に踏み切ることにした。

 ただ一人、簿曹従事(財務管理の役職)として連れてきた王垕おうこうは増税をせず、借款して乗り切る案を出した。

 折角、近くに莫大な財政で潤う荊南という勢力があるのである。

 

 しかし、朱符は王垕を罵倒し、その案を退けてしまった。

 朱符のプライドが許さないのである。

 朱符にとって「賊太守などという得体の知れない者から金を借りる」など言語道断だからだ。

 

 その後、王忠らが臨賀郡を攻めると言ってきた。

 その理由は「税を逃れている不逞の輩が臨賀郡に逃げ込んでいる」というものであった。

 当初、朱符は司護との争いに二の足を踏んでいた。

 朱符も馬鹿ではない。戦力差が大きすぎるのである。

 しかし、少数での編成で郡境付近という条件つきで認めたのだ。

 結果は多数の被害を出し、無駄に戦費を費やした形となった。

 

 朱符は激怒し「軍を率いた王忠と王植の両名を斬れ」と命じた。

 しかし、それを宥めた者がいた。簿曹従事の王垕である。

 

「何故だ! 奴らは命令を破り、しかも生き恥を曝してきた痴れ者だぞ!」

「戦さの勝敗は時の運も御座います。どうか、その儀だけは何卒、お許し下され」

「そうはいかぬ! 即刻、首を刎ねよ!」

「お待ちください! 今、その両名の首を斬れば兵が混乱致します! そうなれば取り返しがつきませぬぞ!」

「では、どうすれば良いのだ!?」

「両名には謹慎を申し渡しましょう。そして軍監を丁公、葛嬰かつえい屠睢とすいの三名に御申しつけ下さい」

「………」

「その三名に王忠、王植の兵を預け統制させるのです。そして戦功のあった楊奉らを都尉にし、立て直しましょう」

「何者だ? 楊奉という者は?」

「元は白波賊の者で、勇猛で知られる者です。必ずや心強いお味方になるかと……」

「ふざけるな! 元は賊だと!? 何故、そのような不埒者を取り立てなければならぬ!?」

「戦功があった者を取り立てるのは必定ですぞ。そうでなければ下々の者は靡きませぬ」

「……もう、良い。王忠と王植の二名は謹慎にせよ。楊奉の件は捨て置く」

「……御意」

 

 王垕は王忠の従兄弟にあたり、王忠の命を救ったことで由とした。

 しかし、当の王忠は憤慨した。

 戦さの何たるかも分らない青二才が威張り散らして「斬首にせよ」と命じたのが気に食わなかった。

 

 一方、戦功のあった楊奉も憤慨していた。

 敗走する王忠、王植を救ったのは自身の手柄と思っているからだ。

 

「あの青二才め! 褒美も昇格も無しとはどういうつもりだ!?」

「……今は我慢する時。早まった事は……」

「何をいけしゃあしゃあと……。手前ぇだろ? 俺に『帰順しろ』と言ったのは」

「そうですが、それは部曲長殿も賛同した筈ですぞ」

「ちぇっ! こんな事なら前みたく、脱走して徒党を組んで村を襲う方が儲かるんじゃねぇのか?」

「……この地は我らには不利。土地勘もなく、闇雲に行ったとしても……」

「巷じゃあ、天帝教とやらが動いているというじゃねぇかよ。公明」

「……黄巾党崩れの泥船に乗るおつもりか?」

「じゃあ、どうしろってんだよ?」

「時期を待つことですな。さすれば自ずと道は開け……」

「くそっ! 呑気な事を!」

 

 公明と呼ばれた若い男は名を徐晃という。

 公明はあざなである。

 戦場においては得物の大斧で勇猛果敢に働くが、普段は冷静沈着で慧眼けいがんのある男だ。

 

 元々、徐晃は故郷の司隷河東郡の楊県で一郡吏として働いていた。

 だが、上役である督郵が賄賂を寄越さない大商人の家を襲い金品を奪った。

 そのことを徐晃に濡れ衣を着せたので、怒った徐晃は督郵とその配下を大斧で皆殺しにしたのだ。

 その後、逃亡した後に周辺で暴れていた白波賊の一人となり、頭目の一人である楊奉の部下となった。

 楊奉も同じ元役人であったことがきっかけである。

 

 一方、王忠らの兵を預かった丁公、葛嬰、屠睢の三名だが、この三名も朱符の動向をいぶかしんでいた。

 朱符は自分の思い通りにならないと決まって怒鳴り散らし、周りに当たるのである。

常に「自分が正しい」と信じ切っているので、上手くいかないと周りのせいにするのだ。

 これでは部下は付いてくる訳がない。

 しかし、朱符はその事に気が付かないのである。

 

 その原因は鴻都門学にある。

 帝の立てた太学を出たというエリート意識が目を曇らせているのだ。

 しかし、鴻都門学はあくまで詩や書のエキスパートの養成機関である。

 他の学問に関しては特に重要視しない機関なのだ。

 これは帝が無類の詩や書道好きである事が関係しているのだが……。

 

 丁公、葛嬰、屠睢の三名のうち、葛嬰は天帝教と早い段階で接近した。

 実のところ、交州の天帝教は徐州の天帝教とは違う動きをしていた。

 それは、かつて楊州で乱を起こした妖賊章河を開祖とし、会稽で孫堅に殺された許昌を中興の祖としているものだ。

 少し複雑だが、徐州の闕宣けっせんを教祖とする徐州天帝教とは全く違うのである。

 

 まず、第一に交州天帝教は許昌の遺児、許韶きょしょうを教祖としている。

 これは楊州会稽郡から交州へと逃げてきた許韶と残党らが始めているからだ。

 

 第二に黄帝を唯一神としていない。

 交州天帝教は方仙道の一派から派生したものであり、唯一神という考え方はないのである。

 黄帝も崇拝の対象であるが、西王母も崇拝されているし、何より山越や荊南蛮の土着の神々も崇拝の対象である。

 

 このことから徐州天帝教と交州天帝教は、ほぼ全くの別物といって良いものである。

 それでは何故、このような事になったのであろうか。

 これは言わば闕宣、陳勝、呉広の元黄巾党の者が新たに立ち上げる際に勝手に名乗ったからである。

 

 闕宣は主に江夏付近で黄巾党として各地を転戦していた。

 元は凶賊であったのだが、表向きは改心し黄巾党の仲間となったのである。

 そして次第に転戦しているうちに陳勝、呉広と出会い、徐州にて徐州天帝教を立ち上げたのだ。

 

 闕宣は楊州九江郡柴桑の辺りで天帝教を知り、さらに大月氏の商人から西方にある一神教についての話を聞いた。

 そこでより独自性を高める為に一神教の要素を取り入れ、黄帝を唯一神として崇めることにしたのだ。

 そして、元は仲間であった黄巾党を邪教の集団と罵り、選民思想に基づいた布教活動をタチの悪い凶賊を中心に布教したのである。

 これにより黄巾党の程遠志をはじめとする大多数の凶賊達が加わった。

 

 話を元に戻すことにする。

 故に現在、交州には二つの天帝教がある。

 これがより混乱を深める形となり、交州を混沌とさせる一つの要因ともなりつつあった。

 そして葛嬰は交州天帝教を選び、接触したのだ。

 

 交州天帝教の幹部に祖郎という者がいる。

 元は丹陽郡陵陽県の出身の役人だが、早い段階で天帝教に惹かれて入信し、交州へと辿りついた者だ。

 この祖郎に葛嬰は密会を申し込んだのである。

 

 その密会だが、まずは双方ともに長い沈黙の時間が流れた。

 当時、葛嬰らに下された朱符の命令は天帝教の徹底的な弾圧である。

 それに加え、交州天帝教は反乱の首謀者である区連を支持しているのだ。

 

 一方の祖郎も交州天帝教の門徒達が朱符の命令よって捕えられ、既に百人単位の規模で刑死させられている。

 増税により土地を手放し、交州天帝教に救いを求めた上に経由して区連の反乱に加担している者も多い。

 これらの状況からして、長い沈黙が流れたのは当然の事である。

 そのような中、沈黙を打破したのは祖郎であった。

 

「葛嬰殿。率直に聞くことにしよう。一体、何しに参った?」

「君らが内部闘争を繰り広げているとの話を聞いてな。我らに帰順するなら……」

「待たれよ。我らは内部闘争なぞしておらぬ」

「……妙な話だな。先日、蒼梧郡にて天帝教同士の内乱騒動があったとの報告があるのだが?」

「それは余所から来ておき、勝手に名乗っている連中とのいさかいだ。我らも迷惑をしている」

「成程。道理でおかしいと思ったわ。しかし、君らが区連らを庇っているのは、どう釈明する気だ?」

「釈明など無用。既に我らは漢と決別するつもりでいる」

「正気か? 本気で漢王朝を倒せるとでも?」

「倒すつもりはない。我らで国を興すだけのことだ」

「どうやって?」

「それは明かせぬ。それよりも葛嬰殿。貴殿らの方こそ命が危ういのでは?」

「何故、そのような事を?」

「当然であろう。危険を顧みず我らに接触してきたのは、それ以外あるまい?」

「いや違う。単に兵の行先を決めたいからよ。闇雲に討伐するなんぞ土台、無理な話だ」

「……ふむ。それでしたら我らも協力するのに悪くはありませぬな」

「話が分かるようで有難い。報告はこちらで上手い事、処理する故……」

「しかし、良いのですかな? 貴殿の漢への忠誠は?」

「そのようなものは無い。俺もこのような地で死にたくはないのでな。敵は少ない方が良かろう?」

「確かにそうでしょうな。しかし、それよりも良い方法がありますぞ」

「何かね?」

「我らと協力して下さいませぬか。悪いようには致しません」

「……聞かなかった事にしよう。朝廷や朱使君に義理立てするつもりは無いがね」

「そうですか。では、心の内にでも留めておいて下され」

 

 その後、葛嬰と祖郎は度々、連絡を取り合って徐州から流れてきた徐州天帝教への攻撃をした。

 祖郎から来る情報は正確で、葛嬰は丁公、屠睢を率いて短期間で幾多もの戦功を上げる。

 それが朱符に評価され、三名ともに校尉となった。

 

 葛嬰が校尉となった事を祖郎は知ると、祖郎は葛嬰を呼び出した。

 その時の葛嬰は内心、冷や汗を垂らしていた。

 自分が恐喝されると思ったからだ。

 しかし、行かねば何をされるか分らない。

 そこで意を決し、赴くことにした。

 

「祖郎殿。今日は何用で? 偽物どもの根城でしたら配下の者に連絡させれば良いでしょうに」

「葛嬰殿。まずは校尉になられたそうで。祝辞を述べさせて頂こうと思いましてな」

「そのような事はご無用です。わざわざ呼び出したのには、それなりの理由があるのでしょう?」

「相変わらず勘が良いようだ。その通りです」

「……して、その理由は?」

「朱符の下にいる佞臣どものことです」

「……はて? 何方のことですかな?」

「劉彦と虞褒の両名です」

「えっ? 別駕従事(筆頭補佐官)の劉彦と治中従事(人事部長)の虞褒のことですか?」

「そうです。あの両名は村々に多額の税を課し、差額分を懐に入れているのです」

「待ってくれ。そもそも俺はそっちの畑ではないし、身分が違いすぎる……。それに証拠もあるのか?」

「証拠はあります。配下の者に盗ませてきた帳簿がございます」

「……しかし、俺に何をしろと……」

「朱符本人に貴殿が奏上すれば宜しかろう?」

「いやいや。それだとコレの出所を聞かれるであろう。俺と貴殿の関係が明るみに出るかもしれぬ」

「……では、間接的に信用出来る者は居りませぬか?」

「……王垕なら信用出来るやもしれぬが。しかし、どうやって王垕に手渡すかだな」

「それでしたら、賊が奪った荷物の中に入っていた事にすれば宜しいのではないですかな?」

「……ううむ。あまり気乗りはしないが」

「今まで我らが貴殿に戦功を立てさせる為、配下の者に調べさせていたのですぞ。それぐらいして下さっても……」

「……わ、分かった。やるだけの事はやろう」

 

 帰ってきた葛嬰は、言われたとおりに賊から奪還したばかりの荷物の中に帳簿を隠した。

 そして王垕に報告したのである。

 ただ、運が悪いことに王垕は大して調べもしなかったので、帳簿を見つけることが出来なかった。

 その日の王垕は体調が芳しくなく、早々に家に帰宅してしまったからだ。

 

 更に悪い事は続くものである。

 奪還した荷物が届いたということで、劉彦の手下である郝普が荷物を探ったのだ。

 その者は荷物から金品を幾らか失敬する為に探ったのだが、郝普が思わぬ掘り出し物を見つけてしまったのである。

 それが劉彦、虞褒の悪事の証拠である帳簿だった。

 郝普は帳簿を読み漁ると、恐ろしい欲が湧いてきた。

 

「これは良い物を手に入れた。正しく天運とはこのことよ」

 

 郝普はこれを使い、劉彦と虞褒の両名を陥れることにしたのである。

 

 

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