(2)
新田前は、自分の手に渡されたあらたな『ルーク・ドライバー』に目を落とした。
それは病院からの去り際に、九戸社が時州瑠衣に返還したものだった。
彼女のかかえていた案件……すなわち『忍者王』牧島無量の件が片付いたら返すという約束だったが、社はそれに素直に応じたようだった。
――これで、冬花のドライバーに頼らずに済むわけか。
と、ゼンは内心で安堵していた。
そして才ある女忍者は、一度自身の里へと戻って有事にそなえて手勢と戦力を集めると言った。
――『吉良会』に百地一族。外部からの支援体制も着々とととのいつつある。でも……
彼女の真意を汲み取れなかった彼でも、もうひとりの被害者である社の異変には、気が付いていた。
「すべては、静謐なる銀夜のために」
そのワードは飾りけのない彼女の口ぶりのなかで唯一浮いていて、どこかで
――あれは、たしか数年前に流行ったカルト教団の……
その追憶の先に行く前に、剣呑な雰囲気がほかの二人から醸し出される。
「彼女に、いったい、なにをした?」
桂騎習玄は、地面に降り立った時州瑠衣こそが、その元凶だと思っていたようだった。
そしてそれは、彼の偏見ではなく、まぎれもない事実だろう。
「別段なにも? ただ、ある思考法を教えてやっただけさ」
「ほう、ぜひともご教授ねがいたいものだ」
「君はすでに体得している、つまらん物の考えだ。『おのれや他者の命を投げ打ってでも、なすべき使命はたしかに存在する』と」
習玄の顔は、すがめた右目を中心にするように、ゆがんだままだった。
「一緒にするな」と、暗黙のうちに彼は訴えていた。
「そんな考えがアンタの口から出るとは、意外だった」
と、相棒の考えているであろうことをゼンは代弁した。
「わたしか? ハン、わたしがそんなことを本気で信じてるわけがなかろう。ただ、好きではあるさ。『命を燃やしても』『命を賭けても』『自分はどうなってもいい』……人を支配する側にとっては、これほど都合のいい口上はないからな。自分が言うにせよ、そうやって心服させた他人に言わせるにせよ」
「……お前、いい加減に……ッ!」
先に手を出そうとしたのは、怒りをこらえていた習玄ではなく、ゼンのほうだった。
みずからを賭して彼をかばってくれた忍森冬花。その彼女の献身でさえ一笑に付すような暴言を、どうして許せるだろうか。
だが、反射的に伸びたドライバーは、駒鍵を挿し込んでも、いっこうに反応をしなかった。
「あぁ、そうそう。君らには言い忘れてたかな。こちらで作った『ルーク・ドライバー』はわたしの霊力をパスに使ってるからな。つまりこちらの意志に反する起動はできない仕組みになっている。説明が遅れてすまんね」
「どこまで、アンタはひとをコケにすりゃ気が済むんだ!?」
態度を激化させるゼンとは対照的に、習玄はそれによって冷めたようだった。
温度を感じさせない目で、得意げな人形を、軽く睨み据えて、
「……まぁ、それぐらいはしておくでしょうね。貴方のような輩は」
と言ったぐらいなものだった。
「そうそう。君のそういう理性的なあたりをわたしは気に入ってるのさ、カツラキ君。どこぞの猪武者とちがい、どうか君はそのままでいてくれたまえ」
それに、とウサギの前肢が彼らの肩の向こう側に投げられた。
「あの手合いにこそ、刃を向けてもらいたいものだ」
言われて少年ふたり、示し合わせたかのように振り返った。
今まで気づかなかったのは、昨晩感じたあの葉月の威圧感にくらべて、その男の発する武気が、あまりに矮小に過ぎたからだ。
その小者は上機嫌にやや大振りのスーツに着られていた。
これでもかと盛った菊などの仏花を、花弁を散らすのもかまわず振り回す。
できていなイスキップで不器用に、ヘタクソな鼻歌まじりに、こちらへと接近してくる。
そして一見書生風の青年は、軽薄な嘲笑を浮かべて、こう言ったのだった。
「すみませぇん。忍森冬花さんのお葬式会場って、ここですよねぇ?」
『流天組』中でもっとも小者な男、色市ハジメ。
この場に不愉快な存在が、ひとつ増えた瞬間だった。




