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鏡塔学園戦記 〜ウサギと独鈷杵と皆朱槍〜  作者: 瀬戸内弁慶
第五話:忍冬 ~ある愛のおわり~
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(25)

「うん、じゃ私帰るから。そっちこそ、体に気をつけなよ」


 氏家みのりは、母親の病室から退出した。

 携帯は電源を落としていたし、ちかくに時計がなかったから何時かはたしかめられないけど、日はすっかり落ちていて、彼女自身も気落ちした。


 最初は取り乱す父親を見て「なにを大げさな」とあきれたものだが、やはりよく知る肉親が弱った姿でいるのは、精神にくるものがある。


 接客業だからこそキツすぎず、雑すぎず、つねに身だしなみには気をつかってきた。

 そこに力が入っていなかったからこそ、彼女の憔悴ぶりがつたわってきたし、現に今日も臓器の動作不良でたおれた。


 命に別状はなかったらしいが、目の前でうずくまられたら、冷血女(クールビューティー)とか陰口をたたかれている自分でも血の気が失せるというものだ。

 処置が終われば自分自身の肉声で半狂乱の夫に「来なくていいから仕事をしなさい」というあたりは、自分との血のつながりを感じさせた。


 だがこの時点でみのりは『聖夜祭』午後の部も参加をあきらめ、終わる間際までつきっきりになった。

 そうするように、宿の世話がある父からも頼まれていたからしかたがない。


 ほんとうは、自分も数日前からちょっと微熱をぶり返していたけれど、それを言ったり診てもらうような状況でもなかった。

 それよりも、たとえ不謹慎だとわかっていたとしても、


 ――お兄ぃといっしょに、お祭り見て回りたかったかな。


 心臓の奥ふかくで、熱した針のようなものが、するどく彼女の心身を刺激した。


 □■□■


 足を引きずりながら、習玄は『彼女』からの連絡があった搬送先へと急いだ。

 牧島無量の亡骸をおさめた場所ではなく、もっとも近い緊急患者受け入れ可能な、私立の病院だった。


 医者いらずの『女王』の駒のおかげで傷はふさがったが、いかんせん精神的にも肉体的にも、衝撃を受けすぎた。そのどちらも、まるで自分のものではないかのように、ままならない。


「あれ、この病院って」


 たしか、とよくよく思い返す前に、出入り口に女がバイクに腰かけて立っていたのを発見し、思索を打ち切った。

 肉体でこそ判断できるものの、もうちょっと分厚い服を着れば、中性的な美少年に見えなくもない。

 そのあたり、新田前とは真逆といえた。

 彼女も、習玄の姿を認めると、駆け寄って肩を貸した。


「悪ィな。こっちのゴタゴタに巻き込んで」

「いえ……『吉良会』幹部候補、楢柴(ならしば)(アラタ)さん、でしたっけ? どうやら、こっちの面倒ごとでもあるようでして」

「らしいな」


 こちらの素性もある程度聞かされているのか、それについては彼女……アラタは、否定しなかった。

 わりと母性的ともいえる彼女のボディラインに密着しているし、粗雑なふるまいに反して、ふさがった傷口には触れない女性らしい気配りも感じさせた。

 そして習玄は、それらを意識しないようにつとめ、そっと遠慮した。


「貴女は、知っていたんですか」


 ゼンの置かれていた境遇のこと。冬花の真意。

 それらを、と言外に問う習玄に、アラタは首を横に振った。


「アタシは、ずっと棟梁(ボス)について、方々の犯罪をつぶして回ってたからね。つっても冬花とは同郷のダチだったから、先走らねーかは心配してた。でも、『銀の星夜会』。いわゆるカルト教団が聖女様のクローンとかとんでもない兵器とか使って、あっちこっちで暴れまわっててね。合流できずにいた。……で、結果がこのザマさ。冬花は目的を果たせないまま……」

「でも、彼女は『流天組』の足止めには成功した。貴女がたがたどりつくまでに、時間を稼いだ」

「あぁ。それについちゃあ、な」


 ハキハキ物をいう人柄であろう彼女の口調が、わずかに濁りを見せた。

 足を止めた彼女を追い越しかけて、習玄もあわててその場で立ち止まった。



「……時州瑠衣は、今どうしてる?」

「わたしが、どうしたのかね?」



 気が付けば、その習玄の肩にウサギの人形が羽虫のように留まっていた。


「おや、生きてたんですか。先生」

「久々の再会というに、相変わらずキツイねカツラキ君は。……で? 忍森冬花の役割とわたしの動向、いったい何の関係がある? 『吉良会』幹部候補、通称『トライバルX』こと楢柴改」


 人形と少女のにらみ合いは、しばらく続いていた。

 だが、アラタはとぼけたように肩をすくめ、


「疑るなよ、死なれたら、あんたの家からクレームがつくからってことさ」


 そして、彼女はアゴをしゃくって、廊下の突き当り、非常灯の下にいる新田前を示した。

 自らはきびすを返し、病院から出ていこうとする。


「行くんですか?」

「まーね。『流天組』の叛乱が確定した以上、対策を練らないと」


 じゃあな、と革手袋をはめたままの手を振り、颯爽とした所作で少女は去っていく。

 その背を見送った習玄の胸元で、携帯が鳴った。


「まったく、身体はいいのにつくづく気にくわんやつだ。なぁ、カツラキ君?」


 一瞬開いて画面を確認し、時州瑠衣が振り返る前には習玄は電源を切った。


「さて、わたしは先に帰るよ。辛気臭いほうは任せた」

「……」

「なんだその目は。こっちには収穫もあったから、いろいろ調べたいこのもあるんだ」

「この場にいる全員が、傷ついているというのに」

「ひとのことが言えた義理かね。ここまで九戸ちゃんに送ってもらったのだが、君が彼女にした仕打ちも、とうてい人道的といえないだろうに」

「状況がちがう。あのときは急を要し、貴方は手前勝手な都合でうごいている」

「そうかね?」


 瑠衣には腹が立ったが、今はそれどころじゃない。

 飛び降りる人形をかまうことはせず、手術室の前にいるゼンに向かって歩き出す。

 その背に、ウサギの嘲笑が容赦なく、浴びせられた。




「善人ぶるなよ、桂騎習玄。しょせん貴様とわたしは、同じ種の人間。合わせ鏡なのさ」

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