(24)
「ぐっ!?」
現実世界における座標の転移は、ゼンやら自分やらで体験済みだが、ずいぶんと長い飛距離を飛んだのは、これが初めてのような気がする。
乱暴に地面に放り投げられ、したたかに背をうった習玄は、自らを連れ去ったそれをあらためて仰ぎ見た。
山ひとつを『一歩』で跳躍し、下山した彼は、茶褐色の外套をはためかせながら、自らの肉体から『歩兵』の鍵を引き抜いた。
その腕は四本生えているという姿は、以前出会ったときのまま。いや、かつて龍脈内で出会ったときよりも、肉体のバランスはおおきく崩れていた。
まるで巨大な猿か、でなければ、
――まるで、ふたりの人間が合わさってできた、かのような……
そんな、印象を受けた。
声や目とおなじだ。腕は男のものと女のもの、上下で二種類にわかれていた。
女の細腕のほうには、紫陽花の枯れ花がへばりついている。
だが、内面はかつて敵対した時の獣とはちがっていた。
とっさに葉月幽の弓矢をふせいで、手製の『駒』の特性をもちいて離脱した。そこには、たしかに理性を感じたし、なにか思惑がなければ、そもそも自分を助けたりはしないはずだ。
「……やはり、貴方、なのですか」
魔人の四本腕のうち、紫陽花を生やしていない手が反応した。
ヒザを地についたままに、桂騎習玄は目をほそめて見上げた。
『彼』は答えない。だが、敵対の気配も見せない。崩壊しつつある巨体を揺らしながら、ふるえる男の声で、
「あいつを、たのむ…………い、ま、どの」
と告げた。
「……必ずや」
その意を汲んで、習玄はうなずいた。
かすかにうごいた首は、単純に揺れただけなのか。同意の首肯だったのか。
それをたしかめるすべなく、男の息遣いは絶叫にかわり、そこに女の声色が入り混じった。
女の腕から吹きこぼれる紫陽花を、まるで傷口からの出血をおさえるかのように強く、男の腕が上から強引に押さえつける。
女のほうは女のほうで、男の腕をつかみあげて、まるで自らの体内から強制的に引きずり出そうとしているかのようだった。
ほつれた外套から白い皮膚がのぞき、その傷口の中で赤い血がぬめり……その胎のなかで、誰かの空色の両眼が、明確な意思を保って輝いていた。
その全身を、腕の紫陽花がむしばみ、覆い包む。それが方々に散ったとき、魔人の姿は完全に消滅していた。
「……そして貴方も、絶対にお救いする。それまで、どうか持ちこたえられよ」
桂騎習玄は朱槍を握りしめたまま、誓うようにつぶやいた。




