表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

2015年/短編まとめ

彼女と彼の人間関係

作者: 文崎 美生

友達はいない。

親友はいない。

幼馴染みもいない。

でも、恋人はいる。


ぺらり、と本のページを捲りながら考えてみたけれど、やっぱりおかしい気がする。

何がと問われれば、上手く答えることは出来ないけれど、何かがおかしいような気がするのだ。


友達の定義は人それぞれだけれど、辞書で引いてみれば『勤務、学校あるいは志などを共にしていて、同等の相手として交わっている人』と書かれている。

そうして、その人それぞれ定義の違う友達を、範囲的に更に狭めた定義を持ってして、親友が出来るのだろう。


幼馴染みは、まぁ、親の人間関係やご近所付き合いなど、色々と条件が必要なものだ。

残念ながらまともな友達もいない私には、そんなに昔からの長い付き合いの、幼馴染みに該当するような人物は知らないし、いない。


じゃあ、恋人は?と自問自答。

……恋人が出来た理由も、自分でも良く分かっていなかったりする。

失礼ながら気付いたら愛情が生まれていたパターンで、付き合いたての頃は、特に何かを思ったり意識することはなかった。


ダラダラと考察してみたが、結局のところ簡潔的に何が言いたいのかと言えば、私には交友関係が少なく狭いということ。

友達がいなくて、恋人がいるなんて、三流小説の悪女みたいだ。


「つまり、自分は悪女ですってこと?」


「……何でそうなるのかしら」


放課後の図書室。

図書室の鍵を持っているのは私で、利用者も図書委員の仕事をしているのも私だけ。

本日の部活は自主練のみだった、と言う彼が何故か練習着のまま、私の聖域である図書室にやって来たのだ。


そうしてやって来た彼は、私の顔を見るなり「何考えてるの?」と問い掛けて来た。

だからこうして答えていたと言うのに、彼の今の発言と来たら、今の今まで何を聞いていたんだ。

何となくやるせない気持ちになり、後書きまで読み終えた本を閉じる。


「冗談だよ。誰がどう見ても、お前は良い女だ」


うんうん、と一人で納得するように頷く彼に、私は自然と溜息が漏れる。

汚れた練習着のまま、私の目の前に座って笑顔を見せる彼は、一体私のどこに惹かれたと言うのだろうか。

少なくとも私は私がそんなに好きではないのに。


読み終えた本を持ち上げて、新刊の棚に戻す。

もう、利用者は来ないだろう。

そもそもお昼休みでも、片手で足りる人数しか利用しないのだ。

わざわざ放課後にやって来るなんてことはない。

……テスト週間を除いて。


「それより、着替えて来なくていいの?」


「着替えるけどさ。その前に、何で俺が好きになったのか聞きたいんじゃないの?」


質問にはきちんと答えてから、自分も同じように質問をぶつける。

質問に質問を返されるよりはいいけれど、にこやかに言うその口が気に入らない。

眉根を寄せて振り返れば、やはりその顔に笑みを浮かべて、私の方を見ていた。


「俺のこと、好き?」


「何それ。女子みたい」


「ははっ、確かに」


言葉のキャッチボールがスムーズに進むのは、一対一の人間としてきちんと向き合えているからだろう。

何故これを、私は他の人相手に出来ないのか。

疑問に思ったことは何度もあるが、答えは出ないし、結果として直すことも直ることもなかった。


色素の薄い茶色の髪が、窓から差し込む夕日に照らされて、キラキラと光っている。

神々しさの中に秘めたる毒々しさは、きっと私しか知らないだろう。

汚れた練習着なのに、なんで綺麗に見えるんだ。

元々顔の造形が整っているからなのか。


徐々に歪んでいたのであろう、私の顔を見て、彼は小さく吹き出す。

目を細めて笑うその姿に、少しだけキュンとしたのは、彼に絆されている証拠だ。


「実はお前、モテるんだよ」


知ってた?なんて笑いながら言う彼に、私は背を向けて新刊の本棚を整理し始める。

今回も沢山いい本が入ったが、借りる人がいないならば意味はない。

正しく宝の持ち腐れというやつだ。


「おーい、聞いてる?」


「聞いてますけど」


リノリウムの床と、上靴を擦らせて歩き出した彼は、私の隣に立って、私の顔を覗き込む。

下から見上げるようにしたのは、計算か素か。

あざとい、なんて思いながらも、彼の薄い色の瞳に映る自分を見る。

完全に信用し切っていない顔があって、小さな苦笑が漏れてしまう。


彼は何故か愛おしそうに目を細め「友達いないのも、親友がいないのも、幼馴染みがいないのも知ってる」と言い出す。

男らしい薄い唇が、ゆっくりと動くのを見ていると、不思議な気分になっていく。

地に足の着いていない、夢現のような感覚だ。


「人との接し方が下手なのも、定義なんて考えないと意味を理解出来ないのも、知ってる。んで、お前が一番欲しいものも、知ってる」


するり、と彼の手が私の頬を撫でる。

部活をやっているせいで、手の平の皮が固くなってゴツゴツしているけれど、決して不快な感覚はない。

むしろ愛おしくて、心地いい。


「壊れやすい友情よりも、脆い関係よりも、絶対的な繋がりが欲しい」


囁かれた言葉を、咀嚼して飲み込む。

ゆっくりゆっくり、味わっていけば、それを理解して処理が出来る。

そうすることで、彼の言葉は私の中に落ちてくるのだ。


ストン、と音を立てて収まった時、彼はその顔に満面の笑みを浮かべる。

夕日に照らされたその顔は、美しくもあり、残酷でもあるだろう。

だが、彼の言葉が落ちてきた今では、美しくても残酷でも、神々しくても毒々しくてもいい。


「愛して欲しいだけ、だもんな」


彼の言葉に、私はやっと笑みを見せる。

綺麗な弧を描いた彼の唇が、柔らかく優しく、私の唇に押し当てられ、望んでいたのはこれなのだ、とまたしても私の中に何かが収まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 友達の定義は知りませんでした。 [一言]  私も絶対的なつながりをほしいです。
2015/10/16 07:30 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ